シリーズ《交響曲の名曲100》、その第17回。
このシリーズでは、「交響曲」という形式で書かれたクラシックの名曲の数々から、是非とも聴いてほしい名曲をピックアップしてご紹介しています。
クラシック初心者・入門者でも親しみやすいように、曲にまつわるエピソードや聴きどころ、お薦めの音源もあわせてご紹介しています。
また、クラシック初心者の方にいきなりCDを買ってくださいというのは無理があると思うので、オンライン配信でアクセスしやすいものを中心に、後半で音源紹介しています。
さて、心配のあまり涙を流すモーツァルトに見送られつつ、初めてイギリスへと海を渡ったハイドン。
前回ご紹介したように、その地でハイドンは大成功をおさめて、ウィーンへと戻ってきました。
ハイドン、また海を渡る
1791~92年にかけての初めてのイギリス滞在で、ハイドンはたいへんな成功をおさめました。
当然、ウィーンへ帰ったハイドンに「もう一度ロンドンへお越しください!」という声がかかります。
そして、ハイドンは61歳になるという高齢にもかかわらず、やはり、再び海を渡ることを決意します。
1794年の1月にウィーンを出発、イギリスへと渡り、翌1795年の8月までロンドンで、もう一度の大活躍を繰り広げます。
この第2回イギリス訪問に関連して作曲されたのが、交響曲第99番~第104番の6曲で、まとめて“ 第2期ザロモン・セット ”とか“ 第2期ロンドン・セット ”と呼ばれています。
ザロモンというのは、ハイドンをイギリスへ招いた音楽プロデューサーの名前です。
そして、この6曲がハイドンによる「交響曲」作曲の集大成となって、第104番を最後に、彼が交響曲を再び書くことはありませんでした。
ベートーヴェンの小さなエピソード
第1回イギリス訪問のとき、ドイツのボンにおいて若きベートーヴェンと出会ったことは、このシリーズの前回でご紹介しました。
今回の第2回イギリス訪問でもベートーヴェンの話が少しだけあって、ハイドンがベートーヴェンを写譜などの作業を行う従僕として、イギリスへ同行させるようだという話が出ていたそうです。
ただ、これは事情はわからないものの実現することはなく、実際には、もっと以前からハイドンと長く仕事をしていた人物が同行をしています。
もしハイドンとベートーヴェンのふたりが一緒に渡英していたら、何かわくわくさせられる出来事が起きていたかもしれません。
ちょっと夢のある話です。
今回は、“ 第2期ロンドン(ザロモン)・セット ”のなかから、ニックネームのついている第101番『時計』と第100番『軍隊』をご紹介します。
第101番『時計』
作曲順でいうと、第100番『軍隊』より第101番『時計』のほうが先のようですので、この順でご紹介。
『時計』というニックネームは、やはりハイドン自身によるものではありません。
後世になって、第2楽章のリズムが“ 振り子時計 ”を連想させることからこうしたニックネームがついたと考えられています。
この『時計』の第2楽章で思い出すのが、どこかで読んだ、20世紀の巨匠カラヤンと手兵ベルリン・フィルによるリハーサル光景の話。
この第2楽章をリハーサルしているとき、なぜかテンポが落ち着かず、カラヤンがオーケストラに「みなさん、これは“ 時計 ”というニックネームがついてる曲ですよ」と注意をうながしたそうです。
すると、さすがは天下のベルリン・フィル。
今度は一糸乱れぬアンサンブルで、この第2楽章を演奏しはじめたそうです。
けれど、今度は極端に整いすぎてしまったアンサンブルに、「みなさん、それじゃクオーツ時計だ」とカラヤンが冗談を言って楽団を笑わせたところ、今度は、そのちょうど良いところを行く、素晴らしい第2楽章のテンポが引き出されたという話。
名指揮者の上手なリハーサル。
誰のプライドも傷つかないけれど、実際的な修正が加えられているわけです。
第100番『軍隊』
この『軍隊』というニックネームは、珍しくハイドン自身によるかもしれないとされるものです。
というのも、初演の予告の時点でその呼び名が使われているからです。
なにが『軍隊』かというと、これも第2楽章に由来しています。
途中で軍隊ラッパが鳴り響いたり、トライアングル、シンバル、大太鼓という、いかにも軍楽隊らしいひびきが現れます。
これはいわゆる“ トルコ風 ”のもので、この頃は、モーツァルトのトルコ行進曲やヴァイオリン協奏曲第5番『トルコ風』、それからベートーヴェンのトルコ行進曲など、トルコ趣味がひとつの流行だった時代です。
その響きは、第4楽章のフィナーレでもふたたび参加してきます。
🔰初めての『時計』
まずはいちばん有名な第2楽章を聴いてみてください。
“ 時計 ”のニックネームの由来となった音楽です。
そのあとは、冒頭にハイドンとしては珍しい、緊張感の漂う半音階的な序奏がついている第1楽章や、短いけれど充実して壮麗なフィナーレなどを聴いてみてください。
🔰初めての『軍隊』
まずは、やはり第2楽章を聴いてみてください。
『軍隊』のニックネームの由来となった楽章です。
そして、第1楽章。
ゆっくりとした序奏に引き続いて、とっても素朴で人懐っこい旋律が管楽器で提示されます。
そのあとに来る第2主題もユーモラスな表情をもっていて、この2つの主題がしっくり来れば、あとはその見事な展開や変奏に耳をあずけるだけです。
それからフィナーレ。
おしまいになって、第2楽章でお客さんをびっくりさせ、楽しませた軍楽隊の楽器たちがふたたび参加してきます。
こうしてフィナーレで再登場させるあたりに、ハイドンの天才、人を喜ばせる術を心得た才気を感じます。
私のお気に入り~『時計』
《フリッツ・ライナー指揮 彼の交響楽団》
ハンガリー出身の巨匠フリッツ・ライナー(1888-1963)の最後の録音です。
ほとんど身体を動かさず、目で指揮をしていると言われていたライナー。
その極端に制御された指揮テクニックは、心臓が弱かったことも影響していると言われています。
心臓発作に倒れて、活動が制限された晩年、彼を慕う奏者たちが集まって編成された臨時のオーケストラを指揮しての録音。
同じタイプの巨匠ジョージ・セルもそうでしたけれど、あれほどストイックな音楽づくりをしていた指揮者が、最後の最後、常人では到達できない、不思議な透明度と柔らかさの境地に達していることに心を打たれます。
格調高い、至高のハイドン。
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《ニコラウス・アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団》
今年2021年に創立40周年を迎えたヨーロッパ室内管弦楽団が、その記念盤としてリリースした録音。
古楽演奏の革命児アーノンクール(1929-2016)を指揮者にむかえたときの、未発表のライヴ録音集。
その冒頭に収められているのが、ハイドンの『軍隊』と『時計』。
どちらも素晴らしいです。
切込みの鋭さと果敢な創意に満ちた、新鮮で、とても美しくもあるハイドン。
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《ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー》
上でエピソードをご紹介したコンビによる録音。
20世紀後半、クラシック界の帝王と呼ばれたカラヤンには、この曲の録音がほかにもありますが、私はこの晩年の演奏がいちばん好きです。
いつも通り大きな編成のオーケストラによる、堂々たる演奏ですが、ここには、磨かれてはいるけれど、それまでにはなかった素朴な表情、ゆったりとした情感があって、音楽がいっそう深く呼吸をしていて惹きこまれます。
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私のお気に入り~『軍隊』
《オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団》
クレンペラーは、あの大作曲家マーラーの直弟子という、20世紀ドイツの大指揮者。
破天荒なパーソナリティの大物指揮者で、さまざまなトラブルや病気などで晩年には体が不自由になってしまいます。
けれど、それもあってか、次第にテンポが雄大になって、巨大な造形を手に入れたという巨匠です。
今では考えられませんが、名手ぞろいのフィルハーモニア管弦楽団のリハーサルで、バン!バン!!と指揮台を叩きながら、「おい、お前!わしの言った通りに弾け!!」と怒鳴っているリハーサル映像を見たことがあります。
それでもオーケストラから愛されていたというのですから、本物の巨匠なんです。
そのフィルハーモニア管弦楽団との録音のひとつがこれです。
絶妙なテンポ、管楽器の抜けのいいバランス、峻厳な造形、でも、柔らかくて人懐っこい響き。
すべての瞬間が聴きどころの連続。
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《ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団》
私がはじめて聴いた『軍隊』は、ラジオのNHK-FMから流れて来たこの演奏でした。
そのとき聴いたのは、ちょうど第2楽章からで、例のトルコ風軍楽隊の音楽にあっという間に魅了されました。
想い出の名演奏。
ワルター(1876-1962)は大作曲家マーラーの直弟子という大指揮者。
長生きだったおかげで、後世の規範となるような立派な録音がたくさん残りました。
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《フランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラ》
古楽器による演奏で、とくにこの『軍隊』は木管の自然な美しさが際立っています。
これもラジオで最初聴いて、すぐに大好きになった演奏。
古楽界をリードしたブリュッヘン(1934-2014)の指揮は、ここでも見事。
響きの奥行き、音楽の確かな展開、ほんとうに凄い指揮者でした。
一度しか生演奏を聴きに行けなかったのが残念です。
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