コンサートレビュー♫私の音楽日記

リッカルド・ムーティ指揮ウィーン・フィルハーモニーの来日公演2021を聴いて

 

ムーティ指揮ウィーン・フィル演奏会

私にとって、実に2年ぶりのコンサートホール。
このコロナ禍で遠のいていた演奏会場。

そこに再び足を向けるにあたって、そうした特別な機会となる演奏会となれば、何でもいいというわけにはいきません。
この特別な機会にふさわしい演奏会、それこそまさに、リッカルド・ムーティ指揮ウィーン・フィルの日本公演でした。

イタリア出身の指揮者リッカルド・ムーティは1941年生まれ、御年80歳のマエストロです。

彼はこのコロナ禍、むしろ精力的に演奏活動をこなしていて、今年に限ってみても、すでに来日は2回目です。
そうして、今回も彼は約束どおり、日本にウィーン・フィルを率いてやってきました。

 

私が聴いたのは2021年11月8日(月)サントリーホールでの公演で、
シューベルト:交響曲第4番ハ短調『悲劇的』
ストラヴィンスキー:ディヴェルティメント~バレエ音楽『妖精の接吻』による交響組曲
メンデルスゾーン:交響曲第4番イ長調『イタリア』
というプログラム。

 

ウィーン・フィルの音

万雷の拍手の中、リッカルド・ムーティがステージに登場、シューベルトのタクトを振り下ろしました。

ハ短調のフォルティシモによる一撃、そして、すぐに弱音となって繊細な序奏が始まります。

その弱音での弦楽器と管楽器の対話を聴いているうちに、視界がくもってきて驚きます。
目に涙がいっぱいになっていました。

自分のことなのに、すっかり驚いてしまいました。

 

楽器から出ているように感じられない弦楽器の音、樹木が歌っているかのような管楽器のやわらかな音。
それが、まだ現実のものとして存在しているということ。

コロナで何もかもが止まってしまっていたなかでも、このオーケストラの美しい音色が無事に残っていたということ。
それに、再び出会えた嬉しさにすっかり感動してしまいました。

我ながらどうかしていると思いましたが、涙はそれでも、しばらく止まりませんでした。

 

コロナ禍と言えども、世界から楽器がなくなってしまったわけじゃないんだから、オーケストラの音が残っているなんて、そんなこと当たり前じゃないかと思われるかもしれません。

でも、決してそんなことはありません。

オーケストラの音というのは、あっという間に変遷し、そして、いつの間にか全く別のものになって、前のものは無くなってしまうものなんです。

 

 

今年2021年のニューイヤーコンサートのTV中継の際に、ウィーン・フィルがコロナ禍にどう対応しているのかを紹介する短いドキュメントが流れました。

そのなかで、楽団員たちが集まってまず決めたことが、「団員の距離を空けて演奏するのはやめよう」ということだったと聞いて、私はとても心を打たれました。

 

普段と違う距離感で演奏をしたら、響きに対する感覚が変わってしまうかもしれないという危惧。

一度変わってしまったら、伝統として受け継いできたウィーン・フィル独自の響きを断絶してしまう可能性があるということです。
その“ 自分たちの音 ”に対する意識の高さ、責任感の強さ。

そうして、守られてきたもの、それがシューベルトの序奏のなかで響いていたわけです。

私が愛してやまない、私がもっとも美しいと感じるオーケストラの音が、確かにそこに響いていました。
まだ残っていた、無事残っていた。

何てすごいことだろうと思いました。

 

日本がかつて戦争に突き進むなかで、当時まだ学生だった音楽評論家の吉田秀和さんが、「いつか戦争が終わったら掘り返して聴こう」と、クラシックのレコードを土のなかに埋めた話を思い起こします。

戦後、それを掘り起こして聴いた吉田秀和さんが嬉しかったように、私もウィーン・フィルがその西洋音楽のもっとも美しい音色を保っていたことに、感動せずにはいられませんでした。

 

シューベルトの『悲劇的』

リッカルド・ムーティは、以前は非常に若々しい、速めのテンポで情熱的に歌い上げるスタイルの指揮者でしたが、段々と歳を重ねるにつれて、テンポが遅くなり、音楽の表情がゆったりとしてきました。

そうしたスタイルの変化が、あるところまで到達した感じが近年しています。

 

そうした彼が指揮するにあたって、このシューベルトで、何といっても印象的だったのは第2楽章アンダンテ。

彼は出だしこそ指揮をしましたが、すぐに指揮をやめ、オーケストラの音楽にただただ耳を傾けます。
まったく動きません。

 

その動かない指揮者を中心に、ウィーン・フィルによって奏でられるシューベルトの美しい歌。

何年か前に聴いたときは「ほんとうにウィーン・フィル?」と思わされたこともありましたが、今回、ムーティが引き出したゆったりとした、あたたかく美しい音楽は、もう“ 音楽そのもの ”と言い切れるほど。

それはおそらく、一生涯忘れられないであろうほどの美しい歌でした。

 

 

名演奏?

この演奏会は、もしかしたらそのうち「歴史的名演」とか何とか、大仰な批評の文字が躍るのかもしれませんが、私はそれはちょっと違う気がします。

たとえば、さきほどのシューベルトで言えば、第3楽章になると、ゆったりとし過ぎた響きがメヌエットのリズムを足取りの重いものとして、どういう音楽なのかわからないようになっていました。

せっかく第2楽章があれほど素晴らしかったのに、どこか退屈になってくる第3楽章でした。

 

2曲目のストラヴィンスキーも、ムーティとウィーン・フィルの典雅で温かい音色が、かえって曲をわかりにくくしていたところがありました。

妖精の口づけ(接吻)』は、ロシア生まれの作曲家ストラヴィンスキーが「氷姫」という題材を扱っているところもあって、どこか冷たく寒々しいものがある音楽だと思いますが、それが常に温かい音でウェットでもあるために、どこへ向かおうとしているのかわからず、ときに音楽が弛緩しているところがありました。

それくらい、ムーティの音色がその根元から明るいというのは発見でしたけれど。

 

音、そして、歌

じゃあ、そんな退屈さも含んでいた、あのシューベルトやストラヴィンスキーをもう聴きたくないかというと、いや、やっぱり何度でも聴きたいと思ってしまうわけです。

それはなぜかと考えると、やはり、彼らの“音”、そして、彼らの“ 歌 ”です。

 

ひたすら美しい音色。

それも、近年耳にすることの多い機械的な音ではなくて、人の存在を感じる音。
丸みを帯びて、生命や自然の存在を感じる音。

そして、イタリア人指揮者ムーティのカンタービレ、歌うことに対する徹底した姿勢。
それも、年齢を重ねた人間から生まれる、とってもやさしい歌。

温かな気持ちで昔のアルバムを見返しているかのような、ノスタルジックでさえある歌。

 

そうして、最上に美しい音で、心からの歌が紡がれていきます。

ゆっくりとしたテンポのなかで、主旋律はおろか、対旋律はもちろん、伴奏のちょっとしたフレーズまでもが表情をもって。

これは近年のリッカルド・ムーティだからこそ成せる業で、そうなるともう、どんなに曲想と違和感があったとしても、最後まで耳が離せないわけです。

 

いわゆる「名演奏」というのは、どこか非日常的というか、尋常ではないテンションをもってして到達される類のものだと思いますが、彼らがやっていたのはそうではなくて、もっと日常に近い音楽。

でも、その“ 日常 ”がいかに尊いことかは、今、私たちが身をもって経験しているところです。

 

メンデルスゾーン:交響曲第4番『イタリア』

となれば、彼らの温かくて明るい音色に、その曲想も合致するであろうメンデルスゾーン:交響曲第4番『イタリア』は、まさにメインディッシュにふさわしいことになります。

そして、その第1楽章の冒頭から、まさにイタリアの抜けるような空が出現します。

 

でも、それでも、やっぱり印象深かったのは、第2楽章の暗い、ゆっくりとしたアンダンテと第3楽章のモデラートの歌。

シューベルトの第2楽章と同様に、セピア色の風景を見ているかのような、心に迫る、美しい時間が流れます。
このコンパクトな交響曲がとっても長い、悠久の流れのなかにあるかのよう。

どこまでも豊かな音、いつまでも聴いていたい歌。

 

やがて第3楽章がおわって、こうなると幾分落ち着いたテンポでフィナーレが来るのかと思いきや、ここで俄然、ムーティのナポリの血が出現して、ちょっと驚かされます。

この交響曲の第4楽章は“ サルタレロ ”という、イタリアの熱狂的なダンスからインスピレーションを受けて書かれた音楽。
ムーティは私の予想を超えて、速めのテンポでダイナミックに曲を進めていきます。

そして、そのことでいっそう際だったのが、やはり弱音の扱い。
抑えに抑えられた管弦楽の織り成すフガートの線の綾は、美しさの極み。
やがてそれらが絡みあって、さらに情熱的な踊りへとつながっていきます。

 

そう、今回の演奏会で特に印象的だったのは、その弱音を導く、音楽における“ デクレッシェンド ”の美しさ。

デクレッシェンドというものが、ここまで美しい音楽表現であるということは、今日の今日まで知りませんでした。
そうして到達されるピアノ、弱音の世界も、今日の他の多くの演奏家のような神経質なものではなくて、ホールのどこまでも間違いなく“ 自然に ”響いているであろう、温度のある弱音。

そうして、振幅の大きな見事なダイナミズムをもって、メイン・プログラムの『イタリア』は閉じられました。

「クライマックスを形作ることができるということが、指揮者の第一条件である」という、巨匠チェリビダッケの言葉を思い出します。

 

アンコール

そして、盛んな拍手に答えて、アンコールが演奏されます。

私はこの音楽の方向性でいくと、きっと何か良い意味で“ひなびた”ウィンナ・ワルツ、彼が好きなヨーゼフ・シュトラウスあたりの静かな音楽か、もしくは、彼が熱心に演奏しているイタリアの作曲家マルトゥッチの『夜想曲』が演奏されるんじゃないかと予想していました。

 

けれど、ムーティは聴衆のほうを振り返ると、驚いたことに“ VERDI! La Forza del Destino !!”(ヴェルディ!運命の力!!)と声をあげました。

そう、まさかのヴェルディ:歌劇『運命の力』序曲。

 

ムーティの十八番のなかの十八番ですが、まさかこのゆったりとした最上の音色のブレンドを聴いたあとのアンコールで、それを持ってくるとは思いませんでした。

さらには、ムーティ80歳でのヴェルディ、いったいどんな音楽をやるんだろうと。

少しざわつきが残っているホールに、意外なほど強烈な『運命の力』冒頭のブラスの音が3つ鳴り響きます。

 

一気に静まり返るホール。
その静寂を打ち破るように、さらに3つ、叩きつけるような音。

そうして、さっきまでのメンデルスゾーンとはまったく別の、ヴェルディの猛々しい音楽が突然始まりました。
弦楽器は激しいヴィブラートを求められ、金管は吠えるように鳴り響きます。
弱音はやはりとても美しくて、ため息が出るよう。

でも、この曲では、それ以上にムーティの激しい音楽が前面に押し出されます。

ややもすると、落ち着きを取り戻そうとしてしまうウィーン・フィルを、「これはそうじゃない!」と言わんばかりに、猛烈に、果敢に煽り、奮い立たせます。

そこにある姿は、さきほどまでとは打って変わって、イタリア人の20歳の青年が指揮しているよう。

 

大ピアニストのクラウディオ・アラウが少年時代に、大昔、若いころに大作曲家リストのお弟子さんだったという老婆がピアノを前にした途端、火の玉のような、燃え盛る炎のような演奏をして度肝を抜かれたという逸話を読んだことがありますが、まさしく、それを彷彿とさせる光景。

音楽の“スタイル”

じゃあ、先ほどまで幾分気になっていた、ちょっともっさりしたものは何だったのかということになります。
こんな情熱的なヴェルディを描き出すことまで出来るなら、あの時折の「退屈さ」はいったい何だったんだろうと。

つまりは、楽曲のスタイルということなんだと、ここで合点がいきました。

 

彼はただ良い音楽をやろうとしているわけではなくて、ウィーンの音楽を演奏するときにはウィーンの音楽の“ スタイル ”をも聴衆に、そして、おそらくオーケストラにも理解させ、伝えようとしているわけです。

年長の音楽家として、オーケストラと聴衆を“ エデュケイト(教育)する ”という意味もふくめて指揮をしているということ。

なるほど、だから退屈に感じる場面もあるわけです。

それがどんなに大切なことであっても、授業というのは一定の退屈を免れませんから。

 

 

それにしても、あのヴェルディの見事さには唖然としました。
大胆にして繊細。

私は、この序曲でハープがこれほど美しく随所で響いていた演奏を聴いたことがありません。
緩急自在にして、緻密を極め、それでいて大らかでダイナミック。

あれだけ美しい、端正なシューベルトなどを聴いた後に、まったく予想外に凄いものを聴かされ、この指揮者のくめども尽きない音楽性、音のパレットの振り幅の広さに、最後の最後で圧倒されました。

 

そう、その意味で、あのヴェルディは「名演奏」の名を冠せられるべき、突き抜けた演奏でした。

そうなると、他のシューベルトやメンデルスゾーンでもさらに突き抜けたものが聴けたらという気もしてきますが、でも、それは今のムーティがやろうとしている音楽ではないわけです。

リッカルド・ムーティの年、2021年

私にとって2021年は、まさにリッカルド・ムーティの年。

新年早々の元日の夜、ひとりの観客もいないウィーンの楽友協会大ホールで、美しいワルツを世界に届けていたのはウィーン・フィルとムーティでした。

 

ニューイヤー・コンサートは華やかな舞台の代表のようなものなので、今回の無観客というのは違和感があって楽しめなかった方も多いようですが、私は心から楽しみ、癒され、勇気づけられました。

ムーティというのは、今現在、間違いなく指揮者の頂点にいる方だと思います。
だからこそ、ああした舞台が自然に巡ってくるわけです。

指揮者の予定というのは3年~5年先まで決められています。
なので、コロナ禍になるなんて予想もされていないうちに、まさか新年のウィーンがロックダウンされるなんて誰も知る由がないうちに、2021年のニューイヤー・コンサートは、ムーティと決まっていたはずです。

 

そして彼はあの日、画面を通して「私たちが舞台に立っているのは、職業だからではありません。これは使命なのです」と世界中へ語りかけました。
胸が熱くなる言葉でした。

現在、彼は80歳という高齢ですが、その年齢からは考えられないほどの活躍を、まさに使命感をもって実行しているように見受けられます。
コロナ禍でも、彼はYouTubeそのほかのメディアを利用して、何度もオンライン配信で演奏会をやっていました。
あの世代の指揮者としては、異例のことだと思います。

 

しかも彼は、今年だけでも、オペラ・アカデミーを含め、すでに2回来日してくれています。
何てありがたいことだろうと頭が下がります。

来年の春には、また、そのオペラ・アカデミーでの来日が予定されています。
年齢を考えれば、そういつまでも、日本に居ながらムーティを実演で聴く機会があるとは思えません。

 

そして、ウィーン・フィルがあのように美しく響くことができるのも、ムーティあってのことと考えると、なおのこと、彼のこれからの末永い健康と活躍を願わずにはいられません。
ウィーン・フィルの演奏にこんなに心から満たされたのは、ずっと昔ベルナルト・ハイティンクが指揮したのを聴いたとき以来でした。
退屈な場面も含め、それを補って十二分に余りある充実、生涯忘れられない響きと歌を教えられた演奏会。

リッカルド・ムーティ指揮ウィーン・フィルの2021年来日公演は、ほんとうに得がたい、美しい体験となりました。

そう、これもまさに巨匠チェリビダッケの言った通り、「音楽とは、すなわち“ 体験 ”である」という言葉の通りです。

 

こうして文章を書いていても、まだ自分が、あのシューベルトの第2楽章の音楽と光景のなかにいるかのようです。

 

来日記念盤など

リッカルド・ムーティは以前、ウィーン・フィルの創立150周年を祝う演奏会で指揮をしました。
そのときにも、メンデルスゾーン:交響曲第4番『イタリア』が演奏されていて、今回、来日記念としてそちらがリリースされています。

こちらはすでにオンラインの配信もあって、まだ若かったムーティの颯爽たる演奏を楽しめます。
( Apple Music↓ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music  などで聴けます。)

 

ストラヴィンスキーの『妖精の口づけ』は、以前、スカラ・フィルと録音していますが、現在廃盤のようで、オンライン配信も見つかりませんでした。

けれど、シューベルトに関しては、ムーティはウィーン・フィルと交響曲全集を録音したものがあって、オンライン配信でも出ています。
これもまた、今の彼とはちがって爽やかなテンポがとられています。
こちらもこちらで、十分に美しい演奏。
( Apple Music↓・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music  などで聴けます)

 

ヴェルディの歌劇『運命の力』序曲は1990年代半ばのスカラ・フィルとの録音があります。
( Apple Music↓・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

 

さらにはムーティが、もっともっと若いころに録音されたものもあります。
こちらはイギリスのフィルハーモニア管弦楽団を指揮してのもの。
( Apple Music↓・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

 

でも、やはりあれほどの生演奏を体験していまうと、どんなに今まで楽しめた録音も、あっという間にかすんでしまうのが正直なところ。

結局、何であれ直接の体験にかなうものはありません。
ムーティが日本に来てくれているうちに、機会をつかんで、その音楽を体験してみてください。

 

 

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