エッセイ&特集

忘れられた名指揮者ヘンリー・ルイスを讃えて~一流のベートーヴェン演奏と出会う

 

様々な情報があふれかえっている現代。ある曲を聴こうとすると、山のような選択肢が目の前に提示されます。

それでも増え続けるレコーディングの山。

そして、いつしかその山に埋もれて、忘れられていく音楽家たち。

自然淘汰といわれれば、確かにそうかもしれないけれど、それでも中には、この人ってほんとうに忘れられてしまっていいんだろうかっていう音楽家もいます。

 

私のとりわけ好きな行進曲アルバムのなかに、ヘンリー・ルイスという指揮者が録音したものがあります。

このアルバムでの指揮があまりに見事なので、折に触れて他の録音も探しますが、これがなかなか見つかりません。

彼もまた、忘れられつつある音楽家のひとりと言っていいのでしょう。

 

確かに大指揮者ではないけれど、でも、聴くべき仕事をしっかりと残してくれた指揮者でもあります。

今回はベートーヴェンの交響曲第6番『田園』の録音がオンライン配信されているのを見つけましたので、私の大好きな行進曲アルバムも含めて、もっと聴かれていいはずの名指揮者、ヘンリー・ルイスをご紹介していきます。

 

ヘンリー・ルイスについての予備知識

 

今回の主人公、ヘンリー・ルイス(1932 – 1996)は日本ではほとんど話題にならない指揮者です。

でも、すこし調べてみてるだけでも、実は音楽史に着実に足跡を残している方だと教えられます。

 

彼はロサンゼルス出身、アフリカ系アメリカ人の音楽家で、まずコントラバス奏者として16歳でロサンゼルス・フィルに入団しています。

これはアメリカのメジャー・オーケストラに初めてアフリカ系アメリカ人が採用された、快挙といっていい出来事だったそうです。

 

その後、名指揮者ズービン・メータのアシスタントなどを経て、ニュージャージー交響楽団の指揮者となりますが、やはりこれもアフリカ系アメリカ人がメジャー・オーケストラの指揮者となった初めての快挙だったそうです。

しかも彼が就任してから、それまで年間20公演程度だったニュージャージー交響楽団のコンサート数は、年間100公演前後にまで増加。

つまり、5倍に跳ね上がったという凄い記録が残っています。

 

プライベートでは、アメリカの代表的メゾ・ソプラノ歌手マリリン・ホーンと一時期夫婦だったので、名歌手であるマリリン・ホーンとのオペラ関連の録音は、今も結構出ています。

 

スーザ(H・ケイ編曲):バレエ『星条旗』
(ヘンリー・ルイス指揮ナショナル・フィル)

ここでまず、先ほど触れた大好きな行進曲アルバムをご紹介します。

私はこの曲とこの演奏がほんとうに大好きなので、自信をもって、先頭でのご紹介です。

 

何といっても曲がおもしろい!

これはスーザの行進曲をバレエ音楽(!)にしてしまったものです。

正式には『ジョン・フィリップ・スーザの音楽にもとづく5つのキャンペーン“星条旗”』という題名のバレエ音楽です。

( AppleMusic↓ ・ Amazon Music ・ LineMusic ・ Spotify などで聴くことができます )

 

スーザの行進曲でバレエを踊る

 

これは、アメリカにニューヨーク・シティ・バレエ団という有名なバレエ団がありますが、このバレエ団を創設したロシア出身のダンサー・振付家のジョージ・バランシンの依頼で作られたバレエ音楽です。

編曲をしたのはハーシー・ケイという人。

彼はカーティス音楽院であのレナード・バーンスタインと同級生だったという作曲家・編曲家。バランシンの依頼に応じて、スーザの行進曲を自由にアレンジしてこのバレエを作りました。

 

『星条旗』という題名のとおり、フィナーレは行進曲『星条旗よ永遠なれ』がほぼそのまま。

そこに向けていろいろな行進曲が組み合わされて登場する、“行進曲の盛り合わせ”のような音楽です。

 

ずいぶん昔になりますが、「題名のない音楽会」という番組で日本人指揮者の岩城宏之さんが「これは“作曲”っていっていいのかな?ほとんどそのままじゃないか?」などと笑いながら紹介していたのを見たことがあります。

実際、フィナーレの『星条旗よ永遠なれ』はほとんどそのままです。

でも、ほとんどそのままにしちゃった判断、ここで名曲を変にいじらなかった審美眼に私は敬意を表したいです。

 

この編曲が超一流と言いたいくらい実に良く、おもしろく出来ていて、ただ単に色々な曲をつないでいるだけではありません。

緩急をおりまぜながら、多彩なオーケストレーションで盛り上げます。

 

そう、まさに“ 盛り上げる ”という言葉が最良の意味でふさわしい音楽です。

これは軍事パレードをバレエ化したようなものなので、愛国心を高揚させるような、威勢のいい音楽になっています。

まさにアメリカでしか生まれない、アメリカ的なバレエ音楽です。

 

第2曲冒頭やおわり近く、第3曲などで挿入される、ときにユーモラス、ときに効果的なドラムの入れ方を聴いても、並みの編曲ではありません。

第4曲ではトランペット・ソロが入ってきて一気に曲の雰囲気が変わりますが、たいていこの種の編曲でこうしたソロが入ってくると、音楽が流れを失ってつまらなくなるものです。

そこを大変うまく回避しているのも職人芸。

行進曲が好きな方なら、最初から最後まで、間違いなく楽しめるバレエ音楽です!

 

ジョージ・バランシンとニューヨーク・シティ・バレエ 引用 Wikimedia Commons

ヘンリー・ルイスの歯切れの良い名演奏

 

『星条旗』は変わった作品ですが、録音はアメリカのオーケストラを中心にいくつかあります。

そうしたなかで、私が強くお薦めしたい演奏が、このヘンリー・ルイス指揮によるナショナル・フィルのものになります。

とても歯切れのよい演奏で、あまりこういう言い方は好きではないのですが、この曲の「ベスト」の演奏です。

 

オーケストラのアンサンブルの冴え、全体にみなぎる切れ味の鋭さ、リズムの歯切れの良さ、テンポ設定の的確さ。

どれをとってもヘンリー・ルイスはこの曲の最高水準の出来栄え。

とりあえずこの曲はこの演奏を聴けば、曲の素晴らしさと楽しさがすべて伝わってくるといって良いくらいの名演奏を繰り広げています。

 

打ち上げ花火のような冒頭のオーケストラのなかで、しっかりと響きわたるバスドラムやスネアドラムのバランスの良さを聴くだけで、心がうきうきしてきます。

エネルギッシュなのにある種の抑制が効いているので決してうるさくなりません。

全編を通して、音の出し入れが実に整理整頓されていて、これだけオーケストラが鳴り続ける楽曲なのに響きが鈍くなってお団子状態になる瞬間が全然ありません。

すごいバランス感覚。

 

また、この曲は万華鏡のように多彩に曲想が入れ替わりますが、間のとり方といい、テンポの動かし方といい、ヘンリー・ルイスは本当に絶妙です。

こういうものは理屈ではないところなので、ごく一部の限られた指揮者にしかできない芸当です。

 

こうしたポップな音楽で著名なアメリカの名指揮者アーサー・フィードラーもこの曲を録音していますが、彼の指揮だともっと素朴であると同時に、テンポが気持ちゆったりとしているので、いろいろとつないだ「接続曲」という印象がどうしても残ります。

それはある意味で、こういった曲の弱点を包み隠さずに素直に露呈させているともいえるので、作品をありのままの姿で反映しているといっていい正直さが清々しいのですが。

 

アーサー・フィードラーの演奏はどこか日曜日のくつろいだマーチングバンドのパレードを思わせる素朴さがあって、僕はこれはこれで好きな演奏です。

ヘンリー・ルイスでは元気すぎる気分のときには、こちらに手が伸びます。

 

アーサー・フィードラーと違って、ヘンリー・ルイスはテンポを気持ち速めに設定することで、「接続」というより「変化」として、多彩でありつつ音楽全体にどこか一貫性をもたせて聴かせてくれます。

その変化のつけ方が絶妙で、ワンパターンにならないのに、バラバラにもならない。

音楽のつじつまが、しっかり合ってしまうのがすごい。

 

その点で、たいへん構成力のある、つまりはシンフォニー指揮者としての能力の高さも垣間見ることができます。

この曲が「接続曲」に聴こえないというのは大変な力量です。

その録音になかなかお目にかかれないヘンリー・ルイスのもので、唯一今でもCDとしてすぐに手に入る現役盤というのが納得できる充実の名演奏です。

 

ちなみに、こちらがアーサー・フィードラーの演奏。特に第6曲などはテンポがまったく違っていて、アーサー・フィードラーとヘンリー・ルイスでは別の曲のよう。

( AppleMusic ・ Amazon Music ・ LineMusic ・ Spotify↑ などで聴くことができます)。

 

チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調『悲愴』
ヘンリー・ルイス指揮 ロイヤル・フィル

次にご紹介するのは、私が唯一ほかに持っているCDで、ブックオフで偶然見つけたものです。

 

これはとても面白い出会いでした。

というのも、そのCDのジャケットには「ヘンリー・リバイス指揮」とはっきり日本語で書かれているんです。

ヘンリー・「ルイス」ではなく、ヘンリー・「リバイス」。

なんか微妙に名前が違うわけです。

 

「ヘンリー・ルイスなら買うのに…」と、一度手に取ったCDを棚に戻し、他のものをいろいろ見ていました。

世の中には私のまだ知らないの指揮者なんて山のようにいらっしゃるわけで、ヘンリー・リバイスなる指揮者もその一人なんだろうと。

 

ただ、そうは言っても、名前が似過ぎているのがひっかかりました。

しばらくして、「リバイス →リーバイス →Levi’s →Lewis? →ルイス?」と頭に浮かんできました。

 

もしかして…と思い、もう一度手に取って確認。

すると日本語では「リバイス」と書かれているのですが、別の箇所に英語で“ Conductor HENRY LEWIS ”。

Lewis=ルイスです!

 

日本ではあまり有名な指揮者ではないので、適当に訳されてしまったのでしょう。

もちろん、お宝発見の気分で買って帰りました(EYEBIC,  ECD-50019 という番号のCDです)。

 

『悲愴』からわかるヘンリー・ルイスの特徴

 

聴きはじめてすぐに気づくのは、フレージングやアーティキュレーションに見られる「清潔感」です。

表現がかなり知的に整理されていて、曖昧なところや乱れにつながるようなものがありません。

相当しっかりとリハーサルを重ねるタイプの人だったんじゃないでしょうか。

きっとオーケストラ・トレーナーとしての腕前も素晴らしかったはずです。

 

ただ、反面、どうしても柔軟さに欠けるというか、表現に固さがつきまとうのは事実です。

それがこの指揮者の録音が忘れられつつある大きな理由のように感じます。

 

固さは一度気になると随所で気になるのですが、それでも聴き続けられるのは、この人の指揮には特有の「表情の瑞々しさ」があるからです。

弦楽器がよく歌い、管楽器ははっきり、くっきりと鳴ります。

全体に抑制がきいているけれど、どの瞬間も十分に配慮された表情づけがあることで、固いけれど、表現にどこかコクがあります。

 

なので、そうした特徴からいっても、私の持っているこの『悲愴』より、後にご紹介する『田園』のほうが素晴らしいです。

『悲愴』のようなロマン派の作品になると、どうしても表情の硬さがずっと気になります。

何というか、あまりに立派すぎるわけです。

決してクールではなく、むしろホットな演奏ですが、もっとしなやかな歌が聴きたいという気分にさせられてしまいます。

 

でも、これが生演奏だったら、まったく違うだろうなと感じます。

この人が指揮者になったアメリカのオーケストラの公演数が5倍に跳ね上がったという話がありましたが、なるほど本当にそうだろうと納得できる録音です。

これだけしっかりと、くっきりと作品を描き出せる人が指揮者としてわが街にやってきたら、私も安心してチケットを買ってコンサートに通います。

生演奏であれば、きっとこの『悲愴』も違ったものとして聴こえてくるでしょう。

 

ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調『田園』
ヘンリー・ルイス指揮 ロイヤル・フィル

名前を誤訳されるくらい録音を見かけない指揮者なので、この『田園』の音源を目にしたときは驚きました。

この録音の存在すらもちろん知りませんでした。

 

でも、本当にびっくりしたのは、聴きはじめてからでした。

どうしてこんなに素晴らしい演奏なのに、ちっとも話題にならないのでしょう。

もちろん、『田園』ともなると他にすごい録音が山のようにあるのでわからないでもないのですが。

 

でも、まったく無視されていいような録音でもありません。

これは地味にすごい録音です。

 

古典派の作品ととても相性がいい

チャイコフスキーの『悲愴』を聴いたときにも感じたことですが、この人の指揮はとても「誠実」です。

ロマン派の作品では堅苦しく聴こえる面もあったそれが、古典派の作品になると、とても良いバランスで均整のとれたものとして響きます。

 

第1楽章からして実に立派。

どこからどこまでもオーソドックスと言えるかもしれません。

でも、ここまでオーソドックスなのに決してつまらなくならない。

それは、この人が曲の構成をよく理解して、それに沿って自然に曲のドラマを活かしている点、そして、整えられたアンサンブルから導き出されるオーケストラの響きの美しさのおかげでしょう。

 

アンサンブルでいえば、第4楽章の嵐の場面、オーケストラがしっかり鳴ってすごい迫力があるのに、きれいなバランスが全然崩れないフォルテッシモ、これはそうそう出会える表現ではありません。

第2楽章以降も、特徴的なテンポ設定や耳をひくようなアイディアの類いはどこにも見当たりません。

でも、第2楽章の出だしなんて、本当にデリケートな優しい音で、耳をすまさずにはいられない美しさです。

 

表現は常にストレートで、そういう点はいかにもアメリカ生まれの指揮者という感じがします。

それと、ソロにせよアンサンブルにせよ、木管の美しさが随所で耳をひきます。

ビーチャムのブラームスのことを書いたときにも思いましたが、当時のロイヤル・フィルというのは本当に腕のいい奏者が集まっていたようです。

弦楽器が、最近聴けなくなった美しいヴィブラートを、表情豊かにかけているのも私は好きです。

 

ありそうで滅多に出会えない演奏

こうして特徴を書くと、整理整頓されたアンサンブルがどうしても目につくのですが、実は、この録音の最大の魅力は、それによって形を与えられた、しっかりと準備されたうえでの“ 心のこもった ”丁寧さでしょう。

では、なぜこの人の録音があまり話題にならないのかと考えると、元来、クラシックの本流は即興演奏にあるわけで、大家たちはみな多かれ少なかれそうしたプラスアルファの面を持っています。

どんなに事前にリハーサルをくりかえして準備をしても、本番だけに表れる何がしかの未知なもの、発展的なもの。

カラヤンはウィーン・フィルやベルリン・フィルが超一流である証拠のひとつは、そうしたリハーサルでは決して聴こえてこなかった何かが本番で聴こえてくる点だと述べていました。

 

その点で、そうした突き抜けたところまでは行っていないのが、話題にならない要因なのかもしれません。

つまり、再現不能というわけではない、唯一無二ではないということです。

すべてがしっかりと準備されて、職人的な良心にもとづいて織り上げられているけれども、何か芸術品としてとびぬけた主張やひらめきがあるわけではない。

 

でも、一見ごくごく普通の演奏に見えて、今、これをできる指揮者がいるかと言われたときに、なかなか思い浮かんできません。

ここには、超一流ではないものの、絶対に二流ではない、本当に安心して聴いていられる“ 一流の ”ベートーヴェンがあります。

 

高級レストランではないけれど、いつも美味しいものを出してくる洋食屋さんみたいな感じでしょうか。

見つかりそうで見つからないお店。

見つけたらずっと大切に通いたくなるお店。

彼が指揮者になったオーケストラの公演数が爆発的に伸びたというのは、きっとそういうことなんです。

 

たしかに大指揮者の仕事ではないですけれど、これが忘れられて、誰も聴かなくなるというのはちがうと思います。

これは、ありそうで滅多に出会えない、できそうで滅多にできない、とってもいいベートーヴェンだと思います。

 

『田園』が好きな方は、フルトヴェングラー、ワルターやベームを100回聴くなかで1回くらいは思い出してこれを聴いてください。

( AppleMusic ・ Amazon Music ・ LineMusic ・Spotify↑ などで聴くことができます )

 

 

さて、今回は忘れられた感のある名指揮者ヘンリー・ルイスを特集しました。

活躍した方なので、録音ももっと残っているのではないかと期待しています。

これからの出会いを楽しみに待ちたいと思います。

ベートーヴェンの他の交響曲、それからシューマンの録音などがあれば聴いてみたい人です。

 

今回ご紹介した3曲のなかでは、「悲愴」以外はだれにでも自信をもってお薦めできる名演奏です。

ヘンリー・ルイスさんには失礼ですが、彼の指揮した「田園」を聴いてから他の大指揮者たちの「田園」の演奏を聴くと、なるほど、一流と超一流の差を聴くこともできます。

でも繰り返しますが、そうはいっても、本当にこの演奏は滅多にできないことをやっています。

 

ヘンリー・ルイスの美点が「田園」の美しさと幸福な共鳴をしています。

是非聴いてみてください。

 

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