首都圏にある9つの音楽大学からメンバーが選抜されて構成されているという「音楽大学フェスティバル・オーケストラ」を聴いてきました。
指揮は井上道義さん
音楽大学フェスティバル・オーケストラのことは、しばらく前から気になっていました。
とはいえ、音楽大学の学生があつまったオーケストラの演奏というのが、いったいどういうものになるのか、端的に言えば、面白いのかつまらないのかが読めなかったので後回しにしていました。
でも、今回は、2024年末での引退を表明している井上道義さんが指揮台にあがるということで、まさに「一期一会」というべきコンサートとなるはずですから、今回こそ良い機会のはずではと足を運んでみることにしました。
しかも、演奏される曲目がとても素晴らしいもので、それもまた、今回足を運ぶ大きな動機になりました。
以下がプログラムです。
2023年3月26日(日)15:00@ミューザ川崎
ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」
伊福部昭:シンフォニア・タプカーラ
(休憩)
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」
【アンコール】
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」のおしまいの部分
かなりヴァラエティに富んだものになっていますが、要は「踊り」「ダンス」がテーマということなんだと思います。
「音楽大学フェスティバル・オーケストラ」は、パンフレットによると、上野学園大学、国立音楽大学、昭和音楽大学、洗足学園音楽大学、東京音楽大学、東京藝術大学、東邦音楽大学、桐朋学園大学、武蔵野音楽大学の9つの大学からメンバーが選抜されているとのことです。
会場の拍手の音
開演時間になり、ステージに学生たちが姿をあらわすと、会場にあたたかい拍手がひろがりました。
その拍手を耳にした瞬間、なにかハッとさせられるものがありました。
普段のコンサートで耳にする拍手と、どこか音がちがっていると感じました。
「温かさ」が感じられる拍手でした。
きっと、学生の親類縁者の方もたくさんいらしているでしょうから、自然とそういう拍手になったのかもしれません。
あの拍手の音は、ほんとうに心があたたかくなる拍手で、これまでにあまり聞いたことがないような、でも、同時にとってもなつかしい感じもした、心に残るものでした。
そうしてステージに姿をあらわした学生オーケストラは、こちらの想像を超えてとってもフレッシュで、どこか躍動感のようなものまで感じられる姿。
演奏前からおおいに期待されました。
冒頭のシュトラウスからすばらしい
1曲目がヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」というのは、プログラムを見たときから素晴らしい選曲だと感心していました。
これが演奏を聴いてみて、なおのこと素晴らしいと感じました。
まず、「音楽大学のオーケストラというものがどれくらいの演奏レベルなのか」というところから興味と若干の不安があったわけですが、当たり前なのかもしれませんが、とっても上手です。
こんなことを書く必要はないのかもしれませんが、日本のプロ・オーケストラのいくつかは冷や汗をかくかもしれないくらい、それくらい上手です。
でも、さらに心をとらえられるのは、出てくる音が手垢にまみれていない、とっても新鮮な音だったということ。
変にできあがってしまった、凝り固まった音楽とはまだ無縁の、純粋な音楽のよろこびの発露があったということ。
「まだ」と書きましたが、これからも無縁であり続けることを切に祈ってやみません。
純粋な音楽への没頭が、安定した技術的支えのうえで成り立っているのですから、言うことはありません。
シュトラウスが始まってすぐに、「聴きにきてよかった」と心から思いました。
井上道義さんの躍るような指揮にドライヴされて、学生たちが心から奏でるヨーゼフ・シュトラウスのワルツ。
自然とオーケストラ全体が揺れているのが、見ていても心地よい、美しい光景でした。
そして、実際そこから生まれてきた音楽も、その旋律の歌い口といい、リズムの躍動、響きのまろやかさといい、聴きどころのたくさんあるもので、これまでに聴いた「天体の音楽」のなかでも特に印象深いもののひとつになりました。
1曲目から会場は大きな拍手につつまれました。
たいへんな勢いで演奏された伊福部昭
2曲目は伊福部昭:シンフォニア・タプカーラです。
管楽器のチューニングが終わって、次は弦楽器のチューニング、というタイミングで舞台袖から突然、指揮の井上道義さんが足早に登場して、弦のチューニングはなしで2曲目にそのまま突入しました。
あれは、そういう段取りだったのか、よくわからない展開でちょっと驚きました。
指揮の井上道義さんは、ちょっと前にもこの伊福部昭:シンフォニア・タプカーラをNHK交響楽団と演奏していて、私はそれをラジオを聴きましたが、やはりその時と同じように、スピード感あふれる伊福部昭が展開されていきました。
テンポがとても速くて、スピーディーで、とてもスタイリッシュな演奏。
井上道義さんはかなりユニークな指揮ぶりをされる方なので、学生オーケストラもその動きに上手にドライヴされて、凄い勢いで音楽が展開していきます。
第1楽章での弦のピチカートの切れ味に代表されるように、若さ溢れるオーケストラの演奏は見どころ満載です。
どの曲にも言えることですが、個々の技量も素晴らしく、素晴らしいソロがいくつもありました。
コンサートミストレスは吉澤萌依子さんという国立音楽大学の生徒さんで、選抜オーケストラのトップになるわけですから、さすがのソロを随所で聴かせていましたし、また、シンフォニア・タプカーラの第2楽章では、フルートがとっても美しい、鄙びた響きで印象的な音楽を奏でていました。
私はこのシンフォニア・タプカーラに「土の記憶」というか、大地を踏みしめるような、泥臭さを感じ取りますが、井上道義さんが描くシンフォニア・タプカーラは全くそうではなくて、とにかく勢いが凄くて、泥どころか人工的に整ったものを感じさせるもので、井上道義さんという指揮者は意外なくらい「都会的」な音楽家なんだと初めて気づきました。
そうしたストレートな解釈が学生オーケストラの若さと響きあう面白さは確かにあって、とにかく猛烈な演奏になっていました。
第3楽章もたいへんなお祭り騒ぎで、最後の音で全員が立ち上がるという演出までついていて、会場はもうたいへんな拍手に包まれました。
伊福部昭のシンフォニア・タプカーラは、なぜかレパートリーに入れる指揮者が非常に少ないので、こうして演奏されたこと自体、とてもうれしいことでした。
今後、いろいろな指揮者がいろいろなシンフォニア・タプカーラを聴かせる時代が来てほしいものです。
春の祭典
コンサートのメインディッシュは、ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」。
演奏に参加できる人数も増えますから、こうしたフェスティバルには大編成の作品がふさわしいです。
演奏の難度のちがいからか、前半のテンションの高さは少しおさえられて、腰を据えて演奏されているという風情でした。
冒頭の難度の高いファゴットからしっかりとしていましたし、曲が進むにつれて段々と熱を帯び、勢いも増して、ダイナミックな音楽が展開されました。
また、指揮の井上道義さんはそんなに細かく指揮をふるタイプではないので、この「春の祭典」で、あの指揮にしっかりと喰いついていけるオーケストラの優秀さはやはり素晴らしいものです。
盛んな拍手にこたえたアンコールでは、この「春の祭典」のおしまいの部分が繰り返されましたが、はだしで再登場した井上道義さんが役者さながらに生贄となる役を演じ、最後には舞台から転げ落ちる(飛び降りる?)という演出までつけて、会場は大盛り上がりでした。
井上道義さんの指揮
最近の学生は素直だという話をよく耳にしますが、実際、この日の演奏を聴いていても、そのことがすぐに頭をよぎりました。
こうした趣旨のオーケストラなので、毎年メンバーがちがってくるのでしょうから一概には言えませんが、今回のオーケストラについては、とても素直な学生が集まっていたオーケストラだったように感じました。
それゆえに、指揮者を映し出す「鏡」のような性格もあって、井上道義さんがのめり込めばのめり込むほどオーケストラも音楽の密度が濃くなるし、その反対もまた、そうでした。
たとえば、これはN響のラジオを聴いていても感じましたが、シンフォニア・タプカーラの第2楽章が尻切れトンボのようになってしまって、第3楽章とのあいだに断絶ができてしまうのは今回も気になりました。
そして、その第3楽章がとにかくお祭り騒ぎで、テンポがひたすら速く、熱くなればなるほど「空騒ぎ」のようになっていくのも、伊福部昭の作品がもつ泥臭さや寂寥感などをバッサリと切り捨てているように感じられて、たいへんなテンションで演奏されているがゆえに、もったいないようにも感じました。
ですが、井上道義さんは意図的に、そして、自然にそうなさっているのは確かで、意外なくらい都会的なセンスの指揮者なんだと感じました。
「春の祭典」も同様で、テンポの快適さも相まって、大地の音というより、もっと洗練された、アスファルトのようなものを連想させられました。
ディズニー映画「ファンタジア」で描かれた「春の祭典」の世界観に、とてもイメージが近い音が響いていたように感じました。
そうした点があって、私は感動するまでには至らなかったものの、いっぽうで、学生たちがあんなに伸び伸びと演奏できたのは、間違いなく、他ならぬ井上道義さんの指揮のおかげだったと思います。
井上道義さんは、現在76歳とのことですが、年齢からは考えられないくらいエネルギッシュな指揮ぶりです。
アンコールで舞台から飛び降りられるんですから、すごいことです。
この「エネルギッシュ」という点が、この日の井上道義さんの何よりも大きな特徴だったと感じました。
指揮の動きに非常に戯画的なところがあるのも、オーケストラの学生たちを上手に鼓舞することにおおいに貢献していたと思います。
井上道義さんの巨大なエネルギーの塊を学生たちが受け止めて、まさに「フェスティバル」という名に相応しい、高揚感のあるコンサートが実現していました。
音楽大学フェスティバル・オーケストラは要注目!
初めて聴いた音楽大学フェスティバル・オーケストラの公演は、大満足のコンサートでした。
心躍る瞬間がたくさんある、新鮮な音楽に満ちた音楽のひとときでした。
音大生によるオーケストラの演奏は、野球でいう「甲子園」のようなすがすがしさがあって、晴れ晴れとした気持ちにさせられます。
また、学生オーケストラというものが、これほど指揮者の個性をはっきりと映し出すというのは発見で、その点で「指揮者」がよくわかるという面白さもありました。
今後も、さまざまな名指揮者たちとの共演を聴いてみたいものです。
それも、ルーティンワークに陥っているような指揮者ではなく、こうした学生たちの前に立つにふさわしい、音楽の純粋な輝きを見失っていない名指揮者たちの登壇を期待したいです。
プログラム冊子には、次回、2024年3月30日(土)15:00@東京芸術劇場、31日(日)15:00@ミューザ川崎にて公演が予告されていて、指揮はフランスの名匠シルヴァン・カンブルランです。
マーラー:交響曲第10番の「アダージョ」を前半に、後半では、合唱団も各音楽大学から編成されて、ラヴェルのバレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲が予定されているそうです。
そう、それにチケットはなんとS席でも2000円です(!)。
「音楽大学フェスティバル・オーケストラ」は来年以降も、要注目のコンサートです。
このブログでは、お薦めのコンサートを主観的に選んで、「コンサートに行こう!お薦め演奏会」のページでご紹介しています。
また、実際に聴きに行ったコンサートのなかから、特に印象深かったものについては、「コンサートレビュー♫私の音楽日記」でレビューをつづっています。
コンサート選びの参考になればうれしいです。
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