コンサートレビュー♫私の音楽日記

クラシック音楽愛好家、立川志の輔を聞きに行く~落語とハイドン・モーツァルトの精神

 

落語

 

クラシック音楽が大好きです。

そして、落語も好きです。

子どもの頃から、テレビやラジオを通して聞こえてくる落語に親しんでいましたが、10年ほど前、きっかけは忘れましたが、特に夢中になった一時期がありました。

地元の図書館にあった落語のCDをひととおり聞いて楽しんだあと、さらに色々聞きたくなって、落語に詳しい友人に「落語の世界の王様みたいな名人て誰なの?」と聞くと、「古今東西、たくさんの名人がいるけれど、とりあえず古今亭志ん生あたりを聞いてみるといいかも」と教えてもらいました。

 

五代目 古今亭志ん生(ここんてい・しんしょう、1890-1973)。

そのとき、初めて名前を知りました。

地元の図書館にはなかったのですが、隣町の図書館に古今亭志ん生の落語をおさめたCDがたくさん置いてあったので、今度はそれらを片っ端から聞いていきました。

 

もう、夢中になりました。

腹の底から笑って、心の底から感嘆しました。

まさに、名人というのはこういうひとを言うんだと感動しました。

 

けれど、そこで困ったことが起きました。

それ以前に聞いて楽しんでいた落語の数々が、あっという間に色あせてしまったことです。

古今亭志ん生の名人芸を知ってしまったせいで、それ以前に楽しんで聞いていたものの多くが魅力を失ってしまいました。

 

あれ以降、ラジオから流れてくる落語を聞いてみても、たいてい、物足りなさばかりを感じるようになってしまいました。

 

それでも、幸い、私のなかで色あせない現代の落語家さんが、今のところ、ふたりいらっしゃいます。

古今亭志ん輔さん、そして、立川志の輔さんです。

 

クラシックのコンサート同様、素晴らしいと思うものについては、できるだけ「生」で触れて「体験」しておきたいので、このふたりの落語は実演を聞いておきたいとずっと思っていました。

そして、古今亭志ん輔さんについては、数年前、独演会に行って、その話芸に直に触れることができました。

 

ところが、立川志の輔さんについては、驚くほどチケットが手に入らない

この方のチケットが、これほど入手しづらいとは知りませんでした。

 

それがようやく、念願かなって、運よく独演会のチケットを手に入れることができました。

これから志の輔さんの落語会へ行く方のお邪魔にならないよう、ネタそのものについてはなるべく記述せずに、つづっていきます。

 

 

当日のプログラム

 

2023年4月8日(土)14:00@所沢ミューズ(マーキーホール)

お弟子さんによる「前座」
立川志の輔さんによる「新作落語」

(休憩)

お弟子さんによる「三味線」
立川志の輔さんによる「古典落語ー宿屋の富」

 

当日の「プログラム」と書いてしまいましたが、落語では「番組」というのを今回、はじめて知りました。

「本日の番組表はこちらです!」との係の人の声を聞いて、なるほど、ジャンルが変わると名前も変わるものだと感心しました。

 

その意味では、「休憩」もほんとうは「仲入り」です。

「なかいり」は、本来は「中入り」だけれども、お客さん(=人)がいたほうがいいということで、「仲」の字を好むと聞いたことがあります。

 

前座

 

最初は、お弟子さんによる前座の落語が一席。

立川志の輔さんのお弟子さんで、しかも、こうして前座を任せられるわけですから、ここまで来るだけでも大変だったでしょう。

こういう場を重ねて、だんだんと一人前になっていくんだと思います。

 

ただ、正直に書くと、これがそこまで面白くありません。

落語ですから、おもしろい話をしているはずなのに、どうして面白くないのか。

聞きながら考えていました。

 

やがて、その大きな理由のひとつは「予想できてしまうこと」ではないかと思い当たりました。

話の展開、つぎに来る台詞まで、たいてい予想できてしまう。

笑いをとりに来ている瞬間も、はっきりそれとわかってしまう。

 

フランスの大指揮者シャルル・ミュンシュ(Charles Munch, 1891-1968)が「予想されてしまうということ、これは芸術にとって致命的なことです」と語っていたのを思い出します。

彼は、それゆえにリハーサルを好まず、リハーサルを丹念にしたときでも本番ではまったく違うテンポで指揮したりしたそうですが、つまりは、芸術、ないし芸事において「即興」というものが、いかに強い一要素であるかというのを教えられます。

 

その点で、以前、欽ちゃんこと萩本欽一さんが、「笑いは“ その場で生まれる ”ものであって、あらかじめ準備して作っておくものじゃない」とおっしゃっていたのは金言だと思います。

昔のコント55号時代の映像を見ても、アドリブ中心でコントが展開されているのがわかります。

「即興」芸の最たるもののひとつだと思います。

 

そんなことを頭のすみでいろいろと考えているうちに、やがて前座がおわって、いよいよ立川志の輔さんの登場となりました。

 

 

まくら

 

落語というのは、本題に入る前に「枕」があります。

上手な落語家さんというのは、ほんとうに枕から上手です。

 

古今亭志ん輔さんの落語を聞きに行ったときもそうでしたが、今回の立川志の輔さんもうそうでした。

 

この枕での会場のひきつけ方、聴衆のこころの掴み方には、まったく脱帽してしまいます。

いろいろな雑談が繰り広げられるなかで、ちいさな笑い、大きな笑いが段々とつみかさねられていきます。

会場は、まさに、志の輔さんの手のひらの上でころがされているようでした。

 

そのなかに、さりげなく「こうしてここに座っていても、いろいろ考えているんでございますよ。弟子がつくった空気をどう打ち消そうとか」と、弟子の前座も笑いにつなげて、見事に救い上げてしまう巧さ。

あのひとことで、前座をやったお弟子さんも救われたでしょう。

きっと弟子がかわいいんだなと、師匠としての愛情を感じた瞬間でした。

 

形式の美しさ

 

今回、とくに強く感服したのが、その「枕」から「本題」への入り方です。

 

枕から本題へ入るときに、古典落語であれば、時代と場所が急に展開するので、「あ、ここから本題に入ったんだ」とわかります。

でも、前半は「新作落語」。

どこから本題に入っていくのか、そもそも、いま展開されている雑談が本題と関係しているのか、まったく予想できません。

 

しかも、志の輔さんは、わざと黙り込んだり、急に場面を展開させたりと、あたかも本題に入ったかのようなフェイントをかけました。

急に登場人物の会話がはじまったので、いよいよ本題に入ったのかと聞いていると、あっという間にオチがきて、ただのたとえ話だったのだとわかる、というように。

 

このフェイントを聞いていて、すぐに連想されたのが、ハイドン(Franz Joseph Haydn, 1732-1809)やモーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart、1756-1791)の交響曲などで聴かれる、見せかけの展開です。

たとえば、ソナタ形式などで、展開部がおわって、再現部に入ったかと思って聴いていると、実は再現部に見せかけた、もうひとつ別の展開部だったりというような。

 

いちばんわかりやすい例でいうと、ハイドンの交響曲第90番でしょう。

終わったかと思ったら、実は終わっていないという、ユニークなフェイントが仕掛けれらた作品です。

これには、サイモン・ラトルがベルリン・フィルハーモニーを指揮した、おもしろいライブ録音があります。

この日のお客さんは見事に引っかかっています。

 

( Apple Music↑ ・ Amazon Music などで聴けます)

 

こうした、「意外性」がもたらす精神の愉悦を、立川志の輔さんの落語の展開に感じました。

 

そうした展開や構成というのは、音楽における「形式」美にもつながるものであって、つまり、その意味で、やはり両者は「古典的普遍性」をそれぞれに持っているということになるのでしょう。

 

そして、この「意外性」というものは、落語にとって、とても大きな生命線であるように思います。

「そんな馬鹿な」という展開がまことしやかに進んでいくのが、落語の醍醐味のひとつであって、ありそうでないような、なさそうであるような話の数々に、わたしたちは人間の面白さ、真実を見ては、驚き、あきれ、そして、笑うわけです。

 

そして、「意外性」というのは、「予想されてはいけない」という精神の反映でもあって、その意味で、「即興」というものが、やはり重要な要素であるということになるのでしょう。

 

「枕」からの展開のあまりの見事さに、いろいろなことを考えさせられ、気づかされました。

 

 

古典落語

 

ただ、いっぽうで「古典落語」となると、そういうわけにはいきません。

 

もう話の展開はわかりきっているわけです。

どんなに突拍子もない話だったとしても、古くから何度も何度もとりあげられているわけで、誰が何をして、どんなことが起こるのか、落語を聞きに行く人はたいてい知っています。

 

予想外の話が、すでに予想されてしまっている。

偉大なる矛盾です。

 

この矛盾を解消できるかどうか、それがすなわち、名人か否かの分かれ目だと思っています。

 

そして、これは、クラシック音楽もまさにそうです。

ハイドンがいかに上手に、巧みに音楽的なフェイントをしかけていたとしても、すでに知れ渡ってしまっています。

モーツァルトが、どれだけ新鮮な発想にみちた音楽を生み出したとしても、もう何度も何度も演奏され、聴かれ、知り尽くされてしまっています。

 

ある意味では、同じことの繰り返し。

それが繰り返しではなく、新しい息吹として感じられるとき、その演奏をしているひとを名演奏家と呼ぶことになるわけです。

 

志の輔さんも、古典落語では、今回は「宿屋の富」でしたが、新作落語のときにはまったく感じさせなかった、ある種の「苦労」を感じさせました。

この「古典」に新しい息吹を吹き込もうと、懸命になっているのが随所で感じられました。

 

そんななかで、ふっと即興的なセリフが出てきては、それが新鮮な笑いを誘う。

古典に芽吹いた「新しさ」。

ああした瞬間は、名人芸としか言いようのない瞬間でした。

 

プラチナチケットであることに納得

 

ちょっと飛ばしてしまいましたが、仲入りのあとには「三味線」の演奏があって、この方も一門の方だそうで、会場をわかせました。

歌舞伎での三味線の使われ方の説明などがあったのですが、会場が「なるほど」とうなる場面がたくさんあって、なるほど、落語を聞きに行かれる方は、歌舞伎にも親しんでいらっしゃるのだと、それも興味深かったです。

 

そんなこんなで、幕が下りるころには、あっという間に2時間以上の時間が過ぎていました。

 

これでS席3,500円です。

この充実度、愉しさ、コストパフォーマンスの高さ。

クラシックの演奏家は、もっと頑張らなければいけません。

立川志の輔さんのチケットがプラチナチケットで、そうそう入手できないということに「ガッテン」して帰ってきました。

 

 

あとがき

 

私が以前、noteに投稿したもので「感謝の賞味期限は短い。だから私が気をつけていること」という拙文があって、そのなかに、私がたいへんなときにいつも助けてくれる親友を、年に数回、サプライズでコンサートに誘う話を書きました。

彼は私のコンサート選びに信頼を置いてくれているので、日程を合わせるために場所と日時だけは事前につたえますが、誰のどんなコンサートなのかは、当人はまったく知らないままに来てもらうという企画を、もう何年もやっています。

 

そして、今回は、この立川志の輔さんの落語を選びました。

「所沢ミューズ」という場所にも助けられました。

何といっても、普段から「クラシック」のコンサートが数多くやられている場所ですから、友人は何の疑いもなく、クラシックのコンサートだと思って来てくれました。

 

ホールの入り口に来て、いよいよ志の輔さんの落語独演会だとわかった瞬間には、落語好きでもある彼はとても喜んでくれて、かたい握手を交わしました。

これもまた、「意外性」のもたらす愉悦でしょうか。

 

実は、わたしに古今亭志ん生のことを教えてくれたのも彼です。

もっと言えば、今回、「立川志の輔さんのこともブログにつづっておきなよ」と背中をおしてくれたのも彼。

友だちというのは、ありがたいものです。

 

立川志の輔さんの独演会、次はいつチケットが手に入るでしょうか。

貴重な体験になりました。

 

♪落語の情報は載せていませんが、お薦めのクラシックコンサートを「コンサートに行こう!お薦め演奏会」のページでご紹介しています。

判断基準はあくまで主観で、これまでに実際に聴いた体験などを参考に選んでいます。

 

♪実際に聴きに行ったコンサートのなかから、特に印象深かったものについては、「コンサートレビュー♫私の音楽日記」でレビューをつづっています。

コンサート選びの参考になればうれしいです。

 

♪クラシック音楽にまつわるTシャツ&トートバッグをTシャツトリニティというサイト(クリックでリンク先へ飛べます)で販売中です。

 

♪このブログでは、オンラインで配信されている音源を中心にご紹介しています。

オンライン配信の音源の聴き方については、「クラシック音楽をオンライン(サブスク定額制)で楽しむ~音楽好きが実際に使ってみました~」のページでご紹介しています。

 

 

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