コンサートレビュー♫私の音楽日記

あれ?フルート奏者の譜面台に楽譜がない…あ、指揮者が指揮台から落ちる【史上最高の第九に挑む2022レポート】

 

サントリーホールで、小林研一郎さん指揮する「コバケンとその仲間たちオーケストラ」によるベートーヴェン第九コンサートを聴いてきました。

コバケンさんは、日本フィルハーモニーとも一連の第九公演をおこなうので、どちらを聴きに行ってみるか迷ったのですが、こちらの「史上最高の第九に挑むVol.3」コンサートについては、ネット上でもあまりレビューを見かけないので、いったいどんなコンサートなのか、体験してみることにしました。

 

コバケンとその仲間たちオーケストラについて

 

小林研一郎さん(通称コバケン)は、御年82歳の日本を代表する指揮者のひとり。

私は今年2022年の春に、ひさびさにコバケンさんの指揮するコンサートを聴きに行って、色々と驚きました。

支離滅裂だけれど、凄い音がしたシューマン(公演レビュー)、第3楽章まで退屈だったのに第4楽章で火を噴いたドヴォルザーク:「新世界から」(公演レビュー)。

ところが、そのあとに期待して出かけた秋のドヴォルザークの公演では、一転、まったく緊張を欠いた演奏に、心底がっかりさせられました。

 

何だか、いまひとつ読めない指揮者の小林研一郎さんですが、そんなコバケンさんのもとに、「全ての人々が与えられた命を輝いて活きることができる社会づくりを目的としています」という趣旨に賛同した音楽家のみなさんが、プロ、アマチュア問わず集まって構成されているオーケストラが「コバケンとその仲間たちオーケストラ」という団体だそうです。

私は、このオーケストラの実演を聴くのは、今回が初めてでした。

 

サントリーホール前に長蛇の列

 

このコンサートは、12月18日(日)19:30開演という、少し珍しい開演時間のコンサートでした。

日曜の夜、それも19時ではなく、19時30分開演というのは、翌日が平日の月曜日であることを考えると、果たしてどれくらいのお客さんが集まるんだろうと、やや不安を感じながらサントリーホールへ向かいました。

 

19時ぴったりくらいにホールへ着いたのですが、目の前の光景に、ちょっとおどろきました。

 

サントリーホール前はクリスマスシーズンということで、イルミネーションがきれいに飾られているのですが、その周りをたくさんの子どもたちが、はしゃぎながら走りまわっていました。

夜のコンサートホール前で、こんなに子どもたちの声が響いているのは珍しいことで、クリスマスシーズンの特別感と相まって、心温まります。

やがて、あれよあれよという間に、サントリーホールの入り口の前には長蛇の列ができて、入場待ちをする人たちの列がとぐろを巻きはじめました。

 

お客さんの客層が、いつものクラシックコンサートと全然ちがう、というか、家族連れの方がたくさんいらして、老若男女問わず、幅広い客層の方があつまっている様子です。

想像していたのとまったく違う、すごい集客力です。

また、サントリーホールにはよく来るのに、ここまでの長蛇の列はあまり体験したことがないと思い、新鮮な気持ちで、楽しい気分で私も並びました。

まるでアミューズメントパークのアトラクションに並んでいるよう。

 

ホールに入っても、雰囲気がいつものクラシックコンサートと全然ちがいます。

 

会場内の喧騒がけっこう大きくて、ホール内の諸注意のアナウンスがほとんど聞こえないくらいです。

普段コンサートによく行く身からすると、とにかく、ありとあらゆることが新鮮で、なんだか面白くなってきました。

 

 

終演予定時間が21:25?

 

座席にすわってパンフレットを開いて、また、驚かされます。

「終演予定時間21:25」と書いてあります。

 

ベートーヴェンの第九は70分ほどの長さですから、19:30開演のコンサートにしては、終演予定の時間があまりに遅すぎます。

ベートーヴェンの第九、1曲だけのコンサートで、どうして2時間もかかるのか。

この「史上最高の第九に挑む」コンサート初心者のわたしには、さっぱり予想もつきません。

 

やがて、会場が暗転

 

開演時刻になると、ステージに誰ひとり現れるでもなく、やがて、会場の照明が落ちて、サントリーホール内が暗転しました。

ここまで真っ暗なサントリーホールというのは初体験です。

これも新鮮。

 

すると、突然、ホール後方に設置された大型スクリーンに、映像が上映され始めました。

 

『地球交響曲(ガイアシンフォニー)』第九番のダイジェスト版でした。

この映画のことは友人から聞いて知っていたのですが、ドキュメンタリー監督の龍村仁(たつむら・じん)さんが長年にわたって制作しつづけている、連作のドキュメンタリー映画です。

公式ホームページにくわしく紹介されています。

 

映像では、小林研一郎さんも登場していて、ベートーヴェンの第九について、いろいろな思いを語ったり、リハーサル風景が映し出されたりしました。

この映像の上映が、だいたい25分ほど行われました。

 

やがて、ホール内が明るくなって、ここでオーケストラが入場、と思いきや、「ただいまから20分間の休憩となります」というホールのアナウンスが響きました。

「えー!」「もう??」という笑い声のようなざわめきが、どっと、会場に響きました。

 

なるほど、この上映と休憩時間で45分ですから、終演予定時間が21:25になっている理由が、ここでわかりました。

 

 

特大編成のオーケストラ

 

休憩がないほうが、コンサートがテンポよく進んだように感じましたが、いずれにせよ、休憩時間がおわると、ようやく合唱団とオーケストラが入場してきました。

いよいよ、コンサートが始まります。

 

ステージを見たときから、椅子の数が非常に多いとは思っていましたが、実際、楽員が入場していみると、特大編成のオーケストラになっていて、ファースト・ヴァイオリンだけでも、おそらく22名くらい座っていました。

最近の第九演奏では、16人、多くて18人くらいが通常の編成なので、これは、とても多い人数です。

 

管楽器もたくさんで、通常の2倍どころか、3倍以上の人数が座っているように見受けられます。

ホルンだけでも、8本くらいあったように思います。

 

ただ、後で見ていて気付いたのですが、管楽器については、全員が常に吹いているわけではなくて、主に第4楽章で増強されていたようでした。

プロとアマチュアが混在しているということですから、アマチュアの方は要所要所だけで吹いているのかもしません。

 

そうしたプロとアマチュアの混在するオーケストラとなると、「演奏水準はどうなのか」というのが、気になるところだと思います。

正直なところ、たしかに常設のプロ・オーケストラと比べると、聴きおとりはします。

アンサンブルも即席な感がありますし、荒を探せば、いろいろと簡単に見つかるはずです。

でも、かと言って、演奏が技術的にとても不安定というようなこともなく、アマチュア・オーケストラと感じることはないはずで、プロ・オーケストラとして、一定の水準はクリアされているように聴きました。

 

あれ、譜面台に楽譜がない…

 

聴きはじめてすぐに感じたのが、このオーケストラの美点というのは、アンサンブルの精度などの技術面ではなく、演奏者の表現意欲の高さだということ。

 

そんななかで、特にフルートの音がきれいで、オーケストラのなかでも飲み込まれず、よく音が通ることに耳がいって、そのフルート奏者のほうに目をやりました。

この日私が座った席からは、フルート奏者の譜面台が見えたのですが、驚いたことに、彼の譜面台には楽譜がありません。

空っぽです。

 

その瞬間、ふと、オーケストラの入場のときに、ほかのメンバーに手をひかれて席についている弦楽器奏者の方がいらしたのを思い出しました。

視覚にハンディキャップのある方も参加しているんだ、とそのとき思ったのですが、フルートの方もまた、きわめて視力の弱い方(あとで全盲だと知りました)なんだと思い至りました。

 

それに、楽譜のことまでは考えていませんでした。

全盲となれば、当然、全曲を暗譜で演奏するわけです。

 

指揮者も見えないわけですから、入りのタイミングやテンポの揺れなどは、耳などの、視力以外の感覚をもとにやるしかないことになります。

しかも、それを、ベートーヴェンの第九でやっているわけです。

 

そうしたことに色々と驚くと同時に、それにしても、よく通るフルートの音色そのものに、感嘆しきりでした。

綱川泰典さんというフルーティストで、演奏終了後に、コバケンさんからステージ上にて紹介がありました。

 

 

表現意欲の高さ

 

第1楽章がはじまって、力強く第1主題が奏でられたときに、その音の圧力、ある意味で洗練されていない、ありのままの音の力強さに、このオーケストラの面白さを感じました。

さきほど書いた通り、プロとアマチュアの混在するオーケストラですから、粗を探せば色々と出てきます。

けれど、それを補って余りある「面白さ」が、このオーケストラにはあります。

 

個々の奏者の「表現意欲の高さ」が基盤になっているので、次の瞬間にどんな音がするか、もしかしたら想像を超えるような音楽が立ちのぼるんじゃないかという、アマチュア・オーケストラを聴くときのわくわく感のようなものがあります。

 

それに、こうしたオーケストラが、指揮者のコバケンさんの音楽性に非常に合っているというのも興味深いところです。

癖のある「コバケン・ワールド」に率先して染まろうとする彼らの演奏は、自分たちの色をしっかりと保持するプロのオーケストラとは、当然、ちがった結果を生み出します。

第1楽章ではやたらとホルンがベルアップで吹いていましたが、一般のプロ・オーケストラに、こんなに何度もベルアップを要求したら、果たして応じてくれるかどうか。

 

少なくとも、このオーケストラが「ルーティン」に陥ることは想像できません。

そうした、“ 新鮮な表現意欲 ”がつねに満ちているところが、このオーケストラを聴く醍醐味のひとつと言っていいはずです。

 

コバケン、指揮台から落ちる

 

第3楽章の後半で、ヒヤッとする場面がありました。

感極まった指揮者のコバケンさんが、前のめりになりすぎてバランスを崩し、指揮台から落ちました。

といっても、指揮台がわりと低かったので、ある意味では「降りた」ような格好になったのですが、何といっても御年82歳ですから、そのまま転んでしまうのではないかとヒヤッとしました。

 

コバケンさんは指揮台に手すりをつけていませんが、あの場面を見ると、何がしかのバーをつけておいた方がいいように思いました。

まだまだ何年も活躍していただきたい方です。

前に落ちたから事なきを得ましたが、万が一、後ろに落ちてしまったら大変なことです。

検討いただきたいです。

 

コバケンさんのそうしたアクシデントが響いたのか、直後のファースト・ヴァイオリンのフレーズがぐちゃぐちゃになって、止まってしまうのではないかと、こちらもヒヤッとしました。

 

意外なほど、やわらかな合唱

 

第4楽章も、おもしろく聴くことができました。

 

意外だったのは、コバケンさんが合唱をかなり柔らかく歌わせていたことです。

響きが強くなり過ぎないように、音の出し入れにかなり気をつかって、抑制させていました。

もちろん、コバケンさんのことなので、それだからといって大人しい演奏になるわけではないのですが、それでも、かなり柔和な表情を尊重していたのがとても新鮮でした。

 

 

お薦めの第九公演が、またひとつ増えました

 

第九演奏終了後に、指揮者のコバケンさんから、全盲の団員のかたの紹介がありました。

こうしたハンディキャップを持っている方が参加しているオーケストラというのは、他にはあまりないでしょうし、プロもアマチュアも混在しているというスタイルもまた、このオーケストラのアイデンティティを形成するのに大きな役割をになっていると感じます。

 

もちろん、理念がいかに素晴らしくても、演奏そのものがそれに応えるものでなければ、なかなかこうしたプロジェクトは続かないものです。

コバケンとその仲間たちオーケストラの公演は、これが第85回と記載されていましたから、演奏そのものにも魅力があるのは、証明されていると言って間違いないでしょう。

 

感動したかと言われると、正直なところ、感動にまでは至りませんでしたが、最後の最後のまで、とにかく演奏が「おもしろかった!」というのが素直な感想です。

何回かに1回は、場外ホームランのような演奏に出会える可能性を秘めたオーケストラではないでしょうか。

 

コバケンとその仲間たちオーケストラは、構成メンバーが非常に多彩で、現代社会のひとつのテーマである“ 多様性 ”というものに、正面から答えているオーケストラと言えます。

フルートの綱川泰典さんのような方が活躍できる場が提供されているだけでも、存在価値の非常に高いオーケストラであり、また、理念先行の「イベント」用オーケストラに陥ることなく、しっかりと芸術的成果を求めて演奏が行われているところに価値があります。

 

来年2023年も年末に第九を演奏するようですし、第86回演奏会は、2023年6月25日(日)19:00@サントリーホールにて、チャイコフスキー:交響曲第5番を演奏するとのことです。

前半に公開リハーサル(司会:浅岡聡さん)、後半に全曲演奏という形での、これまた変わった趣向の公演が予告されています。

 

こうして、初めて「史上最高の第九に挑む」を体験してみて、またひとつ、お薦めの第九公演が増えたと感じました。

このブログの「コンサートに行こう!お薦め演奏会」のページでも、このコンビの公演を紹介していきます。

 

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