シリーズ〈交響曲100の物語〉

【初心者向け:交響曲100の物語】モーツァルト:交響曲第36番ハ長調K.425『リンツ』

 

シリーズ〈交響曲100〉、その第7回です。
しばらくモーツァルトが連続していますが、それだけ立て続けに傑作を生みだしていたということです。
前回のハフナー交響曲にひきつづき、今回もモーツァルトの傑作。

4日で書いた傑作

モーツァルトはザルツブルクへオーストリアのリンツという街に滞在したとき、ある伯爵から新作の交響曲を依頼されます。
1783年10月31日のことでした。

ところが、その伯爵との約束の演奏会は11月4日。
そのとき、事前に用意していた手持ちの新作がなかったモーツァルト。
結局、新しい交響曲をわずか4日で仕上げました。

 

演奏者用のパート譜などを用意したことを考えれば、3日かそれ以下で書いたということになるでしょう。
モーツァルト自身が「手持ちの交響曲がないから急いで作曲しなければなりません」と父親に手紙を出しています。

そうして書き上げられたのが傑作、交響曲第36番ハ長調K.425で、作曲された場所にちなんで『リンツ』という愛称で呼ばれています。

ハイドンとモーツァルト

たった4日で書かれたのに、新しい試みがあるのも驚くところ。

まず、第1楽章にアダージョの序奏がつきました。
モーツァルトの交響曲では初めてのことで、この後、第38番と第39番でもこの手法を使うことになります。
これは、先輩作曲家ハイドンの影響と考えられています。

逆に、この曲がハイドンに与えた影響と考えられているものがあって、それが第2楽章アンダンテ。
モーツァルトはこの曲の第2楽章で、トランペットとティンパニーを使いました。
当時の楽器の性能面での制約から、通常、静かな楽章で使われないこの2つの楽器を、あえて使用しています。
あの頃の聴衆には、そうとう驚きの効果を上げたと考えられています。

 

そして、この『リンツ』の数年後、ハイドンは彼の交響曲第88番ト長調『V字』の第2楽章で、やはりトランペットとティンパニーを使用しています。
かなりの確率で、モーツァルトの『リンツ』から影響を受けたと考えられています。

この二人は年齢がずいぶん違うのに、こうしてお互いに認め合い、学びあうという、とっても刺激的な間柄だったようです。

 

どこへ行った、交響曲第37番?

前にご紹介したモーツァルトの交響曲第35番『ハフナー』から始まって、最後の交響曲第41番『ジュピター』までは“ 後期6大交響曲 ”として、モーツァルトの全交響曲のなかで特別な傑作群になっています。

第35番~第41番なら計算上7曲あるわけで、あと1曲はどこへ行ったかというと、「第37番」が数えられないことになっています。

 

というのも、モーツァルト研究が進むにつれて、交響曲第37番ト長調K.444がミヒャエル・ハイドン作曲の交響曲第25番にモーツァルトが前奏を書き加えただけだということがわかったからです。

ミヒャエル・ハイドンは、あの大作曲家ハイドンの弟。
演奏会に新作が間に合わないなど、何らかの事情があったのではないかとされています。

実はこの交響曲第37番もリンツ滞在中に書かれていて、そうなると、あの伯爵からの依頼、4日で新曲を書かなければならないという緊急時に用意されたのはこの第37番の方ではないかという議論が当然わきおこりました。

序奏を書き加えるだけなら、常識的に4日でも間に合います。
もう200年以上も愛され、演奏され続けている第36番『リンツ』のような大傑作。
それを、わずか4日で書くなんてさすがに神話だったのではないかという論争です。

 

しかし、近年の研究で、そこに使用された五線紙の紙質などから、やはり4日間で作曲されたのは交響曲第36番『リンツ』で間違いないという結論に至っているそうです。
神話は実話だったという。

モーツァルトの奇跡のような仕事の証明にもなっている一曲です。

私のお気に入り

この曲で忘れられないのはカルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルの映像です。
カルロス・クライバー(1930-2004)は年に一度指揮台に立つかどうかというほど演奏会の少なかった、完璧主義の天才指揮者。
このリンツ交響曲でも、天衣無縫な指揮ぶりでウィーン・フィルと最上のモーツァルトを奏でています。
公式な映像がYouTubeなどで見つけられなかったのでリンクはしませんが、私はリンツと聴くとすぐにこの演奏を思い出してしまいます。

 

オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏は、予想をくつがえす、爽快な速めのテンポ設定にまず驚かされます。
こうした曲想の捉え方の的確さには、本当に頭が下がります。
すごい指揮者です。

さまざまなトラブルで体が不自由になってしまったがために、遅く雄大なテンポを獲得した大巨匠が、ここでは颯爽と弾むようなモーツァルトを展開していきます。
特に、次にご紹介するビーチャムの演奏の第2楽章と聴きくらべてみると、この大巨匠がいかに現代的な、新即物主義な斬新なスタイルだったかに気づかされます。
( Apple Music↓・Amazon MusicSpotifyLine Music などで聴けます)

 

 

トマス・ビーチャム指揮ロイヤル・フィルの、神聖なそよ風に吹かれるような演奏はモノラル録音という壁をこえて印象に残ります。
第一楽章の前奏を聴いただけでも、その壊れやすいものに優しく触れるかのような精妙な音づくりに耳をひきつけられます。
イギリス最後の偉大な変人という異名を持つひとですが、ここに聴けるモーツァルトはまさに“ 偉大な ”という形容にふさわしい非常に折り目正しく、格調高いモーツァルト。
第2楽章なんて現代では聴かれないようなスローテンポですが、その静寂と一音一音が落とす余韻の美しさに、早すぎるモーツァルト晩年期の透明な音の世界を垣間見るようで脱帽の演奏。
( Apple Music↓・Amazon MusicSpotifyLine Music などで聴けます)

 

 

セルジウ・チェリビダッケ指揮ナポリRAI交響楽団の録音は1959年モノラル・ライヴ。
音楽は一回性の芸術として、録音を拒否していたチェリビダッケの、各地の放送局などに残っていた音源遺産のひとつ。

もっと良い音で聴きたいというところですが、この人の演奏は、やはり何を聴いても納得させられる完成度があります。
抑制され、統制された演奏。
磨き上げられた表現に耳を奪われていると、いつの間にかフィナーレで情熱の嵐に飲み込まれます。
圧倒的なクライマックスの造形。
( Apple Music↓・Amazon MusicSpotifyLine Music などで聴けます)

 

 

せっかくなので、いまや幻の作品といっていい交響曲第37番ト長調K.444もご紹介しておきます。
この第1楽章の冒頭1分半ほどの序奏部だけがモーツァルトの作品ということになります。
現在ではほとんど演奏も録音もされません。

エーリッヒ・ラインスドルフ指揮ロイヤル・フィルが1955、1956年に史上初のモーツァルト:交響曲全集を録音したときの演奏でご紹介。
( Apple Music↓・Amazon MusicSpotifyLine Music などで聴けます)

 

 

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