エッセイ&特集、らじお

名指揮者コリン・デイヴィスとロンドン交響楽団のテューバ奏者の思い出

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こうしてブログを書くにあたって、オンライン配信の便利さを認識すると同時に、いろいろ使ってみて感じるのは「検索」機能の不便さです。

クラシック音楽の利用者はまだ少ないので、利便性などは後回しなんだと思います。

このブログでは、各音源にリンクをいろいろ貼っているんですが、検索しても見つからない音源が多々あります。

 

それどころか、なぜか全く見当違いなアルバムが表示されてしまうということも多々あります。

そうしたなかで、先日、何かを探しているときに、不意にコリン・デイヴィス指揮ロンドン交響楽団によるシベリウスの交響曲第5番のアルバムが出てきました。

ロンドン交響楽団2004年日本公演

 

全プログラムを聴く

 

私はなるべく色々な指揮者、オーケストラ、演奏家を生で体験して、その響きに直接触れることで音楽をよく知りたいと昔から思っていたので、例えば、好きなオーケストラだけを何度も聴きに行くということよりは、意識的にいろいろなオーケストラを聴きに行ってきました。

 

そうしたなかで、例外的に、2004年のコリン・デイヴィス指揮ロンドン交響楽団の来日公演だけは、用意されていた3種類のプログラムすべてを聴きに行きました。

それは何といっても、指揮者コリン・デイヴィスが大好きだったからで、彼は当時すでに70歳代後半という年齢。

次はいつ日本へ来てくれるだろうか、という不安があったからです。

 

2004年のプログラム

 

2004年のロンドン交響楽団の来日公演プログラム、私が聴いた3公演は以下のものです。

2004年3月12日(金)
シベリウス:交響詩『大洋の女神』
シベリウス:ヴァイオリン協奏曲ニ短調(Vn, 庄司紗矢香)
ストラヴィンスキー:バレエ音楽『火の鳥』全曲(1910年版)
(アンコール)
チャイコフスキー:『エフゲニー・オネーギン』から“ポロネーズ”

 

3月16日(火)
シベリウス:交響詩『伝説』
モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番変ホ長調k.482(p,内田光子)
ベートーヴェン:交響曲第8番ヘ長調( ♫ 解説:交響曲100「ベートーヴェン:交響曲第8番」)
※メインは当初、ヤナーチェク:『タラス・ブーリバ』の予定でした
(アンコール)
シューベルト:交響曲第3番~第2楽章
チャイコフスキー:『エフゲニー・オネーギン』から“ポロネーズ”

 

3月17日(水)
ブリテン:『ピーター・グライムズ』から“4つの海の間奏曲”
モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番ニ長調k.537『戴冠式』(p, 内田光子)
シベリウス:交響曲第5番変ホ長調
(アンコール)
エルガー:『エニグマ変奏曲』から“ニムロッド”
チャイコフスキー:『エフゲニー・オネーギン』から“ポロネーズ”

 

コリン・デイヴィスについて

 

サー・コリン・デイヴィス(Sir Colin Davis, 1927-2013)はイギリスの指揮者。

指揮者としては、かなり珍しい経歴の人で、生まれた家が貧しく、ピアノを買うことができなかったので、クラリネットを一生懸命に勉強したんだそうです。

 

そうして、管楽器のアンサンブルの指揮などをしているうちに頭角をあらわして、やがてはオーケストラ、オペラハウスと活躍の場を広げました。

 

ピアノがあまり弾けず、クラリネットから世界的な巨匠指揮者まで登りつめた人というのは、彼の他にいないんじゃないでしょうか。

 

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このジャケットの方が、コリン・デイヴィス氏です。

 

素晴らしかった初日の公演

 

2004年の来日公演、初日はまず、シベリウスの交響詩『大洋の女神』に始まって、これが今も印象に残る、説得力の強い演奏でした。

この交響詩はそこまで演奏される機会が多い作品でもないですし、私自身もあのとき初めて、この交響詩を聴きました。

 

コリン・デイヴィスの指揮は、終始、筋が一本通っているというか、決してとっつき易いわけではないこの精緻な音楽のなかで、その壮大な頂点に向かって続く、長くおおきなクレッシェンドを、長い道が一本ずっと続いているかのように展開して、見事な演奏でした。

 

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify  などで聴けます。LineMusicは別音源。)

 

そして、あの日初めて聴いた作品がもうひとつあって、それはメインのストラヴィンスキー:バレエ音楽『火の鳥』全曲版でした。

この曲から作られた組曲『火の鳥』(1919年版)は慣れ親しんでいて、当時もすでによく聴いていましたが、全曲版はあえて聴かずにとっておいていました。

 

デイヴィスは、もっと若かったころにオランダのアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団とこの全曲版の素晴らしい録音を残しているので、期待して聴きに行ったわけです。

そして、実際、とっても素晴らしかったです。

組曲版では出会えない様々な情景と出会い、初めて、『火の鳥』の壮大な全体像を体験することができました。

 

 

好きなテューバ奏者はいますか?

 

その見事な『火の鳥』を体験したわたしは、心からの拍手をオーケストラと指揮者へ送りました。

 

私はそのときサントリーホールのP席という、オーケストラの裏側、指揮者を正面から見る席の最前列に座って一生懸命拍手をしていたんですが、ふと、何となくだれかの視線を感じました。

そして、そちらに目をやると、ロンドン交響楽団のテューバ奏者の方が、私のことを笑顔で見てらっしゃいました。

 

彼は私と目が合うと、うなずきながら、おおきな笑顔で私にほほえんでくれました。

私もうれしくて、満面の笑みでそれに応えました。

ほんの数秒のやりとりですが、なかなかないような、忘れられない思い出です。

 

そして、このなかなか無い思い出を忘れることがないようにと、ホールを出る前に、いそいでプログラムのメンバー表のテューバ奏者のところに“ Good Smile! ”と書き込んでホールをあとにしました。

 

そのテューバ奏者は

 

それからもう何年もあとのこと。

ふと、あのときのパンフレットを見返したくなって、思い出のメンバー表を探しました。

そして、たしかに記憶通りで、“ Good Smile ”の書き込みがありました。

 

が、驚いたのは、そのテューバ奏者の名前を見たときです。

 

 

TUBA(テューバ)
Patrick Harrild, Principal(パトリック・ハリルド、首席)

 

パトリック・ハリルド!

きっとテューバをご存知の方なら驚いてもらえるはずですが、この方はイギリスを代表するテューバ奏者のひとり。

この楽器を代表する名手なんです。

彼がロンドン交響楽団に在籍していたとはまったく知らなかったので、すっかり驚いてしまいました。

どうして当時気づかなかったのか…

 

しかも、パトリック・ハリルドは、私が初めて名前を覚えたテューバ奏者。

NHK-FMでむかし、日曜日の夜に「クラシック・リクエスト」という素敵な番組をやっていて、パーソナリティは指揮者の大友直人さんとオーボエ奏者の大宮りえこさん(確かそんなお名前だったはず)という方が務めてらっしゃいました。

クラシック・リクエストはその後もいろいろな司会者で形を変えながらも現在まで続いていますが、わたしはあのころのクラシック・リクエストがいちばん好きですし、クラシックを聴きはじめて間もなかったあの頃が、いちばん熱心に聴いていました。

 

ある放送のとき、シベリウスの交響詩『フィンランディア』が流れるというので、その名曲をカセットテープに録音したくて番組を聴いていたんですが、そのあとに流れたのがヴォーン・ウィリアムズの『テューバ協奏曲』でした。

 

テューバがソロの協奏曲なんて、存在自体を知らなかったのでとても新鮮でした。

そして、そのとき紹介された音源のソリストが、パトリック・ハリルドさんでした。

思い出のカセットテープを探し出してみたら、ありました。

ハリルドさんの名前をリハルドとまちがって書いてましたが。

 

私がはじめて名前を覚えたテューバ奏者、私が初めて聴いたテューバ協奏曲のソリストであった人と、それから10年ほどあとになって、サントリーホールでそうとは知らずに笑顔の交換をしたわけです。

 

ヴォーン・ウィリアムズのテューバ協奏曲は、演奏時間が10分ちょっとの作品。

5分ほどのロマンティックな第2楽章から聴いてみるのが、いちばん親しみやすいと思います。

パトリック・ハリルドさんのソロ、私がラジオで初めて聴いた音源がこちらです。

 

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify  などで聴けます)

 

1998年のシベリウス体験のこと

 

2日目の公演の冒頭では、シベリウス:交響詩『伝説』が演奏されましたが、それは私がこのコンビの演奏をはじめて体験した1998年の公演の冒頭でも演奏されました。

そして、この『伝説』については、すぐに思い出されるのは、最初に聴いた1998年の公演のほうです。

 

あの日のデイヴィスは荒れ狂ったような迫力があって、この『伝説』の途中でもたいへんなアッチェレランドがかけられて、そのスリリングな追い込みに、客席で鳥肌がたちました。

 

その1998年のメインはシベリウスの交響曲第2番ニ長調。

こちらも、良くも悪くも荒れ狂った演奏でした。

それはオーケストラのバランスが完全に崩れてしまう瞬間があったほどで、フィナーレの第4楽章では、随所でファースト・ヴァイオリンの旋律が埋没して聴き取れないくらいでした。

なので、凄い体験ではあったけれど、何となく、もどかしいまま終わってしまった印象もありました。

 

デイヴィスという指揮者は、よく「中庸を得た」音楽をする人と言われましたが、実際にライヴで聴くと、かなりの熱血漢というか、情熱の炎がセーブを失うことのある人で、それこそがまた、彼の何ともいえない魅力の源でもありました。

 

だって、やっぱりそれくらい燃え立ってくれるからこそ、何か起きるかもしれないとわざわざ出かけていって、生演奏を体験するわけです。

コリン・デイヴィスは、その「何か」を起こせる数少ない指揮者のひとりでした。

 

 

いちばん感銘を受けた2004年最終公演

 

それから6年後に聴いたシベリウスは、1998年のものと比べたら、曲のちがいもありますが、ずっと落ち着いた、知情意のバランスがとれた巨匠風の演奏になっていました。

 

最終日のメインの曲は、シベリウス:交響曲第5番変ホ長調

このシベリウスの5番こそ、私のコリン・デイヴィス体験のなかで、真っ先に思い起こされるものです。

 

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify  などで聴けます)

 

 

冒頭でご紹介したように、このコンビによるほとんど同時期のこのシベリウス:5番の録音が、たまたまオンライン配信のお薦めで出てきたので、懐かしくなって聴いてみました。

この録音は、今回、初めて聴きました。

この録音があるのは知っていましたが、生演奏がたいへん素晴らしかったので、その体験や余韻を大切にしておきたくて、ずっと聴かないまま、ずいぶんと長い時間が過ぎてしまいました。

 

冒頭の管楽器のハーモニーを聴いた瞬間、「あ、あのころの音がする」と思いました。

会場で聴いたものは、もっと厚みのある響きで、金管楽器ももっと輝かしい音色でしたが、それでも、この録音にはそれを思い出させてくれるだけの音が入っています。

 

ロンドンのオーケストラはそこまで個性的な響きではないというのが一般によく言われるので、音によってこうした記憶が呼び起されたことにおどろきつつ、とても懐かしくなりました。

 

それは、現在のロンドン交響楽団の鋭い、刺激的な音とはまったく違う響き。

あたたかくて、温もりのある、やわらかな音。

 

シベリウスの交響曲第5番変ホ長調は、作曲者の50歳を記念する祝賀演奏会で初演されるために書かれた祝祭的な交響曲です。

それをあの日、コリン・デイヴィスは、いつもの彼らしく、自然でおおきな呼吸でもって、オーケストラを歌わせ、高揚させていきました。

この録音の第1楽章の終結部は若干おとなしくなっていますが、あの日会場で聴いたものは、圧倒されるような勢いと迫力がありました。

 

繊細でゆたかな歌が聴かれる第2楽章は美しさに満ちていて、ピチカートをふくめ弦楽器の音楽的な表情、木管楽器の素朴な美しさを聴きながら、なんて美しい音楽なんだろうと、会場でため息が出る思いでした。

 

第2楽章の歌の余韻にうっとりしていると、やがて、壮麗な第3楽章フィナーレが始まります。

音楽が進むにつれて現れた、まるで空を突き抜けて天国にたどり着いたかのような感覚は、会場で生演奏で聴いているとほんとうに感動的なものでしたし、それはこの録音を聴いていても感じられるものです。

 

デイヴィスは、どんな複雑な書法の箇所も、余計なアクセントなど一切つけることなく、とてもしなやかな歌でもって、壮麗なフィナーレを描き出していました。

あの日、気づいたときには、ホール全体が特別な空気で満たされていて、そこにはまったく神聖な空間が存在していました。

 

 

変遷する響き、かけがえのない、はかないもの

 

私の記憶では、その後、コリン・デイヴィスが日本を訪れる機会はなかったのではと思います。

きっとあのシベリウスを体験した夜が、コリン・デイヴィスの音楽が日本で響いた最後の夜という、特別な一夜だったんじゃないでしょうか。

 

以前、リッカルド・ムーティ指揮ウィーン・フィルの日本公演についての記事でも書きましたが、オーケストラの響きというのは、あっという間に変遷してしまって、二度と出会えなくなります。

時代の変化のスピードが速くなっていることもあって、近年のオーケストラの変化はいっそう急な印象があります。

 

その後も、ロンドン交響楽団はほかの指揮者たちと来日公演を行ってくれていて、わたしも他の指揮者が指揮する公演を実際に聴いていますが、現在のロンドン交響楽団は、もうあの当時とはまったく別の響きをしています。

それが、時の流れというもので、今の響きも、やがてはまた違うものに変遷していくんでしょう。

 

コリン・デイヴィスと聴かせてくれたしなやかな音楽は、あのときだけのものであって、それはもう二度と体験できない響きなわけです。

その日、その瞬間に鳴っている響きを、私たちは、まさにその瞬間に全身で体験しておかなければいけないということです。

 

そうして、音楽というのは、ほんとうにかけがえのない、はかない側面を持っているものだと思い知らされます。

それは、まさに人間という存在、生命という存在そのものの性質でもあって、生身の人間がする“ 演奏 ”というものを体験する意味を教えられるようです。

 

コリン・デイヴィスの演奏、久しぶりに聴いてとても懐かしい気持ちになりました。

シベリウスに限らず、私は彼のブラームスなども大好きで、いつかその話も書けたらと思っています。

 

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