コンサートレビュー♫私の音楽日記

空席の指揮台と美しいシューベルト~外山雄三(指揮)パシフィックフィルハーモニア東京

 

御年92歳、日本を代表する指揮者・作曲家の外山雄三さんが、コンサートの指揮中に体調をくずされ、途中退場されるという出来事がありました。

オーケストラは臨機応変に対応して、一連の対処のあいだも演奏をとめることなく、最後までしっかりと演奏をつづけました。

 

外山雄三さんは、日本の最長老指揮者のおひとり。

末永くご活躍いただくためにも、無理をなさらずに静養いただきたいです。

今回は、そうしたアクシデントの起きた、パシフィックフィルハーモニア東京の定期演奏会の公演レビューをお届けします。

 

当日のプログラム

 

2023年5月27日(日)14:00@東京芸術劇場

シューベルト:交響曲第5番変ロ長調
(休憩)
シューベルト:交響曲第8番ハ長調「グレイト」

 

2022年に東京ニューシティ管弦楽団から「パシフィックフィルハーモニア東京」へと改称したオーケストラの指揮台に、御年92歳の外山雄三さんがあがった公演でした。

今年(2023年)に外山雄三さんが東京で指揮を振るのは、この公演のみということでした。

 

 

前半の指揮台は空席

 

開演時間になって、オーケストラの入場のまえに、マイクを手に楽団長の方がステージに現れました。

その話によると、指揮者の外山雄三さんは、ここ3日間のリハーサルと当日午前中のゲネプロまでは精力的にこなされていたものの、ゲネプロ後に急に体調を崩されてしまったとのこと。

それでも、ご本人はステージに出るという強い意志があって、ただ、楽団側の判断として、前半は指揮者なしのオーケストラのみで演奏をして、後半だけ、外山雄三さんに指揮をお願いすることになった、という趣旨のお話しでした。

 

というわけで、前半は、指揮台は空席のまま、コンサートマスターのリードのもと、オーケストラのみでシューベルトの交響曲第5番が演奏されました。

 

後半、外山雄三さんが登場

 

そして、後半、予告通りに外山雄三さんがステージに登場されました。

ご高齢のため、指揮台にあがるのもたいへんな様子で、介添えのひとたちに「僕はどうしたらいいの?」など、少しユーモラスにやり取りする声が会場に響きました。

 

ただ、まず驚いたのが、そうして指揮台に上がられたあと、用意された椅子に腰かけることもなく、立ったまま、ぶっきらぼうなくらい、すぐに指揮を振りはじめられて、音楽が急に始められたことです。

外山雄三さんは、昨今の日本の指揮者のなかでも、特に類まれな音楽性をお持ちの方だと私は思っています。

なので、この唐突過ぎる開始を聴いた瞬間、やはり、ずいぶん体調が悪いのではないかと不安になりました。

 

そのあとも、第1楽章の終盤あたりまでは、ずっと立たれたまま指揮をされていました。

意外なくらいのインテンポ。

ひたすら前へ、前へ音楽をすすめられました。

でも、音楽の流れはどこかギクシャクしたままで、平静を装っていらっしゃるものの、実際のところはやっとの思いで指揮されているのでは、と感じていました。

 

それが、第2楽章、第3楽章と進むごとに、指揮の動作がだんだんと小さくなっていって、やがて、ほとんど棒が数センチ動いているだけだったり、ときには、まったく動きが止まっているようになることもありました。

その頃には、見ているこちらも音楽どころではなく、外山雄三さんの体調がとにかく気がかりでした。

 

第3楽章の後半になると、指揮棒を左右で持ち替えたり、震える手でしきりに楽譜をめくったりと、もういっぱいいっぱいの様子でした。

そして、第3楽章がおわって、第4楽章へ入る前、コンサートマスターにむかって「次はフィナーレでいいんだよね?」と確認されている声が響きました。

まさに満身創痍なのだと感じました。

 

そして、最後の第4楽章がはじまって、少ししたところ、急に外山雄三さんがタオルを口に押しあてられ、前かがみに倒れ込まれるような格好になりました。

さすがに、この段階で、楽団員たちが周囲の関係者たちに合図をだして、外山雄三さんは車いすに乗せられ、退場なさいました。

 

一連の対処のあいだも、オーケストラは、コンサートマスターのリードのもと、しっかりと演奏を続けました。

その冷静な判断のおかげで、この胸の痛むアクシデントの最中でも、会場が騒然とするようなことは一切ありませんでした。

 

空席の指揮台を囲んだオーケストラは、その後も、固い意志を感じさせる演奏で第4楽章を奏でつづけて、演奏は無事、最後まで行きつきました。

最後の和音が鳴りおわったあとには、さすがに、拍手までちょっと間がありました。

私も、健闘したオーケストラにすぐにでも拍手をおくりたい反面、目の前で起こった外山雄三さんの体調の悪化が、とにかくショックだったのと、車いすで運ばれたあとのことが心配で、少しのあいだ、拍手がためらわれました。

 

でも、間もなく、おおきな拍手がわきおこり、すぐに会場は拍手で満たされました。

この急場を乗り切ったオーケストラをたたえてでしょう、立ち上がって拍手される方が何人もいらっしゃいました。

 

そうしているうちに、やがて、車いすに乗って、指揮者の外山雄三さんがステージに姿を見せられました。

あの瞬間は、ほんとうにホッとしました。

それと同時に、その姿に畏敬の念を感じさせられたのも事実で、私も思わず立ち上がって拍手せずにいられませんでした。

 

ロシアの大作曲家ショスタコーヴィチが「一度演奏を始めたら、例え、石を投げられても演奏をやめてはいけない。なぜなら、私たちは音楽の兵士なのだから」と語っていたそうですが、そうした、音楽家たちの「鉄の意思」のようなものを見る思いがしました。

 

 

外山雄三さんとは

 

とここまで書いて、もしかしたら、外山雄三さんのことをあまりご存知でない方もいらっしゃるかもしれないので、簡単にご紹介しておきます。

外山雄三さんは、1931年、東京生まれ。

指揮者としては、現在、大阪交響楽団の名誉指揮者をつとめていらっしゃる日本の音楽界の重鎮です。

 

作曲家としては、「管弦楽のためのラプソディー」という人気作があり、これは日本のオーケストラが海外公演をおこなうときにもよく演奏され、日本音楽の代名詞的な音楽となっている作品のひとつです。

「あんたがたどこさ」、「ソーラン節」、「八木節」などが盛り込まれた作品で、クライマックスに向けてたいへん盛り上がります。

 

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

7分ほどの作品ですが、当初は20分を超える大作だったそうです。

これを大幅にカットしたのは同僚の指揮者、岩城宏之(いわき・ひろゆき、1932-2006)さんだそうです。

面白い経緯をもつ音楽です。

日本の作曲家の作品として、比較的多く取り上げられる作品でもあり、間違いなく人気作品のはずですが、なぜか、未だ名録音にめぐまれていない珍しいレパートリーのひとつだと思います。

 

そのほか、ラトビア出身の名指揮者マリス・ヤンソンス(Mariss Jansons, 1943-2019)が、バレエ音楽「幽玄」から“ 天人の踊り ”と“ 男たちの踊り ”をオスロ・フィルとレコーディングしたアルバムがあります。

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

ヤンソンスは、ベルリン・フィルとのヴァルトビューネ・コンサートでも、外山雄三さんのこの作品を演奏していました。

 

指揮者としての外山雄三さんは、NHK交響楽団の「正指揮者」のタイトルを持っている数少ない指揮者のひとりでもあって、オンライン配信では、そのNHK交響楽団との録音を聴くことができます。

人気ピアニストのスタニスラフ・ブーニンモーツァルト:ピアノ協奏曲第23番&ショパン:ピアノ協奏曲第1番を共演したときの録音は、とても素晴らしいものです。

ブーニンの自由闊達なピアノに、外山雄三さんが非常にうまくつけていて、モーツァルト、ショパンのそれぞれのフィナーレなどは、私はとくに耳をうばわれます。

 

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

 

そのほか、R・シュトラウスの「アルプス交響曲」のような大作も配信されています。

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify  などで聴けます)

 

♫このブログでは、音源をご紹介するときに、オンライン配信されているものを中心にご紹介しています。オンライン配信でのクラシック音楽の聴き方については、「クラシック音楽をオンライン(サブスク定額制)で楽しむ~音楽好きが実際に使ってみました~」という記事にまとめています。

 

このコンサートの聴きどころ

 

こうして、大きなアクシデントが印象に残ったコンサートでしたが、音楽的な成果がなかったわけではありません。

というより、音楽的な成果があったからこそ、このブログでご紹介しようと思いました

 

それは、前半のシューベルト:交響曲第5番変ロ長調です。

 

指揮者なしの状態でおこなわれた、この演奏。

作品のスタイルにあわせてでしょう、コントラバス2本をベースにした、小さな編成が組まれていました(後半のグレイトは大幅にオーケストラが拡大されました)。

 

現在は、ヴィブラートなしで、快速テンポでさっと演奏されることが多い作品ですが、今回のものは、そうした古楽風アプローチではないスタイルでの演奏。

オールドファッションと言ってもいいのかもしれませんが、わたしはどちらのアプローチでも構いません。

別に新しいから良いわけではなく、かと言って、古いものが必ずしも良いわけでもなく、結局は、そこに美しい音楽があるかどうか、私にとってはそれこそが大切です。

 

ここに聴かれたシューベルトは、ほんとうに美しいシューベルトでした

落ち着いたテンポによる、この小さめの編成らしい、どこか控えめで、やさしい風情の音色による演奏。

 

この作品の持つ、爽やかな風合いが自然に出ていて、シューベルトの青春がゆたかに歌われていきました。

ほんとうに良い音楽を聴いている、そう実感される演奏が展開していきます。

 

弦楽器も管楽器も、とても美しく響きあっていて、折り目正しい展開、バスラインを軸にした音楽づくりは、これまで積み重ねられたであろう外山雄三さんのリハーサルの足跡、その内容の素晴らしさがはっきりと感じられるものになっていました。

空席の指揮台に、外山雄三さんの姿はないわけですが、そこに響いていた音楽には、あきらかに外山雄三さんの音楽がはっきりと刻印されていて、優れた指揮者の仕事の偉大さ、凄さを感じさせられました。

 

少し長めで、演奏によっては弛緩してしまいがちな第2楽章も、内容の豊かな音楽が紡がれて、ときにノスタルジックでさえある表情には、この作品の持つ最良のものが表れている瞬間がありました。

こうした音楽は、美しく年輪を重ねた音楽家からでないと聴かれない類いのものだと思います。

どんなに優秀な音楽家があつまってやっても、その中心に、たくさんの歳月を重ねた人間がいなければ、こういうような音楽は生まれてこないはずです。

 

音楽の充実は、フィナーレの第4楽章まで続いて、とっても素晴らしいシューベルトを体験することができました。

これで、指揮台に元気な外山雄三さんが実際にいらっしゃれば、さらに素晴らしい演奏になっているんだろうなと、容易に想像ができました。

 

会場からは大きな拍手がオーケストラに贈られ、まだ前半だというのに、カーテンコールまでありました。

 

 

パシフィックフィルハーモニア東京について

 

2022年に東京ニューシティ管弦楽団から改称された新しいオーケストラである、パシフィックフィルハーモニア東京。

 

会場に着いていちばんに驚いたのは、その「空席」の多さでした。

おそらく、3~4割の入り。

会場の6~7割は空席の状態でした。

これでは、間違いなく大赤字でしょう。

 

今年の年間ラインナップを見渡すと、かなり意欲的なプログラミングが多くて注目の団体だと思っていたのですが、一般的な知名度が全然なのかもしれません。

 

今回のコンサートはちょっと特殊な状況になってしまったので、また、機会をあらためて、このオーケストラを聴きに行ってみる予定ですが、少なくとも、前半のシューベルトの素晴らしさを聴く限り、この3割前後の客の入りというのは「不当な評価」だと感じました。

こうした面は、以前から日本の音楽事情で気になっているところで、もっと聴かれて、もっと評価されてしかるべき音楽家たちが冷や飯を食っているケースが、ちょっと多すぎるように見受けられます。

 

そうした方たちに、少しでも光があたるよう、このブログでも記事を書いていこうと思いますが、あの素晴らしいシューベルトの5番をごく少数のひとたちしか聴いていないというのは、ほんとうに残念なことだと思います。

 

このオーケストラの今後の公演では、わたしは以下のものに注目しています。

■第1回東京オペラシティ定期演奏会(公演詳細ページ
2023.7月2日(日)14:00 @東京オペラシティ
(指揮)尾高忠明
ヴォーン・ウィリアムズ/トマス・タリスの主題による幻想曲
ディーリアス/歌劇「村のロメオとジュリエット」より”楽園への道”
エルガー/交響曲第1番 変イ長調 作品55

■第2回東京オペラシティ定期演奏会(公演詳細ページ
2023.10月1日(日)14:00@東京オペラシティ
(指揮)鈴木秀美
(ヴァイオリン)佐藤俊介
メンデルスゾーン/交響曲第4番 イ長調 作品90 ≪イタリア≫
シューマン/ヴァイオリン協奏曲 ニ短調
シューマン/交響曲第4番 ニ短調 作品120  (1841年原典版)

■第160回定期演奏会(公演詳細ページ
2023.10月4日(水)19:00@サントリーホール
(指揮)飯森範親
(ピアノ)松田華音
越天楽 (近衛秀麿による管弦楽版)
ショパン/ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 作品11 (近衛秀麿編曲)
ムソルグスキー/組曲「展覧会の絵」 (近衛秀麿編曲)

■第2回名曲シリーズ(公演詳細ページ
2023.11月1日(水)19:00@東京芸術劇場
(指揮)汐澤安彦
グリンカ/歌劇「ルスランとリュドミラ」作品5より“序曲”
ボロディン/交響詩「中央アジアの草原にて」
ボロディン/歌劇「イーゴリ公」より “ポロヴェツ人の踊り”
チャイコフスキ−/交響曲第4番 ヘ短調 作品36

 

まだまだスタートしたばかりの新体制で、未知数な部分がたくさんある楽団ですが、とにかく、現在の集客率は不当に低すぎると思いますので、是非、みなさんも足を運んでみていただけたらと思います。

 

というわけで、外山雄三さん指揮のパシフィックフィルハーモニア東京のコンサートのレビューをお届けしました。

 

外山雄三さんは、もうご高齢なわけですから、今回のようなフルサイズのプログラムにこだわる必要はないと思います。

今回の公演も、例えば、シューベルトの「ロザムンデ」序曲と交響曲第5番のみ、というようなショートプログラムでも、その価値のわかるひとは必ず聴きに来たはずです。

 

今後も無理のない範囲で、その至芸を披露していただけたら、音楽ファンにとっては、このうえない喜びです。

外山雄三さんの一日も早い回復をお祈りしています。

 

 

♪2023年4月、これまでで最高の月間86,000pvをこえるアクセスをいただきました。

読んでいただいて、ありがとうございます!

 

♪お薦めのクラシックコンサートを「コンサートに行こう!お薦め演奏会」のページでご紹介しています。

判断基準はあくまで主観。これまでに実際に聴いた体験などを参考に選んでいます。

 

♪実際に聴きに行ったコンサートのなかから、特に印象深かったものについては、「コンサートレビュー♫私の音楽日記」でレビューをつづっています。コンサート選びの参考になればうれしいです。

 

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