コンサートレビュー♫私の音楽日記

世界最高峰のカルテット~ベルチャ弦楽四重奏団2022年日本公演を聴いて

 

現在、世界最高峰のカルテットのひとつと言っていい、ベルチャ弦楽四重奏団の演奏会を聴いてきました。

ちょっと期待したものとちがっていたというか、たくさんの違和感を抱いた公演だったのですが、それでも、これほどのカルテットがいま世界にどれくらい存在しているだろうかというと、そうそうないと思われるのも事実で、つれづれに綴っておこうと思います。

 

プログラムとベルチャ弦楽四重奏団について

 

2022年10月9日(日)15:00@水戸芸術館コンサートホール ATM

ハイドン:弦楽四重奏曲 作品20の2 Hob.III-32
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲 第8番 ハ短調 作品110
(休憩)
ドビュッシー:弦楽四重奏曲 ト短調 作品10

【アンコール】
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第13番 作品130~第5楽章「カヴァティーナ」
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲 第3番 作品73~第3楽章

 

ベルチャ弦楽四重奏団は、ルーマニア出身のヴァイオリニスト、コリーナ・ベルチャを中心とした団体。

メンバー4人が4人とも出身国が異なる点で、“ 多様性 ”というものをひとつの特徴としているカルテットでもあります。

 

私はもうずいぶん昔にラジオ、それからCDなどで耳にして、その真摯な演奏スタイルにおおいに惹かれて、いつか実演を聴きに行こうと思っていた人たちです。

私がいちばんよく聴いていたころは女性2人に男性2人のメンバーでしたが、現在は、ベルチャ以外は男性の奏者になっていて、発足当時のメンバーというのは、ベルチャのほかにヴィオラ奏者クシシュトフ・ホジェルスキーだけのようでした。

そして、聴かせる音楽そのものも、ずいぶん昔と変わったという印象を持ちました。

 

いろいろと疑問を感じたハイドン

 

プログラム冒頭はハイドンの《太陽四重奏曲》からの1曲。

始まってすぐに、そのまったく独自のハイドン解釈にとまどってしまいました。

 

とにかく、オペラで言えば「レチタティーヴォ」のようなフレージングが多用されて、ハイドンを極限までデフォルメしたような音楽が展開されていきました。

第2楽章カプリッチョなどで、そうしたオペラ的な書き方がされている作品でもあるので、それを最大限に拡大してみせたということだと思います。

 

緩急の差が極度につけられて、フレーズも故意にしゃべるように奏されて、たえず音楽が動きに動いて、私はなにかの「分裂」を見ているかのようでした。

フィナーレ第4楽章のフーガなんて、その冴えに冴えた技術もあいまって、すさまじい迫力でもって描かれました。

 

でも、もしハイドンが本当にこういう音楽、ベルチャ弦楽四重奏団の演奏したような「凄まじい音楽」を書いたするなら、そんなハイドンがどうして若き弟子ベートーヴェンのピアノ三重奏曲を聴いたときに、その激しい書法に拒否反応を示して、批判したりしたんでしょう。

 

伝統にとらわれない、あたらしいハイドン…

「あたらしい」のは確かに新しいけれど、これが「ハイドン」かどうかというと、私はかなり疑問が感じられました。

ハイドンをもともと好きなひとほど「不自然さ」を感じずにはいられない演奏だったんじゃないでしょうか。

 

 

ショスタコーヴィチ

 

つづく2曲目は、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第8番でした。

ドミトリー・ショスタコーヴィチ(1906-1975)が、1960年、映画音楽を制作するためにドレスデンへ派遣され、その地で戦争の生々しい傷跡を目の当たりにし、体制に翻弄される自分の境遇と重ね合わせて、わずか3日間で書き上げてしまったという作品。

当初、作曲後には自殺を考えていたとさえ伝えられている、ショスタコーヴィチ自身へのレクイエムともいえる作品です。

 

ですが、私は、その前に演奏されたハイドンの残響が尾を引いてしまいました。

つまり、あの自由奔放で凄まじい勢いで終わったハイドンのあとに、いざショスタコーヴィチが始まってみると、この深刻な弦楽四重奏曲のほうが、むしろ平穏で、「普通」の音楽に聴こえてきてしまったということです。

これは、本来その反対、ハイドンのあとに来るショスタコーヴィチのほうが、尋常ではない響きで鳴るべきプログラミングであって、とっても違和感がありました。

 

それでも、やがて、時間が経過するにつれて、だんだんとショスタコーヴィチの音楽が空間を占めるようになってきました。

 

そうして、ここで、とりわけ耳を奪われたのが、ファースト・ヴァイオリンのコリーナ・ベルチャの音。

 

この人の、鼻にかかったような、ややハスキーで、くすんだ音の色。

それが弱音で、緊張感をもって、旋律を歌うときの、張りつめた美しさ。

 

これは、他には求められない、まったく独自の美しさです。

 

このカルテットが、ここまで、音楽的にファースト・ヴァイオリンのコリーナ・ベルチャに深く依存しているスタイルの団体だというのは、こうして実演で接するまでは感じていませんでした。

 

もちろん、他のメンバーも素晴らしい技術で、圧巻のアンサンブルを奏でていました。

それも、世界最高峰のアンサンブルといって誰も異論がないであろう演奏です。

でも、私にとっては、何よりコリーナ・ベルチャの音でした。

 

彼女の音によって、強烈に惹きつけられたショスタコーヴィチでした。

 

 

可能性を感じたドビュッシー

 

後半はドビュッシーの弦楽四重奏曲です。

彼らがフランス音楽をどういうアプローチで弾くのか、予想もつきませんでしたが、ここでもやはり独自のドビュッシーを目指していました。

 

細かなところで、ほんとうに色々なことをやっていて、「どうして、そう弾くんだろう?」と思うところも多々ありましたが、一方で、これまでに感じたことがないくらい色彩的で、立体的なドビュッシーがたちのぼる瞬間も多くあって、「新しさ」という意味でも、このドビュッシーの弦楽四重奏曲が、この日、いちばん魅力的に感じられた演奏となりました。

 

フランスの海、空気、風が目の前に広がるような、極めて新鮮な色彩。

これまで聴いた演奏の多くがモノクロ写真だったんじゃないかと感じられるくらい、鮮やかな音楽が浮きあがる瞬間すらありました。

 

そして、ここでも、やはり最も印象的だったのは、コリーナ・ベルチャの音。

とりわけ第3楽章後半で聴かれたコリーナ・ベルチャの美しい歌は、ショスタコーヴィチで聴かれた、くすんだ音色とはまったく違う、息を吞むほど伸びやかな音でした。

 

弱音でもって、信じられないような純度で奏される、言葉を失うほどの美しい高音。

まるで、時が止まったかのようにすら思える瞬間でした。

この奇跡のような瞬間が、音楽的にもっとずっと持続したとしたなら、それはもう、比類のない高みの名演奏がうまれるだろうと容易に想像できました。

 

この演奏会のクライマックスは、まさにあの第3楽章でした。

 

 

ベートーヴェンという存在

 

いったい、この人たちの現在のアプローチにいちばん適している作曲家というのは誰なんだろうと、ドビュッシーのあとに考えていました。

この人たちの方向性と、ほとんど違和感なく共鳴するような作曲家がいないだろうかと。

 

そうして、以前、彼らのベートーヴェン全集がたいへん話題になっていたのを思い出しました。

次の機会には、ベートーヴェンを実演で聴いてみようと思っていたところ、ありがたいことに、アンコールの1曲目がベートーヴェンでした。

 

始まっておどろいたのが、さきほどまで、やや野放図に感じられる瞬間があるくらい色々なことを随所でやっていた彼らが、ベートーヴェンとなると、急に「凝縮された」世界のなかで音楽を奏ではじめたことです。

 

ベルチャ弦楽四重奏団が、作曲家ごとに演奏スタイルを変化させているというべきなのか。

それとも、ベートーヴェンのスコアが、そうせざるを得ないような、強い縛りをもって書かれているというべきなのか。

 

この変化は、このジャンルの最高到達点といわれるベートーヴェンの弦楽四重奏曲について考えるうえで、とっても面白い発見でした。

 

 

凄いカルテット

 

このベートーヴェンのあとに、さらにアンコールが1曲、ショスタコーヴィチの音楽が、やはり物凄い勢いで演奏されて、コンサートは終わりました。

 

色々と違和感やら疑問を感じる瞬間のほうが多かったコンサートでしたが、それだけ、彼らのスタイルがはっきりと確立されているということでもあります。

最も違和感がなかったのがベートーヴェン、もっとも新しい可能性を感じたのがドビュッシーという印象です。

 

先週、吉井瑞穂さんのオーボエで、とっても心に深く刻まれるヒンデミットやパヴェル・ハースを聴いたばかりだった(公演レビュー)ので、とりわけショスタコーヴィチで、その音楽の語るところを、もっとじっくりと味わいたかったです。

今回、彼らがショスタコーヴィチの8番をプログラムに組み込んだのは、きっと昨今の世界情勢を意識してのことだったと思うので、それが実際の演奏面に、もっともっとしっかりと反映されていたらと思いました。

 

 

音楽そのものをじっくり味わおうとすると、好き嫌いをふくめ、色々と意見の分かれる団体だと思いましたが、「弦楽四重奏」というスタイルを味わうという点では、これほどの団体はほとんど他に存在していないんじゃないでしょうか。

 

一度聴くと、違和感をこれほど感じた私ですら、そうそう忘れられない印象を強く刻まれてしまいます。

コリーナ・ベルチャの音が最大の美点であり、最大の魅力ですが、ヴィオラを主軸にした他のメンバーの研ぎ澄まされたアンサンブルも、それから、カルテット全体の柔軟性も、どんなに控えめに言ったとしても世界最高峰のカルテットのものです。

 

ただ、そうは言っても、やはり、コリーナ・ベルチャの音。

このカルテットが彼女の名前を冠しているのは、とても適切なことだと納得されます。

 

その類まれで、雄弁な音色が音楽的にいかされたショスタコーヴィチとドビュッシーでの幾つかの瞬間は、おそらく一生忘れられないんじゃないかと思うくらい、強い音楽体験になりました。

 

ここまでの音になると、録音などでは伝わりきらないでしょう。

実演でこそ、是非、体験してみていただきたいカルテットです。

 

このブログでは「コンサートに行こう!お薦め演奏会」というページで、お薦めのコンサートをご紹介しています。

ベルチャ弦楽四重奏団の次回の来日がいつなのかわかりませんが、これだけ色々違和感などを書いておいても、やはりご紹介することになると思います。

 

そういう弦楽四重奏団です。

 

 

少しだけ音源の紹介

 

彼らがドビュッシーを演奏した録音があるかと探したら、ずっと以前のものでしたが、初期のメンバーで演奏したものがありました。

これは、もしかしたら彼らのデビュー・レコーディングにあたるのかもしれません。

現在の演奏はもっとアクの強い、もっと色々なことをやっている演奏に変わっていますが、それでも、その新しい色彩感を模索するような方向性はこの録音からもうかがえます。

とっても魅力的な、良い録音だと思います。

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

 

オンライン配信の音源の聴き方については、「クラシック音楽をオンライン(サブスク定額制)で楽しむ~音楽好きが実際に使ってみました~」のページでご紹介しています。

 

 

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