エッセイ&特集

寝込みながらひたすらエルガーを聴く【大好きな指揮者が大好きだった曲を大好きになる話】

 

私は男子高校に通っていたのですが、そのときにとても面白い古典の先生がいて、初対面の授業で開口一番こんなことを言いました。

「みなさん、ひとつお願いがあるんだけれど、古典を好きになってくださいって言ってもなかなか難しいと思うのね。だから、とりあえずその前に、僕のことを好きになろうか」、これにはクラス一同大笑いしました。

その先生いわく、先生を好きになれば自然とその教科も好きになれるはずだと。
なるほど、確かにそうだと思いました。

本で知った名指揮者の存在

わたしには敬愛する指揮者がたくさんいますが、そのなかでも特別に敬愛している指揮者が数人います。

ここでご紹介するイギリス出身のサー・ジョン・バルビローリはまさにその一人です。
彼を知ったのは『フルトヴェングラーかカラヤンか』(テーリヒェン著 音楽之友社)という本でした。

彼は自分のちょっとした、むしろ好感の持てる人間的な弱点を隠しだてしなかった。(中略)
バルビローリが人差指で自分の眼をさしながら「ルック・アット・ミー」と言ったり、中指を胸の上でふるわせたりするたびに、どれほどの好意と温かさが彼に寄せられるのか、オーケストラの反応にはっきりと読み取れた。

この本を読んだのは確か小学6年生のころです。
当時は今のように情報が溢れていなかったので、音楽家や指揮者の名前が書かれている本があれば、難しそうなものでも本屋さんで買ってきては一生懸命読んでいました。

上に引用した文章を読んだとき、オーケストラから愛情が寄せられる指揮者というのは、いったいどんな人なのだろうと興味をひかれたのが始まりでした。

 

それからしばらくして大学生になったとき、自分の大学に大きな図書館があるのを目にして、そうだ、バルビローリについて何か書いてある本があるのではと探し、また別の本を1冊見つけました。

残念ながら今ではその本の題名をまったく覚えていないのですが、様々な指揮者を紹介している本で、そこに紹介されていたバルビローリのエピソードは今もよく覚えています。

 

バルビローリのエピソード

そこに書かれていたエピソードはおよそこんな感じです。

ある演奏会でバルビローリはエルガー作曲の交響曲第1番を指揮しました。
演奏会はたいへん感動的なもので、その感動的な指揮ぶりに心打たれたオーケストラ・メンバーのひとりがバルビローリの楽屋を訪ねて行きます。

挨拶をしようと楽屋のドアに近寄ると、そのわずかにドアが開いている楽屋口から嗚咽が聞えてきます。
驚いた楽団員がそっと楽屋をのぞき込むと、指揮者バルビローリがエルガーのスコアを前にひざまずき、「あぁ神様、わたしは、心の底からこの音楽を愛しているのです」と祈りを捧げながら涙を流していたんだそうです。

ひとりの指揮者の赤裸々な告白。
魂をそこまで裸にして、スコアにひざまずく純粋な音楽家の姿。
わたしは図書館で、このエピソードを読みながら、すっかりに心打たれてしまいました。

と同時に、バルビローリがそこまで「愛している」というエルガーの交響曲第1番にも興味をひかれました。

といっても、実はその曲を知らなったわけではありません。
それどころか、まさにそのバルビローリが指揮したエルガーの交響曲第1番のCDを中学生のときに購入し、一度聴いていました。

エルガーの代表作である行進曲「威風堂々」のようなわかりやすい音楽を期待して買って一回聴いてみたものの、何だかピンとこなくて、その後まったく聴かずに、何年間も棚にしまったままでした。

大好きなバルビローリが大好きなエルガー

それからしばらくして、わたしは季節性のインフルエンザにかかりました。

当然、何日か寝込むことになるわけで、その時ふと図書館で読んだバルビローリのエルガーを思い出しました。

敬愛するバルビローリが“愛している”とまで言う音楽なら、きっと傑作にちがいない。
それを理解できないのは、自分の耳がまだエルガーの言葉づかいに慣れていないからだろう。
ひたすらに何度も何度も聴いていれば、もしかしたら何かしら聴きとれるようになれるかもしれない。

高熱のなかでぼんやりそんなことを考えながら、インフルエンザで寝込んでいるあいだ、私はひたすらバルビローリが指揮したエルガー:交響曲第1番のCDを聴きに聴きました。
聴いているうちに眠りに落ちて、そして起きてはまた流しての繰り返し。

この話を友人にすると、みんな「何もそこまでして」と笑われますが、わたしにとって音楽は「そこまでして」でも理解したいものなのです。

そして、何度目かの眠りから目が覚めたとき、枕もとに驚くほど美しい音楽が流れていました。

雨上がりのような、すがすがしく、懐かしく、暖かく、どこか切ない音楽。

第4楽章の7分過ぎあたり、ハープのアルペジオにのって弦楽器が美しい旋律を奏でていました。

そのとき初めて、私はこの交響曲は美しいと知りました。

急にすべてが心に届くように

不思議なことに、その一節を美しいと感じたときから、この交響曲のすべてが耳に入ってくるようになりました。

あらためて最初から聴きなおします。
すると、第1楽章の冒頭、ティンパニーのかすかなざわめきのあとに、弦楽器群が雄大な第1主題を静かに歌い始めるところからすっかり心奪われるようになりました。

 

どうして今までこれを美しいと感じなかったのか、どうしてつかみどころのない音楽にしか聴こえなかったのか。

いまもはっきりとはわかりませんが、つまりは、すぐにはその素晴らしさがわからないものも世の中にはたくさんあるということなのでしょう。
でも、一度その未知の言葉に慣れてしまえば、そこには新しい世界が待っているということなんだと思います。

 

今、このエルガーの交響曲第1番はわたしの好きな音楽どころか、とりわけ愛している大切な一曲になっています。
大好きな指揮者バルビローリのおかげで、曲の冒頭から最後の音符まで、わたしもこの音楽を愛するようになりました。

好きな指揮者や演奏家ができると、自然とその音楽家たちが大切にしている音楽も好きになっていくものです。
クラシックをより好きになるには、好きな演奏者を見つけるということも大きな一歩です。
裏を返せば、そうして偉大な音楽家たちは、結果的に、音楽そのものを広めていくわけです。

是非、インフルエンザになるのを待たずに聴いてみてください

この作品が日本のクラシック・コンサートで取り上げられることは稀ですし、何かで偶然耳にするということも考えにくいです。

つまり、クラシック音楽のなかでもそう簡単に出会う曲ではないということです。

もしこのブログを読んで多少なり興味をもっていただけたら、是非、インフルエンザになるのを待たずに聴いてみてください。

AppleMusicAmazon MusicSpotifyLineMusicなどから聴くことができます。

サー・ジョン・バルビローリ指揮フィルハーモニア管弦楽団、1962年の演奏。私が寝込みながら聴いていたのがこの録音です。

 

そして驚いたことに、この交響曲第1番の録音、私は輸入盤で出会ったのですが、日本国内ではようやく2020年7月にタワーレコードで初CD化(!)されたそうです。

バルビローリはほかにも数回、この曲を録音していて、1956年にハレ管弦楽団と収録したものはAppleMusicAmazon MusicLine MusicYouTubeSpotifyでも視聴できます。
こちらの演奏は1962年録音よりストレートな表現になっていて、こちらもまたお薦めです。

というわけで、わたしが大好きな指揮者バルビローリが大好きだったエルガーの交響曲第1番を私も大好きになるというお話でした。

もちろん、これが大曲なのも事実です。
お聴きになっても、私と同じように、この曲を好きになるには少し時間がかかるかもしれません。
その場合は気長に、そして、もう少し短めの作品も聴いてエルガーの言葉に慣れていくのもいいと思います。

エルガーは『威風堂々』や『愛のあいさつ』だけではありません。
エルガーには魅力的な作品がたくさんありますし、エルガーをきっかけに他のイギリスの作曲家の曲も聴いてみていただきたいです。

でも、それはまた別の音楽、いつかまた別の機会に。

 

これが私の人生で最初のブログ投稿、第1楽章の始まりです。
大好きなバルビローリに敬意を表して。

 

 

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