コンサートレビュー♫私の音楽日記

初めて日本に姿をみせた英国の弦楽四重奏団~エリアス弦楽四重奏団を聴く

 

1998年結成ということなので、すでに結成から25年が経過している、イギリスの「エリアス弦楽四重奏団 Elias String Quartet 」が初めて日本で公演をおこないました。

サントリーホールが主催する「チェンバー・ミュージック・ガーデン」(公式サイト)という音楽祭の一環で、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲演奏をおこないました。

わたしが聴いたのは、そのなかの1公演。

そこで感じたことをつづっていきます。

 

エリアス弦楽四重奏団

 

1stヴァイオリン:サラ・ビトロック
2ndヴァイオリン:ドナルド・グラント
ヴィオラ:シモーネ・ファン・デア・ギーセン
チェロ:マリー・ビトロック

現在は上記4人のメンバー。

1998年、イギリスのマンチェスター、王立ノーザン音楽大学で結成されたという弦楽四重奏団。

“ エリアス ”というのは、ドイツの大作曲家メンデルスゾーンのオラトリオ「エリア」に由来するそうです。

 

日本ではほとんど無名といってもいいかもしれない団体ですが、あのイギリスの室内楽の殿堂「ウィグモアホール」でベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲演奏をおこなって、しかも、その全曲録音がリリースされている団体です。

 

現在はメンバーが男性1人に女性3人という構成で、すこし珍しいように思い、新鮮でした。

1stヴァイオリンのサラ・ビトロックと、チェロのマリー・ビトロックは、名前から想像したとおり、姉妹だそうです

さまざまな媒体での発信にも熱心とのことで、彼ら自身のホームページ(公式サイト)もあります。

 

私が聴いたのは、以下の公演です。

 

2023年6月10日(土) 19:00@サントリーホール ブルーローズ(小ホール)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第12番 変ホ長調 作品127
(休憩20分)
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第7番 ヘ長調 作品59-1「ラズモフスキー第1番」

 

「室内楽」というジャンル

 

室内楽は、かつて「ハウスムジーク」、家庭的な音楽であり、ある種の無害な音楽と捉えられていた時代がありました。

例えば、ちょっと前まで、シューベルトの音楽などは、そのハウスムジークの典型として捉えられていて、ほのぼのとした空気感をもって演奏されるのが主流だったはずですが、時代は変わって、今ではそういうシューベルトをやるひとはほとんどいなくなりました。

 

音楽に潜在する狂気、内面的な危機をえぐりだそうとするのが現在の主流でしょう。

音楽全般へのそうした視点は、マーラーによって、いっそう強くもたらされたものだと私は感じていますが、実際、シューベルトの音楽にもそうした側面があったのは事実だと思いますし、そうした聴き方を現代のわたしたちが求め、心打たれるのもまた、事実だと思います。

 

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲にしても、今は鋭く、神経質なくらいの緊張度で演奏するのが、一般的です。

それも、世界的に活躍するような弦楽四重奏団となればなおさらで、私がこれまでに実演で聴いた団体でも、ハーゲン弦楽四重奏団にせよ、ベルチャ弦楽四重奏団にせよ、あるいは、もっと新しいキアロスクーロ・カルテットにせよ、みな方向性こそ違えど、いずれも鋭く楽曲に切り込んでいく姿勢がはっきりと打ち出されていました。

 

 

なぜ、エリアス弦楽四重奏団が日本で無名なのか

 

ああした現代を背負っているカルテットに比べてみると、初めて聴く、このエリアス弦楽四重奏団は、アンサンブルも、そして、やっている音楽そのものも、ずっと「おっとり」しているように感じられます。

 

その点、いかにもイギリスの団体らしい、まさに「中庸」を得ている音楽性、ということも言えるのかもしれません。

1stヴァイオリンのサラ・ビトロックの聴かせる美しい音が、このアンサンブルの軸を成していると思いますが、ただ、アンサンブル全体として聴かせる音楽は、ひたすらに研ぎ澄まされたものではなく、ふくよかで、柔和な音の美しさで成り立っているもの

アンサンブルの組み立ても、ヴィルトゥオーゾのそれというのではなくて、もっと等身大のものを感じさせます。

 

もちろん、そうした「中庸」という性格が、美点でもあると同時に、何か突き抜けたものを感じさせないのも事実で、それゆえに、物足りなさを感じるひともきっと多数いるだろうと、容易に想像できます。

 

実際、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲という楽曲そのものが「突き抜けた」音楽であるわけですから、彼らの演奏がベートーヴェンの弦楽四重奏曲の魅力を、十全に表現しきっているとは言えないのも、事実だったと思います。

彼らが、日本でほぼ無名であるのも、そうした性格上、仕方のないことのようにも思います。

 

 

エリアス弦楽四重奏団の魅力

 

そうしたことも感じたいっぽうで、けれども、この1回の公演を聴いているうちに、私は彼らの聴かせてくれた音楽におおいに魅了され、彼らのことが大好きになってしまいました。

 

彼らの演奏には、「とっても良い音楽を聴いている」ということを実感せずにはいられない、独特な魅力があります。

彼らが紡ぐ音楽には、どこをとっても、洗練され過ぎていない、音楽の素朴な感触、名曲のありのままの、自然な表情がのこっていて、そこが私にとって最大の魅力です。

 

最初に演奏された作品127の冒頭から、それをはっきりと感じたのですが、フォルテ(f)とスフォルツァンド(sf)が連続する力強い楽節ではじまるこの楽曲は、やがて、すぐにデクレッシェンドして、7小節目からピアノ(p)の美しい音楽にかわります。

その弱音に変わってから現れた美しさ。

 

少しくすんでいて、あったかくて、人肌のぬくもりが香っている音

お化粧がほどこされた美しさではなくて、素顔のうつくしさ

都会的なスタイリッシュな洗練とは隔絶した、イギリスのカントリーサイドを思わせる音のあたたかさ

 

実際、後半の「ラズモフスキー第1番」の第1楽章、20小節目あたりの、これもやっぱりフォルテの音楽がピアノになるところで、目の前に、急に、田園風景が広がったような印象を受けました。

 

 

機械的なところが微塵もなくて、生身の人間がお互いの音を聴きあってやっている、ある種の不器用さすら感じられる演奏。

でも、言葉を変えれば、それはある種の「自然さ」でもあって、音もアンサンブルも、そこから生まれてくる音楽の大きさも、「自然さ」というのが大きな特徴になっているように思いました。

 

この演奏を聴いていると、こういう素朴な、素直な音楽をやっている弦楽四重奏団が、まだまだ世界にはいるんだという、ちいさな驚きがありました。

 

彼らの演奏には、室内楽が「ハウスムジーク」という範疇におさまっていた時代の“ 残り香 ”があるように感じました。

アカデミックで、あまりに鋭敏過ぎて、やや攻撃的にすら感じる音楽を展開する団体が多くなった昨今、その正反対のような、音楽のぬくもりを感じさせるエリアス弦楽四重奏団の存在は、一見、古いようでいて、実はもしかしたら、新しい流れの先駆けなのかもしれません。

 

技術的な完璧さ、精度の高さという点で、もう行きつけるところまで行きついてしまった感のある現代のクラシックにおいて、その機械的な性格とは一線を画しているような彼らの演奏が、今後、いっそうその魅力をつよく感じさせる存在になっていくことを期待したいです。

現代のクラシック音楽界が見失いつつあるものが、彼らの音楽からは、微かに聴こえてきているように、わたしには感じられました。

 

彼らは「ベートーヴェン」に非常に強い思い入れがあるようで、すでに全曲演奏も世界各地で数多くこなしているそうですが、彼らの演奏スタイルを考えると、次は、ハイドンやモーツァルトのようなレパートリーも是非聴いてみたいと思っています。

 

エリアス弦楽四重奏団。

もっといろいろ聴いてみたい、魅力的なカルテットに出会いました。

 

これを支えている文化圏の質の高さ

 

この団体が、イギリスという国で非常に高く評価されていることにも、また、感慨をおぼえます。

何といっても、あのウィグモア・ホールでベートーヴェンのチクルスを行い、レコーディングまでしっかりされるわけですから、間違いなく、母国イギリスでは非常に高い評価を受けている団体といってよいと思います。

 

この団体の、飾り気のない、ちょっと不器用とすら感じなくもない、朴訥なくらいの演奏の魅力をしっかりと感じて、それを評価して、それを支持している聴衆がいるということ。

 

この団体がここまで高く評価されているという点だけでも、イギリスの音楽文化の懐の深さ、イギリスの聴衆の質の高さが偲ばれます。

 

サントリーホールが、今回、彼らを思い切って招聘してくださったことにも敬意を表したい思いです。

今後も、彼らが日本で定期的に公演を行い、そして、日本においても、正しく評価されることを願わずにいられません。

 

 

音源の紹介

 

先に書いたように、彼らはウィグモアホールでベートーヴェンの弦楽四重奏全曲のチクルスをおこない、レコーディングも配信されています。

「Elias String Quartet」で検索すると、各種のオンライン配信で見つけることができます。

 

ここでは、私が聴いた弦楽四重奏曲の2曲がふくまれているアルバムをご紹介しておきます。

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

写真をみるとわかりますが、この録音当時は男女比が2:2で、現在のメンバーとはヴィオラ奏者がちがっています。

 

現在のメンバーによるものとしては、ウィグモアホールが公式に配信しているYouTube動画で、シューベルトの「ロザムンデ」弦楽四重奏曲を視聴することができます。

ウィグモアホールは、コロナ禍以降、YouTubeでたいへん熱心にライヴ配信をおこなっていて、室内楽をお聴きになる方にはとてもお薦めのチャンネルです。

 

 

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読んでいただいて、ありがとうございます!

 

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