エッセイ&特集、らじお

寝込みながらひたすらエルガーを聴く【大好きな指揮者が大好きだった曲を大好きになる話】

 

私が通っていた男子高校には、とても面白い古典の先生がいらっしゃいました。

 

その先生が、初対面の授業で、開口一番こんなことを言いました。

「みなさん、古典を好きになってくださいって言ってもなかなか難しいと思うのね。だから、ひとつお願いがあるんだけれど、とりあえずは、僕のことを好きになっちゃおうか」

これにはクラス一同大笑いしました。

 

その先生いわく、先生を好きになれば自然とその教科も好きになれるはずだと。

なるほど、確かにそうだと思いました。

 

本で知った名指揮者の存在

 

わたしには敬愛する指揮者がたくさんいますが、そのなかでも特別に敬愛している指揮者が数人いらっしゃいます。

ここでご紹介する、イギリス出身のサー・ジョン・バルビローリ(1899-1970)はまさにその一人です。

 

わたしが彼を知ったのは、『フルトヴェングラーかカラヤンか』(テーリヒェン著 音楽之友社)という本でした。

現在は、『フルトヴェングラーかカラヤンか (中公文庫 テ 7-1) ヴェルナー・テーリヒェン著』として中公文庫から出ているようです。

名門ベルリン・フィルのティンパニー奏者だったテーリヒェンが、伝説の指揮者フルトヴェングラーを礼賛している内容のもので、後任のカラヤンを批判的に書いた文章になっています。

 

この本では、ほかの指揮者にも触れている箇所がすこしだけあって、特に印象的だったのが、バルビローリについて書かれた以下の文章でした。

彼は自分のちょっとした、むしろ好感の持てる人間的な弱点を隠しだてしなかった。(中略)
バルビローリが人差指で自分の眼をさしながら「ルック・アット・ミー」と言ったり、中指を胸の上でふるわせたりするたびに、どれほどの好意と温かさが彼に寄せられるのか、オーケストラの反応にはっきりと読み取れた。

 

この本を読んだのは確か小学6年生のころです。

当時は今のように情報が溢れていなかったので、音楽家や指揮者の名前が書かれている本があれば、難しそうなものでも本屋さんで買ってきては一生懸命読んでいました。

過去の有名な指揮者の写真が載っているだけでも貴重で、何度も何度も大切にながめていたものでした。

 

バルビローリとの出会いはこの文章が最初で、上に引用した文章を読んだとき、オーケストラから愛情が押し寄せる指揮者というのは、いったいどんな人なのだろうと興味をひかれたのが始まりでした。

 

それからしばらくして大学生になったとき、自分の大学に大きな図書館があるのを目にして、そうだ、バルビローリについて何か書いてある本があるのではと思い立ちました。

 

そして、また別の本を1冊見つけました。

残念ながら今ではその本の題名をまったく覚えていないのですが、様々な指揮者を紹介している本で、そこに紹介されていたバルビローリのエピソードは今もよく覚えています。

 

バルビローリのエピソード

 

そこに書かれていたエピソードはおよそこんな感じです。

ある演奏会でバルビローリはエルガー作曲の交響曲第1番を指揮しました。

演奏会はたいへん感動的なもので、その感動的な指揮ぶりに心打たれたオーケストラ・メンバーのひとりがバルビローリの楽屋を訪ねて行きます。

 

挨拶をしようと楽屋のドアに近寄ると、そのわずかにドアが開いている楽屋口から、かすかに嗚咽が聞えてきました。

驚いた楽団員は、そっと楽屋をのぞき込みます。

すると、彼の目に映ったのは、指揮者バルビローリがエルガーのスコアを前にひざまずいている姿でした。

彼は「あぁ神様、わたしは、心の底からこの音楽を愛しています!」と祈りを捧げながら、ひとり涙を流していたんだそうです。

 

ひとりの指揮者の赤裸々な告白。

魂をそこまで裸にして、スコアにひざまずく純粋な音楽家の姿。

わたしは図書館で、このエピソードを読みながら、すっかり心打たれてしまいました。

 

と同時に、バルビローリがそこまで「愛している」というエルガーの交響曲第1番にも興味をひかれました。

 

といっても、実はその曲を知らなったわけではありません。

それどころか、まさにそのバルビローリが指揮したエルガーの交響曲第1番のCDを中学生のときに購入し、一度だけ聴いていました。

 

そのときは、エルガーの代表作である行進曲「威風堂々」第1番のような、わかりやすい音楽を期待して買って一回だけ聴いてみたものの、何だかピンとこなくて、その後まったく聴かず、何年間も棚にしまったままでした。

 

大好きなバルビローリが大好きなエルガー

 

それからしばらくして、わたしは季節性のインフルエンザにかかりました。

当然、何日か寝込むことになるわけで、その時、ふと図書館で読んだバルビローリのエルガーを思い出しました。

 

敬愛するバルビローリが“愛している”とまで言う音楽なら、きっと傑作にちがいない。

それを理解できないのは、自分の耳が、まだエルガーの言葉づかいに慣れていないからだろう。

ひたすらに何度も何度も聴いていれば、もしかしたら何かしら聴きとれるようになれるかもしれない。

 

高熱のなかで、ぼんやりそんなことを考えていました。

そうして、インフルエンザで寝込んでいるあいだ、私はひたすらバルビローリが指揮したエルガー:交響曲第1番のCDを聴きに聴きました。

聴いているうちに眠りに落ちて、そして、起きてはまた流しての繰り返し。

 

この話を友人にすると、みんな「何もそこまでして」と笑いますが、わたしにとって、音楽は「そこまでして」でも理解したいものなんです。

 

そして、何度目かの眠りから目が覚めたときです。

枕もとに驚くほど美しい音楽が流れていました。

 

雨上がりのような、すがすがしく、懐かしく、暖かく、どこか切ない音楽。

 

第4楽章の7分過ぎあたり、ハープのアルペジオにのって、弦楽器が美しい旋律を奏でていました。

そのとき初めて、私はこの交響曲は美しいと知りました。

 

急にすべてが心に届くように

 

不思議なことに、その一節を美しいと感じたときから、この交響曲のすべてが耳に入ってくるようになりました。

 

あらためて最初から聴きなおします。

第1楽章の冒頭、ティンパニーのかすかなざわめきのあとに、弦楽器群が雄大な第1主題を、静かに、静かに歌い始めるところ。

もう、そこからすっかり心奪われるようになりました。

 

どうして今までこれを美しいと感じなかったのか、どうしてつかみどころのない音楽にしか聴こえなかったのか。

いまもはっきりとはわかりません。

ですが、つまりは、すぐにはその素晴らしさがわからないものも世の中にはたくさんあるということなのでしょう。

でも、一度その未知の言葉に慣れてしまえば、そこには新しい世界が待っているということなんだと思います。

 

今、このエルガーの交響曲第1番はわたしの好きな音楽どころか、とりわけ愛している大切な一曲になっています。

大好きな指揮者バルビローリのおかげで、曲の冒頭から最後の音符まで、わたしもこの音楽を愛するようになりました。

 

好きな指揮者や演奏家ができると、自然とその音楽家たちが大切にしている音楽も好きになっていくものです。

クラシックをより好きになるには、好きな演奏者を見つけるということも大きな一歩です。

 

裏を返せば、そうして偉大な音楽家たちは、結果的に、音楽そのものを広めていくわけです。

 

是非、インフルエンザになるのを待たずに聴いてみてください

 

この作品が日本のクラシック・コンサートで取り上げられることは稀ですし、何かで偶然耳にするということも考えにくいです。

 

つまり、クラシック音楽のなかでもそう簡単に出会う曲ではないということです。

もしこのブログを読んで多少なり興味をもっていただけたら、是非、インフルエンザになるのを待たずに聴いてみてください。

 

( AppleMusicAmazon MusicSpotifyLineMusicなどで聴くことができます)

サー・ジョン・バルビローリ指揮フィルハーモニア管弦楽団、1962年の演奏。

私が寝込みながら聴いていたのがこの録音です。

 

私が実際に聴いていたCDは以下のジャケットのものです。

画像はAmazon商品ページにリンクしてあります。

 

バルビローリはほかにも数回、この曲を録音していて、1956年にハレ管弦楽団と収録したものはAppleMusicAmazon MusicLine MusicYouTubeSpotifyでも聴くことができます。

こちらの演奏は1962年録音よりストレートな表現になっていて、こちらもまたお薦めです。

というわけで、わたしが大好きな指揮者バルビローリが大好きだったエルガーの交響曲第1番を私も大好きになるというお話でした。

 

もちろん、これが大曲なのは事実ですので、お聴きになっても、私と同じように、この曲を好きになるには少し時間がかかるかもしれません。

その場合は気長に、そして、もう少し短めの作品も聴いてエルガーの言葉に慣れていくのもいいと思います。

 

ただ、エルガーは『威風堂々』や『愛のあいさつ』だけではありませんので、是非、交響曲にも親しんでみてください。

エルガーには魅力的な作品がたくさんありますし、さらには、エルガーをきっかけに他のイギリスの作曲家の曲も聴いてみていただきたいです。

 

末筆ながら、これが私の人生で最初のブログ投稿です。

まさに第1楽章の始まりです。

 

大好きなバルビローリに敬意を表して。

 

 

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