シリーズ〈交響曲100の物語〉

【交響曲100の物語】ベルリオーズ:幻想交響曲Op14~ある芸術家の生涯のエピソード

 

ベートーヴェンが亡くなって、まだたった3年しか経っていない1830年12月、フランスでまったく奇想天外な音楽が初演されました。

シリーズ《交響曲100》、その第32回はベルリオーズの『幻想交響曲』です。

作曲者自身の私小説風な音楽といってもいい、失恋体験から生まれた、青春と狂気の音楽です。

 

ある芸術家のエピソード

 

フランスに生まれた作曲家エクトル・ベルリオーズ(1803-1869)は、1827年、24歳のころ、パリにおいてイギリスの劇団が上演していたシェイクスピアの『ハムレット』を観に行きました。

そこで彼は、オフィーリア役を演じていた人気女優、ハリエット・スミスソンに一方的に激しく恋をしてしまいます。

 

その日から、彼はひたすら劇場に通いつめ、熱烈なファンレター、求愛の手紙を一方的に出したりするのですが、何といっても相手は人気女優であって、当時はまだ無名な作曲家だったベルリオーズなど数多いファンのひとりに過ぎず、まったく相手にされませんでした。

そして、そのイギリスの劇団はやがて一連の公演を終えて、次の公演地へ向けて、パリを去ってしまいました。

 

そこで、想いの届かなかったベルリオーズは、何か話題となるような音楽を作曲して、おおきな成功を収めることによって、女優スミスソンを自分に振り向かせようと思い立ちます。

 

最初はそうした熱烈な恋愛感情から開始された作曲ですが、だんだんと、自身の想いが拒絶されていることに対する憎しみの色も強まっていき、そうして、音楽史にも稀な、奇想天外なストーリーと奇怪な響きを持つ『幻想交響曲』が誕生しました。

 

 

奇想天外なストーリー

 

この『幻想交響曲』には、ベルリオーズ自身によって、楽章ごとの物語が説明された文章があります。

 

それによれば、その音楽が描くのは失恋した芸術家の物語。

その芸術家は、あるとき、失恋に苦しみアヘン自殺を図ります。

けれど、それは致死量には足りず、結果、彼は奇怪な夢を見ることになります。

その夢のなかで、彼は恋人を殺してしまい、さらにはギロチンで死刑になるという自分の処刑を目撃し、そして最後には、魔女たちがあつまってきて自分の葬式がおこなわれて、その狂乱のなかで曲は終わるというものです。

 

これがフランスの作曲家ベルリオーズが27歳のときに、自身の恋愛体験からインスピレーションを得て書き上げた『幻想交響曲』のプロットで、彼の代表作となっている音楽の物語です。

 

🔰初めての《幻想交響曲》

 

全部で5楽章です。
まずは、楽章ごとにストーリーをおおまかにご紹介します。

第1楽章「夢と情熱」:恋する芸術家の青春の音楽。
第2楽章「舞踏会で」:ある舞踏会の場面が描かれて、そこで芸術家は恋するひとを見かけますが、やがて見失います。
第3楽章「野の風景」:ある日の夕暮れどき、彼は野原で2人の羊飼いの笛の音のやりとりに、自分の恋愛を重ねて耳を傾けます。やがて、1人の羊飼いの孤独な音色へと変わっていく笛の音。雷鳴が遠くで鳴り響くなか、不安な終末をむかえます。

第4楽章からが夢の情景で、アヘン自殺を図ったあとの光景になります。

第4楽章「断頭台への行進」:夢の中で恋するひとを殺してしまった芸術家は、死刑となり、ギロチン台へ連れていかれます。
それを見に来る人々のお祭り騒ぎ、最後にはギロチンが落とされて、首が落ちる音まで描写されます。

第5楽章「ワルプルギスの夜の夢」:自分の葬式に魔女たちがあつまってきます。そして、そこへ自分が殺してしまった恋するひともグロテスクな姿になり果てて加わります。弔いの鐘がなりひびいて、魔女たちによる宴会が狂乱のなかに描かれます。

 

全曲をとおして、恋するひとの主題が何度もいろいろな場面で登場します。
このメロディーは、心理学の用語を応用して「イデーフィクス(固定概念)」と呼ばれています。

楽章ごとの聴きどころや、イデーフィクスについては、「ロジャー・ノリントンと学生オーケストラによるベルリオーズ:幻想交響曲の名演奏」という記事のなかで、YouTube動画をつかってご紹介していますので、初めてのかた🔰は是非、そちらを参考に親しんでみてください。

 

 

じっさいの恋の行方は

 

女優ハリエット・スミスソンを振り向かせるために作曲を始めたベルリオーズですが、実は、この作品を作曲中、マリー・モークというピアニストと出会い、彼女と新しい恋に落ちてしまいました。

《幻想交響曲》を完成・成功させ、さらには、フランスの若き作曲家たちが留学の権利をかけて競う《ローマ賞》も受賞するなど、作曲家として順風満帆なベルリオーズ。

彼は、このマリー・モークとの恋愛もうまくいき、それは婚約にまで至ります。

 

ところが、ローマ賞受賞による留学のためローマに到着したばかりのベルリオーズのところに、1通の手紙がとどきます。

それは、マリー・モークの母親からの手紙で、婚約の一方的な破棄、さらに、マリーは他の男性、ショパンが愛奏したことで有名な“ プレイエル ”というピアノ製作者の長男と結婚させる、という内容でした。

 

この手紙をもらったあとの行動について、ベルリオーズ自身が自伝のなかに書いているのですが、驚くことに、彼はマリー・モークとその母親、結婚相手のカミーユ・プレイエルの3人を殺して、そのあとに自殺をする決意をしたようです。

 

彼はピストルと毒薬、そして、変装して犯行をおこなうつもりだったのか婦人用の服などを買い込んで、ローマを出発します。

こうした激しやすい感情と制御のきかない行動は、彼の音楽にも如実に反映されていて興味深いところです。

 

やがてフランス国境あたりまできたところで、ようやくベルリオーズは我に返ったようで、幸い、わたしたちのベルリオーズは犯罪者として記録されることはありませんでした。

 

しばらくして、ベルリオーズはパリへと戻ります。

そして、あの女優ハリエット・スミスソンの劇団もまた、運命のいたずらなのか、再びパリへやってきていました。

 

 

彼女はベルリオーズの演奏会へ姿をあらわします。

その演奏会では、《幻想交響曲》の再演と、続編として書かれた《レリオ、生への帰還》の初演がおこなわれていました。

 

驚いたことに、というべきか、当然というべきか、人気女優のスミスソンは、ベルリオーズが自分に夢中になっていたことなどまったく知らず、たまたま、この演奏会に来ていたようです。

きっと、周囲の観客のおどろくような視線を不思議に思っていたことでしょう。

彼女はこの演奏会場でプログラム・ノートを読んで初めて、ベルリオーズが自分のことをテーマに作曲していたことを知り、実際、その音楽にはげしく感激して、まさに、ベルリオーズが夢見ていた通りの展開が訪れます。

 

ふたりはこの演奏会を機に交際がはじまり、1833年10月、ついに結婚にまで至ります。

それは、《幻想交響曲》の初演からおよそ3年後のことでした。

 

ただ、残念ながら、この結婚生活は幸福なものとはならなかったようで、3歳年上だったスミスソンとの生活はほどなくして別居生活に入り、ベルリオーズはスミスソンが病気のために亡くなったあとには、別の女性と再婚しています。

ふたりの馴れ初めのシェイクスピアになぞらえれば、『ロミオとジュリエット』でロレンス神父が言う言葉、「激しすぎる喜びは、その勝利の最中、終わりを見ないうちに命を落としてしまう」という言葉を思い起こさせる結末でした。

 

あまり私生活では幸福にめぐまれなかったベルリオーズは、後年、その再婚相手にも先立たれ、さらには女優スミスソンとのあいだに生まれていた長男にも先立たれてしまい、孤独な晩年を過ごすことになります。

 

 

私のお気に入り

 

ピエール・モントゥー指揮サンフランシスコ交響楽団、北ドイツ放送交響楽団

私がいちばん手に取る回数が多い幻想交響曲の録音は、どれもフランスの巨匠ピエール・モントゥー(1875-1964)が指揮した録音です。

ストラヴィンスキーの《春の祭典》やラヴェルの《ダフニスとクロエ》を世界初演したことでも名高いモントゥーは、端正な造形を誇る指揮者。

いっぽうで、とても劇的な表現を持ったひとでもあって、幻想交響曲の数種類の録音では、その驚くほどの表現力がみごとに刻まれています。

 

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

 

上のものは1950年代にサンフランシスコ交響楽団を指揮したもの。

そして、ちょっと音が悪くなるのですが、モントゥーの《幻想交響曲》のなかでもいちばん忘れがたいのは、彼が最後に録音した北ドイツ放送交響楽団との録音です。

表現の限りをつくしているといってもいい演奏が展開されています。

Apple Music ・ Amazon Music ・ Spotify  などで聴けます)

 

 

シャルル・ミュンシュ指揮パリ管弦楽団

シャルル・ミュンシュ(1891-1968)は、上のモントゥーと同じくフランス生まれの大指揮者。

彼は最晩年、フランスに誕生したパリ管弦楽団の初代音楽監督となって、歴史的な名演奏を繰り広げました。

 

音楽にとって、「予想される」というのは死を意味するという信念だったミュンシュは、リハーサルを好まず、即興的な創造性を重んじていました。

そのミュンシュ最晩年の輝きと天才が刻まれた、圧倒的な《幻想交響曲》の録音。

クラシック音楽のさまざまな録音のなかでも、いちばん有名な録音のひとつです。

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ロジャー・ノリントン指揮イギリス王立音楽院のオーケストラ

YouTube上には、それこそ数えきれないほどの幻想交響曲の録音録画があげられていますが、これはその頂点に位置する映像のひとつだと思っています。

あまりに素晴らしいので、以前、「ロジャー・ノリントンと学生オーケストラによるベルリオーズ:幻想交響曲の名演奏」という記事を書かずにいられなかった演奏。

ノリントンは先ごろ引退してしまったので、もうその実演に接することがないと思うとさびしい限りですが、彼のウィットに富んだ音楽表現がみごとに捉えられた、素晴らしい映像記録です。

 

 

クラウディオ・アッバード指揮ベルリン・フィルハーモニー

イタリアの名指揮者クラウディオ・アッバード(1933-2014)が、芸術監督を務めた名門ベルリン・フィルハーモニーの指揮台に最後にあがったときの録音です。

最晩年の彼らしく、第1楽章など、まるで一編の“ 詩 ”のような抒情としずけさで、透明に、繊細に、はかなく描き出されます。

これも忘れられない演奏です。

 

アッバードは、おそらくルツェルン祝祭管弦楽団ともこの曲をレコーディングしていて、CDの発売日まで予告されていたのですが、結局、発売はストップ、リリースされませんでした。

聴けるものなら、いつか聴いてみたい幻の録音です。

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エドゥアルド・ファン・ベイヌム指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

オランダの名指揮者エドゥアルド・ファン・ベイヌム(1901-1959)が1950年代に残した録音。

丁寧に彫琢された演奏で、モノラル録音ながら、名門コンセルトヘボウの美しさが際だちます。

 

繊細な息づかい、細やかなフレージング、有機的な発展と音楽的な熱狂。

完璧なアンサンブルなのに、決してスケールは小さくないという。

現代の音楽家たちはここからもっと学ぶものがあるのでは、なんて思ってしまう、第一級の幻想交響曲の録音です。

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

 

 

 

この曲が好きすぎて、ベルリオーズの《幻想交響曲》をモチーフにしたTシャツも作ってしまったので、よろしかったらご覧ください。

 

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