シリーズ〈交響曲100の物語〉

【交響曲100】シューマン:交響曲第1番変ロ長調『春』Op38~シノーポリのエピソードも

 

シリーズ《交響曲100》、その第36回はついにシューマンの登場です。

名指揮者シノーポリのエピソード

 

❝もし自分が死ぬようなことがあったら、葬儀のときにはこの美しい音楽を演奏してほしい。❞

イタリアの名指揮者ジュゼッペ・シノーポリ(1946-2001)は、ドレスデン国立歌劇場のオーケストラとシューマンの交響曲第1番『春』の第2楽章をリハーサル中、突然、そんなようなことを言ったんだそうです。

それからしばらくして、シノーポリはオペラの公演中、心筋梗塞で急死してしまいました。

 

そのとき、あのリハーサルでの言葉を思い出したドレスデンの楽団員は少なくなかったそうで、彼を追悼する演奏会では、メインのブラームス:『ドイツ・レクイエム』の前に、このシューマンの交響曲第1番『春』の第2楽章が独立して演奏されました。

日本で行われた追悼公演でも、やはりシューマンのこの音楽がブラームスの前に演奏されていたはずです。

 

プロフェッショナルなオーケストラが、こうして交響曲のひとつの楽章を抜き出して演奏するというのは、滅多にありません。

それを敢えて行ったところに、楽団員のシノーポリに寄せる哀悼と愛情が表れていました。

とても美しいプログラミングでした。

 

 

シューマンの『春』

 

ロベルト・シューマン(1810-1856)は、1838~39年にかけて、敬愛していたシューベルトのお兄さんを訪問します。

そのお兄さんの好意で、すでに他界していたフランツ・シューベルト(1797-1828)の仕事部屋を見せてもらい、その遺稿のなかから未発表の交響曲(交響曲第8番「グレイト」)の楽譜を発見します。

その音楽に心動かされたシューマンは、当時、指揮者としても活躍していたメンデルスゾーンに依頼して、1839年の3月に初演へと漕ぎつけます。

 

シューマン自身はその演奏会を聴いておらず、彼が実際に「グレイト」を耳にしたのは、1839年の12月の再演のときだったと伝えられています。

そして、この「グレイト」がシューマンに与えた衝撃が、シューマンを交響曲の作曲へと駆り立てる、ひとつの大きな要因になったのではないかと推測されています。

 

シューマンは、「グレイト」を初めて耳にした年の翌年、1840年に、天才ピアニストのクララ・ヴィークと結婚、幸福な新婚生活に入ります。

それまではピアノ曲ばかりを書いていたシューマンですが、その幸福を“ 詩 ”に託さずにはいられなくなったのか、その1840年に突然、歌曲を集中して作曲します。

特に結婚(9月12日に挙式)が目の前にせまっていた3~7月のわずかな期間に、『リーダークライス』作品24&39、『ミルテの花』、『女の愛と生涯』、『詩人の恋』という傑作歌曲集をいっきに書きあげていて、その溢れだす創造性はまさに天才の名にふさわしいものです。

この1840年は、シューマンの「歌の年」と呼ばれています。

 

一連の歌曲を書き終えると、シューマンの関心はより古典的な作曲技法にむけられたようで、妻のクララとともにバッハを研究したりして、そして、ついに1941年、ドイツの詩人ベトガーの詩に書かれた「 谷間には春が萌えている 」という言葉に強くインスピレーションを得たシューマンは、わずか4日間で(!)交響曲第1番のスケッチを書き終えます。

 

「万歳!交響曲が完成した」

シューマンは交響曲第1番「春」を書きあげたあと、日記にその喜びをストレートに書き残しています。

 

こうして、ピアノ曲や歌曲など室内楽の作曲家だったシューマンは、「交響曲」の作曲家として、新しい時代を切り開いていくことになります。

 

 

曲の特徴と構成

 

シューマンが“春の交響曲”として構想したこの交響曲。

当初はすべての楽章にまで副題がつけられていました。

第1楽章 : 春の始まり
第2楽章 : 夕べ
第3楽章 : 楽しい遊び
第4楽章 : 春たけなわ

あとになって、シューマンはこうした題名をすべて取り消していますが、固定のイメージを与えることを嫌って、出版段階で題名を消してしまう作曲家はけっこう多いです。

マーラーの交響曲第3番なども、当初はこまかく題名がつけられていましたが、あとになって外されています。

 

この曲の第1楽章の冒頭には、トランペットとホルンによるファンファーレがあります。

これは、あきらかにシューベルトの交響曲第8番「グレイト」の冒頭とおなじ手法で、しかも、かなり似た音型が採用されています。

シューマンにとって、シューベルトの「グレイト」がどれほど大きな体験であったかが、はっきりと刻まれている瞬間です。

 

初演の指揮をしたのは、あのメンデルスゾーン。

その初演の準備中、当時の楽器では冒頭のファンファーレがシューマンの望んだ響きにならないという技術的な問題がわかり、音を3度上げる修正が加えられたというエピソードが伝えられています。

これについては、時代とともに楽器が改良されたこともあって、後の世代に、例えば、作曲家のマーラー(1860-1911)はシューマンがもともと書いていた音にファンファーレを戻した、独自の「マーラー版」を作ったりしています。

シューマンのオーケストレーションについては、そのほかにも、オーケストラが厚すぎるなどなど、違和感を感じる演奏家は少なくないようで、特にマーラーがいろいろと変更をくわえた「マーラー版」は、現在でもさまざまな指揮者が採用しています。

 

 

ふたたび、シノーポリの思い出

 

あこがれに満ちていると同時に、どこか憂いを含んだ、この第2楽章を聴くと、どうしてもシノーポリのことを思い出します。

 

あれは2001年の4月の出来事だったので、もう20年も前のこと。

私があのニュースを知ったのは、渋谷のタワーレコードに立ち寄ったときでした。

 

ふと目に入った、急ごしらえのコーナーにあった「追悼 ジュゼッペ・シノーポリ」の文字。

今と違ってスマホなどがない時代ですから、あの文字で初めてシノーポリの急死を知って、心底驚きました。

というより、何かの間違いではないかと思い、その場にしばし立ち尽くしてしまいました。

彼は、まだ54歳の若さでした。

 

シノーポリは、指揮者・作曲家でありながら、大学では心理学や医学を学び、考古学の博士号まで持っていた異才の指揮者でした。

それでいて、演奏は情熱やロマンにあふれ、まったく冷たさのない音楽家。

 

デビュー当初はいかにもイタリア出身という、情熱的な指揮、切込みの鋭い解釈が特徴でした。

けれども、後年、深く沈み込むような、時には音楽がどこへ向かっているのかわからない、さまようような解釈へと変貌していきました。

 

私が初めて彼を知ったのは、まだ情熱あふれる指揮ぶりだったとき。

でも、それからしばらくして、NHKホールでベートーヴェンの第九の実演を聴いたときは、もう、停滞の音楽を奏でていました。

 

音楽が、そして、彼が、いったいどこへ向かおうとしているのか、よくわからない演奏でした。

釈然としないコンサートでしたが、それでも、今となっては、彼の実演に触れることができたということ、彼と同じ空間にいたということが、せめてもの慰めになります。

 

いずれにせよ、彼が類まれな名指揮者であったことは疑いのない事実で、もっともっと活躍してほしかった人でした。

 

そのシューマンの交響曲第1番「春」をシノーポリが指揮した録音が残っていますので、まずここにご紹介しておきます。

第2楽章だけでも、是非、聴いてみてください。

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

 

🔰初めての「春」

 

とてもわかりやすい音楽で、どの楽章も旋律が美しく、とっつきにくさは全くありません。

全4楽章で30分ほどの曲です。

快活な音楽が入りやすい方は、第1楽章や第4楽章から聴いてみてください。

ゆったりとした音楽が入りやすい方は、シノーポリも愛した第2楽章からどうぞ。

 

 

私のお気に入り

このブログでは、オンラインで配信されている音源を中心にご紹介しています。

オンライン配信の音源の聴き方については、「クラシック音楽をオンライン(サブスク定額制)で楽しむ~音楽好きが実際に使ってみました~」のページでご紹介しています。

 

シャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団

むかし、同僚で音楽好きのひとに「シューマンの交響曲第1番って、何か好きになれないんですよね」と言われたことがありました。

「だったら、騙されたと思って、これを聴いてみてよ」とCDを貸したのが、このシャルル・ミュンシュ(1891-1968)指揮ボストン交響楽団の録音。

わたし自身が、最初、他の指揮者のもので聴いて何となくピンとこなかったものが、このミュンシュの演奏を聴いた途端、霧が晴れたように、音楽がダイレクトに伝わってきて、それ以来、いちばんの愛聴盤になっています。

貸した方からも、「びっくりでした。一気にこの曲が好きになっちゃいました」と言葉をもらって、とても安心しました。

 

ミュンシュはフランス出身の大指揮者。

リハーサルを好まず、その場で生まれる即興的な音楽を愛しました。

このシューマンには、そうしたミュンシュの音楽がもつ、新鮮な生命力が力強く反映されています。

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

 

 

サー・エイドリアン・ボールト指揮ロンドン・フィルハーモニック

「隠れた名盤」です。

ちょっとマニアックなレーベルから出ているので、実際にCDを手に入れようとするとそれなりに大変なのですが、オンラインでは普通に配信されていて驚きました(!)。

イギリスの名指揮者エイドリアン・ボールトが指揮した、珍しいシューマンの録音。

聴いて驚きの、たいへんな生命力にあふれた、溌剌たる「春」の記録です。

抒情的な表現もうつくしく、爽やかなシューマンの青春を聴くことができます。

( Apple Music ・ Amazon Music ・ Spotify  などで聴けます)

 

 

クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮NDRエルプ・フィルハーモニー

YouTubeで公式に配信されている動画のなかでは、このエルプ・フィルハーモニーの動画がお薦めです。

ドイツ出身の名指揮者クリストフ・フォン・ドホナーニが指揮した、80歳目前でのライヴ映像。

第1楽章と第2楽章の描き分けなど、ハッとさせられる見事さです。

終楽章にいたるまで、その名声に恥じない、じつに立派なシューマンです。

 

 

 

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