シリーズ「交響曲100」第41回のテーマは、
リスト作曲の「ファウスト交響曲」です。
「ラ・カンパネッラ」「ハンガリー狂詩曲」など、ピアノ曲で名高い大作曲家フランツ・リスト。
そうしたピアノ曲とちがって、「ファウスト交響曲って、名前は知ってるけど、まともに聴いたことないな」というクラシック・ファンは少なくないはず。
要はあまり人気のない作品なのです。。
ですが、それでも、この作品にふれる価値はおおいにあります。
この作品に触れることで、きっと、あなたのリスト観すら変わるはずです。
リスト観が変わりました
目次(押すとジャンプします)
ファウスト交響曲の誕生まで
「ファウスト」よりも「マンフレッド」
背景をみていきましょう
ドイツの文豪ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe、1749-1832)が生涯をかけて創作した作品、それが戯曲「ファウスト」です。
リスト(Franz Liszt, 1811-1886)に、この「ファウスト」を読むように薦めたのは、あのベルリオーズ(Hector Berlioz、1803-1869)だったそうです。
ふたりの出会いは、ベルリオーズの代表作となる「幻想交響曲」( ♫ 交響曲100 第32回 )が初演される前日のこと。
その折(もしくは、その少しあと)、ベルリオーズは「ファウスト」をリストに薦めました。
たいへんな読書家でもあったリスト。
薦められた「ファウスト」をさっそく読んでみたようです。
しかし、意外なことに、この時点ではゲーテの描く「ファウスト」像が、リストにはあまり響かなかったようです。
むしろ、バイロン卿(1788-1824)の「マンフレッド」のほうに好感を感じる、と述べたというリスト。
「ファウスト」に強く創作意欲を刺激されることはありませんでした。
シューマン、ベルリオーズ、ジョージ・エリオット‥
それから20年ほども経ってからのこと。
流れを変える出来事が、立て続けに起こります。
まず、1849年。
ゲーテ生誕100周年の記念年に、リストは、1歳年上のシューマン(Robert Schumann、1810-1856)の最新作「ゲーテのファウストからの情景」の部分初演を指揮することになります。
シューマンのこの作品は1853年に完成されるので、この頃はまだ作曲途中ですが、リストはたいへん感銘を受けたと手紙に書き残しています。
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そして、1852年。
リストに「ファウスト」をすすめたベルリオーズが、新作「ファウストの劫罰」を完成。
作品をリストに献呈をしてきました。
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さらに、1854年。
これら同時代の作曲家たちの刺激に加え、決定打になったとされるのが、イギリスの作家ジョージ・エリオット(George Eliot、1819-1880)との出会いです。
ジョージという男性のペンネームで作品を発表した、ヴィクトリア朝を代表するこの女性作家は、ゲーテ研究のためワイマールを訪れていました。
彼女と知り合い、ゲーテへの理解が急激に深まるリスト。
「ファウスト交響曲」のインスピレーションを得ると、作曲に没頭します。
そして、わずか2カ月。
演奏に70分前後を要する大作を、ひと通り書きあげてしまいました。
ゲーテとシラーの記念碑
丁寧な改訂が重ねられ、初演はようやく、1857年のこと。
現在もワイマールのドイツ国民劇場前にある、ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe、1749-1832)とシラー(Friedrich von Schiller, 1759-1805)の記念碑の除幕式の祝典で、リスト自身の指揮によりおこなわれました。
大成功だったと伝えられています。
ちなみに、この有名な像を制作したのは、ドイツの彫刻家リーチェル(Ernst Friedrich August Rietschel、1804-1861)。
ドレスデンの劇場前にある、作曲家カール・マリア・フォン・ウェーバー(Carl Maria von Weber、 1786-1826)の像も彼の作品です。
「ファウスト交響曲」解説
ストーリーは追わない
見ていきましょう
Eine Faust-Symphonie in drei Charakterbildern 「 3人の人物描写によるファウスト交響曲 」という題名の通り、この交響曲は、「ファウスト」のストーリーを追うのではなく、「3人の登場人物」を各楽章が描く形式をとりました。
第1楽章「ファウスト」、第2楽章「グレートヒェン」、第3楽章「メフィストフェレス」です。
第3楽章の終結部には「神秘の合唱」が置かれていて、“ ファウストの救済 ”が描かれます。
🔰はじめての「ファウスト交響曲」
初心者のための3つの鍵
ただ、冒頭にも書いたとおり、この交響曲は、現在そこまで人気がありません。
それはきっと、この作品が、ピアノの超絶技巧をものにしたリストならではの「複雑な和声」を背景に、非常に緻密、かつ、濃密に書かれているせいだと思います。
例えば第1楽章など、研究者によっては主題は「5つ」あるとされるほどで、作品の複雑さを感じさせます。
それでも、これは必聴の名曲。
この作品のなかに、お互いを刺激しあったワーグナー(Richard Wagner, 1813-1883)の響きはもちろんのこと、わたしは、後のチャイコフスキー(Pyotr Ilyich Tchaikov1840-1893)の「マンフレッド交響曲」などの響きを感じることがあります。
大作曲家リストの後世への影響の大きさを、まざまざと感じさせられます。
もともとリストは大好きな作曲家でしたが、この交響曲を真剣に聴いてみたときはじめて、「自分が考えていたよりも遥かに偉大な作曲家なんだ!」と思い知った経験があります。
とはいえ、とっつきにくい作品なのも事実。
ですので、少しでも興味を持っていただけるよう、それぞれの楽章に親しむ“ 3つのカギ ”を考えてみました。
①第1楽章冒頭の斬新さ
第1楽章「ファウスト」の冒頭は、暗く、うごめくような音型ではじまります。
分散和音の主題が、下降しながらくりかえされます。
楽譜で見ると一目瞭然なのですが、実はこの主題、音階上の12の音がすべて使われています。
現代音楽における「十二音技法」の先駆けという見方もあります。
私は、「あらゆる知識」をきわめ尽くしたいというファウスト博士の苦悩を、「音階上のすべての音」を使うことで象徴的に描写したものではないかと思っています。
②第2楽章がすべてを救う
「リストの書いた最もうつくしい音楽のひとつ」とされるのが、第2楽章。
ヴィオラの伴奏にのって、オーボエで歌われるのが「グレートヒェン」の主題です。
そして、この主題が、この交響曲全体を救済する主要主題となります。
リストは、この交響曲において「変形や変容」の手法を駆使しているのですが、例外的に、この主題だけは、大切に、そのままの姿でいつも登場します。
また、この主題を支えるヴィオラ伴奏の音型は、どこかグレートヒェンのまわす「糸車」のうごきを連想させます。
さらに、クラリネットとヴァイオリンが交互にあらわれるところは、「彼はわたしを愛している、愛していない、愛している、、」とグレートヒェンがファウストを想って花びらをちぎる場面を連想させます。
さまざまな描写も織り込まれた、愛らしい楽章になっています。
③第3楽章は、第1楽章の否定
この作品のフィナーレである第3楽章「メフィストフェレス」では、何と、新しい主題が登場しません。
第1楽章の主題の数々が、諧謔的に変容・変形されて、音楽が展開していきます。
これは、メフィストフェレスが「ファウストの否定」として存在していることを暗示します。
つまり、メフィストフェレスには自分がないわけです。
何もかもが「ファウストの否定」で成り立っているということで、第1楽章「ファウスト」の旋律がひたすらに変形され、音楽がつづられていいきます。
そして、やがて音楽は静まり、第2楽章「グレートヒェン」の旋律があらわれます。
変形と変容で満ちた第3楽章「メフィストフェレス」において、例外的に、いっさい変形されないのが、この「グレートヒェン」の主題です。
グレートヒェンの純粋無垢な愛だけは、「普遍的」であることを表しているのでしょう。
こうして、第1楽章がひたすら否定される第3楽章を、第2楽章が救済するという、非常に緻密で、詩的な情緒をたたえた構造を持っているのが、この交響曲の斬新さです。
そうした特徴は、リストが「交響詩」というジャンルの生みの親であることを思い出させるところです。
リストが「交響詩」という言葉を使い始めるのも、実は、「ファウスト交響曲」を一気に書き上げた年と同じ、1854年です。
音楽はだんだんと「グレートヒェン」の旋律で満たされていき、やがて、声楽がこのメロディーを引き継ぎます。
ファウストの「救済」が合唱によって表現され、音楽は崇高な救済を描き、幕となります。
私のお気に入り名盤
レナード・バーンスタイン指揮
ニューヨーク・フィル
レナード・バーンスタイン(Leonard Bernstein、1918-1990)はこの「ファウスト交響曲」を大切なレパートリーとしていたようで、複数の録音・録画が残っています。
この曲に親しむようになると、後年のボストン交響楽団との新録音のほうがあらゆる面で魅力的に感じられてくるのですが、どういうわけか、最初のうちはボストンとの新録音より、ニューヨーク・フィルとの旧録音のほうにずっと魅力を感じていました。
バーンスタインの若き情熱が、よりストレートに刺さってくるせいかもしれません。
ということで、この曲の魅力をまず最初に教えてくれた旧録音を、いちばん最初にご紹介しておきたいと思います。
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レナード・バーンスタイン指揮
ボストン交響楽団
こちらが、バーンスタインによる新しい録音のほう。
名盤中の名盤として有名な録音です。
表現の彫りが深くなり、この曲に親しめば親しむほど、旧録音よりこちらに魅力を感じるようになります。
バーンスタインがドイツ・グラモフォンに移籍して、記念すべき最初の録音となったものです。
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クルト・マズア指揮
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
ちょっと意外なくらい素晴らしいです。
マズアという指揮者は、見た目とは裏腹に、あっけらかんとした内容の音楽をやることが多い指揮者でしたが、この録音では、その音の軽さが非常にプラスに働いていて、複雑な音楽が非常に見通し良く演奏されています。
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