シリーズ〈オーケストラ入門〉

【オーケストラ入門】ショパン:バレエ音楽『風の精(レ・シルフィード)』

 

シリーズ〈オーケストラ入門〉、今回はピアノの詩人ショパンの作品です。
ピアノの詩人ショパンは、オーケストラ曲をほとんど書いていないも同然なのですが、後世の作曲家・編曲家たちが、ショパンのピアノの名曲をオーケストラ用に編曲した作品があります。

実は「突然変異」的な存在のショパン

ショパンという作曲家は、音楽史のうえでは特殊な音楽家です。

何といっても、ほとんどピアノ曲しか書かなかったこと。
他の作曲家はみな、オーケストラ曲を書いたり、室内楽作品を書いたり、オペラを書いたり、いろいろなジャンルの作品を並行して書いています。

それから、その作曲家としての位置づけがとても難しいことです。
たとえば、ブラームスはベートーヴェンに、そのベートーヴェンはハイドンやモーツァルトにその源流をたどったりすることができます。
けれど、果たしてショパンはどこから来て、その音楽の流れはどこへ向かっていったのか。

誰もが知っている、クラシックの代名詞といってもいい大作曲のひとりですが、音楽史のなかで系譜が作りづらいという、珍しい作曲家だったりします。

ショピニアーナ

ショパンが亡くなって50年以上もあとですが、1907年に、ロシアの作曲家グラズノフが『ショピニアーナ』“Chopiniana”というバレエ用の組曲を発表しました。
これは『軍隊ポロネーズ』などのショパンのピアノ曲をオーケストラ用にアレンジしたものでした。
ちなみに、グラズノフには『四季』『ライモンダ』といったオリジナルの素晴らしいバレエ音楽の作品があります。

その後、このグラズノフの『ショピニアーナ』にならって、色々な音楽家がショパンのピアノ曲をバレエ用にオーケストラ編曲するようになりました。
一連の編曲で、現在いちばん多く演奏されているのは、ロイ・ダグラス編曲によるバレエ音楽『風の精』です。

ダグラス編曲

このロイ・ダグラスという人は、1907年イギリスの生まれ、2015年に107歳で亡くなった作曲家・編曲家。
一般には、この『レ・シルフィード』の編曲者として名前をみる程度です。

しかし、特にこの人のオーケストレーション、管弦楽の扱いの腕前は相当なものだったようです。
イギリスの大作曲家ヴォーン・ウィリアムズ(1872-1958)、さらには、おなじくイギリスの大作曲家ウィリアム・ウォルトン(1902-1983)らが協力をもとめていて、彼らのアシスタントとして、その作曲活動に関わった経歴をもっているくらいです。

そのロイ・ダグラスがこのバレエ音楽『風の精』のために編曲したのは、ショパンのピアノ曲『前奏曲イ長調』『夜想曲変イ長調』『ワルツ変ト長調』『マズルカ作品33-2』『マズルカ作品67-3』『ワルツ嬰ハ短調』『華麗なる大円舞曲』です。

ショパンをオーケストラで聴く

バレエのタイトルとなっている『レ・シルフィード』は「風の妖精」という意味。
バレエの筋書きは、ある詩人が森のなかで出会う妖精たちと躍る光景が描かれ、特に物語らしい展開はありません。

ご紹介したように、ショパンは西洋音楽史のなかでは突然変異のような存在。
ほとんどピアノ曲以外を書かなかったという、たいへん珍しい作曲家です。
そんなショパンの名曲をオーケストラの色彩的な演奏で聴けるこの音楽は、バレエの劇場をはなれ、現在では、コンサート・プログラムとしても、世界中のコンサートホールで演奏されています。

私のお気に入り

名指揮者たちが意外と録音している曲で、名演奏がいくつもあります。

まずはやはり、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の録音
( YouTubeは↑、AppleMusic ・ Amazon Music ・ Spotify ・ LineMusic )。

このアメリカのゴールデン・コンビの音は、“オーマンディ・サウンド”とか“フィラデルフィア・サウンド”とよばれて、その豪華な響きで有名です。
このバレエ音楽でもその豊かな響きで抒情的に演奏しています。
これは、ほんとうに何度聴いても美しい演奏。
絶妙で流麗なテンポ運びといい、リラックスして音楽に身を任せられる芳醇な演奏。
他にいろいろ聴いてみるものの、やっぱりいつもここに帰ってきてしまう名演奏。

 

ペーター・マーク指揮パリ音楽院管弦楽団の演奏は、もっと繊細な歌い口を特徴としています。
ペーター・マークはスイス生まれの名指揮者。
陰影ゆたかな、とっても繊細な響きが聴けます。
楽器間のバランスが非常に繊細で、ある種の危うささえ感じさせる線の細さがあります。
オーケストレーションの綾が目に見えるような、みごとに美しい演奏。
( AppleMusic↓・Amazon Music ・ Spotify ・ LineMusic などで聴くことができます)

 

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、その音の立ちのぼり方から圧巻の幻想的な演奏。
弱音の美しさ、旋律を歌うときのなめらかなレガートは他の演奏と一線を画しています。
それでいて、華麗なショーピースにならないように、テンポは抑え目になっていて、最上のシルクのようなきめ細やかさと高い品位を感じます。
( AppleMusic↓・Amazon Music ・ Spotify ・ LineMusic などで聴くことができます)

 

ロジェ・デゾルミエール指揮パリ音楽院管弦楽団は、デゾルミエール自身による編曲版をつかっています。
冒頭のオーボエがなんともなつかしい響きで、この編曲の方向性を示しています。
全体に木管楽器のひなびた響きがノスタルジックな表情を生んでいて、華麗なバレエというよりは、何かをなつかしく思い出しているような切々としたものがあります。
この編曲版は普及していませんが、この録音を聴くかぎり、忘れられるにはあまりに惜しい、とっても心に染みるいい編曲。
( AppleMusic↓・Amazon Music ・ Spotify ・ LineMusic )

 

 

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