エッセイ&特集、らじお

【追悼】イギリスの名指揮者アンドリュー・デイヴィスを偲んで

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わたしが特に好きだった指揮者のひとり、イギリス出身のアンドリュー・デイヴィスが2024年4月20日、シカゴで亡くなりました。

享年80歳、白血病で闘病していたとのことです。

今回は、プロムス・ラスト・ナイト・コンサートでおなじみだった、この名指揮者を偲びます。

サー・アンドリュー・デイヴィス(Sir Andrew Davis、1944-2024)

 

来日頻度の低かった名指揮者

 

イギリスの名指揮者には、ふたりの「デイヴィス」がいました。

ひとりがサー・コリン・デイヴィス(Sir Colin Davis, 1927-2013)、もうひとりがサー・アンドリュー・デイヴィス(Sir Andrew Davis、1944-2024)。

名指揮者コリン・デイヴィスとロンドン交響楽団のテューバ奏者の思い出

 

コリン・デイヴィスが比較的よく来日公演をしてくれたのと対照的に、アンドリュー・デイヴィスは、その人気のわりに、来日頻度が低かった指揮者だったと思います。

 

今や日本は音楽の輸入大国。

たいていの音楽家は日本にいながらにして定期的に聴くことができますが、イギリスの音楽家は、あまり日本に関心がないひとが多い印象です。

ジョン・エリオット・ガーディナー( John Eliot Gardiner )なんて、もう何十年も日本へ姿を見せていないはずです。

 

ラスト・ナイト・コンサートのスピーチ

 

わたしがアンドリュー・デイヴィスの存在を知ったのは、1990年代、イギリスの音楽祭「プロムス」のラストナイト・コンサートをNHKの中継で見たとき。

きっと、多くのひとが同じだと思います。

 

聴衆参加型の、お祭り騒ぎのようなラストナイト・コンサートは、それ自体がひとつのカルチャーショックでしたが、その中心にいて、満面の笑顔で会場をリードするアンドリュー・デイヴィスの姿も魅力あふれるものでした。

 

このコンサートの後半では、恒例の「指揮者スピーチ」の時間があって、いま考えると、そこでのスピーチは、彼の芸術性がどのようなものかをとてもよく表していたように思います。

 

彼は非常にスピーチが上手く、ロイヤル・アルバート・ホールにつめかけた7千人から8千人の聴衆をひきつけ、ときに、ユーモアとウィットにとんだ表現で会場を笑わせます。

ですが、話している内容そのものは、非常に示唆に富み、真剣なメッセージがこめられている場合がほとんどで、会場の聴衆はいつしか真剣な眼差しでその言葉に聞き入り、メッセージを受けとめます。

 

そして、スピーチのあとには、彼の指揮のもと、批判精神にあふれたパリー作曲:“ イェルサレム ”をみんなで合唱して、音楽祭は幕を閉じます。

 

2018年のその合唱がBBCの公式YouTubeで公開されています。

何度聴いても胸が熱くなる合唱です。

 

アンドリュー・デイヴィスは、まさにそのスピーチのような音楽家でした。

第一に非常に人好きのする、明朗で、人懐っこい音楽性のひとであり、それでいて、非常に真摯な、内容のある音楽をやりつづけた音楽家だったと思います。

 

 

私が聴いたアンドリュー・デイヴィス

 

彼がプロムスでおなじみの「BBC交響楽団」の首席指揮者をつとめたのは、1989年から2000年まで。

来日の頻度が高かったのも、この時期だったと記憶しています。

 

残念ながら、その当時、私はまだコンサートにそこまで足を運べていなかったので、この時期の公演は聴けていません。

 

ただ、NHK-FMのラジオ中継でベルリオーズの幻想交響曲が放送され、それを部屋で耳をすまして聴いたのは、はっきりと覚えています。

アンドリュー・デイヴィスらしい、躍動感のあるベルリオーズで、カセットテープに録音していなかったのを悔やんだ記憶があります。

 

2013年の来日公演

 

やがて私がコンサートにしばしば通うようになって、けれども、アンドリュー・デイヴィスはBBC交響楽団の指揮者を2000年に辞してからは、なかなか日本へやって来ませんでした。

 

私がようやく彼の実演に接することができたのが、2013年のこと。

うれしいことに、古巣のBBC交響楽団との来日でした。

 

「サー・アンドルー・デイヴィス指揮 BBC交響楽団」

2013年10月4日(金)19:00
@横浜みなとみらいホール 大ホール

エルガー:
行進曲「威風堂々」第1番

モーツァルト:
ヴァイオリン協奏曲第5番 「トルコ風」K.219
神尾真由子(バイオリン)

ヴォーン・ウィリアムズ:
「ロンドン交響曲」(交響曲第2番)

 

何といっても、あの「威風堂々」第1番を、アンドリュー・デイヴィス&BBC交響楽団の生演奏で聴ける、という期待感で出かけたコンサートでした。

ですが、今となると、不思議とその記憶はあまり残っていなくて、むしろ初めて実演で接したヴォーン・ウィリアムズ(Ralph Vaughan Williams、1872-1958)の「ロンドン交響曲」が深く心に刻まれています。

 

イギリス音楽への使命感

 

このプログラムを最初に見たときにも感心しましたが、日本公演で、わざわざヴォーン・ウィリアムズをメインディッシュに据えてくるところに、アンドリュー・デイヴィスという指揮者の、イギリス音楽の伝道師としての強い使命感を感じます。

今もイギリスのオーケストラは毎年たくさんやってきますが、メインにヴォーン・ウィリアムズを据えたプログラムを用意してくることはほとんどありません。

 

こうしたプログラミングも、まさにアンドリュー・デイヴィスの凄いところで、「威風堂々」で広く一般聴衆にアピールしつつも、本領発揮で聴かせたかったのは、他ならぬヴォーン・ウィリアムズだったということでしょう。

ユーモアとウィットで魅了しながら、真摯な思いをぶつける、まさに彼のスピーチのようなプログラムでした。

 

アンドリュー・デイヴィスの指揮は、非常に力強くて、エネルギッシュ。

今もその当時も、ヴォーン・ウィリアムズの交響曲は、私にはまだよくわからないところがあるのですが、冒頭からおしまいまで、有無を言わせない緊張感があって、一気に聴かされてしまいました。

 

♪ヴォーン・ウィリアムズ:ロンドン交響曲
アンドリュー・デイヴィス指揮
BBC交響楽団

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愛されたマエストロ

 

ラジオやインターネットで、近年もときおり彼の健在ぶりを見ていたので、何となく、いつかまた実演を聴く機会があるだろうと思っていました。

海外でも“ Sudden Death of a much-loved English Maestro ”と報じられた彼の突然の訃報には、とても驚きました。

 

そしてまた、そのニュースの題名にも入っているとおり、“ much-loved = 非常に愛された ”という形容詞が、なるほど、やはり誰にとってもそういう印象なのだと、彼の存在の豊かさをあらためて認識することになりました。

 

私はたった1度しか実演を聴くことは叶いませんでしたが、それでも、彼の音楽家としての“ 使命感 ”をはっきりと感じさせられるヴォーン・ウィリアムズを聴けたというのが、かけがえのない思い出です。

 

今回の記事のサムネイル画像:アンドリュー・デイヴィスの出身地、イングランドのハートフォードシャー(Hertfordshire)の風景写真

 

アンドリュー・デイヴィス指揮のお気に入り名盤

 

アンドリュー・デイヴィスは録音の面でも、非常におおきな功績を後世に残しました。

そのなかから、特に私が好きなものをいくつか、ご紹介していきます。

 

アンドリュー・デイヴィス、ロイ・トムソン・ホールのオルガンを弾く

 

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※このアルバム、サブスクによっては、Andrew David と名前がまちがってインデックスされています

 

意外と知られていないことですが、アンドリュー・デイヴィスは、もとはオルガン奏者でした。

 

このアルバムでは、トロント交響楽団の本拠地でもある、カナダのロイ・トムソン・ホールのオルガンを弾いています。

彼は1975年から1988年まで、トロント交響楽団の音楽監督をつとめていました。

 

彼のオルガン演奏は、表現がストレートです。

何かを伝えるときに、もってまわったところが一切ないのが、彼の指揮ぶりを思わせます。

 

バッハの「トッカータとフーガニ短調」からアイヴズの「アメリカ変奏曲」まで、かなり幅広い作品を披露していますが、どれも颯爽としていて、とても聴きやすいのが、また、いかにも彼らしいです。

 

 

バッハ:2台のチェンバロのための協奏曲

 

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こちらは、バロック音楽の演奏で有名なレイモンド・レッパード (Raymond Leppard、1927-2019)がイギリス室内管弦楽団と録音した、バッハのチェンバロ協奏曲集。

このなかの「2台のチェンバロ協奏曲ハ短調BWV1060 & ハ長調BWV1061」の2曲で、アンドリュー・デイヴィスがチェンバロ奏者として参加しています。

すっきりとした、晴れわたったバッハをあじわえる素敵なアルバム。

 

このほか、サー・ネヴィル・マリナー(Sir Neville Marriner,1924-2016)指揮アカデミー・オブ・セントマーチン・イン・ザ・フィールズの「ヘンデル:合奏協奏曲集」などでオルガンを弾いているのも、若き日のアンドリュー・デイヴィス。

中古店でそのLPレコードを買ってきて、裏面の解説で、オルガン奏者に彼の名前を見つけたときにはおどろいたものです。

 

 

プロムス・ラスト・ナイト

 

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プロムス100周年のラストナイト・コンサートのライヴ録音。

聴衆参加のエルガー「威風堂々」第1番、ウッド「イギリスの海の歌による幻想曲」、アーン「ルール・ブリタニア」、パリー「エルサレム」といった、この音楽祭の恒例の曲目がすべて収録されています。

 

それだけでなく、エヴェリン・グレニーのソロによる三木稔「マリンバ・スピリチュアル」があったり、ブリン・ターフェル独唱によるウォルトン「ベルシャザールの饗宴」があったりと、聴きどころ満載のアルバム。

 

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エルガー:スターライト・エクスプレス

 

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アンドリュー・デイヴィスは、イギリス音楽の伝道師。

有名な作品から秘曲にいたるまで、イギリスの作曲家の数多くの作品をレパートリーとし、レコーディングも数多く残しました。

そんななかからひとつ、エルガー:スターライト・エクスプレスという珍しい作品をご紹介します。

 

こういう得体の知れない作品こそ、なかなかCDを買うのは勇気がいること。

サブスクでこそ、触れてみるのがいいと思います。

 

わたし自身、この録音はサブスクで初めて聴いて、こんな夢のある作品があったのかと驚いたアルバムです。

エルガーが子どもたちのために作曲した、クリスマスを題材とした幻想的な作品。

 

 

ベルリオーズ:序曲集

 

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アンドリュー・デイヴィスは、ベルリオーズの代表作をさまざまなオーケストラと録音しています。

交響曲もいいのですが、私がいちばん多く手に取ってしまうのが「ベルリオーズ:序曲集」。

 

これはノルウェーのベルゲン・フィルとのレコーディングで、「海賊」、「ローマの謝肉祭」、「ベンヴェヌート・チェッリーニ」といった、ベルリオーズの有名な序曲がほとんど収められています。

しかも、ベルリオーズの序曲集として、その代表になっていいような、素晴らしい演奏が連続する出色のアルバム。

 

 

サン=サーンス:交響曲第3番「オルガン付き」

 

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※2024年4月現在、Apple Music でのみ配信されているようです。

 

これは、ニューヨーク・フィルの自主レーベルが配信しているライヴ録音。

CDになっていない、サブスクならではの音源です。

 

アンドリュー・デイヴィスは、名声のわりにメジャー作品の録音があんまり無い指揮者です。

ここでは、そんな彼が指揮したサン=サーンス:交響曲第3番「オルガン付き」という、メジャー作品を聴くことができます。

2009-10シーズンのライヴ録音。

 

ストレートで、明快な音楽作りはここでも健在。

輝かしいサン=サーンスが展開されています。

でも、決してそれだけではなくて、彼の非常にノーブルな音楽づくりが感じられるところに、とても興味深い、深い味わいがあります。

 

 

ブラームス:セレナード第1番

 

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※2024年4月現在、Apple Music でどこを探しても見つかりません。何かのミスかインデックス漏れだと思うので、いずれ見つかったらリンクを貼ります。

 

アンドリュー・デイヴィスがドイツ・オーストリア系の大作曲家を録音した希少なもの。

希少なだけでなく、このブラームスには青春の響きがあって、この作品の録音のなかでも、特に素敵なもののひとつです。

アンドリュー・デイヴィスの爽やかな音づくり、ストレートな音楽性が作品と絶妙に響きあいます。

 

同じイギリス出身の名指揮者エイドリアン・ボールト(Sir Adrian Boult, 1889-1983)もブラームスのセレナードの名録音を残していますが、それに続く、素敵なレコーディングだと思っています。

発売時もあまり話題にならず、その後もほとんど知られないままになっているのが惜しい録音。

 

 

ティペット:われらが時代の子

 

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2024年5月にリリース予定の最新録音(Apple Music で先行配信)。

イギリスの作曲家サー・マイケル・ティペット(Sir Michael Tippett, 1905-1998)が、ユダヤ人迫害の事件「水晶の夜」を題材に、戦争や差別への批判として、第二次世界大戦中に生み出したオラトリオ「我らが時代の子」。

黒人霊歌(スピリチュアル)を象徴的に引用していく大作です。

 

アンドリュー・デイヴィスの最新録音が、現代がまさに必要としているこの作品であるというのも、彼の真摯な姿勢を反映しているかのようです。

心して耳をかたむけたい録音の登場です。

 

ここまでお読みくださったみなさんへ

 

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今回の記事がよかった、おもしろかったという方は、是非ブックマークをしていただき、ときおりご覧いただけたらと思います。

お読みくださり、ありがとうございます。

 

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