シリーズ〈交響曲100〉、その第6回です。
モーツァルトの傑作群がとどまるところを知りません。
前回の交響曲第31番『パリ』にひきつづき、今回もモーツァルトを聴いてみましょう。
後期6大交響曲のはじまり
1783年、モーツァルト27歳。
いよいよこの交響曲第35番『ハフナー』から“ 後期6大交響曲 ”が始まります。
この交響曲から第41番『ジュピター』までの6曲は、モーツァルトの数ある傑作のなかでも特別な光を放っているものです。
35番から41番なら7曲あるんじゃないかと思った人は、算数に強い方です。
その通りで、実は交響曲第37番がカウントされません。
このいきさつについては第36番のご紹介のときに。
第2ハフナー・セレナード
『ハフナー』というのは通称で、モーツァルトのお父さんの知り合いである、ザルツブルク市長のハフナー家から来ています。
その方の息子さんには、モーツァルトと同い年の幼馴染、ジークムント・ハフナーⅡ世という人もいました。
このハフナー家のために、モーツァルトは2曲のセレナードを書いています。
1曲目のほうは、現在も『ハフナー・セレナード』として人気のあるセレナード第7番ニ長調K.250。
これは、ハフナー家の結婚式の前夜祭のために作曲されました。
そして、2曲目のセレナードはハフナー家が貴族になることのお祝いとして書かれていて、これが後にモーツァルト自身によって、今回聴く交響曲第35番へと改作されました。
モーツァルト当人がその出来に大満足していた記録が残っています。
大きな音楽的特色として、第1楽章がほとんどひとつの旋律で出来ている点があげられます。
曲の冒頭、2オクターブの跳躍で始まる旋律がこの楽章全編を貫きます。第2主題らしきものが出ているときも下でずっとその旋律が鳴っていて、第2主題のようで、第1主題のヴァリエーションの性格も持っているという、高度な技法で曲の統一感が図られています。
意外なことに、日本における初演はプロ・オーケストラではなく、1927年に早稲田大学交響楽団が行っています。
私のお気に入り
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団は気品あふれる演奏。
1960年、当時80歳をこえているワルターによる、最晩年の凛とした指揮。
“神は細部に宿る”という格言がありますが、たとえば、第3楽章メヌエットの最初4小節のフォルテ(強く)と続く4小節のピアノ(弱く)の表情の対比なんて、いったいどうやってやっているんでしょう。
何度聴いても体がふるえる演奏。
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ニコラウス・アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスは、ほかの演奏とまったく似ていない演奏。
いわゆる伝統や慣習といったものに徹底的に対抗してきたアーノンクールの面目躍如たる録音になっていて、彼らしく、いわゆる「流れるようなモーツァルト」を拒否しています。
この演奏の最初の音を聴くだけで、だれもが何か違うものが始まったことに気づくはずです。
彼はわざと流れを無骨に断ち切ったりしていますが、たいてい、こうした伝統に逆らうような演奏をすると、下品になったり幼稚になったりするものです。
けれど、アーノンクールはまったくそうなりません。
細部まで繊細な歌があったりして、高い品格と深い知性にささえられた名品になっています。
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ジョージ・セル指揮クリーブランド管弦楽団は、セル独自の解釈で第1楽章の主題提示部を繰り返していて驚かされます。
セレナード的な側面を消し去って、交響曲としての性格をより強めたかったのでしょうか。
実際、演奏もこのコンビらしい鉄壁のアンサンブルに支えられた構築的なものになっています。
ただ、それが極めてエレガントな表情を持っているところに孤高の芸術性を感じさせます。
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ピエール・モントゥー指揮北ドイツ放送交響楽団、この演奏の素晴らしさについては、日本の音楽評論の草分け、吉田秀和さんが評論を書いてらっしゃって、それを読んでこの演奏を知りました。
モントゥーが亡くなる半年前ごろ、88歳のときの演奏。第1楽章から少しぶっきらぼうなくらいの勢いで始まりますが、そのあふれ出る生命力、細部まで行き届いた音楽の充実度は圧巻です。
YouTubeからご紹介。
コリン・デイヴィス指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団は、冒頭から輝かしい演奏。
くったくのない、溌剌とした演奏を聴くことができます。
オーケストラの鳴りの良さが前面に押し出された、明朗な音楽。
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おしまいに、もうひとつだけ。
オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団の録音を。
テンポの極端に遅い大巨匠ですが、この曲についてはほぼ普通のテンポ。
木管楽器の響きを尊重した抜けのいい音色によって、この音楽の多声的な構造がいっそう多彩に聴こえてきます。
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