昨年2022年に新しく誕生した「パシフィックフィルハーモニア東京」が、今年2023年になって、いっそう注目すべきプログラムを展開しています。
今回は、日本を代表する指揮者の尾高忠明さんが指揮台にあがって、得意のイギリス音楽を指揮するという公演を聴いてきましたので、それを聴きながら感じたことをつれづれにつづっていきます。
当日のプログラム
「第1回東京オペラシティ定期演奏会」
2023年7月2日(日)14:00@東京オペラシティ コンサートホール
(指揮)尾高忠明
ヴォーン・ウィリアムズ:トマス・タリスの主題による幻想曲
ディーリアス:歌劇「村のロメオとジュリエット」より”楽園への道”
(休憩)
エルガー:交響曲第1番 変イ長調 作品55
記念すべき「第1回」と銘打たれた、東京オペラシティでの最初の定期演奏会でした。
この楽団は、以前は「東京ニューシティ管弦楽団」という名前で活動をしていましたが、2022年に楽団名を現在の「パシフィックフィルハーモニア東京」に改称、あたらしいオーケストラとしてスタートを切っています。
私は今年の5月に、日本の最長老指揮者である外山雄三さんの指揮する公演を聴いて以来、このオーケストラを聴くのは2回目でした。
意欲的なプログラミング
この楽団に新しい風を感じるのは、まず何と言っても、その「指揮者とプログラミングの絶妙な組み合わせ」です。
今回の指揮者は尾高忠明さんで、プログラムは、尾高忠明さんが得意とするイギリス音楽をずらっと並べたもの。
イギリス音楽というのは、エルガーやホルストなどの一部の作品をのぞいて、日本において、まだ一般的な人気を博してはいない音楽です。
けれども、イギリス音楽を得意とし、実際にイギリスで活躍された尾高忠明さんが指揮台にあがるのだから、あえて、そのイギリス音楽をたくさん振ってもらう、そのオーケストラの姿勢におおいに私は打たれます。
そのときそのときの指揮者に、それぞれの得意とするプログラムを臆せず任せる、そこに、この楽団の意気込みを感じています。
空席に響くフレッシュな音
この楽団を今年の5月に初めて聴いたとき、わたしはとても良い印象を持ちました。
あのときは、指揮者の外山雄三さんの体調がおもわしくなく、前半の指揮台は空席の状態で演奏がおこなわれましたが、そこに響いたシューベルトの交響曲第5番は、とっても爽やかで、素晴らしいものでした。
この楽団の良さは、何といっても、その新鮮さ。
手垢にまみれていない、良い意味で職業臭くない、素直な音楽。
東京のほかのオーケストラでいうと、「東京シティ・フィル」を聴いたときに感じる清々しさと、とてもよく似た心地よさを感じます。
ですから、東京にまた、こうして素敵な音楽を聴かせてくれるオーケストラが誕生したことを素直に喜びたいですし、このブログを通して、少しでも多くの方に、その存在を知っていただきたいと思っています。
と、わざわざ書くのも、前回も今回も、会場に行ってまず驚くのが、その空席の多さだからです。
今回も半分以上の客席が空席だったように見受けられました。
これでは、きっと大赤字でしょう。
このブログで推しているジョナサン・ノット指揮する東京交響楽団のコンサートでも、どういうわけか会場の入りが8割前後という日があるのを考えると、この日本で、駆け出しの楽団が空席だらけというのは致し方ないことなのかもしれません。
でも、演奏を聴く限り、せめて6割は埋まっていて当然なのではと思ってしまいます。
もちろん、この楽団のすべてのコンサートがそういうわけではなく、人気のソリストが出るとなると完売公演もあるようですが、この楽団がこだわりを持って展開しているであろう本格的なプログラミングの公演は、あまり集客が成功していないように見受けられます。
メインディッシュはエルガーの交響曲第1番
この日のメインディッシュは、エルガーの交響曲第1番でした。
あまり知名度のない曲ですが、この曲は、このブログの最初の投稿をささげたくらい、私が特に大好きな作品で、このコンサートに出かけたのも、この曲を尾高忠明さんの指揮で実演を聴いてみたかったからです。
この曲は、本国イギリス以外では、あまり演奏される機会が多くはない作品で、レパートリーにいれている指揮者も実に少ないですし、また、実際、演奏そのものも独特な難しさがあると感じている名曲です。
例えば、冒頭の序奏部に、全曲を貫く中心主題が登場しますが、それがおわって、第1楽章の主部に入っていくところ。
ここは、ブラームスの交響曲第4番の冒頭のように、非常に演奏がむずかしいところだと感じています。
あまりにさり気なく第1主題がはじまるので、序奏部とのつながりが断絶してしまう演奏が多く聴かれます。
私は、イギリスの巨匠サー・ジョン・バルビローリ(Sir John Barbirolli, 1899-1970)の指揮した録音を好んで聴いていますが、あれほどの大指揮者ですら、非常にデリケートに、繊細に、注意してこの箇所を扱っているのが感じられます。
このコンサートでの演奏では、美しいところもたくさんありましたが、いまひとつ音楽の構成、楽曲の展開が捉えにくく感じられるところが多く、比較的展開が明瞭になる終楽章後半以降は安心して耳をかたむけられたものの、期待していたほどには楽しめませんでした。
聴きものだった前半のプログラム
というわけで、私にとってこの日の聴きものは、そのメインディッシュが置かれた後半ではなく、むしろ、前半の2曲でした。
それもとりわけ素晴らしく感じられたのが、1曲目のヴォーン・ウィリアムズ:「トマス・タリスの主題による幻想曲」Fantasia on a Theme of Thomas Tallisでした。
この音楽は、イギリス近代の作曲家レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ(Ralph Vaughan Williams、1872-1958)が1910年に書きあげた作品。
ルネサンスの作曲家トマス・タリス(Thomas Tallis, 1505?-1585)の音楽を主題とした幻想曲です。
弦楽四重奏、小さな弦楽合奏、大きな弦楽合奏という3つのグループを必要とする音楽で、その音響のちがいを駆使して、まるでパイプオルガンのような響きを実現させている音楽です。
よく、「音楽は生演奏に限る」というような話を聞きます。
わたし自身は、CDやレコード、ラジオなどで、たくさんの過去の名演奏をたのしんできたということもあって、「生演奏じゃないとダメ」という立ち位置ではないのですが、それでも、この「タリス幻想曲」などは、まさに生演奏を体験すべき作品の筆頭だと感じました。
以前から、この曲の特異な音響効果を考えると、是非とも生演奏で体験したいと思っていたのですが、今回、ようやく念願かなって、初めて実演に接することになりました。
そして、ちょっとやそっとでは忘れられない、とても強い印象を受けました。
ヴォーン・ウィリアムズの音楽が放つ、静謐な美しさ。
3群の、大小さまざまな編成の弦から生み出される音響の神聖さ。
コンサートホールがまったく神聖な空間に変貌して、教会のなかにいるかのような錯覚を覚えるほどでした。
「楽園賛歌」という傑作をのこしたイギリスの作曲家ハーバート・ハウエルズ (Herbert Howells、1892-1983) は、この「タリス幻想曲」の世界初演に遭遇、その音楽にショックを受け、その後の作曲活動に大きな影響を受けたそうですが、本で読んだその逸話を追体験しているような思いでした。
もう、ずっと昔から録音で親しんでいた作品ですが、こうして実演に接すると、どんなに一生懸命スピーカーに耳を傾けても汲み取ることのできない、会場で、実演で「体験」してこその名曲なのだと、思い知らされました。
パシフィックフィルハーモニア東京の弦楽器群もまた、曲の美しさを十分につたえる合奏で、その美しさにはずっと耳をひかれました。
この演奏だけでも、このオーケストラが多分に可能性を秘めた、美しい響きを持った楽団であると証明していたように感じます。
2曲目のディーリアスも、冒頭からまさにイギリス的な響きがしていて、もちろん、ディーリアスの作曲そのものの素晴らしさがそこにあるわけですが、それを見事に引き出した尾高忠明さんとパシフィックフィルハーモニア東京の響きに、感心させられました。
( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)
「タリス幻想曲」をご存知ない方は、是非、こちらの録音を聴いてみてください。実演で聴くとまた格別な美しさを感じられる作品ですが、このバルビローリ指揮の録音は、それでもやはり美しい、特筆すべき名録音です。
パシフィックフィルハーモニア東京
すべてのプログラムが終わったあとに、指揮者の尾高忠明さんが「この3曲を、この日のために仕上げたというだけでも大変なこと」とスピーチを行いました。
実際、そう演奏頻度の高くない3曲が並んでいたわけですから、その言葉の通りだと思います。
パシフィックフィルハーモニア東京、まだスタートしたばかりの楽団ですが、今後も、この果敢な姿勢を維持していただきたいと思いますし、日本の、もっと多くの聴衆がその価値に気づいて、ひとつでも多くの客席が埋まることを願っています。
おしまいに、今シーズン、これからの公演で私が注目しているものをピックアップしておきます。
■第2回東京オペラシティ定期演奏会
(公演詳細ページ)
2023.10月1日(日)14:00@東京オペラシティ
(指揮)鈴木秀美
(ヴァイオリン)佐藤俊介
メンデルスゾーン/交響曲第4番 イ長調 作品90 ≪イタリア≫
シューマン/ヴァイオリン協奏曲 ニ短調
シューマン/交響曲第4番 ニ短調 作品120 (1841年原典版)
■第160回定期演奏会
(公演詳細ページ)
2023.10月4日(水)19:00@サントリーホール
(指揮)飯森範親
(ピアノ)松田華音
越天楽 (近衛秀麿による管弦楽版)
ショパン/ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 作品11 (近衛秀麿編曲)
ムソルグスキー/組曲「展覧会の絵」 (近衛秀麿編曲)
■第2回名曲シリーズ
(公演詳細ページ)
2023.11月1日(水)19:00@東京芸術劇場
(指揮)汐澤安彦
グリンカ/歌劇「ルスランとリュドミラ」作品5より“序曲”
ボロディン/交響詩「中央アジアの草原にて」
ボロディン/歌劇「イーゴリ公」より “ポロヴェツ人の踊り”
チャイコフスキ−/交響曲第4番 ヘ短調 作品36
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読んでいただいて、ありがとうございます!
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判断基準はあくまで主観。これまでに実際に聴いた体験などを参考に選んでいます。
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