エッセイ&特集

ガーシュウィン:歌劇『ポーギーとベス』~休日の午後にたのしみたいハイライト版

 

今回はガーシュウィンの歌劇『ポーギーとベス』を、ドイツのhr交響楽団がコンサート形式で取り上げたYouTube動画をテーマにご紹介します。

オペラ初心者の方も、リラックスしてガーシュウィンのリズム、ガーシュウィンのメロディーに身を任せられるお薦めのコンサートになっています。

また、こういう趣向なので、hr交響楽団がYouTube配信を終わりにしたら、この記事も意味がなくなってしまいます。是非はやめにご覧ください。

まずはこの異色のオペラを全く知らない方へ、“ Oh, I can’t sit down ”「じっとなんかしてられない!」を視聴してみてください。わずかに2分の場面です。

これを聴いてわくわくできれば、ガーシュウィンの世界へのドアは、もうすでに開いているといって間違いありません。

何の予備知識もなく聴くと、オペラというよりミュージカルに近い印象を受けるかもしれません。
オペラとミュージカルのあいだ、まさにガーシュウィンにしか書けないような音楽の躍動。

この動画で歌っているのは、南アフリカのケープタウン・オペラの歌手たち。
彼らのどこか自由な自然体の歌、その舞台姿こそ、このコンサートでの最大の見どころになっています。

作曲したのはガーシュウィン

ジョージ・ガーシュウィンは1898年ニューヨーク生まれの作曲家。1937年、病気のため38歳の若さで亡くなっています。

彼はもともとはクラシックではなく、ジャズやミュージカルなどのポピュラーミュージックの人気作曲家でした。
それが、だんだんとクラシックの方面にも才能を広げ、『ラプソディー・イン・ブルー』のような傑作を残しました。

“ ポピュラー音楽とクラシック音楽を高度に融合させた作曲家 ”というのが、彼の音楽史上での位置づけです。

 

この歌劇『ポーギーとベス』は1935年、彼の死の2年前の作品です。
オペラではあるものの、ミュージカルの香りもする傑作です。

このコンサートでは、このオペラの人気のナンバーを抜粋して作られた交響的絵画『ポーギーとベス』というオーケストラ曲の展開を下敷きにして、人気曲を選んで演奏がされています。

 

かならずしも物語を追っているわけではないので、こちらで多少あらすじを補いながらご紹介していきます。

舞台となっているのは、キャットフィッシュ・ロウ(なまず横丁)と名付けられた、黒人たちの住むアパートです。

 

いちばん有名なアリアは“サマータイム”


動画を最初から観ていくと、華々しいオープニングにつづいて、すぐに静かなアリアが始まります。

 

これはソプラノのソロで、“ Summertime ”という曲です。ほんとうは、この「サマータイム」から紹介するのが常識だと言っていいくらい、このオペラでいちばん有名な歌です。

漁師ジェイクの妻クララが歌うアリアで、赤ちゃんをねかしつける子守歌です。

「夏が来て、暮らしが楽になったよ。魚も飛び跳ねてるし、木綿も育っている。お前のおとうさんはお金持ち、お母さんはきれい、だから泣かないでね」というような歌詞です。木綿がでてくるのは、舞台が南部アメリカなので木綿地帯ということになります。黒人は木綿の摘み取りの仕事をしている人がたくさんいました。

 

ガーシュウィンの名前も知らない、クラシックも聴かない、けれど、「サマータイム」は知っているという人が世界中にたくさんいます。
実際、このアリアはジャンルを超えて、世界中の色々な歌手が色々なアレンジで昔から歌っています。

わたしの父はこの曲をジャズの名曲だと思っていたので、ガーシュウィンのオペラの一曲で、しかも「子守唄」だと知ったときにはずいぶん驚いていました。

第1幕の音楽から

次に、“ A woman is sometime thing ”(女は長続きしないもんだ)を聴いてみましょう。

これはさきほどの場面のつづきで、なかなか寝付かない赤ん坊に、今度は父親のジェイクが「いいか、おやじの忠告を聞いておけよ」と歌って聞かせる歌です。
バリトンと合唱団による歌。

 

でも、歌詞自体は「女はおまえを好きになり、だまし、服を盗んでいなくなっちまう。だって、女は長続きしねえもんだからな」という、ざれ歌のようなものです。
ざれ歌ではあるんですが、一方で、これから展開していくポーギーとベスの物語を実にさりげなく暗示していて、あとになってハッとさせられる歌です。

 

続いて、“ The Promise’ Land’ ”「天国へ出発する」。

これは場面としては葬式の情景になります。

ヒロインであるベスの内縁の夫クラウンが、ギャンブルでの喧嘩で漁師ロビンズを殺してしまいます。
そのロビンズの葬儀の場面で歌われるスピリチュアルで、「天国へ行く汽車が今日出発する。約束の土地で、私たちの仲間に会わせてくれ」というような歌詞です。

 

でも、スピリチュアルにはよくあることですが、音楽だけを聴いていると、これが弔いの歌だとは思えないようなリズムと陽気さがあります。
けれど、そのギャップゆえに、ふとした瞬間の深い響きが胸にささる音楽です。

第2幕の音楽から

さきほどあったように、ベスの内縁の夫クラウンは殺人をおかしてしまったので、身を隠すために逃げてしまいます。その場に居あわせた人々もみな、警察をおそれて逃げてしまいます。

ベスは誰かの家にかくまってもらおうとするのですが、そのとき唯一ドアを開けてくれたのが、足の不自由な乞食、ポーギーでした。彼は以前からベスに思いを寄せていました。

 

こうして二人は同棲することになり、やがて、愛し合う仲になります。

そんな幸せの絶頂にいるポーギーが歌うのが、“ I got plenty 0’nuttin ”「俺にはないものならたくさんあるぞ」。

貧しさゆえに無い物はたくさんあるけれど、「俺には太陽が、月が、深くて青い海がある、(みんな無料だ)」というような歌詞。

この詞をみると、ヴィクトル・ユゴーが書いた『レ・ミゼラブル』にある、貧しい青年は「神の与える無料の芝居を見る。空を、空間を、星を、花を、子どもを、自らがそのなかで苦悶している人間というものを」というくだりを思い起こします。

貧しさが与えてくれる美しさへの視座。

歌詞はさらに「俺には俺の女がある、俺の歌がある、俺の神様がある」とつづいて、響いてくる音楽のとおり、ベスと暮らしているポーギーのしあわせの歌です。

 

それにつづくのが、“ Bess, you is my woman now ”「ベス、お前は今や俺の女だ」。
これはポーギーとベスの愛の二重唱という場面。

「朝も夜も、夏も冬も」、いつも一緒にいようと愛を語り合う場面です。
ガーシュウィンのロマンティックな音楽がとてもうつくしい場面です。

 

このあと、キャットフィッシュ・ロウの人たちがピクニックへ行こうということになり、ここで冒頭にご紹介した“ Oh, I can’t sit down ”「じっとなんかしてられない!」が歌われます。

 

ピクニックの目的地はキティワという島。

そこで人々は、ピクニックでのお祭り騒ぎの歌、“ I ain’t got no shame ”「好きなことをするのに何も恥ずかしいことなんてない」を歌います。

さらにそこへ、麻薬密売人のスポーティングライフが入ってきて、“ It ain’t necessarily so ”「いつもそうとは限らない」という意味深な歌を歌い始めます。

聖書の人物が歌われたりするのですが、内容はシニカルで背徳的なものです。
ここでは入っていませんが、この乱痴気さわぎを観て、冒頭で夫を殺されたセリーナがみんなを一喝してピクニックはお開きになります。

 

物語はこのあと大きく展開していきますが、そこのところは今回の曲目には入っていません。
何しろ、3時間ほどかかるオペラですから仕方ありません。

最終、第3幕の音楽から

つづく音楽は“ There’s a boat dat’s leavin’ ”「ニューヨーク行きの船が出る」。

 

これは麻薬密売人スポーティングライフが、麻薬中毒者だった過去をもつベスを口説く歌。
「俺といっしょに来い。そこで2人で暮らそうぜ」と、麻薬をちらつかせて誘惑します。

このときポーギーは家にいません。

というのも、紆余曲折の末、ポーギーはベスの内縁の夫クラウンを殺してしまい、その嫌疑がかけられ警察へ連行されていたからです。

結果的には、ポーギーの罪は発覚することなく釈放となり、元気にキャットフィッシュ・ロウへ帰ってきます。

 

複雑な物語のフィナーレに響くもの

そして、ついにフィナーレです。

元気に我が家へ戻ってきたのに、そこにもうベスの姿がありません。

ベスは、麻薬密売人スポーティングライフと一緒にニューヨークへ行ってしまったわけです。

最初、ベスが病気か何かで死んでしまったのかと不安になっていたポーギーですが、周囲からベスはスポーティングライフとニューヨークへ行ったんだと知らされると、ベスが生きていることを喜び、周囲の反対をおしきって、自分の山羊車を用意し、意気揚々と、ベスのいるニューヨークへと旅立っていきます。

 

これが『ポーギーとベス』のフィナーレです。

とてもハッピーエンドとはいえない場面ですが、歌われるのは以下のような言葉です。

Oh, Lawd. It’s a long, long way, 「あぁ神様、それは長い長い道のりです」
but You’ll be there to take my han’. 「けど神様、あんたはそこにいらして、俺の手をひいて導いてくださります」

このひたすらに肯定的で、楽天的な詞と、ガーシュウィンの確信に満ちた音楽のなかに、このオペラは力強く、その幕を閉じます。

フィナーレ、“ Oh, Lowd. I’m on my way ”「神様、俺は出かけます」。

 

ガーシュウィンにしか書けないオペラ

日常が描かれながらもドラマがあり、深い悲しみがありながらも楽天的な明るさがあり、絶望的な展開に飲み込まれていく人間の弱さが描かれながらも、それを乗り越えようとする人間の強さが描かれています。

ガーシュウィンはそれを主人公やヒロインの私小説的なオペラとしてではなく、合唱の比重を高めることで、アメリカの“民衆の”オペラとして、個人を超えたひとつの大きな文化の躍動を感じさせるオペラとしました。

 

物語だけを追えば、そこにあるのは個人個人の恋や悩みに過ぎないのですが、音楽の力でもって、アメリカ独自の文化を描き出しました。

これは作曲当時、まったく新しい響きを持ったオペラとして登場して、そして結局、今も他に類例のない音楽となっています。

このオペラの魅力をはっきりと伝えてくれるコンサート動画

この動画で沸きに沸いている会場を見ると、その場にいたかったなぁと羨ましくなります。

こういう公演があるから、面倒でもコンサートホールへ私たちは足を運ぶわけです。

指揮のエストラーダは選曲といいテンポといい、その誠実な音楽性がとても心地いいです。
選曲については、おそらくロバート・ラッセル・ベネット編曲の交響的絵画『ポーギーとベス』をベースに選んだのではないかと思います。

 

演奏しているのはhr交響楽団というドイツの名門オーケストラです。
ヨーロッパのオーケストラらしく、ガーシュウィンをとても丁寧に演奏しています。

これがアメリカのオーケストラだと、もっとはじけるような勢いを持って演奏する傾向が強くなります。
その違いもまた楽しいわけで、私はヨーロッパの楽団が演奏する、どこか洗練されたガーシュウィンも大好きです。

ヨーロッパの楽団とアメリカの楽団でどこか違った音楽に響いてくる、そうした多様性を作品に与えられたところにも、ガーシュウィンの天才の証明があると思います。

 

ただ、何と言ってもケープタウン・オペラの歌手たちが主役でしょう。

文章中ではすべての音楽をご紹介してはいません。ガーシュウィンの音楽に慣れてきたら、是非、この演奏会の全編を通して、じっくり楽しんでみてください。

 

私はがガーシュウィンが書いた“ピアノ協奏曲 へ調”が特に好きで、枕元にそのCDを置いておいて、いつでも手に取れるようにしています。
そういう特別なCDは何枚かあるのですが、ガーシュウィンはピアノ協奏曲、あと歌を集めたものの2枚が常時枕元にあります。

ピアノ協奏曲を聴いてからは、ガーシュウィンは好きというより尊敬するようになりました。ほんとうに驚くべき傑作です。

ただ、これはまた別の音楽、また別の機会に。

 

 

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