シリーズ〈オーケストラ入門〉

【オーケストラ入門】ウェーバー:『舞踏への勧誘』作品65~ちいさな視聴室

 

シリーズ《オーケストラ入門》、今回はウェーバーの『舞踏への勧誘』をとりあげます。

この曲を作曲したのは、ドイツの作曲家カール・マリア・フォン・ウェーバー(1786-1826)。
このブログでは、すでに別のシリーズで彼の交響曲第1番をご紹介しました。

ちなみに、あのモーツァルト(1756-1791)の奥さんの名前はコンスタンツェ・ウェーバー。

そう、実はモーツァルトの奥さんと作曲家ウェーバーは、いとこの関係。
ただ、モーツァルト本人はウェーバーが生まれてすぐに亡くなっているので、赤ちゃんウェーバーを見たかどうかくらいの関係です。

もともとは奥さんへ捧げたピアノ曲

現在はオーケストラ編曲版が有名なこの曲ですが、もともとはピアノの作品で、『ピアノのための華麗なロンド、舞踏への勧誘』というタイトル。

このピアノ曲は、ウェーバーが奥さんのカロリーネに捧げた作品です。

 

ふたりの出会いは劇場。

ウェーバーは1813年、低迷していたプラハ歌劇場の指揮者となって、この劇場の建て直しに着手します。

そして、そこにやってきた新人歌手のひとりがカロリーネで、彼女は歌手としてたいへん力量があったようです。

 

そうして、しばらくしてウェーバーは彼女に求婚するんですが、実は一度断られたようで、ウェーバーは失恋の痛手を負っています。

けれども、どうしてもカロリーネをあきらめきれないウェーバー。

やがてその想いが通じて、ふたりは1817年にめでたく結婚します。
そして、その結婚から2年後の1819年に書かれ、奥さんとなったカロリーネに捧げられたのがこのピアノ曲です。

 

舞踏への勧誘

音楽はまず、ひとりの紳士が若く美しいご婦人にダンスの相手を申し込もうと近づいてくるところから始まります。

おもしろいのは、ここで一度、その女性が“ ためらうような素振りをみせる ”ことです。
ここにはきっと、ふたりの恋愛史が反映されているんでしょう。

さらに重ねて男性が熱心にお願いすると、やっと女性はその申し出を快諾します。

 

こうした情景は、ピアノ版の楽譜をみると音符のしたにドイツ語で書かれていて、これはウェーバー自身が奥さんに初めて弾いて聴かせたときに説明したものだそうです。

 

そうしたふたりの対話の場面が描かれたあと、やがて、舞踏会の描写であるワルツの場面が始まります。

そして、この曲ではその舞踏会の情景がおわったあとに、また、最初のやりとりに似た場面が帰ってきます。
紳士が女性に感謝を伝え、女性がそれに答えるという、静かな音楽がついています。

 

舞踏会の場面がとても華々しくおわるので、コンサートではそこで一度拍手がおこってしまうことがしばしばあって、1曲で2回拍手が起こることのある演目になっています。

 

せっかくですので、ここでまずその原曲のピアノ版をご紹介しておきます。

古い録音ですが私がいちばん好きな録音、ポーランドの名ピアニスト、イグナツ・フリードマン(1882-1948)の演奏を。
この人の演奏で聴いていると、ほんとうに男女の対話のように聴こえてきます。
まさにピアノの名手、音楽の名優。
( Apple Music↓ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

 

ワルツ音楽への影響

この音楽は、それまでもあった、実際に踊るための実用音楽ではなくて、あくまでコンサートで聴くためのダンス音楽という、新しい発想の音楽でした。

 

この曲を音楽史のながれのなかで見たとき、「前奏」と「後奏」でワルツの音楽をはさむという美しい構造が、実に多くの作曲家に影響をあたえたことがわかります。

典型的なものがヨハン・シュトラウスを頂点とするウィンナ・ワルツで、ウェーバーのこの楽曲構造が多くのウィンナ・ワルツで、もはやひとつの「形式」として採用されています。

 

 

ベルリオーズによるオーケストラ版

このピアノ曲が作られてから20年以上あとの1841年、『幻想交響曲』で有名なフランスの作曲家ベルリオーズ(1803-1869)がオーケストラ用にこのピアノ曲を編曲します。

すでにウェーバーは、1826年に39歳の若さで亡くなっていました。

 

ベルリオーズはこのとき、パリのオペラ座でウェーバーの歌劇『魔弾の射手』を指揮しようとしていました。

当時のパリでは、オペラのなかにバレエ・シーンがある演目が人気を集めていて、そこで、ベルリオーズは『魔弾の射手』の途中に、同じウェーバーの作品である『舞踏への勧誘』をオーケストラ編曲して、バレエ・シーンとして追加しようと思いついたようです。

 

ただ、ベルリオーズはウェーバーをたいへん尊敬していたこともあって、勝手にそうした追加を行うべきかどうか、そうとう悩んだ末に編曲作業をしています。

こうしたところは、ベルリオーズの破天荒なイメージの音楽からすると、少し意外なくらいの真摯な姿勢が垣間見られます。

 

このベルリオーズ編曲によるオーケストラ版ができたことで、この曲はいっそう人気曲となって、現在ではクラシック音楽の代表的な一曲として世界中で愛されています。

 

ベルリオーズ以外にも、彼にならってこの作品をオーケストラ編曲した人が何人かいて、20世紀前半の大指揮者のフェリックス・ワインガルトナーや20世紀後半にフィラデルフィア管弦楽団と活躍した名指揮者ユージン・オーマンディの編曲版などもあります。

 

 

私のお気に入り

例のごとく、リンク先はドイツ語表記や英語表記が多いです。
“ Aufforderung zum Tanz ”(英語だとInvitation to  the Dance)というタイトルのものを聴いてみてください。

 

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー
私が初めてこの曲に出会ったのはこの演奏で、NHK-FMで流れて来たものです。
一時期、それこそ毎日のようにそれを録音したカセットテープを聴いていました。

カラヤン(1908-1989)は20世紀後半、クラシック界の「帝王」と称された指揮者で、クラシック界の主要な役割をほとんど独占した人物。
それだけに野球の巨人軍と同様、「アンチ」の人も多数いらっしゃいますが、わたしはカラヤン大好きです。

カラヤンは何度か『舞踏への勧誘』を録音していますが、ここではカラヤンとベルリン・フィルの颯爽とした演奏がたのしめる1970年代の録音を。
管楽器の華麗な音色もさることながら、弦楽器群のレガートの輝かしさ、オーケストラ全体のフレージングの繊細さには今も耳を奪われます。
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フランツ・コンヴィチュニー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

こちらは現在オンライン配信がないようで、さらにCDも廃盤のようですが、たまに中古で手に入りますのでご紹介しておきます。
画像はAmazon商品ページにリンクしてあります。

これは以前、NHKのFMで流れてきて、あまりに素敵だったので私も中古で手に入れました。

コンヴィチュニー(1901-1962)はドイツ正統派の巨匠。
若いころは巨匠フルトヴェングラー指揮するゲヴァントハウス管弦楽団でヴィオラを弾いていましたが、やがて指揮者として東ドイツを代表する巨匠にまで登りつめました。

“動かざること山のごとし”というような、じっくりと腰を据えた音楽づくりが特徴の大家です。

これは1961年にドイツのライプツィヒで行われた演奏会のライブ録音で、豊かなニュアンスと色彩に満ちたしあわせな演奏で、これを生演奏で聴いていた人たちはほんとうに幸せ者です。

無類の酒好きで、何とも人好きのする方だったそうで、リハーサルの合間も含め、いつも楽団員に囲まれているような指揮者だったそうです。

 

 

フリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団
20世紀を代表するソプラノ歌手、エリーザベト・シュヴァルツコップが「無人島に持っていきたい1枚」として選んだことでも有名なアルバムです。

フリッツ・ライナーはハンガリー出身の巨匠で、とりわけ後年、シカゴ交響楽団と黄金時代を築きました。

選曲もさすがというか、ワルツの源流である『舞踏への勧誘』とシュトラウス・ファミリーのワルツ、さらにはリヒャルト・シュトラウスの『ばらの騎士』のワルツを組み合わせた、出色のアルバムになっています。

ポピュラーなワルツの名曲を、このコンビらしい緻密でスケールの大きなアンサンブルで聴ける名盤です。
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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ウィーン・フィル、バイエルン国立歌劇場管弦楽団
指揮しているのは、20世紀の大巨匠ハンス・クナッパーツブッシュ。
破格のスケールを誇った指揮者で、とても古い世代の人ですが、今も熱狂的なファンがたくさんいます。

ウィーン・フィルとの演奏では、ベルリオーズ編曲の楽譜を使っています。
開放的で、柔軟で、何にもしていないようで、凄いことをしている名演奏。
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いっぽうで、バイエルン国立歌劇場管弦楽団とのライブでは、フェリックス・ワインガルトナー編曲版を使っています。
お聴きいただくとわかりますが、まさに自由闊達、変幻自在。
音楽が響きたいように自由に響かせているというような、何にも縛られていない至芸を味わうことができます。

これはほんとうに、一度聴くと忘れられない名演奏です。
巨人の音楽。
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ニコラウス・アーノンクール指揮ウィーン・フィル
2003年のウィーン・フィル・ニューイヤーコンサートで取り上げられたときのもの。

ふだんはヨハン・シュトラウスなどのシュトラウス・ファミリーがひたすら演目に並ぶ公演で、ワルツの源流にあるウェーバーを演奏したあたりは、革命児だった指揮者ニコラウス・アーノンクールらしい選曲でした。

 

ただ、実際のコンサートで起きたことはもっと衝撃的で、例の舞踏会の場面がおわった時点で、あの静かな後奏を待たずに、まさかの盛大な拍手が起こりました。

クラシックを普段から聴いている人は、この曲の展開をすでに嫌というほど知っているわけで、あれほど盛大に拍手が起きたということは、あのとき、会場には普段クラシックをあまり聴いていない人がたくさん集まっていたということになります。

通常のコンサートで拍手がおきるなら、ほほえましいというか、むしろ楽しい気持ちにさせられますが、あの音楽ファンあこがれの会場で盛大に拍手が起きたときには、テレビで観ていた私もかなりショックを受けました。

指揮者のアーノンクールが凄い表情でふりかえって、会場の拍手を制止していました。

 

世界中のクラシック音楽ファンが夢見るウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサートの客席に座れるかどうかは、音楽がどれくらい好きかではなく、そのプラチナ・チケットを手にできる社会的ポジションを得ているかどうかに左右されるという現実が、露骨に出てしまった瞬間でした。

いつかは何かしらの是正が必要な問題だと思います。

 

それにしても、あれはアクシデントだったのか。
あるいは革命児アーノンクールのこと、確信犯的にやったんでしょうか。
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