コンサートレビュー♫私の音楽日記

名手たちの夕映え~ベルリン・フィル往年のブラウ、シェレンベルガーのリサイタルを聴いて

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2024年1月、東京文化会館の小ホールに、ベルリン・フィルをささえた往年の名オーボエ奏者、ハンスイェルク・シェレンベルガー( Hansjörg Schellenberger )のリサイタルを聴きに行きました。

 

会場に入って、そう言えば、前回このホールに足を運んだのは、やはりベルリン・フィルの往年の名フルート奏者、アンドレアス・ブラウ( Andreas Blau )の出演する公演だったと思い出しました。

 

2023年に聴いたアンドレアス・ブラウ、そして、2024年に入ってから聴いたハンスイェルク・シェレンベルガー。

今回は、この往年の名手2人の実演に接して感じたことを、あわせてつづっていきます。

アンドレアス・ブラウ

 

ベルリン・フィルハーモニック・ウィンズ

 

昨年、2023年7月に「ベルリン・フィルハーモニック・ウィンズ」という木管五重奏のリサイタルがありました。

これは、私がこれまで聴いたいろいろなコンサートのなかでも、特にひどかった公演のひとつになりました。

 

「PMFフェスティバルで疲れてしまった」ということで、予定されていたラヴェルの「クープランの墓」やモーツァルト作品などは大幅にカット。

予定されていたプログラムは一変して、代わりに「ラ・クンパルシータ」などのラテン・ナンバーが演奏されました。

 

どうも最近のクラシックの演奏家は、あまりに気軽に他ジャンルの作品を演奏しすぎるように思います。

「タンゴ」というジャンルひとつとっても、そこにはタンゴならではの奥深い世界と歴史がひろがっているわけで、唇が疲れてしまったからといって、簡単に吹いてよいものではないはずです。

 

演奏内容も、いったいどれくらい準備したのか、疑問に思う出来栄え。

前半に演奏されたクルークハルトの木管五重奏曲は、たまたまレ・ヴァン・フランセの実演で聴いたばかりだったので、かえって、レ・ヴァン・フランセが如何によく演奏を練り込んでいたのかがわかりました。

 

さらにがっかりしたのは、前半のモーツァルトやクルークハルト、ベートーヴェンを窮屈そうに演奏していた面々が、後半のバーンスタインやラテン・ナンバーになった途端、嬉々として演奏しはじめたことです。

「今のベルリン・フィルのメンバーにとって、クラシック音楽っていったい何なんだろう」と、見ていて情けない気持ちになりました。

 

 

アンドレアス・ブラウ

 

そんなアンサンブルのなかに、ただひとり、どこか気まずそうに、笑顔もほとんどなく演奏していた奏者がいました。

ベルリン・フィル往年の名フルート奏者、アンドレアス・ブラウでした。

 

ブラウは、1969年から2014年までベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席フルート奏者をつとめた名手。

1949年ドイツ生まれということなので、わたしが聴いた2023年の公演のときはすでに74歳。

 

あのアンサンブルのメンバーのなかでは、アンドレアス・ブラウがいちばんの古株でした。

とはいえ、ブラウだってまだまだ大変な技巧を保っていて、公演の最後のほうでは、あまり気乗りしていない様子でしたが、「ティコティコ」を凄い勢いで吹いていました。

 

( Apple Music↑ ・ Spotify  などで聴けます)

 

全盛期ベルリン・フィルの音

 

ただ、私が惹かれたのはそうした技巧面ではなく、アンドレアス・ブラウの「音楽」でした。

 

彼がやっている「音楽」は、他のメンバーと段違いでした。

主旋律を吹いているときであれ、伴奏にまわっているときであれ、「音」へのこだわりがまったくの別格でした。

 

句読点の正確さ、音楽の折り目の正しさ。

1つ1つのフレーズ、一音一音に対する強い「執着」

 

そう、それはもう「こだわり」を通り過ぎて、「執着」でした。

以前、印象派の絵画展で、モネやルノワールの絵を間近で見たときに驚いた、ひとつひとつの筆のはこびの線の美しさを思い出しました。

 

カラヤン時代のベルリン・フィルには、こうした奏者が列をなして座っていたのかと想像するだけでも、圧倒される思いでした。

全体的にはひどい公演でしたが、アンドレアス・ブラウの音づくりを体験できたことだけは、とても大きな収穫になりました。

 

♪ヴィヴァルディ:フルート協奏曲 ト短調「夜」
アンドレアス・ブラウ, flute
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

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ハンスイェルク・シェレンベルガー

 

その全盛期ベルリン・フィルで、アンドレアス・ブラウと同じ列にすわり、首席オーボエ奏者をしていたのがハンスイェルク・シェレンベルガーです。

こちらは、ほんとうに素晴らしいリサイタルになりました。

 

当日のプログラムとアンコール

 

2024/1/27(日)15:00
@東京文化会館小ホール

C.P.E.バッハ:
ソナタ ト短調 Wq.135~オーボエとハープのための

J.S.バッハ:
パルティータ ト短調 BWV1013~独奏オーボエのための

シュポア:
幻想曲 ハ短調 Op.35~独奏ハープのための

J.S.バッハ:
ソナタ ハ長調 BWV1033~オーボエとハープのための

サン=サーンス:
ソナタ ニ長調 Op.166~オーボエとハープのための

ブリテン:
『オウィディウスによる6つのメタモルフォーゼ』 Op.49~独奏オーボエのための

フォーレ:
即興曲第6番 変ニ長調 Op.86~独奏ハープのための

パスクッリ:
ベッリーニへのオマージュ~イングリッシュ・ホルンとハープのための

〈アンコール〉

ヴィラ=ロボス:
黒鳥の歌~イングリッシュ・ホルンとハープのための

J.S.バッハ:
ソナタ 変ホ長調 BWV1031より「シチリアーノ」~オーボエとハープのための

 

年齢による衰え

 

ハンスイェルク・シェレンベルガーも、もう75歳。

演奏家としての最盛期は、もう過ぎてしまっているでしょう。

 

実際、冒頭のC.P.E.バッハ:ソナタ ト短調は、やや不安な出だし。

時おりですが、音がかすれたり、抜けてしまったり。

 

全盛期の彼ならば考えられないようなことが普通に起こります。

音色も、ずっと以前、ベルリン・フィルのコンサートで耳にしたときよりも、ややくすんだ音色に感じられました。

 

畏怖すべきバッハ

 

それが、2曲目、舞台にひとりだけでのバッハ:パルティータ ト短調 BWV1013 になると、様子が変わってきました。

もちろん、さきほど書いたような音のかすれや抜けはたまにあるのですが、無伴奏で演奏されたこの作品では、「音楽」が見事に立ち上がってきました。

 

「パルティータ ト短調 BWV1013」は、たったひとつの楽器で多声的な音楽を描く、まさにバッハの面目躍如たる作品。

シェレンベルガーは、強い集中力と厳しい音楽でもって、バッハの高みを登っていきます。

 

何か“ 絶対的なもの ”にむかっていく音楽家の姿が、そこにはありました。

演奏上の傷はそこかしこにあるけれど、でも、それらを凌駕して余りあるほどの音楽がひびいてきました。

 

これほどのバッハを演奏できるひとが、まだ現代に残っていたなんて、まったく感嘆せずにいられませんでした。

 

 

意外なほど魅せられたハープ演奏

 

シェレンベルガーのオーボエに伴奏をつけていたのは、彼の奥さんであるマルギット=アナ・シュースのハープ演奏。

彼女もまた、ベルリン・フィルで演奏していた奏者。

 

シェレンベルガーのバッハ独奏のあとには、このシュースのハープ独奏によるシュポア:幻想曲 ハ短調 がつづきました。

そして、これが予想もしていなかったほどの素晴らしさ。

 

シュポア:幻想曲 ハ短調は、以前、ほかのハーピストの演奏で聴いたことがあったはずですが、この演奏を聴いて、初めてその魅力がわかりました。

音楽の「構造」、作品がどう構成され発展しているのかが、くっきりと描き出されていく光景には、実に圧倒されました。

 

技術はもちろん素晴らしいのですが、それ以上に、「音楽」そのものを語らせることができるところに、語弊があるかもしれませんが、なるほどシェレンベルガーの奥さんなんだと納得させられてしまいました。

 

あとで調べてみると、彼女にはすでに、この作品のレコーディングがあるのがわかりました。

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この録音ではそこまで感じないのですが、実演では、彼女の「撥弦」の音、ハープの弦をはじくときの音が非常に力強く、それも大変印象的でした。

 

バッハ:ソナタハ長調 BWV1033

 

前半のしめくくりは、やはりバッハ「ソナタハ長調BWV1033」

バッハの真作かどうか疑念があるとされる、とっても人なつっこい作品。

 

シェレンベルガーとアナ・シュースの演奏は、出だしのAndanteのところから、その魅力にひきこまれる演奏でした。

シェレンベルガーの音色は、このあたりになると、リサイタル冒頭の不安定なものとは違って、往時をしのばせる輝きを感じさせました。

 

そのあとのPrestoはさすがに技巧上の苦労を感じさせたものの、それでも、やはり“ バッハ ”作品でのシェレンベルガーの集中力はなにか特別なものがあって、聴くものを非常に強く引きつけるものがあります

やはり、あの時代のベルリン・フィルで首席をはるような奏者にとって、バッハというのは、それくらいに特別な存在なのでしょうか。

 

これはもう「ずっと聴いていたい」と思わされるバッハ。

ロシアの名ピアニスト、タチアナ・ニコラーエワ(Tatiana Nikolayeva, 1924-1993)が、どこかで「バッハだけは、24時間聴いていられる」と話していたことがありましたが、このシェレンベルガーのバッハは、まさにそれでした。

 

♪タチアナ・ニコラーエワによる「バッハ名曲集」

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晩年のサン=サーンスのソナタ

 

長年コンサートに通い、たくさんの音楽家を見ていて感じるのは、美しく年をとることの難しさです。

 

若いころは素晴らしかったのに、年を経るごとに、つまらない音楽家になってしまったひと。

もはや技術的な限界をむかえてしまっているのに、大御所として舞台に立ち続けるひと。

色々な音楽家がいます。

 

それは、それぞれのひとの“ 生き方 ”でもあり、それぞれの思うように生きればよいわけですが、いずれにしても、「美しく年をとることが非常に難しいこと」なのは間違いないようです。

 

後半の冒頭はサン=サーンス(Charles Camille Saint-Saëns,  1835-1921)のオーボエ・ソナタ

サン=サーンスが亡くなる1921年に書いた、最晩年をしめくくる3つの木管楽器のためのソナタ(オーボエ、クラリネット、ファゴット)のひとつです。

 

シェレンベルガーの吹くサン=サーンスを聴いていると、きっと、彼ほどの名手といえども、若いころだったら、ここまでの雄弁な音楽、作品のもつ“ 渋み ”のようなものは出せなかっただろうと思いました。

人生を重ねたからこその音楽が、ここからは聴こえてきました

 

もちろん、音がかすれたり、ちょっと抜け落ちたり、全盛期とくらべたら、彼だって多くのものを失ったでしょう。

けれども、この曲の冒頭、Andantinoの、簡潔にして素朴なフレーズ、ぽつりぽつりと、言葉少なに語り出すかのような音楽が、いかに多くのことを語っていたか。

 

シェレンベルガーは、間違いなく、美しく年輪を重ねることができている稀有な音楽家です。

 

♪シェレンベルガーによるサン=サーンスのオーボエ・ソナタ(1988年録音)

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シェレンベルガーには、1988年に録音されたサン=サーンスがあって、そちらは全盛期の彼の流麗な演奏が心地よい録音です。

でも、あの公演で聴かれた、胸に迫るような音は、より晩年のサン=サーンスの心のなかに響いていた音楽そのもののように感じられて、はるかに雄弁で、心打たれる演奏でした。

 

名手たちの夕映え

 

このあとには、ベンジャミン・ブリテン(Benjamin Britten, 1913-1976)の無伴奏作品もあり、そちらで見せたシェレンベルガーの鬼気迫る音楽への姿勢もまた印象的でした。

 

♪ブリテン「オウィディウスによる6つのメタモルフォーゼ」op49
ハンスイェルク・シェレンベルガー, oboe

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指揮活動に重点をうつしているシェレンベルガーは、いつまでオーボエを人前で吹くでしょう。

 

あれほど音楽的なバッハをやるひとなので、自身の音楽づくりに対しても、しっかりと線引きをする方なのではないかと思います。

つまりは、この公演を感嘆しつつ聴きながら、シェレンベルガーが人前でオーボエを吹くのをやめる日は、もしかしたら、そこまで遠くないのではないか、という寂しい予感もしました。

 

吉田秀和さんが、巨匠ホロヴィッツ(Vladimir Horowitz, 1903-1989)のピアノを「ひびのはいった骨董品」と評したことがありましたが、現在のシェレンベルガーのオーボエにも、やはりそうした面はあります。

たまに音が抜けたり、かすれたり。

それでも、ああしたバッハなどを聴いてしまうと、傷があるにはあっても、大切に聴き続けたい名演奏家だと思わされます。

 

シェレンベルガーのオーボエ、それから、ブラウのフルート。

全盛期ベルリン・フィルをささえた名手たちは、演奏家としての盛りは過ぎてしまっているのかもしれません。

けれども、それぞれが、美しい夕映えのように、いまも深く、強く、印象を刻む「音楽」を聴かせています。

 

 

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