シリーズ〈オーケストラ入門〉

【オーケストラ入門】シャブリエ:狂詩曲『スペイン』~小さな試聴室

 

「音楽で飯は食えない」というのは、いつの時代でもぶつかる壁のようで、フランスの作曲家エマニュエル・シャブリエ(1841-1894)は父親の勧めにしたがって法律を勉強、39歳までは内務省につとめ、公務員として生活していました。

公務員生活を送りつつも、もともとピアノについて天才級の腕前でだったこともあって、フォーレやデュパルクなどの同時代の作曲家たち、さらにはヴェルレーヌなどの詩人たち、マネ、モネ、セザンヌといった画家たちとも深く交友をもっていて、そうした刺激のなかで作曲はずっとしていたようです。

転機は1880年、39歳のときに訪れます。

ドイツの作曲家ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』を観たことで、この作品に異常な衝撃を受けたシャブリエは内務省を辞め、ついに作曲家としての活動を本格化させました。

その出世作となったのが1883年に発表された狂詩曲『スペイン』。

これは前年のスペイン旅行でうけた印象、そこで聴いた音楽をもとに作曲され、当時のフランスを代表する名指揮者ラムルーの指揮するラムルー管弦楽団によって初演されました。

このラムルー管弦楽団は今もフランスを代表するオーケストラのひとつですが、1881年にできたばかりの、当時はまだ、創設間もない時期。

オーケストラにとっても、そして作曲者にとっても、結果的に記念碑的な作品となりました。このオーケストラはこの先、フォーレ、ドビュッシー、ラヴェルたちの初演を数多く行っていくことになります。

シャブリエは53歳で他界しているので、作曲家としての本格的活動は14年ほどでした。ピアノ曲やオペラなど、作品はいろいろありますが、そうはいってもそれほど多くもありません。

出世作となったこの狂詩曲『スペイン』は、今日でも、シャブリエの代表作として世界中で頻繁に演奏されています。

当時から相当な人気があったようで、フランスのワルツ王ワルトトイフェルがワルツ『スペイン』という曲をパロディで作っているくらいです。こうしたワルツのパロディが作られるというのは、人気作品にとってのひとつの称号のようなものです。

私のお気に入り

この曲は人気作品で、意外なくらい多数の名録音が存在しています。

私の大好きなイギリスの名指揮者ジョン・バルビローリが手兵のハレ管弦楽団とおこなったライブ録音がのこっていて、これをまず第一にご紹介します。

これをご紹介できるのが本当にうれしいです。

このライブ録音はあまり有名ではなくて、この演奏に言及しているものをまだ見かけたこともないくらいです。ですので、この隠れた名演奏を聴いていただけたら、なんというか、このブログを見た甲斐も多少あったなと思っていただけると思います。

はじまって1分半ほどのところ、場違いのように思い切ってはじかれるピチカートの楽しさが、この演奏を象徴しています。

これを客席で直に聴いていた人たちは、いつのまにか笑顔にならずにはいられないくらい、おおいに楽しんだはずです。
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ポール・パレー指揮デトロイト交響楽団は、彼らの黄金時代を印象付ける演奏。

さきほどのバルビローリの演奏がラテン的な側面を前面にだしていたとすれば、こちらはフランス風の優雅さが基調です。

少しだけ抑え目なテンポのおかげで、つねにどこかに余裕があって、しかも、どこまでもニュアンス豊か。ダンスがとても上手な人たちが踊っていて、その人たちのドレスのひだが揺れるところまで美しくてエレガントに見えるよう。

この曲はわりと誰の演奏でも似通った印象を受けがちな曲ですけど、このパレーの優美さは群を抜いて際立っていて、一度聴くと忘れられない名演奏です。
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ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮フィルハーモニア管弦楽団は、まだ若かったカラヤンによる颯爽とした推進力が魅力。

カラヤンはウィーン・フィル、フィルハーモニア管弦楽団、そしてベルリン・フィルと、複数回この曲を録音しています。ちょっと意外な気がしますが、お気に入りの一曲だったのかもしれません。

この1960年録音のフィルハーモニー管弦楽団との演奏では、後半のクライマックスで瞬間的にトランペットをラテンの国の楽団のようにヴィブラートを強めて吹かせていたり、意欲的で面白いアプローチが聴けます。

さすがカラヤンという、できそうでできない見事な演奏。
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フランス的とかラテン的とかそうした理屈を聴き手に忘れさせてしまうくらい、もっぱら華麗に演奏しているのが、アメリカの名コンビ、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団

この組み合わせらしい、多彩な音色を全開にしていく演奏は、やっぱり他には求められない一流の魅力をもっています。

華麗であっても、音楽がうわすべりしたり下品になったりしないのがさすが。品格のある優美さ。

そして、とっても聴いていてたのしい。
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おしまいに、ワルトトイフェル作曲のワルツ『スペイン』Op236を。

ほとんど原曲そのまんまと言っていいパロディですが、踊りやすいようにアレンジされています。

テオドール・グシュルバウアー指揮ストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で。グシュルバウアーは一時期よく日本のオーケストラを指揮しに来ていた指揮者。

繰り返しの多い曲を、うまく抑制しながら絶妙なバランスで、しかも、とてもチャーミングに演奏しています。
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