シリーズ〈交響曲100の物語〉

【初心者向け:交響曲100の物語】ハイドン:交響曲第82番『くま』

シリーズ〈交響曲100〉、その第9回です。
第8回に引き続いて、今回もハイドンの傑作群である「パリ交響曲」からご紹介します。

パリ交響曲

ハンガリーの大貴族エステルハージ家で仕事を積み重ねてきたハイドン(1732-1809)。
いよいよ、その名声は広く知れ渡ることになって、1785年ごろになると、遠くフランスのオーケストラから新作の注文が来るようになります。
その注文に応えて書いた交響曲第82番~第87番の合計6曲は、通称“ パリ交響曲 ”とまとめて呼ばれています。

この「パリ交響曲」については作曲の経緯をたどれる資料がほとんど残っていないんだそうですが、前回ご紹介した第87番・第85番『王妃』・第83番『めんどり』の3曲が1785年に、そして、その翌年1786年に第84番・第86番・第82番『熊』の3曲が書かれたようです。

番号が不思議な順序になっているのは、20世紀に入って研究者によって整理された番号が、いろいろと研究が進んだ結果、現在では作曲順と合致しなくなっているせいです。

第82番ハ長調『くま』

全6曲の“パリ交響曲”のなかで、いちばん最後に書かれたのがこの第82番ハ長調。

「くま」というのは、ハイドンの音楽によくある、いつの間にかついてしまったニックネームです。
ハイドン自身の命名ではありません。第4楽章Finale;Vivace(活発に)の出だし、低音がバグパイプのようにずっと鳴り響くんですが、前打音がついていて、その音が“ 熊の踊り ”を連想させることから、このニックネームが定着したようです。

パリ交響曲のシリーズ第1作とされている第87番がやはり始まりを感じさせるとすれば、その最終作であるこの第82番はフィナーレを感じさせます。
トランペットやティンパニをともなうハ長調の曲というと、いつかご紹介した『マリア・テレジア』を連想するんですが、そういった祝祭的な衣装をまとった作品という面があるんじゃないでしょうか。

初めてこの曲を聴くという方は、どれかひとつの楽章というなら第4楽章から聴いてみてください。
ハイドンにしか書けない、ユーモラスな芸術に触れることができます。

第84番変ホ長調と第86番ニ長調のこと

この2曲はニックネームが特についていないので“パリ交響曲”のなかで比較的地味な存在になっていますが、実際にはとっても充実した、聴きごたえのある2曲です。是非、「くま」を聴いたあとでいいので耳を傾けてみてください。

第84番はまず、第1楽章の冒頭、序奏部から聴いてみてください。
モーツァルト晩年の音楽のような、とっても透明で、深い音楽が聴かれます。
どちらがどちらに影響を与えたのでしょう。
序奏部以降も充実の極みにある第1楽章から聴いてみるのをお薦めします。

第86番ニ長調は“パリ交響曲”の全6曲のなかで、いちばん大きな楽器編成をしています。
他の曲のフルート1、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、弦楽器5部という編成に、この曲ではトランペットとティンパニーが追加されています。
初めて聴くという場合は、5分ほどで聴ける短さと親しみやすさという点で第4楽章から聴いてみるのもお薦めです。

コンセール・ド・ラ・オランピック

ちょっと余談ですが、この注文をしてきた“コンセール・ド・ラ・オランピック”というフランスの新しいオーケストラには、まだ20代のルイージ・ケルビーニもヴァイオリンで参加していました。

彼は後にオペラと宗教曲の作曲家として、ハイドンはもちろん、ベートーヴェン、もっと後になってブラームスなどからも高い評価を得ることになります。
現代では指揮者のリッカルド・ムーティがケルビーニをたいへん敬愛していて、イタリアには現在、ムーティが創設した“ ルイージ・ケルビーニ・ジョヴァニーレ管弦楽団 ”というユース・オーケストラが彼の指揮の下で活動を繰り広げています。

 

私のお気に入り

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの録音。
「くま」はやはり重みを感じる演奏で聴いている方が曲の面白味がはっきり感じられて楽しいです。
カラヤンとベルリン・フィルは管楽器の飛びぬけてきれいなソロの連続といい、非常に多彩な表情。

耳をすましていると、管楽器がとてもユーモラスな響きを意識しているのが聴きとれます。
何となく聴いていると伝わらない繊細なユーモアが散りばめられています。
さまざまな楽器や旋律の絡みあいの見事なことと、各楽章の性格の描き分け方がはっきりしていることでとても好きな演奏です。
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レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルのハイドン:パリ交響曲集はほんとうに素敵な演奏ばかりで、この「くま」も機知に富んだ演奏がされています。
カラヤンのものよりも、はっきりとユーモアを打ち出しているのが、いかにもこのコンビらしい音楽。
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クルト・ザンデルリンク指揮ベルリン交響楽団のコンビも、ずっしりとした「くま」。
東ドイツ出身の名指揮者ザンデルリンク(1912-2011)は、一度でいいから生演奏を聴いてみたかった指揮者です。
彼の残したハイドンのパリ交響曲集はやはり聴きごたえのある充実したもので、こうした名演奏を聴いていると、私がクラシック音楽を聴くようになってから来日公演が一度もなかったのが本当に残念です。
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2013年に録音された、ロジャー・ノリントン指揮チューリヒ室内管弦楽団の演奏も好きです。
こちらは古楽奏法によるアプローチ。
すっきりとしながらも折り目正しく、足取りが着実で、表現の腰がすわっています。
こうした曲想の的確な把握は、このユーモラスな指揮者の非常に知的な面を知らせてくれるところ。
ただ面白いだけじゃない音楽家。ノリントンのパリ交響曲集は、アルバムの曲順が作曲順になっているのも好きです。
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シギスヴァルト・クイケン指揮のジ・エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団は、チェンバロの通奏低音を追加しています。
奇をてらったところのない、実直で誠実な演奏が心地いいです。
チェンバロの効果もあって、音がとってもきれい。
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