コンサートレビュー♫私の音楽日記

いま日本でいちばん個性的な指揮者はきっとこの人~新日本フィル創立50周年記念

 

新日本フィルハーモニー交響楽団の創立50周年記念特別演奏会を2023年3月25日(土)14:00、すみだトリフォニーホールで聴いてきました。

指揮台にあがったのは、前音楽監督の上岡敏之(かみおか・としゆき)さん。

プログラムは大作が1曲、ブルックナー:交響曲第8番ハ短調でした。

圧倒的というべきか、呆気にとられたというべきか。

凄いブルックナーでした。

 

2年半越しで実現した公演

 

昨年、本来であればドイツの名ピアニスト、ラルス・フォークトが登場するはずだった演奏会に、彼の急逝を受けて上岡敏之さんが代役で登場しました。

そこで初めて上岡敏之さんの実演に接して、日本にこんな素晴らしい指揮者がいたのかと、今さらながら思い知ることになりました。

 

 

上岡敏之さんは2016年から、この新日本フィルの音楽監督をつとめていらっしゃいましたが、コロナ禍が到来。

ドイツを拠点としている上岡敏之さんは来日もままならず、結局、2021年にこのコンビは早すぎる終わりを迎えてしまいました。

 

今回とりあげられたブルックナー:交響曲第8番も、本来であれば、2020年9月の定期演奏会で演奏されていたはずのプログラムだそうで、創立50周年の記念公演として、ようやく、2年半越しで実現ということになりました。

 

最大の特徴はゆったりとしたテンポ

 

上岡敏之さんのブルックナーというと、2000年代はじめにドイツのヴッパータール交響楽団と演奏した「交響曲第7番」が90分を超える異様な遅さで(だいたい70分前後で演奏されるのが普通)、当時ずいぶん話題となっていました。

そのコンビによるレコーディング、さらには来日公演もあったはずですが、私はその演奏時間を耳にしただけで恐れをなしてしまって聴いていません。

 

ブルックナー交響曲第7番(ヴッパータール交響楽団&上岡敏之)Amazon

 

ただ、近年の演奏はそこまでの極端な遅さではないようで、時がたつにつれて、テンポは少しオーソドックスなものに近づいているのかもしれません。

そうはいっても、今回はブルックナーの交響曲のなかでも最大の規模を誇る第8番

期待しつつも、覚悟を決めてホールに足を運びました。

 

大きなブルックナー

 

そして、実際、演奏が始まってみると、やはり、ゆったりとしたテンポが設定されていました。

はちゃめちゃに遅いというわけではありませんが、一音一音、念を押すような足どりで、あらゆる音が、あるべきところに、確実に打ち込まれていくので、体感されるテンポは、実際のものよりさらに遅く感じられます

まさに牛の歩みのよう。

 

現在は、ブルックナーを“ ちいさく ”演奏すること、あるいは“ 大きくしない ”ことがひとつの流行りになっていると感じています。

20世紀の巨匠たちが描いたブルックナー像へのアンチテーゼなんだと思いますが、上岡敏之さんはその流れに逆行していて、ブルックナーの音楽をやはり“ 巨大な ”音楽として捉えているのだと思います。

 

その巨大なブルックナー像が、圧巻の出来栄えを示していたのが第1楽章の演奏でした

私にとっては、この演奏会の白眉はこの第1楽章でした。

 

 

圧巻だった第1楽章

 

第1楽章の開始は、冒頭が不安定な出だしになりました。

こうした技術的な不安定さは、最近、新日本フィルを聴きに行くたびに散見されるもので心配しています。

 

ただ、その次の瞬間には、もう緊張感にみちた音楽がたちのぼりました。

 

予想通りの遅めのテンポで音楽が展開され、私にとっては、受け止めきれるぎりぎりの遅さで、決して急ぐことのない音が紡がれていきます。

そして、そこからだんだんと生まれてきた音楽は、まぎれもない、巨大な音楽

 

何といって言いか、まるで大蛇のような、巨大な怪物がとぐろを巻いているかのように音楽がうねります。

ブルックナーの“ 大きさ ”をはっきりと感じさせられると同時に、上岡敏之さんの凄みを感じさせられます。

 

そして、さらに耳をひかれるのが、静かなところでの、たっぷりと奏される弦の響きの深さです。

あらゆるものを包み込むかのような、奥行きのある音の流れ

ドイツの森を思わせる、暗くて、深い音。

 

対照的に、強奏の響きは、大編成によるオーケストラの圧倒的な量感を感じさせるもので、そのコントラストがいっそうの巨大さを感じさせます。

 

とは言え、ここまで遅いと音楽が弛緩してしまってもおかしくないのに、それが弛緩しないのが上岡敏之さんの凄いところ。

端的に言えば、指揮者の上岡敏之さんが、この音楽を確信を持って導いているということ。

 

ブルックナー作品で頻出する「間」の取り方も非常に絶妙です。

怪物のような音楽が、深く、深く呼吸をして、それゆえに、音楽が窒息することがありません

 

そうしたことから、これだけ遅々とした歩みなのに、しっかりと「展開」が伝わってくるのも驚異的でした。

音楽が今どこにあって、そこからどこへ舵を切ったのかが伝わってくることに驚きます。

 

永遠につづくかのように響く第1楽章は、それでも、その長大な結論としてクライマックスに到達しました。

オーケストラの全合奏のダイナミクス、さらに、それを突き破ってとどろくティンパニの強打

これらは、まさに表現の限りを尽くしていました。

 

あの圧倒的なクライマックスに到達できただけでも、上岡敏之さんが並はずれた音楽家であることは疑いもなく、あれができるというだけで、私は上岡敏之さんを聴きに行く意味をはっきりと感じます。

あれは、この長大な第1楽章での、完璧なクライマックスでした

 

これはたいへんな演奏であって、この第1楽章のあとには、ほかのコンサートであまり聴いたことがないくらいの静寂がホールを支配しました。

すごい音楽を体験したんだと、はっきりと感じました。

 

 

集中力の問題

 

第1楽章が白眉だったと書きましたが、では第2楽章以降はダメだったのかというと、決してダメだったわけではありません。

ただ、このテンポゆえに、これ以降、色々な問題が生じてきたように私には感じられました。

 

第1楽章に圧倒されたあと、あれだけ肥大化した第1楽章のあと、第2楽章以降をどのようなテンポで演奏していくのだろう、とまず思いました。

 

そして、第2楽章がはじまると、ここでは、気持ち速めのテンポが設定されていました。

こうしたバランス感覚に、上岡敏之さんの音楽のさじ加減の巧さを感じます。

 

ただ、とは言っても、一画一画おろそかにしない音楽づくりは健在。

そのため、聴いていて、ここら辺からだんだんと疲れてきたのが正直なところです。

 

指揮者の集中力もさるものですが、これを弾き続けているオーケストラも大変なものだと思いました。

そして、それを客席で受け止め続ける聴衆の側も大変です。

 

つまり、私にとって、第2楽章以降は、まず「集中力」の問題になってきました。

 

上岡敏之さんの圧巻の第1楽章を「受け止めきれるぎりぎり」の音楽と書きましたが、第2楽章以降、私にはだんだんと受け止めきれないものも出てきました。

料理で例えるなら、しっかりとした味付けのメインディッシュ級の料理がひたすら並んで出てくる、というようで、どれも美味しいのは間違いないんだけれど、お腹いっぱいで食べきれないという感じといったらいいでしょうか。

 

第3楽章のテンポが語ること

 

第3楽章アダージョも、意外なことに、気持ち速めのテンポで始まりました。

 

この時点で、なるほど、上岡敏之さんはこの曲をブラームスの交響曲のように、両端楽章に重心を捉えて、中間楽章を緩徐楽章として扱っているのだとわかりました。

緩徐楽章として演奏するといっても、もちろん、小さく演奏することはなく、あくまで全体を大きな音楽として扱ったうえでのことですが。

 

20世紀の往年の巨匠たちの録音を聴いていると、第3楽章のアダージョに全曲の頂点を見ていた指揮者が多かったように思いますし、私もやはりそれがいちばん自然に感じます。

その点で、上岡さんが提示しているのは新しいブルックナー像ということになります。

あの圧巻の第1楽章が実現されたことを考えると、上岡さんのブルックナー像に説得力がないわけではありませんが、このアダージョ楽章の崇高さを考えると、果たしてどうなのか、難しいところです。

 

ただ、集中力の問題は、やはり第3楽章ではいっそう顕著になってきていて、それゆえに、演奏が弛緩することのないように、細かな現場処理のようなものがいろいろと見られました。

オーケストラに対する、そうした刺激の与え方は、ほんとうに上岡敏之さんの非凡な手腕を感じさせます。

ときにテンポを気持ち速めたり、ときに音量をぐっと抑えさせたり。

 

ある箇所では、オーケストラを鼓舞するために、指揮台にとりつけられている転落防止の柵をつかんで非常に激しく体をゆすったので、その激しい動きのせいで、指揮台が数センチ動いてしまったのが、客席からはっきりと見えたくらいでした。

それくらい懸命にオーケストラをドライヴしながら、この巨大なブルックナー像を完結させようとしているわけです。

 

 

圧倒的というべきか、唖然としたというべきか

 

フィナーレの第4楽章に入る前、すこし長めの間がとられました。

マーラーの交響曲ではたまに見られる光景ですが、ブルックナーでこんなに長い間をあけるのは初めて見ました。

 

ここでしっかりと時間を空けたことに、やはり上岡敏之さんは凄い指揮者だと感心してしまいました。

きっと指揮台で、意識的にしろ無意識的にしろ、演奏にちらつくある種の倦怠や停滞を感じていたのではないでしょうか。

その流れをいったん断ち切るための、どうしても必要な長い「間」だったのだと思います。

 

そうして、第4楽章が始まって、ここでも重厚で、確実な歩みによる、大きな音楽が展開されました。

ただ、やはり私はもう疲れきってしまっていて、普段はその清新さに心が鷲掴みされるコラールの旋律も、あまりそうしたようには感じ取れませんでした。

終盤のフガートに入ったあたりで、ようやく、トンネルの出口の明かりが見えたように、少しほっとしたのが正直なところです。

 

演奏は多大なエネルギーをもって、立派なコーダでしっかりと締めくくられました。

クラシックを聴きはじめたころは、ブルックナーの音楽はなんて長いんだろうと思いましたが、今回、ひさしぶりにその「長さ」をひしひしと感じました。

 

おそらく、ブルックナーの音楽のなかにその“ 巨大さ ”を見ているであろう上岡敏之さんにしてみれば、「ブルックナーというのはそういう音楽なんだ」ということなのかもしれません

圧巻というべきか、唖然としたというべきか。

いずれにしても、聴きおわって、私はぐったりとしてしまいました。

 

でも、あの第1楽章を頂点に、これが凄い演奏だったことは疑いようのない事実です。

わたしは一生懸命の拍手を舞台におくりました。

ほんとうに凄い演奏でしたから。

 

 

いま最も個性的な指揮者のひとり

 

この上岡敏之さん流のブルックナー像を、第2楽章から先も、第1楽章と同様の完成度で実現されたとしたら、それはもう伝説的な名演奏になっているのではないかと思います。

そうした完成度を実現するとなると、結局は、あの巨匠チェリビダッケのように、長時間のリハーサルを徹底して行って、オーケストラに完全にその解釈を、ありとあらゆるところまで共有させ、細部の細部にいたるまで磨き上げることが必要になってくるのかもしれません。

 

この演奏を聴いていて、果たして、いま、こんなブルックナーを他のどこで聴けるのだろうかと思いました。

現在、こうした巨大なブルックナー像を展開している指揮者が、日本はおろか、世界を考えてみても、私の知る限りでは他に誰も思い浮かびません。

 

上岡敏之さんは、その意味でも、ほかには代え難い、独自の魅力をはなつ音楽家であり、圧倒的な音楽が出現する瞬間があるという点でも、非常に稀有な指揮者のひとりです。

 

上岡さんのブルックナーは、この先も聴き逃せない、大きな可能性をはらんだものです。

ただ、こちらも集中力を少しでも長く持続させるために、周到な準備をしてホールに足を運ぶ必要はありそうですが。

 

上岡さんは、新日本フィルのほかには読売日本交響楽団のような、やや暗い音色のオーケストラを好んで振っているように見受けられますが、いつか、東京交響楽団のようなフレキシブルなオーケストラとの共演も聴いてみたいものです。

 

 

音源紹介

 

上岡敏之さん指揮する新日本フィルハーモニー交響楽団によるブルックナーは、オンラインでも聴くことができます。

広く配信されているのは、現在のところ、「交響曲第6番」です。

※一部の楽章しか聴けないようになっている配信先もあります。

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

 

2023年4月現在、AmazonMusicでは、交響曲第7番と第9番も配信されています。

ブルックナー:交響曲第7番(上岡敏之 指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団)

 

ブルックナー:交響曲第9番(上岡敏之 指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団)

 

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