エッセイ&特集

いまコバケンが面白い~東京交響楽団とのドヴォルザーク:『新世界から』を聴いて

 

2022年4月16日(日)、ミューザ川崎で「コバケン」こと小林研一郎さん指揮する東京交響楽団のコンサートを聴いてきました。

 

絶好調の東京交響楽団とコバケンの共演

東京交響楽団は、ユベール・スダーン、そしてジョナサン・ノットといった名指揮者たちとの長年の仕事をかさねて、今や日本屈指の楽団になっています。

 

日本で今いちばん勢いがあると言っていいオーケストラと、日本が誇る個性派指揮者のひとり、“ 炎の指揮者コバケン ”こと小林研一郎さんのコンビによるコンサート。

果たして、どういうコラボレーションになるんだろうと期待が募って、コンサートへ出かけてきました。

 

お目当ては何といっても、コバケンの得意曲のひとつである、コンサート後半に置かれたドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調『新世界から』です。

 

あれ‥書くことがない

その第1楽章。

予想どおりに、コバケンは緩急をつけて、最近ではサラリと吹かれる第2主題をたっぷりと歌わせたりしていましたが、どこか表面的。

オーケストラがいまひとつ乗ってこない演奏に終始していました。

それをおそらく、指揮者、オーケストラの双方がわかっていて、水面下でいろいろとやっているのも伝わってきましたが、どうにも波に乗れないという様子。

 

第2楽章はとても充実した金管のコラールに始まって、一瞬、あたらしい風が吹いたように感じられて、そして、しっとりとした響きや歌があるにはあったものの、やはりこのコンサートでずっと続いている、煮え切らない何かはぬぐい切れないまま終わってしまいました。

第3楽章の冒頭でまた少し元気になって、特にオーボエを中心とした木管の健闘が目立っていたものの、なにか躊躇しているような状況はそれほど大きく変わることはなくて、いよいよ聴きながら「今日の公演はブログに何も書くことがないな‥」などと思っていました。

 

 

突然、火を噴いた第4楽章

ところがでした。

第3楽章がおわってすぐ、あまり間を置かずに第4楽章が始まった途端、つまり、あの弦楽器による有名な、何かが迫ってくるような動機の最初の音が全力で奏された瞬間から、突然、何かが目覚めたかのように音楽が激変しました。

何が起きたのか。

あまりの突然の変貌に、思わず目を大きく見開きました。

 

そこからの音楽の勢いと多彩さは、もう面白さの極みでした。

急に歯車がかみ合ったかのように、緩急自在、ドラマティックな展開、そして、粘り気のあるテヌートで強調される歌、歌、歌。

指揮者の強烈なコントラストとデフォルメに、オーケストラは弦楽器、管楽器、打楽器のすべてが万全の合奏で応えていきます。

 

小林研一郎さんの演奏というのは、独特である一方で、実はそこまで奇をてらってもいるわけでもなく、ゆったりとしたところはゆったりで、加速してほしいところは加速します。

とてもわかりやすいんです。

ただ、その加減がこちらの予想をはるかに超えてくる瞬間があって、その振幅の広さが圧倒的な音楽を出現させます。

 

 

 

呼吸の深さと広がり

私は先日、日本フィルとブラームスとシューマンをやったコンサートで、実に20年ぶりくらいにコバケンさんの実演を聴いたので、そのあいだにどういう変化があったのかはわかりませんが、当時はここまで音楽の呼吸が深くはなかったと記憶しています。

もちろん、たまたま私は当時、あまり出来のよくない演奏会にばかり当たっていたのかもしれませんが。

 

いまは実によく、大きく息をすってから歌われているかのような「広がり」が演奏にあって、調子が出ると、それがフォルテであれピアノであれ、表面的だったり、上すべりになることがありません。

クレッシェンドやディミヌエンドがテンポの変化ともあいまって、その音が必要としているだけの長さを十分に確保されて、様々な変化が大きな呼吸の上でおこなわれているように感じます。

 

しかも今回の相手は東京交響楽団、響きの充実した躍進著しいオーケストラであって、ホールいっぱいに密度の濃い音楽が鳴り渡ります。

この第4楽章は、何か絶好調のスポーツ選手をみているかのようで、とにかく決まってほしいところがすべて決まるような、手に汗する見事な音楽。

 

そして、コバケンは最後のあの和音を、ドヴォルザークの指定通り、ディミヌエンド、ルンガで演奏しました。

普通はそうはやりませんが、それを敢えてやるわけです。

最後の最後まで、本当に面白い。

 

局所的な陶酔と拡大

シューマンとブラームスの交響曲を並べた公演のときに気づいたのですが、この指揮者は局所的な陶酔と拡大の強烈なコントラストを持っている音楽家です。

だから、『新世界から』でも第1楽章のように形式がかっちりと構成されている音楽よりも、第4楽章のように比較的自由な形式で書かれた音楽のときに、水を得た魚のように、その創造性を最大限に発揮できるようです。

これほど自由で、壮大で、堂々たる第4楽章の演奏は、世界を見渡しても、そうそう巡り合えるものではありません。

 

第4楽章に関しては、あのとき、世界で最も説得力のある演奏が繰り広げられたと言っても、たいして間違いではないはずです。

今や世界の潮流は、もっともっとアカデミックな傾向に偏っていて、ここまで素直にドヴォルザークを歌い上げている指揮者は絶滅危惧種です。

それが時代遅れだと言いたいわけではなくて、音楽には時代を超えるべき普遍性というものもあるわけで、控えめに言っても、その片鱗がこの日本で、非常に堂々と奏でられたわけです。

 

この第4楽章は、きっと生涯忘れられない演奏のひとつになっていくようにすら感じています。

 

東京交響楽団はすばらしい

東京交響楽団はやはり素晴らしいです。

音の充実度、その密度の濃さ、そして、弦楽器群に劣らず、群を抜くオーボエを筆頭に管楽器も実に魅力的で、さらには演奏に熱意と誠意が感じられます。

 

そして、これは日本のオーケストラでは珍しいことなのですが、どのコンサートマスターも表情がとても朗らかです。

そのほかの楽団員にも常に自然な笑顔が見られることも、このオーケストラの好調さを反映しているようです。

 

私はこのブログで「コンサートに行こう!お薦め演奏会」という記事を3か月単位で載せていて、わたしのブログ記事で断トツでアクセス数が多いのもそちらの記事ですが、そこにも何度か書いているように、やはり今、いちばん安心してお薦めできるコンサートは「東京交響楽団」のコンサートです。

これからしばらくも、まだまだ安心してお薦めできると感じた公演でした。

 

 

アンコールからわかること

そう、ドヴォルザークのあと、万雷の拍手のなか、マイクを手にしたコバケンさんのトークがあって、それからアンコールがありました。

第4楽章のおわり2分ほどを抜き出してもう一度演奏するというもので、これは以前ブラームスの交響曲第4番を日本フィルと演奏したときにもやっていました。

 

実は、そのアンコール演奏の前のトークで「アンコールを何も用意していないのですが‥、もうアンコールなどなしで、この余韻を大切に抱えたまま帰路につくほうがいいようにも‥」とコバケンさんが前置きした時点で、会場から自然に拍手が起こりました。

これにはコバケンさんも驚いたようで、「あ、‥ですが、もう2分我慢していただいて、アンコールをやらせてください」というような流れになったんですが、あそこで拍手が起きたのがとても素晴らしかった。

素晴らしいお客さんです。

 

そして実際、アンコールは不要でした。

あれほどの凄まじい第4楽章を聴ければ、それ以上、何を望むでしょうか。

 

ただ、ここで興味深いのが、そうして第4楽章のおしまいのところを抜き出してアンコールで演奏してしまおうという発想に、コバケンさんは抵抗がないことです。

たとえば、フルトヴェングラーはスタジオのレコーディングのときなどに、「〇〇小節から○○小節までを録りなおしたいので、そこだけを演奏してください」とエンジニアに言われると、非常に困っていたという話があります。

 

つまり、フルトヴェングラーのような音楽家にとって、音楽というのは形式のなかでの生成と発展のものであって、常に前後との脈略のなかで生まれてくるわけです。

そこが往年の根っからのシンフォニー指揮者たちと、コバケンさんとの大きな違いだと感じます。

 

ブラームスの交響曲第4番のような、綿密に有機的に書かれた作品になると、わりと普通の演奏になってしまうのがコバケンさんです。

それが、文学的傾向のあるシューマンや、今回のドヴォルザークの第4楽章のように、自由度の高い音楽になると、俄然おもしろくなる。

 

そして、その面白さが非常に突き抜けて、段違いの表現力にまで至る瞬間があるところが、この指揮者のかけがえのなさであり、唯一無二の強烈な個性なわけです。

「名人に二代目なし」、まさにコバケンさんの音楽は彼にしか成しえないもので、その意味で、彼の仕事はまさに「至芸」です。

 

今、コバケンが面白い

コバケンさんには長年の熱烈なファンの方がたくさんいるので、「何を今さら」と言われれば何も言えないのですが、「今、コバケンが面白い!」というのが素直な思いです。

 

それと、以前ほど「うなり声」が聞こえないのも私にはありがたいです。

私はあのコバケンさんの指揮中のうなり声が気になってしまうタイプで、そのせいで、CDも聴きたくても聴けないまま今日にいたっています。

 

これから先の公演では、11月の一連のドヴォルザークが期待されます。

前半に宮田大さんのチェロによるチェロ協奏曲、後半には交響曲第8番、あるいは、今回テーマとした『新世界から』がプログラムされています。

コンサート紹介のページでご紹介していますので、チェックしてみてください。

 

 

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