エッセイ&特集

【初心者向け】“夏が行進してくる”~マーラーの交響曲第3番を聴いてみよう

 

「世界でいちばん演奏時間の長い交響曲はどれか?」

この質問に対してしばらくの間その答えとなっていたのが、ここにご紹介するマーラー作曲の交響曲第3番ニ短調でした。
全6楽章で演奏時間がおよそ100分!

今ではもっともっと長い作品があるそうで、ギネスブックには別の作品が載っているそうです。
でも、現実に頻繁に演奏されている作品としては、今でもこの曲がいちばん長いでしょう。

そんな長い交響曲が今でも世界中でくり返し演奏され、世界中でずっと愛されているのは、もちろん、この作品が何度も聴きたくなる、たいへんな傑作だからです。

そもそもマーラーって?

クラシックを普段聴かない人にとっては、マーラーという作曲家自体がなじみのない名前でしょう。

一般にクラシックと言われて誰もが思い浮かべる音楽家は、モーツァルトやベートーヴェンだと思います。
けれど、もしあなたがこれからオーケストラの演奏会を聴きに行こうとして色々なオーケストラのプログラムを見渡したとき、意外に彼らの名前が少ないのでちょっと戸惑うと思います。

これはもう10年以上前からの流れではあるのですが、今現在、世界で活躍している指揮者、オーケストラの多くが活動の重心を置いているのは、明らかにモーツァルトやベートーヴェンではなく、グスタフ・マーラー(1860-1911)という作曲家の交響曲群へと変わっています。

これが一過性のトレンドなのか、それともこれからもずっと続く傾向なのかはわかりません。
けれど、現状としては、そういうことになっています。

マーラーという作曲家は、モーツァルト・ベートーヴェンに比べたら、はるかに最近の作曲家です。
生前はむしろ指揮者として世界最高峰の評価を得ていた方です。

彼の作品は、ある意味でとても複雑。でも複雑だけれども、わかりにくいわけでもないというのが難しいところで、民謡のような素朴な音楽があったところに軍楽隊の音楽が続いたり、うっとりするロマンティックな歌があったかと思うとこれ以上ないほどグロテスクな響きが現れたりします。

低俗なものと神聖なものが、ごく至近距離にある音楽。苦悩、情熱、悩み、希望、絶望、愛、生と死が入りまじった複雑でわりきれないマーラー独自の響きと世界観が、現代社会に生きる私たちの複雑な心のうちに、つよく訴えかけるものがあるではと言われています。

マーラーは未完成の作品もふくめて、11曲の大規模な交響曲を残していて、それらが今、世界中のオーケストラ・プログラムのメイン・ディッシュになっています。今回は、そのなかから第3番を聴いてみようということです。

作曲者はこの交響曲について、『夏の夜の夢』『夏の朝の目覚め』など夏に関する題名を検討していたようで、まさに夏に聴くべき音楽と言ってもいいでしょう。
最終的には表題はつけられず、『交響曲第3番』という曲名に落ち着いています。

今回は【初心者向け】として、この曲に初めて出会う人が聴きやすいよう、第1、5,6楽章を取り出してご紹介します。

もちろん、本当は生の演奏会で最初からすべてを聴くのがいちばん最高の出会い方です。
けれど、今回はスマホなどで初めて聴いてみようという人向けにピックアップしてご紹介していきます。
YouTubeで素敵な演奏を見つけられたので、そちらをメインに紹介しますが、最後にほかのメディアのお薦めもリンクします。

では、まったく順序が逆ですが、いちばん最初にフィナーレ、第6楽章から聴いてみましょう。

第6楽章「愛が私に語ること」

もしあなたが何か未知の交響曲を聴こうとして、でも、全曲を聴き通す自信はないとしたら?

私は「フィナーレから聴く」のをお薦めします。

理由は簡単で、たいていの交響曲はフィナーレにその音楽の結論がはっきりと出ているからです。
もちろん、例外はたくさんあります。
天才たちの仕事ですから、例外の山です。
それでも、この法則に当てはまる作品の方が割合としては多いです。

このマーラーの交響曲第3番も、フィナーレにはっきりとこの交響曲の描こうとしたもの、到達しようとしたものが聴きとれます。

フィナーレというのはたいてい力強い、ある種の華麗さを持つ音楽が多いんですが、マーラーがこの曲のフィナーレに置いたのは“Langsam. Ruhevoll, Empfunden.”「ゆっくりと。静かに、情感をこめて」という、ゆっくりとした音楽です。

マーラーは作曲当初、この第6楽章に「愛が私に語ること」という題名をつけていました。

まさに“愛”そのものといっていい、マーラーの書いた音楽のなかでは、かなりストレートにロマンティックな音楽。
愛を語るのに、むずしい言葉はいらないということでしょう。

この第6楽章「愛が私に語ること」をエサ・ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団のライブでご紹介します。
サロネンはフィンランド出身の指揮者で、フィルハーモニア管弦楽団はイギリスの名門オーケストラ。

両者は長いあいだコンビを組んでいます。サロネンは1983年に他の指揮者の代役で、このマーラーの交響曲第3番をこのフィルハーモニア管弦楽団で指揮したことがセンセーショナルな成功となり、もともと作曲家だった彼が指揮者人生をスタートさせるきっかけとなったんだそうです。

この演奏は他の演奏とくらべると、比較的テンポも響きもすっきりとしています。
でも、とっても心をこめて演奏しているのも見ていてわかる、良い演奏だと思います。

初心者向けの諸注意としては、この長大な交響曲の結論というだけあって、この楽章だけで演奏時間が25~30分かかってしまうという点でしょうか。
でも、あなたの人生からそれだけの時間を費やす価値は、間違いなくあると確信しています。

でも、もし途中で聴き通せないと思った方は、後半からおしまいまでの5分くらいを聴いてみてください。
この交響曲がどういう終わり方をするのかだけでも体験してみて、まずは到達点にふれてみてください。

 

ハイネでしたでしょうか、“言葉の終わるところ、音楽がはじまる”と言ったのは。まさにこのフィナーレには、言葉ではたどり着けないもの、音楽だけが語ることができるものがあります。

この楽章ばっかり繰り返して聴いてしまう人が多いというもうなずける音楽。
私もこの曲に出会った中学生のころは特にそうでした。
それでも30分はかかりますから、どっぷりとマーラーの音楽につかっていられるわけです。

もともとついていた各楽章ごとの題名

マーラーは最初、各楽章に題名をつけていました。それが以下の通りです。

第一部
序奏 「牧神が目覚める」
第1楽章 「夏が行進してくる」
第二部
第2楽章 「牧場の花々が私に語ること」
第3楽章 「森の動物たちが私に語ること」
第4楽章 「夜(人間)が私に語ること」
第5楽章 「天使たちが私に語ること」
第6楽章 「愛が私に語ること」
(第7楽章「子どもが私に語ること」)

これらは後に作曲者マーラー自身によって、題名が曲の理解に影響しすぎることを懸念して取り払われました。

でも、こうしてもともとの題名を見てみると、ほんとに美しい題名でそれだけで少し感動してしまいます。
第7楽章は作曲の途中で次の交響曲第4番へまわされることとなりました。

題名は確かにある程度イメージを固定してしまうものですが、マーラーの音楽は複雑であるうえに、この曲にいたっては何しろ100分という長大な交響曲ですから、その音楽に近づくにはこうした題名などの助けがあった方が私たちにはありがたいです。

マーラーの題名が私たちに語ること

マーラーのお弟子さんにブルーノ・ワルターという指揮者がいて、この人はあとに20世紀を代表する大指揮者のひとりになるのですが、1896年にマーラーが夏を過ごしていたシュタインバッハというところへ呼ばれて行ったそうです。

ワルターがそこにそびえ立っている岩山を感動して眺めていたら、マーラーが「そんなに眺める必要はないよ。もうすべて音楽にしちゃったから」と冗談ぽく言ったんだそうです。

その“険しい岩山を音楽にしたもの”が、今回テーマにしている交響曲第3番の第1楽章です。
第1楽章には「牧神が目覚める、夏が行進してくる」という題名が与えられていましたが、そのほかに「岩山が私に語ること」という題名も考えられていました。

第1楽章が「岩山が私に語ること」というテーマを持っていたとなると、全編「○○が私に語ること」というテーマで並んでいたわけです。

岩山→ 牧場の花々→ 森の動物たち→ 人間→ 天使たち→ 愛という並び順。

これは、まさに生命の誕生からの軌跡、世界の創造・発展とかさなっています。
つまり、まずそこに大地があって、やがて植物が生えてきて、動物があらわれ、人間があらわれる。

ただ、そこで終わらずに、その生命が“ 天使たち ”、さらには“ 愛 ”へと高められていくところに、この交響曲の、そしてマーラーが描こうとしたものの崇高さが感じられるところです。

だから、最後に置かれたのが「愛が私に語ること」。
この長大な時間を要する音楽にとって、これ以上の到達点は思いつきません。
実際、この第6楽章がこの交響曲の結論とでも言うべきものになっていて、マーラーが書いた音楽のなかでもとりわけ美しい楽章になっています。

では、長大なフィナーレを聴いたところで、ひとつさかのぼって短い第5楽章をご紹介します。

第5楽章「天使たちが私に語ること」

これは短くて、5分ほどの楽章です。

天使たち、そう、つまりは子どもたちの合唱が入ります。この交響曲は、さきほどの動画でも確認できる通り大編制のオーケストラが必要なだけでなく、児童合唱団、女声合唱、それとアルト歌手1名がさらに必要です。

児童合唱が歌う歌詞は“ビム・バム”。これは朝の鐘の音を表しています。
とっても素朴な、子どもらしい声が響きます。
この楽章は「朝の鐘が私に語ること」という題名も考えられていました。

歌われている内容としては、アルト独唱が「十戒を破ってしまったことを泣いてはいけないのですか?」と嘆き、それに対して女声合唱が「哀れみたまえ!」「十戒を破ったなら神に祈れ!そうすれば天国の喜びを手にすることができる!」と重なり、そこへ児童合唱の鐘の音“ビム・バム”が折り重なるという、一見、素朴な音楽のふりをして、実際には屈折した複雑な響きをはらんだ、さすがマーラーにしか書けない、隠れて凄い音楽になっています。

でも、表面的には児童合唱の声や、素朴な民謡風の明るい印象が強く出るように書かれているので、むしろ聴きやすい音楽に聴こえると思います。

マーラーという人は、こうした入り組んだ音楽、地上の醜さと天上の清らかさが混在したような音楽を書ける人でした。

第5楽章「天使たちが私に語ること」。
さきほどと同じ演奏会のものですが、こちらは歌詞が表示されませんので、歌詞と日本語訳が表示される動画をこちらにリンクしておきます。
そちらはヘルマン・シェルヘンという名指揮者が録音したもので、この児童合唱がほんとうに子どもらしく歌っていて、そちらも私はとても好きな録音です。

 

実際には、この児童合唱が印象的な第5楽章が終わったあと、子どもたちの声の余韻のなかで、さきほどの第6楽章がそっと静かに始まっていくという構成になっています。

優れた演奏であればあるほど、第5楽章のあとにフィナーレがそっとしずかに始まるとき、ほんとうに神聖な時間が出現します。

第1楽章「夏が行進してくる」「岩山が私に語ること」

後半2楽章でこの交響曲の目的地を確認したら、いよいよ冒頭から聴いてみましょう。

さきほどのブルーノ・ワルターのエピソードにもあった、岩山をテーマとしたと推測される楽章です。
この楽章も長大でおよそ30分以上かかる音楽です。

フィナーレがストレートに愛を語っていた音楽であるのと逆で、この第1楽章はたいへん難解です。
決して聴きにくい音楽ではありませんが、様々な主題が入り組んでいて、しかも、それが果てしなく展開、発展していきます。

冒頭のホルンの主題がブラームスの交響曲第1番の第4楽章の旋律(以前ご紹介したシャルル・ミュンシュ指揮フランス国立放送管弦楽団の演奏をリンクしてあります)と似ていることもよく指摘されていますが、それがどういった意味で引用されているのか、見解は専門家のあいだで様々です。
楽章全体の構成、つまり、どこが主題提示部で展開部でといったものも、専門家によって説明がまちまちです。

専門家ですら割り切れない音楽なのですから、もう、つまりはマーラーはそういうものを書いたのだと考えてしまってもいいと思います。

聴いていて迷子になったときは、是非、岩山のエピソードを思い出してください。

生命がやどる前、ただそこに険しい岩山がそびえているだけの状態。まだ“ 秩序 ”が存在していないころの大地の歌。

 

こちらもとにかく長大なので、中間部、そして終わりの数分間のところのリンクを貼っておきます。
小太鼓が鳴り響いて、「夏が行進してくる」というテーマは感じられるかもしれません。

初めて聴く方は特に難解に聴こえると思いますが、このサロネンの演奏はそれでも、かなりわかりやすい演奏になっています。
というか、ここまでわかりやすく演奏している例を私は他にあまり知りません。

サロネンの演奏について

いろいろな演奏を聴けば聴くほど、この演奏で驚くのはその“聴きやすさ”でしょう。
動画のエサ=ペッカ・サロネンは、とってもスマートな音楽づくりが特徴の人で、このマーラーの交響曲も気持ち速めのテンポですっきりと進めています。

マーラーの交響曲は濃厚に歌い上げることもできれば、こうしてすっきりと演奏することもできるし、もっと感情を排してクールに演奏されることもあります。
指揮者の個性が反映されやすい音楽ともいえるかもしれません。

私は、あまりクールに、感情を排して演奏されるものは好きではないので、すっきりとしながらも心のこもった歌が聴こえるサロネンの演奏は大好きです。

感情を排除して演奏するタイプも別にあっていいとは思いますが、そういう演奏は聴いていて、どうしても私は違和感がぬぐえなくなります。

というのも、この交響曲のフィナーレなんか特にそうですが、「愛が私に語ること」です。
そうした題名を考えていた人の音楽が感情抜きで響いてくると、何かが大きく欠けているように感じられて仕方ありません。

このお薦めのサロネンの演奏、その優れてスタイリッシュな指揮に、もし唯一、違和感を感じる点があるとすれば、それは果たしてこの曲はここまで聴きやすい音楽かどうかという点でしょう。

この演奏はまさに“等身大”の演奏であることが最大の特徴。
見方を変えれば、特に第1楽章ですが、いびつで複雑怪奇なものをフラットにしてしまったともいえるかもしれません。

実際、全曲を聴いてみて、マーラーが結果的にはずしてしまったものの、当初の理念として掲げていたであろう“生命の昇華、何もないところから生命がうまれ、それが愛にまで高められていく”という広大で人知を超えていくような理念が、とてもすっきりとコンパクトに見渡せてしまう印象があります。

もうそこは解釈の問題であって、だからダメとかだから正しいというものではありません。
方向性の問題。
最近は、こうしたすっきりとしたマーラー像がすっかりと定着していて、むしろこういう方向性の演奏ばかりといっていいくらいですが。

ただ、そのなかでも他の指揮者ではなくサロネンの演奏をご紹介したかったのは、彼がクライマックスをしっかりと築ける指揮者であること、彼には特有の抒情性があるということです。

知的ではあるけれど、けっして機械的にならない、そこがとっても私は好きです。
そう、彼の演奏にはしっかりと“ 歌 ”がある。一番最初にご紹介した第6楽章「愛が私に語ること」なんて、本当に心から歌っています。
フィルハーモニアのメンバーも心をこめて弾いているのがわかります。

心で演奏しているのに、それがとてもすっきりとしているのは、やはり北欧の指揮者の特徴でもあって、それはハーモニーの響かせ方からそうです。
テンポ感が速いことに加えて、オーロラのようというか、とても透明感のあるハーモニーを基調としているので、音楽が決して粘らず、さわやかな抒情性に満ちています。

現代のたいていの指揮者がもっと器楽的で、感情を排した演奏に帰結するのに対して、彼の演奏はテンポが速くどんどん進んでいく割には、体温を感じる演奏になっています。
人間の行為としての音楽。

全曲の映像と、その他メディアのリンク

第6楽章、第5楽章、そして第1楽章をご紹介しましたが、残りの3つの楽章については、各楽章、かなり性格がはっきりとしているので、聴けば自然と親しめるはずです。
唯一、アルト歌手のヴィブラートが、サロネンの演奏の方向性と少しあっていない印象が私にはあって、そこだけはお薦めとしつつも少し気になっています。

この演奏会はコロナ禍で家でも楽しめるようにとフィルハーモニア管弦楽団が公式にアップしているもののひとつで、楽章ごとに分けられた動画と全曲の動画とがアップされています。
各リンクは以下からどうぞ。

マーラー:交響曲第3番(全曲
第1楽章 「夏が行進してくる
第2楽章 「牧場の花々が私に語ること
第3楽章 「森の動物たちが私に語ること
第4楽章 「夜(人間)が私に語ること
第5楽章 「天使たちが私に語ること
第6楽章 「愛が私に語ること

その他メディアのお薦めとしてはクラウディオ・アッバード指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ジェシー・ノーマン(アルト独唱)の記念碑的名演奏をご紹介しておきます。これは、もう完璧といっていいような演奏で、言葉を失う美しさにあふれた演奏です。

ジェシー・ノーマンも本当に深い歌を聴かせてくれます。
少なくとも第4楽章については、こちらの録音をまずは第一にお薦めしたいです。
(AppleMusic↓、AmazonMusicLine MusicSpotify

それから、アッバードと同じころに大きく活躍したロリン・マゼール指揮ニューヨーク・フィルの演奏。
これはオンライン配信のみのもので、初めて聴いて、心から感動してしまいました。
そちらについては『あんなに腹をたてなければよかった~名指揮者マゼールの思い出、そして、彼の最高のマーラー録音』という別記事で特集、ご紹介しています。

さて、長大なマーラーの交響曲第3番をご紹介しました。
何はともあれ、第6楽章に親しんでいただければ、あとは自然にことが運ぶと思います。

「音楽はいつも“ あこがれ ”を持っていなければいけない」

これはマーラー自身の言葉です。
わたしは、この言葉が何より彼の音楽のすべてを表しているように感じられて、ずっと忘れられない言葉です。

是非、少しずつでもマーラーの美しい、果てしない音楽に親しんでみてください。

 

 

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