お薦めの音楽家たち~ノット、スダーン&東京交響楽団

ノット&東響 清らかなるブリテン「戦争レクイエム」

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ジョナサン・ノット(指揮)東京交響楽団
ブリテン作曲「戦争レクイエム」

当日のプログラム

 

2025年07月21日(月・祝)
14:00@サントリーホール

ブリテン:戦争レクイエム op.66

ソプラノ:ガリーナ・チェプラコワ
テノール:ロバート・ルイス
バリトン:マティアス・ウィンクラー
合唱:東響コーラス
合唱指揮:冨平恭平
児童合唱:東京少年少女合唱隊
児童合唱指揮:長谷川久恵

ジョナサン・ノット(指揮)
東京交響楽団

ジョナサン・ノット、その清らかなブリテン

 

聴きやすさと、戸惑い

 

私がはじめてブリテン(Benjamin Britten, 1913-1976)の「戦争レクイエム」に接したのは、遠い昔、テレビでのこと。

白黒の映像で、ブリテン本人が指揮をしている映像でした。

 

画面のなかでBBCのナレーターが「彼がブリテンです」とか何とかいって、指揮台の上のブリテンがアップになったとき、まだクラシックを聴き始めたばかり私は鳥肌が立ったというか、白黒とはいえ映像ではっきりと映し出される大作曲家の姿に、強烈な印象をあたえられました。

肝心の作品のほうは、音楽経験も人生経験もまだまだの私には、さっぱり受け止めきれないものでしたけれど。

 

ただ、受け止めきれないなりにも、受けとったものはあるのであって、それは例えば、冒頭の静かな音型からもうかがえる、引きずるような、ただならぬ重苦しさ。

もちろん、そこには、白黒の映像が与える印象も加味されていたかもしれませんが、全編にただよう重苦しい雰囲気は、作品そのものの印象として、すっかり刷り込まれてしまいました。

 

それと比べると、この日、ジョナサン・ノットと東京交響楽団が聴かせた「戦争レクイエム」の冒頭は、重苦しさの一歩手前で踏みとどまるというか、どこかにさらりとした感触があって、作品がなにかの呪縛から解き放たれたような、端的に言えば「聴きやすい」という印象を与えられました。

と同時に、あのブリテンの自作自演で刷り込まれてしまった感覚が思い出されて、果たして、こんなに聴きやすい音楽だったろうか、と戸惑いもおぼえました。

 

♪ブリテン自作自演の「戦争レクイエム」

Apple Music ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)

 

この作品では、反戦詩人オーウェンの詩が典礼文をさえぎるように挿入され、それは音楽的にも、独立した小編成の第2オーケストラに伴われ、対照的な姿で展開されていきます。

 

この対比が象徴する“ いびつさ ”。

「戦争」というものを題材にしているのですから、それは当然“ いびつ ”であって然るべきで、その形式の創造性にも、ブリテンの天才を感じます。

 

もしノットがこれ見よがしにその“ いびつさ ”を強調していたなら、私が最初に感じた戸惑いは、すぐに不信感へと変わっていっただろうと思います。

けれども、ノットは節度を保ち、とても真摯に、それらを対比させました。

これは、本当に見事なバランスでした。

 

清らかなるもの

 

ラテン語の典礼文と、それに割り込んでくるかのような、オーウェンの辛辣な言葉。

そして、その両者にぴたりと寄りそうブリテンの音楽。

 

音楽は進み、やがて、作品がだんだんと合唱の清澄なひびきに傾斜しはじめたとき、ようやく私は、今回、この「戦争レクイエム」の演奏のなかでジョナサン・ノットがじっと見つめつづけていたものが、はっきりと感じられたように思いました。

それはおそらく、清らかなるものへの志向、澄みきった祈り、といってもいいかもしれないものです。

 

この作品が宿命的に背負っている怒り、重苦しさ、悲哀、不和、そうした、ある種のいびつさを強調するのではなく、それらを通してブリテンが志向したであろう「祈り」に、冒頭から一貫して視座を固定した演奏になっていたのだとわかりました。

なので、作品が終結部に至るにつれて、あぁ、来るべきところにたどり着いたのだ、という深い感慨がありました。

 

ショスタコーヴィチが、この作品を評価するいっぽう、終結部があまりに美しいことに疑問を呈し、その描き方に感傷的すぎると批判的だったそうですが、ノットは素直に、そして、深く、ブリテンの描き方に共感していることが伺えました。

それはきっと、ノットの父親がウスター聖堂の司祭であるという精神的な背景と、無関係ではないとも思います。

ノットの指揮からは、作品への、そして、作品が到達する“ 祈り ”への、絶対的な信頼が聴かれました。

そして、私はその美しさに、ただただ心打たれました。

 

こうした複雑で、入り組んだ作品を、筋道をたてて、じっくりと聴かせるという点で、ジョナサン・ノットは実に信頼できる指揮者です。

これまで、私にとって、ブリテンの「戦争レクイエム」は決して近しい作品ではありませんでした。

けれども、今回のノットの演奏を体験して、ようやく、この作品との接し方がわかったように感じています。

 

大戦から80年目

 

そうでした、声楽陣についても触れておかなければいけません。

独唱の3名がいずれも素晴らしく、作品の世界観にじっくりと耳をかたむけることができました。

合唱の東響コーラス、そして、東京少年少女合唱隊もやはり素晴らしく、言うことなしです。

こういう素晴らしい公演にかぎって、声楽のどこかに一人くらい難のあるひとがいたりするのですが、ノットの公演ではそうしたことが少なく、彼の声楽へのこだわりを感じます。

 

こうした素晴らしい体験を、年に年度も、ある意味では定期的に味わうことができた東響のジョナサン・ノット時代。

それが、まもなく終わりを迎えようとしています。

こうした素晴らしい演奏を聴いてしまうと、なおのこと、来年以降の寂しさが思いやられます。

 

大戦から80年の節目に、忘れがたい「戦争レクイエム」を聴くことができました。

 

「戦争レクイエム」世界初演のライヴ録音

 

「戦争レクイエム」世界初演

 

「戦争レクイエム」のことを調べていて、何と世界初演のライヴ録音が残っているということを初めて知りました。

いろいろと公演当日のトラブルもあって、作曲者のブリテンは必ずしも出来に満足していなかったようで、本来は、有名なスタジオ録音の完成度こそを聴くべきなのでしょうが、でも、何と言っても世界初演当日の音。

ドキュメントとしてこれ以上貴重なものはありません。

 

家族が病いのためブログ更新もなかなかできず、そんなこんなで、7月に聴いた「戦争レクイエム」の投稿が、ほぼ1カ月もたって今ごろになりましたが、今日は奇しくも8月15日。

なにかの巡り合わせなのでしょうか。

 

ブリテンの「戦争レクイエム」世界初演、オンラインでも配信されているので、是非、この機会に耳をかたむけてみてください。

 

♪ブリテン:「戦争レクイエム」世界初演ライヴ

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