クラシックにはいろいろな音楽の形式があります。
「協奏曲」だったり「歌劇」だったり。
そんななかで、オーケストラ・コンサートのプログラムに、いちばん多く登場する形式が「交響曲」です。
クラシックの歴史のなかで、とりわけ大作曲家たちが重視してきた音楽形式のひとつです。
それだけに、古今の作曲家たちによって星の数ほどの交響曲が作曲され、そして、今もまだ書かれ続けています。
今日からシリーズ〈交響曲100〉と題して、クラシックを聴いてみようという人に是非聴いてみてほしい交響曲を、およそ100曲ほどご紹介してみます。
その曲にまつわるエピソードなどをまじえ、おしまいには「私のお気に入り」というテーマでお薦めの演奏も紹介します。
クラシックを聴きはじめたばかりの人に、いきなりCDを買えというのは無理があると思うので、スマホなどですぐに聴ける、オンラインで配信されているものを中心に、そのリンクも貼っていきます。
是非、実際に聴いてみてください。
実は、クラシックのオンライン配信の検索機能はまだまだ発展途上で、リンクを探すのがかなりの重労働です。
その重労働は、音楽好きの私が喜んで引き受けます。
その私が探し出した名演奏を、どうぞ、すぐに楽しんでみてください。
さて、この記念すべきシリーズ第1回は、“ 交響曲の父 ”と讃えられる、オーストリアの作曲家ヨーゼフ・ハイドンの祝祭的な交響曲で始めていきましょう。
交響曲の父、ハイドン
「交響曲」というのは、簡単に言うと、ソナタ形式を含む、複数の楽章でできたオーケストラ曲ということになります。
第1楽章がソナタ形式、第2楽章には「歌」の音楽、第3楽章には「踊り」の音楽、第4楽章はフィナーレ。
というような形式が代表的なもので、これを豊かな音楽で、確かな形式として確立したのがハイドンです。
エピソード
今回紹介している作品は、1769年、ハイドンが37歳のころの作品。
ただ、『マリア・テレジア』という題名は、ハイドン自身がつけたわけではありません。
これはこの曲にまつわるエピソードから来ていて、当時ハイドンが仕えていたエステルハージの館を、あるとき、あの女帝マリア・テレジアが訪問したんだそうです。
その祝賀用に作曲・演奏されたというのがこの交響曲で、そこから、後世、この曲は『マリア・テレジア』というニックネームで呼ばれるようになりました。
ハイドンと「ニックネーム」
ハイドンの交響曲には、こうしたニックネームがついているものが30曲(!)ほどもあります。
これは他の作曲家にはあまりない、ハイドンの作品にとても多くみられる現象です。
みんなが「あだ名をつけずにいられない」というのは、とっても興味深い歴史的事実です。
それはつまり、ハイドンの作品数がとっても多いということもあります。
それとは別に、聴いている側がどうしても区別・分類せずにいられなくなるような「個性」を、一曲一曲が持っていたということの証しでもあります。
それぞれの曲が、ひとつひとつ、特徴、生命をしっかり持っているということです。
マリア・テレジアのはずだったけれど…
ただ、この交響曲に関しては、近年の研究で、どうもマリア・テレジアが来たときに作曲されたのはこの曲ではなくて、現在「第50番」と呼ばれている作品がそれにあたるのではないかと考えられています。
というわけで、この曲については、ニックネームと作品の関連性は、もはや無いに等しい感じになっています。
けれど、それでもこの名前が今も定着してしまっているのは、もちろんずっとそう呼ばれてきてしまったという時の流れが大きいわけですけど、音楽の内容、音楽の力も大きいはず。
つまり、曲の冒頭のファンファーレといい、その音楽がいかにも祝祭的で、湧き立つような性格をおびていることが大きく貢献していると思います。
マリア・テレジアもきっと、これを演奏してもらったほうが喜んだんじゃないのかと思えるくらい、壮麗で、華やかな響きをまとった輝かしい交響曲です。
ハイドンに親しむ、交響曲に親しむのに、とてもお薦めの音楽です。
🔰初めての『マリア・テレジア』
初めてこの音楽を聴くときは、まず第1楽章から聴いてみてください。
ハ長調の輝かしいファンファーレ。
その流れるような展開、たたみかけるような輝きの洪水は、ハイドンの天才をはっきりと証明しています。
彼は生涯に100曲以上の交響曲を書いていて、この曲のあともたくさんの交響曲をまだまだ書きます。
でも、仮にこの一曲だけで彼が作曲をやめていたとしても、歴史にその名前が残っただろうというくらい、すばらしい仕事をここに見ることができます。
私のお気に入り
《フランス・ブリュッヘン指揮エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団》
(AppleMusic↑、AmazonMusic 、 Line Music 、 Spotify)。
これは作曲当時の楽器、古楽器を使っている演奏。
でも、それだから推薦というわけではありません。
ブリュッヘンという人は実に楽曲の構成をしっかりと示してくれる音楽家だからです。
流麗な第1楽章のなかにも、さまざまなドラマを明滅させて多彩に聴かせてくれます。
この人は古楽器を使っても実にほどよい重量感があって、すっきりとしながらも要所要所で現代楽器に負けないくらいの迫力があります。
YouTubeで聴けるものでは、《マックス・ゴバーマン指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団》のものがとても素晴らしいです。
アメリカ出身で、バーンスタインのミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』の初演も指揮したというブロードウェイの指揮者です。
本当にやりたかった仕事はクラシックの王道の仕事だったのか、アメリカでの成功のあと、ウィーンでハイドンの交響曲をたくさん録音しています。
しかも、どれも演奏の質がすこぶる高いのが驚き。
隠れた名指揮者の遺産。
《サー・ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ》
(AppleMusic↓、AmazonMusic、Line Music、Spotify)は、いつもながら手堅い演奏で安心して聴いていられます。
このコンビは、アンサンブルといい、テンポといい、実に均整のとれた演奏をいつも展開してくれます。
安定した演奏を聴きたいときには、このコンビが間違いないので、名前を覚えておいてください。
《アンタル・ドラティ指揮フィルハーモニア・フンガリカ》
(AppleMusic↓、AmazonMusic 、 Line Music 、 Spotify)は、躍動感も十分に、とっても誠実な演奏をしています。
このコンビは、ハイドンの「交響曲全集」をレコーディングしたことでも名高く、しかも、100曲を超すハイドンの交響曲のどの曲でも、非常に高い水準の演奏を刻み込みました。
アメリカの《オルフェウス室内管弦楽団》
(AppleMusic↓ 、 AmazonMusic 、 Line Music 、 Spotify)は、よく練られた表現で洗練されたアンサンブルを聴かせてくれます。
指揮者を置かず、団員たちの合議でリハーサルを繰り返して演奏を深めていくという、民主主義を体現するような、非常にアメリカ的な団体。
そのほか、現代の巨匠指揮者リッカルド・ムーティがよく好んで指揮していて、演奏も輝かしくお薦めですが、残念なことにオンライン配信はされていないようです。
CDは、タワーレコードやAmazonで入手可能です。
さて、次回もハイドン。
彼の交響曲のなかでも、当時から大人気だったという交響曲第45番『告別』をご紹介します。