コンサートレビュー♫私の音楽日記

ジョナサン・ノット&東響「ばらの騎士」~音楽はここまで美しくなれるということ

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私が人生で体験できた、もっとも美しい瞬間のひとつになりました。

ジョナサン・ノットが指揮した東京交響楽団による、R・シュトラウスの歌劇「ばらの騎士」演奏会形式をつづります。

ほんとうに素晴らしい演奏会だったので、じっくりとつづっていきます。

ジョナサン・ノット(指揮)
東京交響楽団
R・シュトラウス:「ばらの騎士」
演奏会形式上演

 

今年はどうにも仕事が忙しく、思うようにコンサートに通えない1年を送っています。

12月に入っても忙しく。

そんななかでR・シュトラウスの長時間のオペラを聴きに行くのかと、少し気が重かったのですが、「おすすめ演奏会」のページでもご紹介している通り、“ ひょっとしたらひょっとするかもしれない ”という期待もあって、ミューザ川崎へ足を運びました。

 

第1幕

 

舞台上には、少し小ぶりのオーケストラ。

実際、ジョナサン・ノットが指揮棒を振り下ろすと、思った以上に抑制されたオーケストラが鳴り響きます。

 

なるほど、でも、これがコンサートホールにおけるR・シュトラウスのオペラの、最適解のひとつかもしれないと感じます。

 

一連のR・シュトラウスのオペラ・シリーズ第1弾となった「サロメ」では、オーケストラが響きすぎて、歌手が声を張り上げる結果となり、著しく美感を欠いていました。

第2弾「エレクトラ」では、今度は抑制がききすぎて、ドラマの起伏が損なわれていました。

 

声とオーケストラのバランスは、この第3弾「ばらの騎士」に至って、ようやく歯車がかみ合ったように感じました。

とっても素晴らしいことが始まろうとしている、そんな期待感が私のなかに生まれました。

 

ただ、そのいっぽうで、どうもオーケストラの響きがホールに散らばっているような印象があって、第1幕の中盤では、連日の仕事の疲れも出て、少しウトウトしてしまいました。

 

それが、第1幕の終盤になってからのこと。

文字通り、“ 目の覚めるような ”音楽が出現し始めました。

オックス男爵が去り、元帥夫人とオクタヴィアン、ふたりの場面でした。

 

元帥夫人の諦観が、やがて、だんだんとホールを静けさで満たしていきます。

そこで聴かせた、ジョナサン・ノットと東京交響楽団の繊細な響き。

まるで、時が止まったかのような静けさと美しさが、空間を支配していました。

 

これこそ、この繊細さこそ、今までの一連のシュトラウスに聴かれなかったものです。

 

3年待って、ようやく聴くことができた。

このコンビだから到達できる、絶対的なまでの美しさ。

 

やがて、第1幕の最後の音が鳴り終わったあとに、ホールを満たす美しい静寂。

こういう特別な一夜は、お客さんも素晴らしいもの。

ホールアナウンスで強制的につくられる静けさとはまったく次元のちがう、いたって自然で、人間的で、潤いのある、音楽的な静けさが客席に広がりました。

 

そのあとには、割れんばかりの拍手と喝さい。

まだ第1幕が終わったばかりでしたが、たいへんなものを聴いたという幸福感に私はつつまれました。

 

 

よみがえる往時の響き

 

20分の休憩をはさんでの第2幕。

 

冒頭のめまぐるしいまでの管弦楽の響きは、これもまたノット&東響の見せ場。

精緻で、それでいて表情豊かなアンサンブルが駆け巡ります。

 

2022年を頂点に、下降線に入ったように感じられたこのコンビが、この日、まちがいなく往時の輝きを取り戻していました。

 

第1幕からオーボエがとびきり美しいと思ったら、しばらく姿を見なかった首席の荒絵理子さんが吹いているようでした。

東京交響楽団は荒絵理子さんをぜったいに手放してはいけません。

彼女が入っていると、楽団の音の輝きが一段も二段もちがいます。

彼女のオーボエの音があるからこそ、今回の「ばらの騎士」がいっそう輝きを増していたのは、間違いありません。

 

あの第1幕の終盤以降、コンサート冒頭で感じた、オーケストラの音の散らばりは雲散霧消しました。

弦楽器の編成を抑えた効果は絶大で、歌手がうもれることはほとんどなく、また、ハープがとっても美しく、はっきりと聴こえてきたのも素晴らしかったです。

オーケストラからは、随所で息をのむような美しい、きらめくような響きが聴かれ、弦楽器の編成が抑えられていたとはいえ、ニキティン&小林のふたりのコンサートマスターが率いる、伸びやかな弦楽器群のカンタービレは十分なほどの迫力と魅力を放っていました。

 

さらに歌手が粒ぞろいで、元帥夫人を歌った名歌手ミア・パーションはもちろん、わたしは特に、オクタヴィアン役のカトリーナ・モリソンという歌手の、安定した歌唱にとても感心しました。

 

 

第3幕

 

第3幕がはじまると、通常、舞台上や舞台裏で別動隊によって演奏される居酒屋の楽団の音楽が、どうやらホールのスピーカーから流されていて、なるほど、現代の店内BGMのような響きとなって、特殊な効果をあげていました。

これはおそらく、ジョナサン・ノットのアイディアでしょう。

現代音楽に精通する彼のこと、マイクを通しての音響効果を知っているからこその発想です。

 

そして、この長大なオペラについて、あと、どうしても書いておきたいのは、やはり第3幕、それも“ 最後の三重唱 ”のことです。

 

“ マリー・テレーズ ”に始まる三重唱。

R・シュトラウスが自身の遺言で、自分の葬儀に演奏させたほどの音楽。

その始まりをつげる管楽器のハーモニーを、ジョナサン・ノットと東京交響楽団が、これ以上ないほど絶妙に響かせた瞬間、これから信じられないくらい美しい音楽が広がっていくのだと確信しました。

 

やがて、オクタヴィアンとゾフィーが歌う、あの「夢のよう」な二重唱が始まった瞬間、わたしはあまりの美しさに涙がこらえられなくなって、大粒の涙をこぼしました。

コンサートホールでここまで泣いたのは、生まれて初めてです。

 

精緻で、音だけで聴くと意外なくらいの複雑さが駆使されたこのオペラが、最後の最後で、ここまでシンプルな、まるで民謡や童謡のような歌に帰結するということ。

実際、R・シュトラウスと台本作家ホフマンスタールは、これを“ 狙った ”のであり、私はその術中に、素直に、心からはまります。

 

台詞のとおり、これは本当に“ 夢のよう ”な音楽的瞬間で、その美しさは信じられないほどでした。

 

声の美しさ、そして、それを包み込むオーケストラの美しさ。

ジョナサン・ノットは、そして、東京交響楽団は、この夢のような音楽を、最大限の美しさと最上級の繊細さでもって描きだしました。

 

このコンビが培い、生み出した、その最も美しい瞬間のひとつが、そこにありました。

 

音楽は、ここまで美しくなれるものなのだということ。

 

涙がとまりませんでした。

 

 

ラスト・シーズンへの期待が高まる

 

ひょっとしたらひょっとするかもしれない、と書きましたが、まさかここまでのシュトラウスが聴けるとは、まったく予想していませんでした。

 

ジョナサン・ノットは、2026年の3月で東京交響楽団のポストを去ります。

そのラストシーズンに向けて、期待が一気に高まりました。

 

ジョナサン・ノットと東京交響楽団に、ふたたび惚れ直す公演になりました。

 

 

演出にひとこと

 

そう、おしまいに、演出について少しだけ。

演出は、このシリーズではおなじみの、サー・トーマス・アレンが担当していました。

 

例のごとく、安心して見ていられる舞台です。

ただ、今回の演出に関して、一点だけ気になったところがあって、それは第3幕の終盤で元帥夫人とファーニナルが、オクタヴィアンとゾフィーを残して出ていく場面。

 

ここで、トマス・アレンは、オクタヴィアンではなく、ゾフィーがふたりを追いかけるという演出を行っていました。

 

おそらく、まだ純粋無垢なゾフィーが、オクタヴィアンという「男性」と二人きりになる、その不安感、幼さのリアリティーを描こうとしたのだと思いますが、これは通例通り、オクタヴィアンが元帥夫人に後ろ髪をひかれる、という演出のほうがしっくりくると感じました。

 

トマス・アレンの演出だと、一瞬、物語の視点がずれてしまう違和感が感じられたからです。

このオペラは、やはり、元帥夫人の存在が大きな軸となる物語なのであって、その去り際であったとしても、焦点は元帥夫人にこそあるべきだと感じます。

 

 

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