シリーズ〈交響曲100の物語〉

【初心者向け:交響曲100の物語】モーツァルト:交響曲第39番変ホ長調~小さな試聴室

 

シリーズ〈交響曲の名曲100〉、今回はその第12回目。

今回から、交響曲の歴史のなかでも極めて重要な作品群、モーツァルト最後の「3大交響曲」の世界に入っていきます。

謎に満ちた3大交響曲

モーツァルトは32歳になる1788年、3曲の交響曲を立て続けに書きました。

6月に第39番、7月に第40番、8月に第41番『ジュピター』が完成されています。

モーツァルトの「交響曲」のジャンルへの作曲は、この3曲で打ち止め。
と言っても、これらを書いてすぐに亡くなったわけではなくて、彼がこの世を去るのは1791年の冬なので、それまでまだ3年半の時間があったわけです。
けれど、彼の創作はオペラなどに向かっていて、結局、交響曲のジャンルへ戻ってくる時間はありませんでした。

 

この第39番から第41番までの3曲は、まとめて“ モーツァルトの3大交響曲 ”と呼ばれています。

実は、音楽史に燦然と輝くこの3大交響曲、その知名度とうらはらに、謎だらけというのが現実だったりします。

 

なぜモーツァルトが、こんな短い期間に3つも交響曲を立て続けに書き上げたのか。
誰かの依頼があった形跡もないし、出版された形跡もありません。

そうした事情もあって、以前は「モーツァルトが内的衝動に駆られて作曲したもので、生前には一切演奏されなかった」というのが一般的な説でした。

 

けれども、最近は研究が進んで、見解が変わってきています。
それによれば、おそらくどの交響曲も、モーツァルトの生前に演奏はされていただろうとのこと。

ただ、「なぜ立て続けに3曲も書かれたのか」については、様々な研究者の様々な意見があって、結論は今も出ていません。

かなり有力視されている説としては、「3部作」として出版することを意図していたのではないかというものです。
第39番が変ホ長調、第40番がト短調、第41番『ジュピター』がハ長調という3つの調性の組み合わせが、ハイドンが集中的に作曲したパリ交響曲集の第82番ハ長調『くま』第83番ト短調『めんどり』、第84番変ホ長調の組み合わせと同じであることなどが根拠として挙げられています。

ただ、それも推測の域は出ないもの。

それどころか、この奇跡のような3つの交響曲は、それぞれの初演の日時すら特定できる資料がなくて、どの曲もまるで、私たちが安易に近づくのを拒んでいるかのようです。

第39番 変ホ長調

第39番変ホ長調は、1788年の6月に完成されました。

楽器編成が珍しくて、オーボエがなく、クラリネットが入っています。
オーボエがないというのはモーツァルトの作品では、かなり例外の部類に入ります。
また、クラリネットの使用もモーツァルトの交響曲では珍しいことです。
これ以前の交響曲で彼がクラリネットを使ったのは、第31番『パリ』第35番『ハフナー』だけです。

そのほか、ハイドンから学んだであろう、第1楽章の最初に見事な「序奏」がつく構成も、第36番『リンツ』に始まって、第38番『プラハ』とつづいて、この第39番で打ち止め。

 

ただ、そうした外見上のちがい以上に、この曲に接するときにまず一番に思うことは、この曲はもう「聴く」というより、その音楽が鳴り響く神聖な場面に「立ち会う」という感覚にさせられることです。

ここにはもう、私たちに向かって投げかけらていれるものが、いっさい無くなっているように感じます。

モーツァルトはこの第39番で、ただひたすらに彼の創造を完成させていくだけであって、その神聖な光のなか、ひきつけられた私たちが、ただそこに立ち会うのを許されているだけという気がしてならないです。

🔰初めての『第39番』という方へ

私は3大交響曲のなかで、いちばん演奏が難しいのがこの曲だと思っています。

つまらない演奏だと、この曲は本当に退屈します。
けれど、素晴らしい演奏で聴けたときには、まるで天国の色彩を目の前にしているような、明朗で透明な世界につつまれます。

モーツァルトが書いた音楽のなかでも、とりわけ天上に近い音楽のひとつです。

全4楽章で、演奏時間はおよそ25分ほど。
第1楽章アダージョ、アレグロ
第2楽章アンダンテ・コン・モート
第3楽章メヌエット、アレグレットートリオ
第4楽章アレグロ

いつもだったら、「交響曲で迷ったらフィナーレから聴きましょう」というところですが、この曲については、どこから聴くというより、とにかく「素晴らしい演奏で聴く」ということが何より重要です。

 

私のお気に入り

ニコラウス・アーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクス・ウィーン
古楽奏法で革新的で、斬新な演奏を展開したアーノンクールが晩年にまとめて録音したもののひとつが、このモーツァルトの3大交響曲集。
相変わらずの大胆さと同時に、年齢を重ねたアーノンクールの柔和な一面も感じられて、とても多彩にして、神聖なモーツァルトが実現されています。
私が実演を聴いた彼の最後の来日公演のときも、演目は違いましたが、こうした温かさが基調にある音楽を奏でていました。
とっても真摯で、素晴らしい指揮者です。
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オトマール・スウィトナー指揮シュターツカペレ・ドレスデン
冒頭の和音が鳴った瞬間に、この演奏がたいへんな名演奏であることがすぐに伝わってきます。
冒頭の一音にこれだけの深みと輝きを与えているというのは、これは本当にすごいことです。
スウィトナーは日本のNHK交響楽団と縁の深かった指揮者で、いつかナマで聴きたいと心待ちにしていたのですが、残念ながら私がクラシックを聴きはじめたころには、もう来日してらっしゃいませんでした。
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オイゲン・ヨッフム指揮バンベルク交響楽団、バイエルン放送交響楽団
オイゲン・ヨッフムはドイツを代表する巨匠。
特に晩年に録音したブルックナー、ブラームス、ベートーヴェンの録音が名高いですが、それらと同じくらい私が好きなのが、彼のモーツァルト演奏です。
第38番『プラハ』でその素晴らしさを知りましたが、この第39番も晩年に残した素敵な録音があります。
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ヨッフムの朴訥としていながらもドラマとロマンが同居する芸風は、とりわけこの曲と相性がいいのか、1954年にバイエルン放送交響楽団と録音した少し古いものも、とっても美しい演奏になっています。(YouTube↓)

 

 

サー・ゲオルグ・ショルティ指揮シカゴ交響楽団
何かのインタビューで“ 私は2つのことから、神を信じるようになりました。ひとつはモーツァルトの音楽。そして、もうひとつは生まれたばかりの娘の目を見た瞬間です ”と答えていたショルティ。
この第39番での演奏を聴いていると、その言葉を思い出します。
完璧な技術とアンサンブルで名高いショルティとシカゴ響のコンビが、とても神聖にモーツァルトを扱っているのがわかる、いい演奏です。
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トン・コープマン指揮 アムステルダム・バロック・オーケストラ
古楽器による演奏。
この偉大な作品を前にすると手も足も出なくなる指揮者がたくさんいるなか、思いっきり創意工夫をして、最大限、自由に飛んだり跳ねたりしているのがこのコープマンのもの。
それが作品を損ねることなく、あくまで作品が許す範囲で手足を自由に広げているのがさすが。
モーツァルトも思わず微笑んでくれるんじゃないかと思う素敵な演奏。
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フランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラ
古楽器による演奏。
いつものこのコンビのように、爽快でありながらも厚みもあるという、絶妙なモーツァルトを楽しむことができます。
晩年期にあたるブリュッヘンの調和のとれた指揮ぶりも、作品の透明度を浮き上がらせていて、耳を奪われます。
いちばん最後の音を、音を抜くかのように終わらせる珍しいアプローチを取っていて、その後に残された休符の静けさが胸に刺さります。
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朝比奈隆 指揮 新日本フィルハーモニー
「何も足さない。何も引かない。」という、動かざること山のごとしの印象の朝比奈隆さんが、この曲の序奏では、粘りのある、緊張を強いるような音をオーケストラから引き出していて、主部との見事な対比を形作っています。
朗々とした歌が聴こえてくる、とっても立派なモーツァルト。
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ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー
伝説の巨匠フルトヴェングラーによるモーツァルト。
ほかの演奏とくらべると、もっと旧約聖書のような、峻厳な、ある意味では悲劇性も感じさせる序奏に始まります。
1940年代初頭という、第二次世界大戦のドイツという時代背景が伝わってきます。
ここにあるのは、美しさへの希求、そのものです。
コンセルトヘボウの映画のときにも話題にしましたが、こうした演奏を聴いていると、当時のドイツの人々が貴重なパンやタバコと交換してまで、ベルリン・フィルのチケットを求めたというのが痛切に理解されます。
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