シリーズ〈オーケストラ入門〉

【オーケストラ入門:弦楽合奏】ドヴォルザーク:弦楽セレナード ホ長調 Op22~小さな試聴室

 

順風満帆な船出の時

ドヴォルザークにとって大きな転機となった年は、まさにこの作品が生まれた1875年。
オーストリア政府から国家奨学金をもらえることになったときです。

これは、才能に恵まれつつも経済的に困窮している若い芸術家たちに与えられるもの。
当時のドヴォルザークが稼いでいた年収の倍以上の額、それを5年間も継続してもらうことができました。

すでに交響曲も4番まで書き終えていたものの、まだまだ経済的に苦しかったドヴォルザーク。
ここでようやく安心して作曲に打ち込める環境を手に入れることになります。

この国家奨学金、その審査員にはドイツの作曲家ブラームスの名前もありました。
この偉大な先輩作曲家、ブラームスから才能を高く評価されたことで、彼の創作はいよいよ更なる追い風を受けることになります。

『スラヴ舞曲集』をはじめ、交響曲では第5番など、現在でも広く聴かれているような名曲の数々が、だんだんと姿を現し始めます。
この傑作『弦楽セレナード ホ長調』が生まれたのも、奨学金の受賞通知をもらったわずか3か月後のこと。
まさに順風満帆な船出のときでした。

弦楽セレナード

「弦楽セレナード」のジャンルで有名なのは、何といってもモーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』チャイコフスキーの『弦楽セレナード ハ長調』(1880年)、そして、ドヴォルザークの『弦楽セレナード ホ長調』(1875年)、それから、エルガーの『弦楽セレナード ホ短調』(1892年)

様々なセレナードがあるなかで、おそらくドヴォルザークが意識したのはブラームスのセレナード。
彼が大きく影響を受けた作曲家のひとりであるブラームスは、すでに1860年に2曲のセレナードを書いていて、また、その改訂版がちょうど1875年に出ています。
ただ、ブラームスのセレナードは2曲とも弦楽器のほかに管楽器も入る編成のセレナードです。

ドヴォルザーク33歳のときのこの弦楽セレナード、信じがたいことに、彼はこの大傑作をほんの2週間足らずで書き上げました。

🔰初めて聴く方へ

全5楽章という多楽章形式なので、初心者のかたは構えてしまうかもしれませんが、実際聴いてみればどの楽章も人なつっこいドヴォルザークの旋律にあふれているので何の心配もいりません。

特に、秋の季節に聴くのがいちばんしっくり来る音楽です。

第1楽章:Moderato(中くらいの速さで)
第2楽章:Tempo di valse(ワルツのテンポで)
第3楽章:Scherzo: Vivace(スケルツォ:活発に)
第4楽章:Larghetto(ラルゴよりすこし速く)
第5楽章:Finale: Allegro vivace(活発なアレグロ)

第1楽章の冒頭の旋律は第5楽章のおしまいにも帰ってきて、全体がひとつの円を描くような構成をとっています。
こうすることで全体がひとつの音楽としての有機的な関係を持つことができます。
“始まりに終わりがあって、終わりに始まりがある”というのは、人生の縮図である音楽にとって、とても大切な要素になります。

きっと第1楽章の冒頭から楽しむことができると思いますが、もし全曲を通して聴くのが難しければ、全ての楽章がそれぞれに個性を持っているので、いろいろな楽章を渡り歩いてみてください。
第2楽章なんてショパン(1810-1849)のワルツ嬰ハ短調そっくりな旋律が出てきます。
きっとドヴォルザークもショパンの美しいピアノ曲の数々に影響を受けていたんじゃないかと思います。

ブラームスはあるとき、自分はドヴォルザークがゴミ箱に捨てたメロディーを集めてくれば交響曲を1曲書けてしまうだろうと言ったことがあります。
このセレナードは、まさに先輩作曲ブラームスが認めたように“メロディーを生み出す天才”だったドヴォルザークの、その最良のものが凝縮されている曲のひとつです。
安心して聴いてみてください。

私のお気に入り

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニーによる1980年代の録音。
1980年代の晩年のカラヤンの演奏は総じて評価がやや低いようです。
けれど、私の耳にはそう聴こえていなくて、晩年のカラヤンが落とす音ひとつひとつの陰影が心に残ります。

ただ、ここまで繊細な音づくりになるとそれが伝わるのに物理的な難しさがあるのも事実で、私はこの演奏は古いLPレコードか、CD初期に出た西ドイツ初期盤(ブックオフで500円で買いました)のどちらかで聴いています。
最近売っているCDで聴いたときに、音が全然違っていたからです。

だから、かなり誤解されて1980年代の演奏が広まってしまっているんじゃないかというのが、晩年期のカラヤンの演奏について気の毒に思っているところです。
一応、オンライン配信のものをリンクしますが、できればLPレコードか西ドイツ初期盤のCDで聴いてもらえると、カラヤンとベルリン・フィルがやっている凄い音楽がしっかり伝わってくるはずです。
( Apple Music↓・Amazon MusicSpotifyLine Music などで聴けます)

 

サー・コリン・デイヴィス指揮バイエルン放送交響楽団の演奏。
イギリスのサー・コリン・デイヴィスは私の大好きな指揮者のひとり。
彼の最後の来日公演の全3種類のプログラムを聴きに行けたのは、本当に幸運だったと思います。

バイエルン放送交響楽団の弦がとっても柔らかに響くこの演奏は、コリン・デイヴィスのいろいろな録音のなかでも特に音楽の呼吸がしなやかなに感じられます。
コリン・デイヴィスの抒情的な表現が自然な形で記録された素敵な録音。
( Apple Music↓・Amazon MusicSpotifyLine Music などで聴けます)

 

パーヴォ・ベルグルンド指揮ニュー・ストックホルム室内管弦楽団の演奏は、始まってすぐに音がとってもきれいなことに耳が驚きます。
北欧の澄んだ空気、秋というより冬の澄み切った空気を感じさせる透明度。
ほんとうに、ほんとうに綺麗な音。
( Apple Music↓・Amazon MusicSpotify などで聴けます)

 

サー・ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オブ・セントマーティン・イン・ザ・フィールズも、テンポの揺れといい、やわらかな音楽の流れといい、とっても美しい演奏。
この名コンビは、おびただしい量のレコーディングを残していますが、特に聴くべき演奏のひとつが、間違いなくこれです。

このコンビの特徴がすべていい方に出た、出色の演奏。
( Apple Music↓・Amazon MusicSpotifyLine Music などで聴けます)

 

YouTube上にも、たくさんの室内オーケストラが動画をあげています。
なかでもノルウェー室内管弦楽団によるものが素晴らしい演奏。
柔軟なアンサンブルと、しなやかで自然な歌いまわしで耳を奪われます。

 

オンライン配信については、「クラシック音楽をアプリ(サブスク定額)で聴く方法」をまとめたページがありますので、ご覧ください。

 

 

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