コンサートレビュー♫私の音楽日記

ミュンヘン・フィルのコンサート・ミストレス青木尚佳さんを聴いて~紀尾井ホール室内管弦楽団コンサート

 

出演者・曲目の変更

「美味しいものが食べたければ、メニューではなく、まず美味しいお店をさがすことが大切」とこのブログのいろいろなページで書いています。

クラシックのコンサートについては、曲目がどうかということより、誰が演奏するのかで良し悪しはほとんど決まってしまいます。

 

なので、出演者の変更というのは、ほんとうに痛いというのが正直なところ。

今回テーマにする、2022年4月22日(金)の紀尾井ホール室内管弦楽団のコンサートは、本来はバロックの大家トレヴァー・ピノックの首席指揮者就任披露コンサート(オール・モーツァルトで交響曲第31番《パリ》第35番《ハフナー》第39番)という特別な一夜のはずでしたが、ピノック氏が急病のため指揮者がイギリスのジョナサン・コーエンに変更となり、曲目もヴァイオリン協奏曲などが入って変更になりました。

ピノック氏の一日も早い回復をお祈りしています。

そして、オール・モーツァルトの素敵なプログラムは、是非、次のシーズンに元気なピノック氏と実現していただきたいです。

 

『ドン・ジョヴァンニ』序曲

コンサートはモーツァルトの歌劇『ドン・ジョヴァンニ』序曲ではじまりました。

ジョナサン・コーエン(1977-)は、パンフレットによれば、ピノック氏が自身の後継者のひとりとして期待している指揮者ということ。

 

ただ、今回はじめてその指揮に接してみて、室内オーケストラから無理に大きな音をひき出そうとする姿勢には、率直にがっかりさせられましたし、オーケストラ・メンバーもあまり納得して弾いているようには見受けられませんでした。

楽曲の構成感もいまひとつで、あの数分の序曲が妙に長い音楽に聴こえました。

 

思いがけない出会い

けれども、このコンサートの白眉はそのあとのベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲ニ長調でした。

 

ソリストは、つい先月(2022年3月)、あのドイツの名門ミュンヘン・フィルのコンサート・ミストレスに就任したばかりの青木尚佳(あおき・なおか)さん。

日本人の女性ヴァイオリニストがミュンヘン・フィルのコンサート・ミストレスになったというニュースは何かで読んで、いつか聴いてみたいと思っていたんですが、プログラムの変更によって思いがけずも、今回さっそく聴くことができました。

 

独奏ヴァイオリンが弾きはじめた途端、驚きました。

とにかく音がずば抜けて美しい。

 

とりわけ高音の美しさとのびやかさは出色で、その美しい音でしなやかに歌われる旋律は、ベートーヴェンの極めて繊細な一面を新たに教えられているようでした。

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲というと、とりわけ第1楽章は優美であると同時に、とても堂々とした、重心の低い音楽として馴染んでいたんですが、彼女の演奏で聴いていると、この曲にはもっと静的な、もっと抒情的なアプローチも許容する側面があるのかもしれないと感じられました。

 

残念なのは、オーケストラがとりわけトゥッティのところで美感を欠くこと。

もっと静かに、この精緻なヴァイオリン・ソロに寄り添ってほしいと何度も思いました。

そして、第1楽章はもともと充実した長大な楽章ですが、『ドン・ジョヴァンニ』序曲で感じられた構成力の弱さがあって、やはり冗長に感じられる瞬間がありました。

それでも、青木尚佳さんのヴァイオリン・ソロは、そうした齟齬をぎりぎりのところで何とかまとめていました。

それこそ、新しい首席指揮者のピノック氏との共演で聴いてみたいところです。

 

 

清潔なヴァイオリン

美しい音、しなやかなフレージング、「完璧」という言葉が脳裏をよぎるほどのテクニックの冴え。

そうしたものは、いっぽうで諸刃の刃でもあって、やたらと飾り立てただけの音楽が露呈するヴァイオリニストも少なくないなか、彼女の演奏にはそうした瞬間が微塵もありません。

おそらく、その高度な技巧をいっそう洗練されたものとしているのは、彼女のとても“ 清潔な ”音楽観でしょう。

 

たいていのソリストにみられる押しの強さやアクの強さはまったくといっていいほどなくて、奇をてらわず、自然に音楽に寄りそっているスタイルは非常に好感がもてるものです。

これほどの名手がその実力に見合うほど話題になっていなかった印象があるのは、そうした美点が逆に影響していたのかもしれません。

その実力をしっかりと見極め、正当に評価したミュンヘン・フィルは、さすがだとしか言いようがありません。

 

 

驚いた第3楽章のカデンツァ

一方で、このヴァイオリニストの未知のスケール感をいちばん感じさせられ、驚かされたのが第3楽章のカデンツァ。

ここでは、それまでの演奏からの予想をおおきく超える追い込み、音楽的な頂点へと駆け上がっていく、畳みかけるような楽想が横溢して、まさに“ 圧倒的 ”といっていい時間を出現させていました。

つまりは、ただ上手いだけではなく、楽曲のクライマックスをしっかりと形づくることができる、真に音楽的なヴァイオリニストなわけです。

 

これを体験してしまうと、ミュンヘン・フィルのコンサート・ミストレスにしておくのはもったいないとすら思ってしまいます。

いずれにせよ、このヴァイオリニストはそう遠くない将来、秀逸なソリストとしてより広く活躍するようになるはずです。

私にとっては、若手ヴァイオリニストのなかで、ロシアのアリーナ・イブラギモヴァと並んで、今後、目の離せないヴァイオリニストのひとりとなりました。

 

アンコール

うれしいことに、盛んな拍手にこたえてアンコールがありました。

曲は、バッハの『無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番BWV1005』~第3楽章ラルゴ。

 

ホール全体が、この秀逸なヴァイオリニストの美しい音としなやかな音楽で満たされます。

 

もうずっと以前のこと、ルーマニアの名ピアニスト、ラドゥ・ルプーを聴いたときのことを思い出します。

あのときはブラームスのピアノ協奏曲第1番が演奏されて、そのあまりに繊細なピアノの響きに、オーケストラのいるコンチェルトではなく、ただただソロを聴きたいと思わされました。

 

ホールのなかを、たったひとつの楽器から生まれる美しい音が満たす瞬間の美しさは、オーケストラから生み出される美とはまた違ったものです。

 

ずっと聴いていたい音。

バッハのラルゴの世界に包まれて、ただただ、そう思いました。

 

 

もう、これ以上何を聴きましょうか。

 

後半にはモーツァルトの交響曲第39番が演奏されるはずです。

でも、後半もまた、先ほどのように美感を欠いた演奏が繰り返されるかもしれません。

せっかくこんなに素敵なヴァイオリンと出会って、心のなかが音楽でいっぱいに満たされたのに、いくら何でもそれはない。

 

休憩時間に外へ出て、後半のプログラムは聴かずに、紀尾井ホールのすぐ近くにある桜堤を歩いて帰ることにしました。

もうとっくに葉桜ですが、夜の春風にやさしく吹かれて、そして、耳にまだ響いているベートーヴェンとバッハの音を聴きながら歩く夜道は、ほんとうに気持ち良い、美しい帰り道です。

 

ほんとうに素晴らしいヴァイオリニストに出会えた一夜でした。

 

 

 

 

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