シリーズ〈交響曲100の物語〉

【初心者向け:交響曲100の物語】ハイドン:交響曲第87番/第85番『王妃』/第83番『めんどり』

シリーズ〈交響曲100〉、その第8回です。
前回のリンツ交響曲まで、しばらくモーツァルトの交響曲が連続しました。
けれど、先輩作曲家にして“ 交響曲の父 ”であるハイドンも、まだまだこれから数々の傑作を生みだします。

パリ交響曲

ハンガリーの大貴族エステルハージ家で仕事を積み重ねてきたハイドン(1732-1809)。

いよいよ、その名声は広く知れ渡ることになって、1785年ごろになると、フランスのオーケストラから新作の注文が来るようになります。
その注文に応えて書いた交響曲第82番~第87番の合計6曲は、通称“ パリ交響曲 ”とまとめて呼ばれています。

この「パリ交響曲」については作曲の経緯をたどれる資料がほとんど残っていないんだそうですが、まず第87番・第85番『王妃』・第83番『めんどり』の3曲が1785年に作曲されたとハイドンの書いた手紙にあるそうです。

そのほかの第84番・第86番・第82番『熊』の3曲は、翌1786年に書かれたようです。
番号が不思議な順序になっていますが、ハイドンの交響曲は20世紀に入って研究者によって整理され番号がふられたものの、いろいろと研究が進んだ結果、現在ではその番号と作曲順がさらに合致しなくなっています。

交響曲第87番イ長調

ハイドン自身の手紙によれば、パリ交響曲の第1作ということになります。
実際、曲を聴くとそう感じさせるものがみなぎっています。

ハイドンの交響曲はたくさんあるので、どうしてもニックネームがついているものが目を引くんですが、私はこの第87番の第1楽章Vivace(活発に)を初めて聴いたとき、そのすがすがしい、はつらつとした開始にすぐに魅了されてしまいました。
それは何度聴いても薄れることがなくて、今もとりわけ好きな交響曲です。

第85番『王妃』

このニックネームの由来は、マリー・アントワネット(1755-1793)です。

この交響曲をパリから注文してきた新進オーケストラ、“コンセール・ド・ラ・オランピック”のことを彼女が気に入って、この一連のパリ交響曲を聴いたときに、なかでも第85番を特に気に入ったということから、このニックネームで呼ばれるようになりました。

マリー・アントワネットは音楽のたしなみのあった人で、子どもの頃に『オルフェオとエウリディーチェ』で有名な作曲家グルック(1714-1787)に音楽をならっていました。
さらには、音楽史上有名なエピソードとして、彼女のお母さんである女帝マリア・テレジアのところへ演奏を披露しに来た天才少年モーツァルトに突然告白されたエピソードもありました。
当時、モーツァルト6歳、マリー・アントワネット7歳でした。
ハイドンには『マリア・テレジア』というニックネームのついた交響曲もあります。

交響曲第85番『王妃』の第1楽章には、以前ご紹介した交響曲第45番『告別』が何度も顔を出して思わず笑わせられます。
第45番がどんな音楽かは以前の記事に譲りますが、ハイドンは大ヒットしたこの曲を他の曲に割り込ませるというジョークを第60番でもやっていました。
今回は「初めまして。私があの曲を書いたハイドンです」というような、パリへの挨拶だったんでしょう。
初めてこれを聴いたときのパリの聴衆も、そしてマリー・アントワネットも、「おや!」と驚かされ、微笑んだことでしょう。

ハイドンという人は、ほんとうにこうしたユーモアの精神がある人だったんだと親近感を抱くと同時に、曲の冒頭からその伏線をずっとはっている作曲技法の冴えにも驚嘆させられる、脱帽の第1楽章。

第83番『めんどり』

パリ交響曲のなかで、短調を主調にしているのは交響曲第83番ト短調の1曲だけです。
『めんどり』というのはやはりあだ名で、第1楽章の第2主題、曲がはじまって1分ほどで出てくるメロディーの印象からフランス人がそう呼び始めたそうです。
日本語の「コケコッコー」を発想するとまったくつながらないんですが、フランス語でにわとりの鳴き声はcocorico“ココリコ”。
なるほど、たしかに第2主題のコロッコロッした感じからすると、フランス語でのニュアンスだとわからなくもないです。

この曲は、6曲のパリ交響曲のなかでも特に高い人気を誇るもののひとつで、コンサートで取り上げられる機会も多いです。

私のお気に入り(第87番)

コロナ禍になって、クラシックの世界もようやくオンライン配信という分野に意欲的になってきました。
ここにご紹介するウィリアム・クリスティ指揮レザールフロリサンの動画もそうで、アメリカのリンカーン・センターが公式に配信しているものです。
古楽器による、とても正攻法の、かなり真面目なアプローチ。
真面目だけれど、決してつまらなくないのが流石のコンビ。

 

 

同じ古楽畑でも、ロジャー・ノリントンが指揮するチューリヒ室内管弦楽団はユーモア溢れる音楽を作っています。
フレージングにかなり独自の工夫があります。
最初はちょっと抵抗があったりしますが、慣れてくると「なるほど」と思わせるフレーズの波が感じられます。
愉しさいっぱいの、創意に満ちた面白いハイドン。
( Apple Music↓・Amazon MusicSpotifyLine Music などで聴けます)

 

レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルの演奏はこの第87番をふくめ、「パリ交響曲」集はどれも素晴らしい演奏。
バーンスタインの才気が伸び伸びと飛び跳ねているような、大人な刺激に満ちたハイドンが聴けます。
( Apple Music↓・Amazon MusicSpotifyLine Music などで聴けます)

 

私がこの曲の魅力を知ったのはアンドレ・プレヴィン指揮ロイヤル・フィルの映像を友人に見せてもらったときで、今も記憶に残っています。
いつか正式に発売か公開されることを心待ちにしています。
「previn haydn 87」で検索すると何かしら動画がみつかるかもしれません。

私のお気に入り(第85番『王妃』)

トン・コープマン指揮アムステルダム・バロック・オーケストラは、きっとマリー・アントワネットも魅了されるであろう、とびきり美しい演奏。
和音の響きの美しさを尊んだもので、非常にうつくしいフレージングが随所で聴かれます。
( Apple Music↓・Amazon MusicSpotifyLine Music などで聴けます)

 

クルト・ザンデルリンク指揮ベルリン交響楽団の『王妃』も素晴らしいです。
少し大きめの編成の、たっぷりとした響きの音楽になっていて、実に堂々たる『王妃』です。
このコンビによる「パリ交響曲」集のレコーディングは、どの曲も充実した響きと腰の据わった演奏で、ゆったりと安心して聴いていられます。
ザンデルリンクの丁寧な音楽作りが結実した名録音。
以前CDで買ったときは音がリマスタリングでやせてしまっていてがっかりしましたが、このYouTubeのものは元来の音に近くて安心してご紹介できます。

 

私のお気に入り(第83番『めんどり』)

レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルの演奏は、楽譜が見えるかのような見事な対位法の処理が聴けます。
バーンスタインの面目躍如たる、実に音楽的な演奏。
きっとハイドン本人が聴いても喜んでくれるはずの名演奏。
( YouTube↓・Apple MusicAmazon MusicSpotifyLine Music などで聴けます)

 

 

アンタル・ドラティ指揮フィルハーモニア・フンガリカは、短調の響きに抑制をきかせることで、ハイドンの転調の綾を鮮やかに聴かせてくれる、奥行きのある演奏。
冒頭の短調をひたすらショッキングに演出する演奏とは一線を画す大人なアプローチ。
飛んだり跳ねたりしないハイドンで、第3楽章のメヌエットもゆっくりしていてエレガント。
この曲にある種の風格を与えているほどで、傾聴せずにいられない録音。
( Apple Music↓・Amazon MusicSpotifyLine Music などで聴けます)

 

トン・コープマン指揮アムステルダム・バロック・オーケストラは、古楽器によるすっきりとした音で、とってもチャーミングにこの交響曲を聴かせています。
私が初めてこの曲を大好きになったのは、この演奏を聴いたときでした。
何度聴いても素敵な演奏。まさにお気に入りの録音。
( Apple Music↓・Amazon MusicSpotifyLine Music などで聴けます)

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