コンサートレビュー♫私の音楽日記

このシベリウス、どれほどの聴衆が耐えられただろう~プレトニョフ(指揮)東京フィル

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メインのシベリウスの交響曲第2番の演奏が終わると、足早に会場をあとにしていく人たち。

日曜の昼間の公演で、これほど多くのお客さんが足早に会場を出ていくのは、ちょっと珍しい光景です。

 

わたしの前にすわっていた方も、演奏が終わるやいなや、小さなため息をついて席を立ってしまわれました。

わからないではありません。

 

一緒に聴きに行った友人も「さすがにちょっと…」と、その演奏を受け止めきれない様子。

わかります。

 

私自身は、そのシベリウスにおおいに惹かれ、戸惑い、そして、感嘆しました。

今回は、その特異なシベリウスを含む、ミハイル・プレトニョフ(指揮)東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートのレビューをお届けします。

 

プレトニョフ(指揮)東京フィル オーチャード定期

 

当日のプログラム

 

2024年1月28日(日)15:00
@オーチャードホール

シベリウス:組曲『カレリア』

グリーグ:ピアノ協奏曲
【アンコール】
グリーグ:トロルドハウゲンの婚礼の日
piano, ガルシア・ガルシア

(休憩)
シベリウス:交響曲第2番

 

プレトニョフのプログラム

 

ロシア出身の名ピアニストであり、また、指揮者としても活躍して、東京フィルハーモニー交響楽団の特別客演指揮者でもあるミハイル・プレトニョフ

現在、66歳です。

 

ロシアのウクライナ侵攻以降、プレトニョフが日本で披露するプログラムは、スメタナ:「わが祖国」にはじまり、政変が起きるとロシア国内でよく流れるというチャイコフスキー:「白鳥の湖」など、どこか意味深なものが多いように感じられます。

 

偶然の産物なのか、意図的なのか。

本心を語らないプレトニョフのことなので、真意はわかりません。

 

今回も、コンサート冒頭はシベリウス:組曲「カレリア」

カレリア地方というのは、フィンランド人のルーツの地だそうで、もともと「カレリア」という音楽もそうしたものを背景とした歴史劇のための音楽だったとされています。

 

「フィンランディア」のようなストレートなものではないものの、「カレリア」と「交響曲第2番」という、シベリウスの“ 愛国心 ”が潜在的に感じられる作品をプログラムするあたり、ロシア出身であり、現政権と距離を置いたがために、自身が創設したロシア・ナショナル管弦楽団の指揮者の座を一方的に解任されてしまったと伝わっているプレトニョフには、やはり思うところがあってのことなのでしょうか。

 

これで、その演奏が情熱的であったり、感情的であったりすれば彼の意図もわかりやすいのですが、プレトニョフという音楽家は、内なるものを外へほとんど見せない音楽家です。

 

組曲「カレリア」は、予想通り、非常に手堅い演奏となっていました。

 

 

ちょっと話題はそれますが、開演前、舞台裏からこの「カレリア」の第1曲をホルンがトゥッティで合わせているのが響いてきました。

自主的にやっていたのか、あるいはプレトニョフに聴かせていたのかはわかりませんが、珍しい光景でした。

 

ちぐはぐだったグリーグ

 

2曲目は、話題のピアニスト、ガルシア・ガルシアをソリストに迎えてのグリーグ:ピアノ協奏曲

これは、私には、とっても「ちぐはぐ」に聴こえました。

 

ガルシア・ガルシアの演奏は今回初めて聴きましたが、きっと、もっとストレートで、もっとパワフルな音楽をやりたいひとなのではないでしょうか。

プレトニョフは例のごとく、抑え気味のテンポで、さまざまなところを丁寧に描いていきますから、エネルギー溢れるこの若手ピアニストには弾きにくかったのではないかと思います。

 

むしろ、そうした齟齬があるなかでも、東京フィルがゆるぎなくプレトニョフの下に献身的にまとまり続けるところに、ある種の凄みを感じました。

東京フィルが、この指揮者をどれほど敬愛しているのかが目に見えて伝わってきて、それがいちばん印象的でした。

 

♪プレトニョフ自身の「グリーグ・アルバム」

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

 

シベリウスの交響曲第2番

 

プレトニョフは、ほとんど本心を吐露しない音楽家です。

 

そんな音楽家が、シベリウスの交響曲第2番という、この作曲家の作品のなかでも、最もわかりやすくロマン派的である交響曲をどう演奏するのか

私にとっては、それがこの公演を聴く醍醐味でした。

 

第1楽章から、やはり、気持ち抑えたテンポで、非常に丁寧にすすめられました。

あらゆるフレーズを大切にあつかった音楽。

 

もっと正確には「丁寧」というよりも、禁欲的なくらいの「抑制」の音楽

 

劇的でありつつも、どこか常に「抑制」が効いていて、そこがいかにもプレトニョフらしいところです。

おおきな音楽ではあるものの、端正な表情が決して崩れることはありません。

 

いっぽうで、長大なクレッシェンドのあとでもフォルテッシモの「開放」がない「抑制」の表現は、ある種の欲求不満を感じさせることも事実で、でも、それは、このあとの楽章でも徹底されていました。

 

第2楽章も、悠揚迫らぬ音楽が展開します。

アンダンテの楽章でありながら、若きシベリウスの起伏に富んだ筆致が見られる音楽ですが、プレトニョフは、むしろ弱音や休符こそを非常に大切にあつかって、どんなに劇的な場面でも、音楽が切迫し過ぎることをさけていきます

 

あくまでも丁寧に、一歩、一歩、じっくりと、時間をかけて、歌われていく音楽。

 

その音楽の深い呼吸からは、並々ならぬ思いがあることが容易に想像されるのに、それを、はっきりと心の内から外へ出すことをプレトニョフは避けているようで、やはり、「抑制」の美が徹底して守られていきます。

深く、美しい、けれども、常にどこか「もどかしさ」が残ります。

 

 

第3楽章とフィナーレ

 

第3楽章スケルツォも、やはり気持ち抑え目のテンポで進められます。

この楽章は、フィナーレとアタッカでつなげられていて、勝利の音楽のような第4楽章になだれ込むような構成になっていますが、プレトニョフは、そこに「暗から明へ」といった意味付けをすることを拒んでいるようで、あくまで知情意のバランスを損なわないぎりぎりのリードで、第4楽章へ音楽を進めました。

 

この作品の第4楽章を、たいていの指揮者は“ 到達点 ”として、フィナーレらしい音楽のカタルシス、開放をもって描くものですが、プレトニョフは、やはりどこか違います。

 

確かに、疑いなく、広がりのある雄大な音楽として、プレトニョフはオーケストラをよく歌わせていきます。

東フィルもその要求に応えて、弦楽器など、非常にのびやかに歌い上げていました。

 

けれども、ここまでのすべての楽章がそうだったように、ここでも一定の「抑制」があります

手放しで、もろ手を挙げて喜びを爆発させるような、感情の「開放」がありません。

 

フィナーレに至っても、やっぱり、プレトニョフは何かを秘めたままです。

 

 

心情の吐露

 

彼のコンサートのときにいつも思うことは、では、ここまで抑制を重んじる彼が、その心の内を「溢れさせてしまう瞬間」はどこだろうということです。

プレトニョフの指揮するコンサートでは、必ずと言っていいくらい、どこかで一瞬、彼の心のひだがはっきりと感じられる瞬間があるもので、そこに触れたとき、ようやく、わたしは深い感動を得て、彼のコンサートに来てよかったとしみじみと思います。

 

このシベリウスでは、その瞬間は、フィナーレの前のデクレッシェンドの瞬間に訪れました。

 

この作品は、最後に金管の壮麗なコラールが登場しますが、そこに至るまで、非常に充実した、息の長いクレッシェンドがつづきます。

この息の長いクレッシェンドを、指揮者たちは感情のほとばしりを感じさせて描き出します。

 

ところが、プレトニョフは、やはり他の指揮者たちとちがっていて、あの嵐のようなクレッシェンドではなく、その前にあるデクレッシェンドのほうに力点を置いて、非常にたっぷりと、旋律のひとつひとつ、フレーズのひとつひとつを慈しむかのように、大切に歌わせていきました。

とりわけ、それぞれのフレーズの最後の音の残す響きの残照はこちらの心に迫るものがあって、その先に行きついたピアニッシモの世界は、驚くべき静けさ、そして、美しさでした。

 

このデクレッシェンドをこれほど見事に描き出した演奏というのは、今まで出会ったことがありません。

というより、このデクレッシェンドに、それほどの“ 意味 ”を感じたことなど全くありませんでした。

 

静まりかえったオーケストラは、やがて、また長い長いクレッシェンドを昇っていきます。

 

そして訪れる壮麗なコラールの直前、思いがけず響いて来るオーケストラの音の広がり。

夜明けの瞬間の、太陽の光が地平線にひろがっていくような、力強く、けれど、静かなカタルシス

 

これで、コラールを最強奏で歌い上げれば、はっきりとしたクライマックスが築かれるのに、プレトニョフはやっぱりそれをしません。

たしかに壮麗だけれども、決して熱狂はしない。

“ 抑制と調和 ”のもとにコラールを響かせます。

2回くりかえされるコラールも、2回目が1回目を乗り越えないように意識されていました。

強すぎるように思える自制心。

 

そして、これほどの長い時間をかけて、ようやく到達した最後の和音も、やっぱり、ほんの少しだけ、気持ち短く切り上げてしまいました。

 

ミハイル・プレトニョフの「芸術」

 

そうして、冒頭に書いた通り、足早に会場をあとにする人たちの姿。

 

その光景を観ていて、巨匠バーンスタイン(Leonard Bernstein、1918-1990)が晩年にウィーン・フィルとやったシベリウスの交響曲第2番の映像を思い出しました。

あのときのバーンスタインも、まったく独自のシベリウスで、ただ、今回のプレトニョフのものと比べたら、よほどあちらの演奏のほうがしっかりとしたカタルシスがありましたが、それでも、大量のお客さんが足早に会場を出ていく姿が映っていました。

 

バーンスタインにせよ、プレトニョフにせよ、ここまで自身の「芸術」をつきつめてしまうと、それに価値を感じる人と感じない人とがはっきりとわかれて当然です。

 

シベリウスの交響曲第2番が素直に与えてくれるはずのカタルシスを、徹底的に回避していたといってもいいような、今回の演奏。

 

このプレトニョフのシベリウスを聴いて、「なんだこれ」と思ったひとがいても、まったく不思議はないし、理解できます。

「もう耐えられない」と思って、さっさと会場を出ていく人たちの気持ちもわかります。

 

でも、私自身は、この長大な時間をかけて描かれた、内に秘めたようなプレトニョフのシベリウスに、感嘆して、疲れ果てて、そして、心打たれました。

 

これは確かに、耳をすませば澄ますほど、変わったシベリウスでした。

ただ、プレトニョフは決して奇をてらったわけではなく、あくまでプレトニョフ自身の芸術的良心に従い、献身的に作品と向き合っただけで、その結果として、この特異なシベリウスが生まれてきた、というだけでしょう。

 

そう、いつだってプレトニョフは、プレトニョフの王道をいく

 

これは、他の音楽家にはできない、唯一無二のシベリウス。

シベリウス本人が聴いたら驚いてしまうかもしれない類いの演奏だったかもしれませんが、他の指揮者では感じたことのない響きや“ 歌 ”がたくさん聴こえてきた稀有な演奏でした。

 

とはいえ、これは、まさに「賛否両論」の演奏。

その点でも、とっても面白かった公演でした。

 

会場には、珍しくカメラが入っていましたので、もしかしたらテレビなどで放送されるのかもしれません。

少なくとも、NHK-FMの日曜日の夜に放送されている「ブラボー!オーケストラ」という番組内では、いつか流れると思うので、是非、チェックしてみてください。

※権利上の問題なのか、プレトニョフの指揮した公演は「聴き逃し配信」がないので、ご注意ください。

 

プレトニョフ、次はいったい何を聴かせてくれるのか。

来日が待望される音楽家です。

 

➡「ミハイル・プレトニョフの公演から~わたしのお薦めの音楽家たち」のページに、彼のお薦めの公演や過去の演奏会のレビューをまとめています。

 

♪お薦めのクラシックコンサートを「コンサートに行こう!お薦め演奏会」のページでご紹介しています。

判断基準はあくまで主観。これまでに実際に聴いた体験などを参考に選んでいます。

 

♪このブログではオンライン配信の音源も積極的にご紹介しています。

オンライン配信の聴き方については、「クラシック音楽をオンライン(サブスク定額制)で楽しむ~音楽好きが実際に使ってみました~」のページでご紹介しています。

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♪実際に聴きに行ったコンサートのなかから、特に印象深かったものについては、「コンサートレビュー♫私の音楽日記」でレビューをつづっています。コンサート選びの参考になればうれしいです。

 

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