シリーズ《オーケストラ入門》、今回はドイツの作曲家ウェーバーによるオペラの序曲集です。
ウェーバーは『舞踏への勧誘』が有名ですし、このブログでは彼の珍しい交響曲もご紹介しましたが、何といっても彼はオペラの人。
オペラそのものにはまだ親しめない段階でも、オーケストラだけで演奏される序曲の数々はすぐに楽しめます。
オペラ入門という意味でも、是非、ウェーバーの数々の序曲に親しんでみてください。
ここでは、ウェーバーが完成させた最後の3つのオペラ『魔弾の射手』、『オイリアンテ』、『オベロン』の3つを取り出してご紹介していきます。
目次(押すとジャンプします)
代表作『魔弾の射手』
ウェーバーの代表作といえば、歌劇『魔弾の射手』です。
魔弾というのは、悪魔の弾丸、あるいは魔法の弾丸のこと。
この弾丸は悪魔の協力を得ると7発までつくることができます。
そのうちの6発は射手のねらったところにかならず命中しますが、残りの1発だけは、悪魔のねらったところに命中するという呪われた弾丸です。
また、この協力を悪魔に求めた人間は3年後に自分の魂を悪魔にささげなければならない約束があって、それが嫌ならば、期限内に別の人間を紹介しなければいけません。
ボヘミアの森を舞台に、狩人たちの恋愛にこうした悪魔がからんだファンタジーになっていて、ウェーバーが35歳になる1821年に初演されたオペラです。
このオペラは、モーツァルトが『魔笛』などで芽吹かせたドイツ・オペラを、この後に登場するワーグナーの巨大なドイツ・オペラ群へとつなぐ架け橋ともなった作品で、イタリア・オペラとはちがった個性を持った「ドイツ・オペラ」というジャンルを確立した、記念碑的な作品として評価されています。
ドイツ・ロマン主義、国民主義オペラのおおきな幕開けとして、現在でも人気の演目です。
オペラの最初にオーケストラだけで演奏される「序曲」が単独で演奏されることも多くて、日本を含め、世界中のオーケストラ・コンサートで非常によく取り上げられています。
《カルロス・クライバー指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団》
1年に1度指揮台にあがるかどうかだった、繊細な天才指揮者カルロス・クライバー(1930-2004)による代表的な録音。
こちらのアルバムはオペラの全曲版で、ウェーバーのオペラを聴いてみようという方にも第一にお薦めできる名盤です。
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『オイリアンテ』、そしてシューベルト
歌劇『魔弾の射手』の華々しい大成功からおよそ2年あと、ウェーバーが37歳になる1823年に、ウィーンで初演したのが歌劇『オイリアンテ』です。
アドラール伯爵とその妻オイリアンテ、自殺してしまった彼女の妹エマの亡霊などをめぐる、やはりファンタジックな物語ですが、初演時から台本の弱さが指摘されて、失敗におわってしまいました。
実際、現在でもこのオペラは、ほとんど上演されることがありません。
ただ、冒頭に演奏される「序曲」は傑作の誉れ高く、現在も世界中のコンサートで頻繁に取り上げられています。
《ジョン・エリオット・ガーディナー指揮ロンドン交響楽団》
イギリスの名指揮者ガーディナー指揮によるロンドン交響楽団の動画が公式に公開されていて、これがたいへん素晴らしい演奏です。
ガーディナー、日本にまったく興味がないのか、もう10年以上日本にいらしてません。
いつか生演奏で聴いてみたい方です。
この『オイリアンテ』の台本を書いたのはドイツの女流作家シェジーという人で、この大失敗の汚名を返上しようと、わずか2か月後には、当時26歳のシューベルト(1797-1828)に音楽を依頼して、『キプロスの女王、ロザムンデ』という別の演劇を同じウィーンで上演しています。
ですが、こちらも台本のまずさで早々に上演が打ち切られていて、現在はやはり、シューベルトの音楽だけが演奏され続けています。
シューベルトとウェーバーは、ウェーバーのほうが一回り年上。
お互いに知り合うことになりますが、どうも折り合いが悪かったようで、親しい間柄にはならなかったそうです。
『オベロン』
1826年、ウェーバー39歳のときの歌劇『オベロン』は、妖精の王さまオベロンとその妻ティターニアの口論で始まるファンタジー・オペラ。
これは海の向こう、イギリスのロンドンからの依頼に応じて書かれました。
ウェーバーは、当時すでに結核をわずらっていたようで、医師から安静をもとめられていましたが、作曲家につきものの「貧しさ」との闘いを家族のためにも終わらせようと、条件の良いイギリスとの契約を無理して結びました。
イギリスでの成功がもたらす富は、以前ご紹介したハイドンを思い起こせば納得のいくところです。
ただでさえ体調が悪かったのに、英語を話せなかったウェーバーは100回を超える英語のレッスンまでこなしたようです。
初演はウェーバー自身の指揮で行われて、「わたしの人生でいちばん素晴らしい成功」と奥さんに手紙を書くほどの大成功をおさめました。
けれども、医師の予告通り体調は悪化、それからわずか2か月とたたないうちに、ドイツへ帰れないままロンドンで亡くなっています。
そうして、この『オベロン』が彼の最後のオペラになりました。
ドイツ・オペラはその後、ウェーバーを尊敬していた大作曲家ワーグナーの出現で、ひとつの頂点をむかえます。
そして、そのワーグナーの尽力によって、イギリスに埋葬されていたウェーバーの遺骨は、その死から18年後にドイツへ帰還することになります。
《ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団》
これは『オベロン』序曲の名演奏を聴けるアルバム。
セル(1897-1970)はハンガリー出身の巨匠で、「オーケストラの外科医」と称された、精緻なアンサンブルで著名な指揮者です。
この『オベロン』は、完璧なアンサンブルとやわらかな表情が同居した、とっても素敵な録音。
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私のお気に入り
いろいろな指揮者とオーケストラによる「ウェーバー序曲集」というアルバムが出ていて、そうしたアルバムにはたいてい上記3曲はどれも収められています。
《オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団》
クレンペラー(1885-1973)は20世紀を代表する大指揮者のひとり。
波乱万丈な人生をのりこえて、晩年には体が不自由になりますが、そのこともあって指揮できるテンポがゆっくりになって、巨大な造形を手に入れた大芸術家です。
いろいろな名序曲を集めたこのアルバムには、ウェーバーの3曲の名序曲がすべて収められています。
クレンペラーは雄大な芸術を誇る指揮者ですが、メンデルスゾーンの『真夏の夜の夢』など、こうしたメルヘンチックだったりファンタジーに満ちた作品もたいへんうまくて、とっても魅力的。
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《ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー》
20世紀音楽界の帝王だったカラヤンによるウェーバー序曲集。
このアルバムの冒頭には、素晴らしい《舞踏への勧誘》の演奏も収められています。
ご紹介した3曲の演奏もどれも素晴らしくて、とくに『オベロン』の幻想的躍動感は聴きどころですが、そのほかの有名ではない序曲の演奏も堂々たるもの。
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《ジュゼッペ・シノーポリ指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団》
これはウェーバーの『魔弾の射手』と『オベロン』が収録されているアルバムで、残念ながら『オイリアンテ』は入っていません。
シノーポリ(1946-2001)はイタリア出身、作曲家でもあり、さらには医学や考古学も学んだという型破りな指揮者でしたが、54歳でオペラの指揮中に倒れ急死、当時はたいへんなニュースになりました。
彼の早すぎる晩年期のパートナーだったのが、このドレスデンのオーケストラ。
オーケストラからリハーサル時間を延長してほしいと請願が出るくらいの相思相愛ぶりでした。
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