シリーズ〈交響曲100の物語〉

【初心者向け:交響曲100の物語】ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調Op92

 

シリーズ《交響曲100の物語》、第25回はベートーヴェンの交響曲第7番イ長調Op92。

ベートーヴェンにとって、第6番ヘ長調『田園』からおよそ4年後の新作交響曲の登場です。

 

クッションで耳を守る

1800年の交響曲第1番ハ長調から、だいたい2年に1曲は発表されていたベートーヴェンの交響曲ですが、ここでは3年以上、ほとんど4年近い月日が空きました。

それほどの時間が空いたいちばんの理由は、やはり「戦争」だったと考えられています。

 

前の交響曲第5番『運命』と第6番『田園』の同時初演からほんの半年ほどだった1809年の春、ついにナポレオン率いるフランスとオーストリアは戦争状態となってしまいます。

そして、まもなくナポレオン軍はベートーヴェンの住むウィーンに進軍。

 

いちばん戦闘が激しかった夜には、ベートーヴェンはその砲弾の爆音から少しでも耳を守ろうと、親類といっしょに避難した地下室のなかで、耳にクッションをあてて戦闘の止むのを待っていたそうです。

心の痛む光景です。

 

ハイドン去る

戦いの結果、ベートーヴェンの住むウィーンは、ナポレオン軍によって占領されてしまいます。

そして、その占領開始からわずか数週間後、交響曲の父とたたえられたハイドン、このブログの《交響曲100》のシリーズでも第1回からお世話になったハイドンが、77歳で世を去ります。

 

フランス占領下ではあるものの、追悼の式典は行われました。
記録によれば、ハイドンの親友だったモーツァルトの『レクイエム』が演奏されたようです。

そして、ハイドンによって見出されたベートーヴェンも、この式典に列席していただろうと推測されています。

 

 

戦争の終わり、創作の再開

一連の戦争は、それでもやがて終結の時をむかえて、人々に、そして、ベートーヴェンにも日常がだんだんと戻ってきます。

 

この頃には、あの『エリーゼのために』で有名なテレーゼという女性との恋愛もあって、私生活に明るさが見え始めます。

その恋愛はやはり結実することはなかったんですが、それでも周囲の助けや理解にめぐまれて、この時期には明るい響きの作品が目立って多く作曲されるようになります。

そして、ついに、7番目となる新作の交響曲の筆が進められます。

 

『ウエリントンの勝利』と同時初演

新作「交響曲第7番 イ長調」は、1813年12月8日、当時42歳のベートーヴェンの指揮により、ウィーン大学の講堂でおこなわれた戦争負傷兵のための慈善コンサートで初演されました。

コンサートの前半には『ウエリントンの勝利』が、後半には交響曲第7番が初演されるという、音楽史に残るような一日でした。

 

『ウエリントンの勝利』は大衆向けの、ある意味でエンターテイメントに徹したような作品でしたが、それに対して、後半に発表された交響曲第7番イ長調の方は、円熟期のベートーヴェンだから到達できる、たいへんな高みと深さを持つ傑作となりました。

 

 

舞踏の聖化

ベートーヴェンは前作の交響曲第6番ヘ長調『田園』では、通常4楽章で書かれる交響曲を5楽章に拡大、第3楽章から第5楽章までは切れ目なく演奏されるようにつなげ、さらには各楽章に表題までつけてみたりと、革新的な書法をいろいろと採用しました。

 

ところが、それから約4年後に完成された第7番は、そうした革新的手法で音楽を拡大するのではなくて、むしろ凝縮させ、古典的な純粋さを目指したようです。

 

とりわけ「リズム」が強い意志をもって響きつづける交響曲で、すべての楽章、すべての楽想で「リズム」が躍動的な前進性を帯びています。

このことから、のちの大作曲家ワーグナーはこの交響曲を“舞踏の聖化”と讃えました。

 

 

🔰初めてのベト7

全4楽章のうち、まずは、フィナーレの第4楽章アレグロ・コン・ブリオから聴いてみてください。
ベートーヴェンの数ある音楽のなかでも、とりわけ熱狂的で、ストレートな前進性に満ちた音楽になっています。

もう、ただただベートーヴェンの嵐のなかに飲まれていくしかない、凄い音楽が展開します。

 

つぎに聴いてみてほしいのは第2楽章。
記録によれば、初演のさいにアンコールされたのは、この第2楽章アレグレットでした。

大作曲家ワーグナーは、この楽章を“ 不滅のアレグレット ”と呼んで称賛しています。

 

この楽章をどういうテンポで演奏するのかは、指揮者によってずいぶん意見が分かれるところで、たくさんのエピソードが生まれています。

ゆっくりと演奏すると“葬送行進曲”のような響きになり、実際そうしたテンポが一般化していた時期があって、あるとき、オーストリア出身の名指揮者アルトゥール・ロジンスキー(1892-1958)は、大先輩であるイタリアの巨匠アルトゥーロ・トスカニーニ(1867-1957)が非常に速いテンポでこの楽章を指揮するのを聴いて驚き、「この楽章は葬送行進曲ではないのですか?」と質問したところ、トスカニーニは「葬送行進曲などではない。これはアレグレットだ」と一刀両断したそうです。

また、あるときは、オーストリア出身の巨匠ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989)が名門ウィーン・フィルとこの曲を演奏する際、第2楽章をゆったりと演奏させようとしたところ、リハーサルの段階からオーケストラが抵抗を示しました。
それでも本番、ゆっくりと指揮をし始めたカラヤンに対して、それを無視するかのようにウィーン・フィルは速めのテンポで音楽を進めていき、しぶしぶカラヤンのほうがオーケストラにテンポを合わせるという一幕があったそうです。

 

現在では速めのテンポのほうが一般化していますが、どちらが正しいという聴き方よりも、速いなら速い、遅いなら遅いで、その指揮者がそのテンポを選んだことによって、いったい何を聴かせようとしているのかに耳を澄ませてみると、同じ音楽からも実に様々なものを聴くことができます。

もしみんながみんな同じテンポで同じように演奏したら、それは本当にひどい世界です。

人間がみなちがっているのだから、ちがったベートーヴェンが生まれてきて自然なわけです。

 

私のお気に入り

カルロス・クライバー指揮バイエルン国立歌劇場管弦楽団
ドイツ出身の天才指揮者カルロス・クライバー(1930-2004)は、あまりの完璧主義ゆえに、後年になるほど指揮の回数が激減して、1年に1度指揮台に立つか立たないかというほどの人でした。

彼はこの曲をたいへん得意にしていて、何度も奇跡のような演奏を繰り広げました。
一度彼の演奏で聴いてしまうと、もう絶対に忘れられない、圧倒的な説得力とすさまじい勢いに飲み込まれます。

バイエルン国立歌劇場管弦楽団とのライヴ録音は近年ようやく公開されたもので、このコンサートの前半には、これもクラシック・ファンには有名な交響曲第4番変ロ長調の名演奏が繰り広げられました。

( Amazon Music↑ ・ Spotify などで聴けます)

クライバーにはこの曲の録音が複数あって、有名なウィーン・フィルとのスタジオ録音もありますが、いちばんのお薦めはアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団との映像。
まったく天才としか言いようのない指揮姿を見ることができます。

(画像はAmazon商品ページにリンクしてあります)

 

オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団
超快速テンポの雄がカルロス・クライバーとすれば、スロー・テンポで圧倒的なのは、巨匠オットー・クレンペラー。

大作曲家マーラーの直弟子であり、破天荒な生活によって晩年体が不自由になってしまって、そのせいでテンポがぐっと遅くなり、巨大な芸術を開花させた巨匠です。

クライバーの快速な音楽を聴いたあとに、是非、この滔々と流れる大河のようなベートーヴェンを聴いてみてください。

クレンペラーの大きな音楽、さらには、ありとあらゆる表現を飲み込むベートーヴェンの音楽の大きさを感じることができます。

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

 

本当はこちらのCD(画像はAmazon商品ページにリンクしてあります。EAN: 4988006767737 )に収録された、1968年のクレンペラー最晩年の演奏をいちばんお薦めしたかったのですが、まだオンライン配信がないようです。
こちらはさらにテンポが遅くなり、雄大な音楽を聴くことができます。

 

そして、こちらは最近発売されたブルーレイで、1970年に行われたクレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団によるベートーヴェンの交響曲全曲演奏会のカラー(!)映像。

マーラーの直弟子であるクレンペラーのカラー映像というだけで驚きですが、演奏もたいへん立派なもので言葉もありません。
第7番はもちろんのこと、全9曲が聴きどころです。

大袈裟な表現ではなく、人類の文化史にとって貴重な記録です。

 

ジョルディ・サヴァール指揮ル・コンセール・デ・ナシオン
近年、話題の古楽演奏といえばこちらになります。

ジョルディ・サヴァールはスペイン出身のヴィオラ・ダ・ガンバ奏者で、指揮者。
最近ベートーヴェンの交響曲全集を完成していて、そのなかからこの第7番などが正式にYouTubeで公開されています。

オーケストラの鳴りっぷりを聴けばわかりますが、このコンビはとても好調のようで、溌剌としたベートーヴェンを実現しています。
ぜひ、このコンビで来日して、その新鮮なベートーヴェンを体験させてほしいです。

 

 

朝比奈隆 指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団
日本を代表するマエストロ朝比奈隆(1908-2001)さんが残した最後のベートーヴェン交響曲全集から。
亡くなる1年前、2000年の演奏で、当時92歳での指揮です。

生涯現役で、90歳をこえても立って指揮することにこだわって、リハーサルですら椅子を使わなかったというのは有名な話です。

なんとも不思議な指揮者で、何も特別なことをしていないように見えるのに、出てくる音楽は非常に立派で、ある意味で日本人離れしたスケールを感じさせるものでした。

この交響曲第7番でも第1楽章の展開部といい、実に強い説得力を持つ、第一級のベートーヴェンが展開されていきます。

 

一般に言われているより当たりはずれの大きな方だった印象があって、私はブラームスやシューベルト、そしてブルックナーなど何度か実演を聴けたものの、残念ながら大当たりは聴けませんでした。

ただ、録音を通しては、ブルックナーとベートーヴェンの交響曲を筆頭に、今も聴くたびに凄い人だったと思わずにはいられない大指揮者です。

一度でいいから、実演で圧倒されてみたかったです。

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レナード・バーンスタイン指揮ボストン交響楽団
アメリカが生んだ巨匠レナード・バーンスタイン(1918-1990)の、生涯最後となったコンサートのライヴ録音。

彼は晩年にいたって、テンポが遅くなり、深く沈み込むような音楽を聴かせるようになりましたが、ここでは、それに加えて、音のひとつひとつを慈しむかのような、切々とした抒情まで感じられます。

 

この日は相当に体調が悪化していたなかでの指揮だったと伝えられていて、第3楽章では激しく咳こんでしまい、第4楽章のころにはもう動くこともままならず、アイコンタクトで何とか指揮を続けている状態だったそうです。

実際、録音を聴いてみても後半2楽章より前半2楽章のほうが音楽の密度がずっと濃くなっています。
そうしたことも含めて、記念碑的で、ひとりの偉大な音楽家の最後のモニュメントとして、後世への貴重な遺産が残されました。

バーンスタインらしい生命の輝き、強さとともに、ある種の静けさが同居していて、胸にせまる音楽が記録されています。

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