シリーズ〈交響曲100の物語〉

【初心者向け:交響曲100の物語】ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調『田園』Op68

 

シリーズ《交響曲100》の第24回は、ベートーヴェンの傑作、交響曲第6番『田園』がテーマです。

 

私の行きつけの洋食屋さんはシェフがクラシック愛好家で、仕事が落ち着いたときなどに、思いついたように急にLPレコードをかけてくれることがあります。

いろいろ聴かせてもらったなかで、まっさきに思い出すのが、ドイツの伝説的指揮者フルトヴェングラーが指揮するウィーン・フィルによるベートーヴェンの『田園』の古いLPレコードをかけてくれたとき。

おそろしくゆったりと演奏された第1楽章が雄大に鳴り響いて、午後の昼下がり、お店の中にいた数人が言葉もなく、ひたすらベートーヴェンとフルトヴェングラー、ウィーン・フィルの音楽につつまれました。

 

今回も、クラシック初心者・入門者でも親しみやすいように、曲にまつわるエピソードや聴きどころ、お薦めの音源もあわせてご紹介していきます。

お薦めの音源については、すぐにアクセスできるオンライン配信のものを中心にご紹介しています。

 

『運命』と同時初演、そして大失敗

さて、この曲は前回テーマとしたベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調『運命』と、まったく同じ日、1808年の12月22日の午後6時30分から4時間以上にわたって行われたベートーヴェンによる大演奏会で初演されました。

これほどの名曲が同時に発表されたというのは、ほんとうに凄まじい創造力ですが、その日のプログラムや演奏当日の様子については前回ご紹介したとおりで、コンサートそのものは不手際もあって大失敗に終わっていしまいました。

 

その原因をウィーンの無理解と考えたベートーヴェン。

彼はウィーンを捨てて、宮廷楽長への就任依頼が来ていた北ドイツのヴェストファーレン王国へ拠点をうつすことを真剣に考えます。

これにはベートーヴェンの周囲の理解者たちが慌てて、ベートーヴェンほどの人物を他にうばわれてしまったら大変と貴族たちが協力、ベートーヴェンに終身年金を出すことを約束して、ウィーンにとどまらせています。

驚くことに、そのベートーヴェンを招こうとしていたヴェストファーレン国王というのは、あのナポレオンの実の弟だということです。

 

『運命』と双子の関係

研究者によると、この田園交響曲で使われている旋律のいくつかがすでに1806年のスケッチ帳にあるということなので、そうなると、交響曲第4番を作曲した前後には、実はすでに芽が出ていたということになります。

 

もうずっと昔のことで、いったい誰のどんな本かも忘れてしまいましたが、その本で「ベートーヴェンの第5交響曲『運命』と第6交響曲『田園』は、どちらも8分休符1つと8分音符3つという、まったく同じリズムで始まっている」ということを教えられました。

なるほど、そうして聴きなおしてみると、この『田園』のなかにも、無数にあのジャジャジャジャーンと同じリズムが現れてくることに気づかされました。

 

ベートーヴェンが第5番『運命』を書き終えるころに、すぐにこの第6番『田園』の作曲も本格化させて、そして、あえて同時に初演したというのは、この2曲が強い関連性、同じ大地から芽吹いた大樹であることを物語っています。

そして、きっとそのことをベートーヴェン同様に強く意識したのが、あとにベートーヴェンの後継者と称される大作曲家ブラームスで、彼は交響曲第1番と第2番をおなじリズム動機で書くことになります。

 

 

表題と構成にみえる革新性、さらには声楽も

第5番『運命』も革新的でしたが、落ち着いた風情をもつ第6番『田園』も、実は革新的な音楽。

 

まず、題名がついていること。

曲全体には『田園交響曲 あるいは、田舎の生活の思い出~絵画的描写というより感情のあらわれ』という表題がかかげられていて、各楽章にも題名がついています。

第1楽章「田舎に着いたときの愉快な気持ちの目覚め」
第2楽章「小川のほとりの情景」
第3楽章「田舎の人々の楽しい集い」
第4楽章「雷雨、嵐」
第5楽章「牧歌~嵐のあとの喜ばしい感謝」

 

オペラなどとちがって、ストーリーのない純粋な器楽曲である「交響曲」というジャンルに、こうした“ 物語性 ”を導入したのは革新的なことで、これはあとに『幻想交響曲』などを生み出すフランスの作曲家ベルリオーズ、『ダンテ交響曲』や交響詩の世界を構築するピアノの名手フランツ・リストなどにおおきく影響を与えました。

 

また、交響曲というのは基本的に4楽章構成、あるいはモーツァルトの第38番『プラハ』のように3楽章構成というのが多いなか、この『田園』は5楽章構成という斬新な外観になっています。

さらには、第3楽章からフィナーレの第5楽章まで、後半3つの楽章が切れ目なく続いていて1つのセットになっています。

この切れ目なく楽章をつなぐという書法は、同日初演の第5番『運命』の後半2楽章でも見られるものですが、ベートーヴェンがこうした書法を採用したのは、全9曲の交響曲中、この2曲だけです。

これらの形式上の工夫も、あとの作曲家たちに大きく影響をあたえることになります。

 

そして、革新性の極め付きが、この曲のフィナーレで声楽を導入しようとしていたことです。

これは実現されることはなかったんですが、そのアイディアは交響曲第9番『合唱つき』で実現されることになります。

 

🔰はじめての『田園』

いちばん有名なのは第1楽章で、おそらくほとんどの人が耳にしたことがある旋律です。

でも「いやいや、あれは眠くなってしまうんだよ」という人には、第4楽章「雷雨、嵐」をお薦めします。

 

そして、必ず聴いていただきたいのがフィナーレ第5楽章。

ここがこの交響曲の到達点であって、ただ田園の情景をのどかに描いているわけではなくて、神聖な高みを目指している交響曲だということを確認してみてください。

 

また、ディズニー映画『ファンタジア』から入るというのもお薦めです。

これは以前、べつに記事を書きましたが、ウォルト・ディズニーの意欲作『ファンタジア』では、ベートーヴェンの『田園』も扱われていて、ダイジェスト形式で短くなっているものの、全5楽章すべてが扱われています。

ウォルト・ディズニーはそこでギリシア神話を題材にしています。
彼がこの交響曲の神聖な側面をしっかりと理解したうえで、アニメーションをつけたことがわかります。

 

演奏もレオポルド・ストコフスキーという大指揮者が起用されていて、たいへん立派なものです。
私はこの『ファンタジア』を観て初めて、第2楽章の美しさに気づかされました。

私のお気に入り

ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル
冒頭でご紹介した、ドイツの伝説的巨匠フルトヴェングラー(1886-1954)指揮によるウィーン・フィルとの録音です。

第2楽章の神聖さも、フィナーレでの神々しい高揚感も、この巨匠の演奏から教えられました。

オンライン配信のリンクを貼りますが、やっぱり一度アナログレコードで聴いてしまうと、結局あれに勝るものはないというのが正直な感想です。

不思議なもので、高級な最新式の炊飯器が目指しているのは昭和の釜炊きの味。
SACD、ハイレゾ配信など色々あれど、結局、いちばん耳を奪われるのはアナログレコードやSPレコードの音というのが、本当に不思議なところです。

 

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

 

 

ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送交響楽団
コロナ禍になって、クラシックの世界もオンラインの配信に積極的になってきました。
特にドイツの放送局が巨匠ギュンター・ヴァント(1912-2002)との貴重な映像をYouTubeで正式に公開してくれているのが本当にありがたいことで、商品化されていない映像も多く順次公開されています。

この『田園』もその貴重な映像のひとつで、均整のとれた、揺るぎない、立派な造形のベートーヴェンが聴かれます。
この時点でヴァントは82歳。
まったく信じがたいことです。

 

 

ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団
ワルター(1876-1962)は私たちが録音で接することができるいちばん古い世代の代表的な巨匠で、あの大作曲家マーラーの直弟子だった人。
指揮者とは音楽という神聖な儀式をとりしきる司祭であるとしていたワルターは、調和を重んじた、高潔な芸術で大成しました。

この『田園』は彼のそうした柔和な芸風にぴったりでとりわけ有名な録音。

ただ、ちょっとマニアックな話ですが、近年まで出ていた多くのCDが音のエッジを立てすぎて、本来の音とはまったくちがう性格のものとして流布していたように思います。

わたしも数年前に古いCDで聴きなおすまでは、この演奏をまったく違うものとして捉えていました。
本来の音はふくよかで柔らかく、とても奥行きのある音楽です。
いちばん新しいCDはそれが見直されたようで、オンライン配信のものも音楽的で安心してご紹介できるようになりました。

 

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

 

 

セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィル
チェリビダッケ(1912-1996)はルーマニアの巨匠指揮者。
若いころは疾風のような情熱的な指揮ぶりでしたが、後年になるほどテンポが極端に遅くなって、巨大で深淵な芸術に到達しました。

抑制されたアンサンブルのなかから、完璧な調和をもって、ロマンティックな抒情性があふれだす名演奏です。

 

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

 

ヘンリー・ルイス指揮ロイヤル・フィル
この曲の名演奏は10個以上ご紹介しても足りないくらいなので、最後に、おそらく他では紹介されていないであろう、隠れた名演奏をご紹介します。

こちらは以前、別の記事でもご紹介したもので、その優れた演奏内容にとっても驚いた素晴らしい録音です。

ヘンリー・ルイスは、アフリカ系アメリカ人指揮者のパイオニア的存在の方です。
今やほとんど話題に上らない、やや忘れられかけている指揮者ですが、私は彼の名前を見かけると必ず聴いてみたくなります。

とは言え、フルトヴェングラーやチェリビダッケの歴史的演奏をご紹介した流れで登場させるのは恐れ多いのも事実で、それらに並ぶとは私もさすがに思っていません。
ただ、いろいろな名演奏の録音をすでに聴いてしまったという方には、是非とも聴いてみてほしい録音です。

 

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

 

 

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