コンサートレビュー♫私の音楽日記

朴葵姫(パク・キュヒ)ギター・リサイタル「BACH」~美しい音色、脱帽のプログラミング

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やっぱり来てよかった。

最初のスカルラッティのソナタが響き始めた瞬間に、心からそう思いました。

 

今回は、紀尾井ホールで行われたパクキュヒさんのギターリサイタル「Bach」のレビューをつづります。

朴葵姫(パク・キュヒ、Park Kyuhee)ギター・リサイタル「BACH」

 

私がはじめてパクキュヒさんの存在を知ったのはNHKのテレビ番組で、彼女がスカルラッティのソナタを演奏しているのを聴いたとき。

繊細なうえに、魅力的で、でも、驚くほど端正なスカルラッティに、すっかり耳を奪われました。

 

実際に生の音を聴いてみたくなり、そのあとすぐに、彼女の短めのリサイタルを聴きに行きました。

 

当時、何が演奏されたのか今一つ思い出せないのですが、彼女の“ 音 ”がほんとうに美しく、やわらかだったことは昨日のことのようにおぼえています。

ただ、それからあと、パク・キュヒさんのレパートリーはスペインものや現代のものに振れていって、古典的な作品があまり取り上げられなくなった印象がありました。

 

あの小さなリサイタルを聴いてから、いつの間にか10年以上の時間が過ぎて、今回ようやく、わたしが待ちに待った古典的なプログラムのリサイタルが開かれるのを知って、紀尾井ホールに足を運びました。

 

当日のプログラム

 

2024年5月12日(日)
13:30@紀尾井ホール

D.スカルラッティ:ソナタニ短調 K.32

D.スカルラッティ:ソナタニ長調K.178

D.スカルラッティ:ソナタイ長調K.391

J・S・バッハ:無伴奏ヴァイオリンソナタ第3番ハ長調BWV1005

(休憩)

J・S・バッハ:前奏曲、フーガとアレグロ変ホ長調BWV998

バリオス:最後のトレモロ

バリオス:大聖堂

J・S・バッハ:シャコンヌ~無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004

(アンコール)

ヴィラ=ロボス:プレリュード第3番「バッハへの賛歌」

 

この公演は、朴葵姫(パク・キュヒ)さんの新アルバム「BACH」のリリースにあわせたツアーのひとつで、コンサートそのものも「BACH」と銘打たれたリサイタルでした。

 

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当代きってのスカルラッティ弾き

 

コンサート冒頭は、バッハではなくスカルラッティ。

私が最初にパク・キュヒさんの存在を強く印象付けられた作曲家です。

 

演奏がはじまってすぐに、何よりまず、その“ 音 ”の美しさに心をうばわれます。

そう、この音だった、とずっと前に聴いた魅力的な音の感触を思い出します。

 

パク・キュヒさんの弾くギターは、音量はやや控えめ、音色は丸みを帯び、優しい、人肌のぬくもりを感じさせます。

そこに、深い“ 慰め ”のようなものを感じると言っても、大袈裟ではないと思います。

 

さらに、音色のパレットが多彩で、スカルラッティのソナタがじつに多様に、色彩的に、陰影をもって描きだされていきます。

 

スカルラッティの音楽は、パク・キュヒさんにとって非常に近しい存在なのか、その演奏には、音楽的な“ 自由さ ”まで感じられて、音楽が生きて語りかけてきます。

このスカルラッティを聴けただけでも、このリサイタルを聴きに来たかいがあったし、これを聴くためだけに大勢のひとが押し寄せても何の不思議もないと思わせられる、非常に秀逸なスカルラッティでした。

 

十数年前に実演を聴いたときには、プログラムにスカルラッティはなかったはずなので、今回、ようやくパク・キュヒさんのスカルラッティを実演で聴くことができました。

 

 

バッハのソナタ第3番

 

忘れがたいスカルラッティのあと、いよいよ、バッハが始まります。

 

ただ、このバッハ:ソナタ第3番については、どうもまだ、パク・キュヒさんのなかで消化されていない印象でした。

第1楽章末尾で聴かれた陰影、第2楽章の長大なフーガでの健闘、第3楽章ラルゴの美しさ、第4楽章の見事な技巧など、聴くべきものはいろいろとありましたが、総じて、スカルラッティで見られた自由さとは正反対の、どこか窮屈そうなものを感じる演奏でした。

 

ただ、これは何といってもヴァイオリン音楽の最高峰にある作品であって、それを撥弦楽器であるギターに置き換えるのですから、技術的な面でも表現の面でも、相当な難度が生じているはずです。

いつか、もっと時間がたって、このバッハのなかでも自由に深呼吸できるようになったときの演奏を聴いてみたい、そう思わせられる演奏でした。

 

バッハ:前奏曲、フーガとアレグロ

 

後半の冒頭もひきつづき、バッハの作品です。

演奏直前に「おやっ」と思ったのが、前半には置かれていた譜面台が舞台上から消えていたこと。

 

実際、さっきのソナタ第3番とは打って変わって、地に足の着いたバッハ演奏が始まりました。

やはりソナタ第3番はそれくらいの難曲だったということなのでしょう。

 

この「前奏曲、フーガとアレグロ」は、前半のスカルラッティで聴かれた自由さとまではいかないものの、非常に美しい、耳をひかれるものとなりました。

 

ベートーヴェンは「バッハは小川ではない、海だ」(ドイツ語で小川をbachということにかけて)という名言を残していますが、パク・キュヒさんのバッハは、むしろ小川のようなバッハ。

自然のなかで、静かに、ささやかに流れ、おだやかに大地をうるおし、ときに旅人をうるおしてくれる、そんな、大きすぎないバッハです。

 

あとでパンフレットで知りましたが、この曲の編曲はパク・キュヒさん自身だそうで、とても納得がいきました。

ソナタ第3番を聴いているときに、いつか聴きたいと思っていた彼女らしいバッハ、それに近いバッハをここに聴くことができました。

 

 

バリオスの作品

 

バッハのあとは、パラグアイの作曲家アグスティン・バリオス=マンゴレ(Agustín Barrios Mangoré、1885-1944)の作品がふたつ演奏されました。

ギター作品で名高いパラグアイの作曲家がここに突然登場してきますが、決して脈略のないプログラミングではありません。

 

1曲目の「最後のトレモロ」は、ほんとうの題名が「神の慈悲に免じてお恵みを Una Limosna por el Amor de Dios」という題名で、バリオスが亡くなる少し前に出会った物乞いの老婆の言葉を題名に持つ、バリオスの深い信仰心から生まれた遺作。

そして、2曲目の「大聖堂」は、バッハの音楽に触発されたと伝わる作品。

 

信仰、そして、バッハ。

非常に秀逸な、脱帽のプログラミングです。

 

パク・キュヒさんさんは、とりわけ「最後のトレモロ」を得意としていて、この公演の演奏も、せつせつと心に迫る美しさを持つものでした。

 

ギター音楽に興味がないと出会わない作品かもしれませんので、2013年演奏の公式な動画をここにリンクしておきます。

 

 

シャコンヌ

 

コンサートのしめくくりは、バッハ作品のなかでも特別な位置をしめる「シャコンヌ」です。

 

この演奏の直前、パク・キュヒさんによるマイク・トークがあって、そのなかで、この「シャコンヌ」は10歳のころから弾いている作品であることが語られました。

また、グレン・グールドのバッハを聴いて、むしろバッハを演奏することに障壁を感じるようになったこと、それでも、やはり、今、自分にできるバッハを演奏することに決めて、初のバッハ・アルバムをリリースしたことなどが語られました。

 

パク・キュヒさんは「今、このときのバッハ」ということを強調していましたが、その言葉通り、現在進行形の、良い意味で、発展の途上にある「シャコンヌ」を味わうことができました。

まだまだ完成されていないからこその響き、新鮮な息吹のようなものを感じるシャコンヌでした。

 

シャコンヌを演奏する直前、パク・キュヒさんがふっと天を見上げたとき、いつだったか、ヴァイオリニストのアリーナ・イヴラギモヴァが、やはり「シャコンヌ」を演奏する直前、まったく同じように天を見上げたのを思い出しました。

 

シャコンヌは、何度聴いても本当に凄い作品です。

 

アンコール

 

よく書くことですが、アンコールというのは、意外なほど、その演奏家の本音のようなものが吐露される瞬間です。

 

このリサイタルでも、アンコールがありました。

パク・キュヒさんはマイクを手に、まず、シャコンヌのあとにアンコールは不要ではないかと思ったことを率直に語りました。

そこにまず、音楽家としての見識の確かさ、真摯な美意識を感じて、私は嬉しく思いました。

アンコールひとつで演奏会が台無しになってしまうことは、よくあることだからです。

 

ただ、仮に、それでも弾くとしたら、いったいバッハのあとに何が演奏できるかをよくよく考えて、そうして導き出されたのが、ヴィラ=ロボス:プレリュード第3番「バッハへの賛歌」だったそうです。

 

「ブラジル風バッハ」で名高い、ブラジルの作曲家ヴィラ=ロボス(Heitor Villa-Lobos、 1887 – 1959)のギター作品です。

これは、選曲も見事ならば、実際の演奏も繊細で美しく、これ以上ないアンコールになりました。

 

こうして、このリサイタルは、見事なまでに、最初から最後までバッハを軸に構成され、バッハ以外の作曲家の作品もふくめ、すべての余韻が美しく共鳴するなかに、幕を降ろしました。

 

エピローグ

 

この週末は、ジョナサン・ノット&東京交響楽団のマーラー「大地の歌」もあれば、ファビオ・ルイージ&NHK交響楽団のレスピーギ:「ローマ三部作」もあるという、どれを聴きにいくか決め難い、こまった週末でした。

ただ、「大地の歌」は本当なら秋や冬に聴きたいし、レスピーギの音楽を浴びるにはちょっと自分がつかれていたので、朴葵姫(パク・キュヒ)さんのギター・リサイタルを聴きに行って正解でした。

 

紀尾井ホールというのは、近くに四ツ谷駅に通じる堤防のような並木道、遊歩道があって、こうして日曜日の午後、素敵な演奏を聴いて、それから、春のうすぐもりのなか遊歩道を歩いて帰るのは、とても心満たされるものがあります。

 

朴葵姫(パク・キュヒ)さん、素晴らしいギタリスト、音楽家です。

これからも折を見て、聴きに行こうと思います。

 

朴葵姫(パク・キュヒ)さんの音源紹介など

 

このリサイタルのテーマでもあるアルバム「BACH」はすでにリリースされています。

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また、サブスクでの配信もスタートしています。

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

 

今後のコンサートについては、レコード会社の公式サイトで確認ができます。

また、そちらに掲載されていないもので、パンフレットには以下の公演もアナウンスされています。

2024年9月13日(金)
19:00@ルネ小平
「ルネこだいら1hourコンサート 第1夜 朴葵姫(パク・キュヒ)」 ルネ小平公式HP

1時間の短いコンサートのようですが、「シャコンヌ」、それから、スカルラッティ(!)は演奏されるようです。

 

オンライン配信の聴き方

 

♪このブログではオンライン配信の音源も積極的にご紹介しています。

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