シリーズ〈交響曲100の物語〉

メンデルスゾーン:交響曲第3番イ短調「スコットランド」【交響曲100の物語】~小さな試聴室

 

シューマンの交響曲第4番(初稿)が初演されたものの、お蔵入りになってしまった1941年の翌年、同時代のフェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ(1809-1847)のほうは、足かけ10年以上もかかった新作の交響曲第3番「スコットランド」を発表しました。

シリーズ《交響曲100》、その第38回です。

スコットランド旅行

 

“  深い黄昏の中、私たちは今日、メアリー女王が愛し、住んでいた宮殿に行ってきました。

屋根の失われたチャペル。

草やツタが、メアリーが戴冠式を行ったであろう祭壇のそばにも生い茂っています。

すべてが廃墟と化し、朽ち果てたなかに、澄んだ空が流れ込んでいます。

私はそこに「スコットランド」交響曲の始まりを見つけました ”

 

1829年の3月、当時忘れ去られていたバッハ:「マタイ受難曲」の歴史的な復活上演を成功させた、若干20歳の若きメンデルスゾーンは、5月になると、友人とともに初めてのイギリス旅行に出かけました。

そして、7月のおわり、エジンバラのホリールード宮殿にあるホリールード礼拝堂を訪れた際に、新しい交響曲のインスピレーションを得たようで、そのことを、上のように家族あての手紙にしたためています。

 

 

作曲に14年の歳月

 

20歳の年に書きはじめた交響曲ですが、完成・出版したのは1843年のことなので、メンデルスゾーンが34歳の年ということになります。

 

「スコットランド交響曲」を着想したのは1829年の7月。

でも、その2か月後には交響曲第5番「宗教改革」の作曲に移っていて、さらに翌年の1830年には、イタリア旅行で交響曲第4番「イタリア」のインスピレーションを得て、そちらの作曲に専心しています。

1835年からは、指揮者としてライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の音楽監督に就任して、仕事が多忙になっているので、「スコットランド交響曲」の完成はどんどん遅れていったことになります。

 

 

 

つまり、「スコットランド交響曲」はメンデルスゾーンの創作のかなり初期の段階で着想されていたわけですが、紆余曲折の末、メンデルスゾーンの総決算のような形で世に残ることになりました。

初演は1842年3月3日、メンデルスゾーン自身の指揮するライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団によって行われました。

初演は大成功だったと伝わっていますが、本人は満足がいかなかったようで、すぐに改訂を始めています。

 

同じ年の5月、7度目のイギリス訪問を果たしたときには、メンデルスゾーンはバッキンガム宮殿においてヴィクトリア女王に謁見、このスコットランド交響曲を女王に献呈する許可を得ています。

こうして女王への献辞がついた楽譜は、ゲヴァントハウス管弦楽団の主としてもヨーロッパ音楽界のおおきな存在となっていたメンデルスゾーンが、その実力を世に問う作品として、1843年に満を持して出版されました。

 

 

メンデルスゾーンの交響曲をふりかえる

 

メンデルスゾーンは、1847年に姉のファニーが脳卒中で急死したことにショックを受けて、そのわずか半年後、自らも脳卒中で38歳の若さで急死しています。

スコットランド交響曲は、出版の関係で番号こそ第3番になっていますが、実質的には、メンデルスゾーン最後の交響曲となりました。

1824年(15歳)交響曲第1番

1830年(21歳)交響曲第5番「宗教改革」

1833年(24歳)交響曲第4番「イタリア」

1840年(31歳)交響曲第2番「賛歌」

1842年(33歳)交響曲第3番「スコットランド」

また、これらの交響曲のまえには、12~14歳のときに書いた一連の「弦楽のための交響曲」が12曲(断章を含めると13曲)書かれていて、そのため、交響曲第1番の自筆譜には「第13番」という書き込みがあります。

 

このなかで、第2番「賛歌」は演奏される頻度こそ低いものの、合唱が主要な役割を果たす「カンタータ」となっていて、ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱つき」(1824年)、ベルリオーズの劇的交響曲「ロメオとジュリエット」(1839年)などに連なる、大胆な作品です。

古典的な造形美を重んじていた作曲家ですが、合唱の入る第2番「賛歌」の作曲時期は、ベルリオーズの「ロメオとジュリエット」とわずかに1年のちがいしかありません。

いっぽうは演劇から派生して、いっぽうは宗教曲から派生したという根本的な違いがあるものの、大胆さという点では双璧でしょう。

 

この第2番は、現在の正式な分類では「交響曲」ではなく「カンタータ」とされているようですが、当初「交響曲」として書き始められたのは確かなようなので、メンデルスゾーンもまた、交響曲に革新的な姿勢を持っていたことがうかがえます。

 

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交響曲第2番「賛歌」を晩年に至るまで、くりかえし演奏し続けたイタリアの巨匠クラウディオ・アッバード(1933-2014)による演奏をご紹介しておきます。

 

 

🔰初めてのスコットランド交響曲

 

メンデルスゾーンの作品は、どれも旋律線が非常に美しいので、どこから聴いても安心です。

 

この交響曲については、特に、全4楽章を間を空けずに演奏するように指示が書かれていて、「全4楽章で1つの音楽」という有機的な構成が図られています。

その有機的結合の要となるのが、第1楽章冒頭のもの悲しい旋律です。

ますは、ここに耳を傾けてみてください。

 

これが、メンデルスゾーンが手紙で書いている、廃墟となったチャペルでインスピレーションを得た旋律と言われています。

そして、これ以降に登場する主題は、ほかの楽章のものも含め、この旋律から派生した旋律となっていて、全曲の統一感が図られています。

 

第2楽章は、スケルツォ風の楽章。

メンデルスゾーンが同時期に書いた劇音楽「真夏の夜の夢」の“ スケルツォ ”につらなる、妖精が飛び交っているかのような音楽です。

 

 

第3楽章が、アダージョ。

メンデルスゾーンの旋律美がはっきりと打ち出された、非常に美しい旋律が歌われる、夢見るような楽章です。

 

第4楽章がフィナーレ。

短調の、情熱的で、劇的な音楽です。

この楽章の最後には、第1楽章冒頭の主題から派生した、明るく、雄大なコーダがついていて、第1楽章でもの悲しい表情のなかにあらわれた音楽が、やがては、こうして壮麗な光のなかに閉じられていく、という見事な設計になっています。

 

 

私のお気に入り

このブログでは、オンラインで配信されている音源を中心にご紹介しています。

オンライン配信の音源の聴き方については、「クラシック音楽をオンライン(サブスク定額制)で楽しむ~音楽好きが実際に使ってみました~」のページでご紹介しています。

 

ペーター・マーク指揮ロンドン交響楽団

スイス出身の名指揮者ペーター・マーク(Peter Maag、1919-2001)の代表的な録音です。

これは1960年のスタジオ録音ですが、何か思うところがあったのでしょう、彼は1962年になって活動を一時休止香港で2年間の「禅僧」としての修行に入っています。

それ以後の彼の活動は、大通りを避け、小道を行ったような印象があります。

 

このメンデルスゾーンの録音は、そんな彼が、まだ若き日に、昇り龍のように活躍していたころの記念碑的なもので、とっても素直で、正直な美しさに満ちた演奏になっています。

 

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ディミトリー・ミトロプーロス指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

ギリシアの哲人」と称えられた、巨匠ディミトリ・ミトロプーロス(1896-1960)ベルリン・フィルを指揮したライヴ録音です。

これは、ほんとうに凄い録音です。

ベルリン・フィルの名クラリネット奏者だったカール・ライスターは、このときの演奏があまりにも素晴らしいので、ミトロプーロスに無理を言って、本来は出る予定のなかった曲もセカンドパートに入れてもらって吹き続けた、というエピソードを聞いたことがあります。

 

ミトロプーロスの指揮には、音楽の深層心理をえぐり出すようなところがあって、このスコットランド交響曲も、悲しいまでに美しい、他の指揮者のものとは全く違った音楽として聴こえてきます。

一度聴くと、一生忘れられないような感銘を受ける演奏です。

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フランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラ

作曲当時の楽器を使用して演奏を行う「古楽」の巨匠フランス・ブリュッヘン( Frans Brüggen, 1934-2014 )には、2種類の「スコットランド」の録音が残されています。

一般に、最初の録音のほうが評価が高く、晩年に録音された2回目のものは評価が低いです。

けれど、私はこの2回目の録音も大好きですので、今回はあえてそちらをご紹介します。

 

私は、ブリュッヘン&18世紀オーケストラについては、一度だけ実演を聴くことができました。

ベートーヴェンの「英雄」をメインにした演奏会でしたが、あのときは「もう全盛期を過ぎてしまった」という印象の演奏で、音楽にメリハリがなく、がっかりして帰ってきた思い出があります。

 

あの公演からさらに年月を経た、この晩年のスコットランド交響曲の録音は、それでも、老境のブリュッヘンの音楽が1つのスタイルとしてしっかりと確立されていて、その静けさに満ちた演奏に、私は安心して身を任せることができます。

私が実演を聴いたときは、この境地への「過渡期」だったのかもしれません。

 

メンデルスゾーンが聴いたら面喰ってしまうかもしれないくらい、総じて静かな面持ちで、ゆっくりとした足取りで進んでいく演奏ですが、他の演奏からは聴こえてこない抒情性、ふとした瞬間の和声のうつろいの美しさがあって、落日のなかを行くような美しさが感じられ、私はブリュッヘンのいろいろな録音のなかでも、特に好きな録音のひとつです。

 

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クルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

動画では、クルト・マズア(1927-2015)指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサート映像がYouTube動画(リンクしてあります)で公式に配信されていて、これも素晴らしい演奏です。

このオーケストラこそ、メンデルスゾーン本人の指揮によって、この曲を初演した楽団です。

マズアは、時にとっても退屈な演奏をしてしまう指揮者でしたが、ここでは、とても立派な、正攻法のメンデルスゾーンを聴かせています。

 

 

 

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