コンサートレビュー♫私の音楽日記

久々の快音、ジョナサン・ノット&東響、オピッツのベートーヴェン・プログラム

 

とっても嬉しい一夜になりました。

もう1年ほど、何だか私のなかでパッとしなかったジョナサン・ノット&東京交響楽団のコンビ。

それでもコンサートに通い続けて、11月にして、ようやく彼らならではの音楽が戻ってきました。

その素晴らしいベートーヴェン・プログラムのことをつづっておきたいと思います。

当日のプログラム

 

2023年11月11日(土)18:00@サントリーホール

ベートーヴェン:
ピアノ協奏曲第2番変ロ長調

piano,ゲルハルト・オピッツ
(休憩)
ベートーヴェン:
交響曲第6番ヘ長調「田園」
( ♫ 鑑賞ガイド )

 

オール・ベートーヴェンのプログラムでした。

ピアノ独奏はゲルハルト・オピッツ、今年、御年70歳。

ドイツ正統派のピアニストとして名高い方で、今月の東京交響楽団は、オピッツをソリストに迎えたベートーヴェンのプログラムが2種類も組まれています。

 

オピッツとのピアノ協奏曲第2番

 

数年前、オピッツがシューマンとブラームスを弾くソロ・リサイタルを聴きましたが、そのときの演奏は、あまりに枯れ切ってしまったというか、妙に達観し、老け込んでしまった印象で、それ以来、オピッツの演奏会は敬遠していました。

そうしたことから、今回の協奏曲も不安な気持ちで聴き始めました。

 

確かに、力感といったものはほとんど感じられませんでしたし、技術的には、おっとりとしたところが随所に見られましたが、それらを補って余りある、雑味のない、美しく澄んだピアノの音には、現在のオピッツの境地が感じられました

オピッツが、ここまで音の美しいピアニストだったなんて、あのときのリサイタルは何だったのかと、まったく別のピアニストを聴いているようでした。

ジョナサン・ノットが共演を熱望したというのも納得の、その名声に恥じないピアニズムを聴くことができました。

 

ベートーヴェンの2番という、まだ20代だった作曲家による、モーツァルトの影響も色濃く感じられる作品だったことも、また、相性がよかったのかもしれません。

ベートーヴェン弾きとして名高いオピッツですが、このピアノを聴くと、モーツァルトこそ聴いてみたいと感じさせられました。

 

いつか、もう一度、彼のソロ・リサイタルに出かけてみたいと思いなおしました。

 

 

黄金コンビ、復調の兆し?

 

それに、このピアノを支えたジョナサン・ノット東京交響楽団の伴奏の見事さがまた、聴きものでした。

ここ1年ほど、どういうわけか大味な公演が連続していたように感じていましたが、冒頭のオーケストラのみの提示部から確固たるアンサンブルが聴かれて、ほっとしました。

 

久々に「東京交響楽団を聴いている!」という感じがして、弦楽器の艶やかな音、管楽器群の溶けあう音の美しさに耳をすましました

こうして素晴らしいベートーヴェンを聴いていると、こうした古典派の作品をじっくりと取り上げることで、アンサンブルを整え直していくことも有意義なのではないかと思いました。

 

もしかしたら、来シーズンのプログラムが例年になく落ちついていて、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンなどの作品が普段のシーズンより目立つのは、そうしたことと関係があるのでしょうか。

 

 

ノットのベートーヴェン:「田園」

 

メインディッシュは、ベートーヴェンの交響曲第6番ヘ長調「田園」です。

 

予想通り、ジョナサン・ノットは非常に快速のテンポで、アプローチとしては、古楽折衷というような、ピリオド・スタイルを織り交ぜた音楽を展開しました。

オーケストラの編成は小ぶりで、非常にコンパクトなベートーヴェンを描き出していました。

こうしたアプローチは、ジョナサン・ノットがいちばん最初に年末の第九を振ったときに最も成功していたように思いますが、まさにノットならではのベートーヴェンが聴かれて、とても面白いです。

 

 

そして、これも予想通り、随所で、非常に独特なレガートやテヌートの表現が聴かれました。

ブラームスやチャイコフスキーを指揮しても出てくるノットの独特な表現で、私は何度耳にしても、そこに共感や説得力は感じないのですが、それでも、耳が興味をうしなわずにいられるのは、やはりこの指揮者が楽曲の構成、音楽の展開に非常に誠実だからです。

 

たとえば、第1楽章の提示部を、ジョナサン・ノットはしっかりと繰り返しましたが、その繰り返すときの、ほんのちょっとした“ 間 ”が非常に秀逸で、提示部が繰り返されるのだとはっきりとわかる、とても美しい間をとっていました。

こうした点で、やはり、彼は紛れもなく、現在の数少ない、非常に優れたシンフォニー指揮者のひとりです。

 

コンサート前に心配していたオーケストラのアンサンブルは、前半と同様に非常に秀逸なままで、第1楽章、第2楽章と、まさに美しい音楽の連続でした。

ジョナサン・ノットが快速なテンポを要求して、さらには、弱音を重視した響きをオーケストラに求めていたせいで、とりわけ管楽器は吹きにくい場面が多かったと思いますが、美しいアンサンブルが随所で聴かれました。

 

 

ジョナサン・ノットの古典的抑制

 

面白かったのが、躍動的な第3楽章につづく、第4楽章「雷雨、嵐」のところ。

ティンパニが鳴り響き、ダイナミックな音楽が展開したところで、一瞬、グルック(Christoph Willibald Gluck, 1714-1787)のオペラのような、劇場音楽の一場面が頭のなかをよぎりました

 

考えてみれば、この音楽の「劇」的な構成から、そうした関連が多少あってもおかしくはないし、今までさんざんピリオド楽器のオーケストラで聴いたときに、そうしたことを感じてもよかったはずですが、ジョナサン・ノット指揮する東京交響楽団の演奏から、初めてそういう印象を与えられたというのが面白かったです。

きっと、ピリオド・スタイルの響きが混在していたこと以上に、ノットの描く第4楽章に、ある種の「抑制」が効いていて、「古典」的性格をより強く感じさせられたせいかもしれません。

 

この革新的な交響曲、どちらかというと、その未来にあるベルリオーズ(Hector Berlioz、1803-1869)、リスト(Franz Liszt, 1811-1886)、マーラー(Gustav Mahler, 1860-1911)といった天才たちの予感を感じさせる傑作から、むしろ、その前の時代、古典派初期の劇場音楽を連想されせられたことは、とても興味深いことでした。

 

 

まさに「喜ばしい感謝の気持ち」

 

音楽はやがて第5楽章「牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」へと続き、ここでも、このコンビの美しい響きがホールに広がりました。

ジョナサン・ノットは、複雑な近現代作品に強い、とても知的なアプローチをする指揮者ですが、それでいて、音楽が人間味を失わないのは、ボーイ・ソプラノとして活躍したこともある人らしく、音楽の「歌う」要素をとても大切にしているからだと感じています。

 

このフィナーレでも主題の「歌謡性」を、とても大切に扱っていました。

ベートーヴェンが、どうしてこの音楽の結論であるフィナーレに、ある種の素朴さをもった旋律を軸としたロンド形式を採用したのかが感じられる演奏でした。

 

まさに、久々の快音。

このコンビの黄金時代が決して過ぎ去ったわけではないことを感じさせられた、とても嬉しい一夜になりました。

ほんとうに、私にとっては、待ちに待った、彼ららしい音楽との再会でした。

 

演奏後、コンサートマスターのニキティンさんが、普段以上に誇らしそうに、確信に満ちた表情で拍手を受けていたように感じたのは、私の勝手な見方でしょうか。

 

ジョナサン・ノットは、来シーズンの12月、ほとんど1年後になりますが、ベートーヴェンの5番、いわゆる「運命」を取りあげることになっていて、俄然、その公演も楽しみになってきました。

 

音源紹介

 

ステージにマイクが立っていたので、このコンサートもまた、後日、レコーディングされたものがリリースされるのかもしれません。

ノットの「田園」という点では、スイス・ロマンド管弦楽団を指揮した公式の映像が、YouTubeで配信されています。

このスイス・ロマンドとの2018年の演奏は、今回の東京交響楽団との「田園」と比べると、はるかにスタンダートなアプローチになっています。

 

東京交響楽団との「田園」は、これよりテンポがずっと速く、スリリングなアンサンブルのやり取りが散りばめられていました

オーケストラの質の違いというよりは、近年、ノットのアプローチがより個性を強く押し出してきているということだと思います。

 

ジョナサン・ノット&東京交響楽団のコンビによる最新のリリースは「ショスタコーヴィチの交響曲第4番」で、「ショスタコーヴィチ:交響曲第4番」ジョナサン・ノット&東京交響楽団(Amazon)はCDでのリリースのほか、すでに、オンライン配信も始まっています。

( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

2022年10月16日、ミューザ川崎シンフォニーホールでのライヴ録音です。

これは、このコンビを象徴する、記念碑的なレコーディングだと感じています。

 

 

 

 

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