シリーズ《交響曲100》、第27回はちょっとよくばって、シューベルト若き日の意欲あふれる交響曲第3番~第6番です。
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若きシューベルトの登場
このシリーズ、最初はハイドンとモーツァルトが切磋琢磨するかのように続きましたが、ここしばらくは、図らずもほぼベートーヴェン一色という状態です。
それはつまり、この時代、もちろんたくさんの作曲家がそれぞれに交響曲を書いていたわけですが、ベートーヴェンの輝きのまえに、今ではそのほとんどが光を失い、音楽史のなかに埋もれてしまったということです。
そのなかで、ほとんど唯一といっていいくらい、その輝きに飲み込まれなかったのが、シューベルト(1797-1828)ということになります。
交響曲第3番ニ長調
シューベルト(1797-1828)が彼の交響曲第1番を書いたとされているのが、1813年、16歳のころ。
奇しくもそれは、偉大な先輩作曲であるベートーヴェンが、1812年に彼の交響曲第8番ヘ長調を書き終え、それからしばらく後の1824年の第9までのあいだ、交響曲の作曲から遠ざかっている時期でした。
ただ、その交響曲第1番は現在もあまり演奏されることはなくて、実際にコンサートで多く聴かれるのは、第3番以降の交響曲になります。
交響曲第3番ニ長調は、1815年、シューベルトが18歳の時の作品。
第1番や第2番が30分前後の長さを持っていたのと違って、この第3番は全4楽章でおよそ20分。
シューベルトらしい音楽の歌謡性もあって、魅力的な作品に仕上がっています。
この交響曲は、以前より演奏会で取り上げられる回数が増えていきている印象があります。
🔰初めての第3番&私のお気に入り
第1楽章冒頭、まるでベートーヴェンのような一撃で開始されます。
でも、次の瞬間にはもう爽やかな楽想がわきでてきて、シューベルトらしい旋律の妙が展開していきます。
この曲は、この充実した第1楽章から親しんでみてください。
NDRエルプ・フィルハーモニー(旧 北ドイツ放送交響楽団)が巨匠ギュンター・ヴァント(1912-2002)との貴重な演奏動画を公開してくれているので、まずはそちらをどうぞ。
《カルロス・クライバー指揮ウィーン・フィル》
天才指揮者カルロス・クライバー(1930-2004)による有名な録音もあります。
完璧主義者で、1年に1度指揮台に立つか立たないかというほどだった人で、残された録音もそこまで多くありません。
とりあげるレパートリーも後年になるほど偏ってきて、決まった曲ばかりを何度も指揮していました。
そのなかで、比較的めずらしい部類に入るのがシューベルト。
おそらく残っているシューベルトのレコーディングは、この1枚のアルバムだけではないでしょうか。
とりわけ第2楽章、そして第3楽章トリオの天才的なテンポのひらめき、そして、フィナーレでの躍動感はこの人の天才を確認させられる、貴重な録音です。
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交響曲第4番ハ短調『悲劇的』
ハ短調という調性は、あのベートーヴェンの交響曲第5番『運命』と同じです。
つまりは、おそらく若きシューベルトが、尊敬しているベートーヴェンをつよく意識して書いたであろうと考えられている音楽です。
『悲劇的』というと、クラシック・ファンはマーラーの交響曲第6番『悲劇的』を連想してしまいますが、あのマーラーの作品のような生々しい悲壮感、深刻さはありません。
ただ、『悲劇的』という題名はシューベルト自身によるもので、彼がこうした表題を交響曲につけたのはこれが唯一、さらには「短調」の交響曲を書いたのは、これが初めてのことでした。
シューベルト19歳のときの作品で、そうした新機軸でベートーヴェンに迫ろうとしていた意気込みが伝わってきます。
演奏時間は全4楽章で30分前後と第1番や第2番の長さに戻っていますが、大きく進歩した作曲の腕前と充実した内容が、以前のような長さをまったく感じさせなくなっています。
🔰初めての第4番《悲劇的》&私のお気に入り
『悲劇的』というタイトルにふさわしい、情熱的で躍動的な第1楽章や第4楽章も聴きどころですが、全曲聴いてみると、きっと第2楽章のノスタルジックで感動的なアンダンテが心に残ります。
こうしたところは、歌曲の王シューベルトの面目躍如たるところ。
イタリア系の指揮者が好んでレパートリーに入れているのは、そうした面への共感が強いからでしょう。
2021年に行われたウィーン・フィルの日本公演(レビュー記事)でも、イタリアの巨匠リッカルド・ムーティが指揮をして、セピア色の夢のような第2楽章を聴かせてくれました。※レビュー記事内に、ムーティ指揮によるこの曲のリンクを貼ってあります。
《クラウディオ・アッバード指揮ヨーロッパ室内管弦楽団》
20世紀後半のシューベルト再発見におおきな功績を残したイタリアの巨匠クラウディオ・アッバード(1933-2014)による、シューベルト交響曲全集から。
シューベルトの自筆譜を研究して、出版の段階で後世のブラームスなどが善意から加筆や修正をした部分をとりはらって、シューベルトが書いたままの響きに近づけた楽譜を使用しています。
それ以前の演奏よりも、響きがすっきりとして、足どりが軽く、爽やかでシャープな線が特徴です。
第4番にかぎらず、全曲が聴きどころのすばらしい交響曲全集。
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《カルロ・マリア・ジュリーニ指揮バイエルン放送交響楽団》
同じイタリア人でも、まったく違っているのがカルロ・マリア・ジュリーニ(1914-2005)が指揮した録音。
ジュリーニは音楽を“ 愛の行為 ”と言っていた人。
若いころは切れ味の鋭いシャープな演奏を繰り広げていましたが、年齢をかさねるにつれてテンポが遅くなり、とても柔らかくて雄大な音をオーケストラから引き出すようになりました。
晩年に録音した、このバイエルン放送交響楽団とのシューベルトも、ゆったりとしたテンポとたっぷりとした響きが基調になっていて、、他の指揮者には求めがたい、しっとりとした深い音楽が歌われていきます。
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交響曲第5番変ロ長調
第4番『悲劇的』の数か月後に書かれた第5番は、とっても小さな編成で書かれました。
弦楽器のほかは、木管楽器がフルート、オーボエ、ファゴットのみで、金管楽器はホルンだけ。
クラリネットやトランペット、トロンボーンはなく、さらにはティンパニもありません。
そうした、ほとんどモーツァルトの時代に近い編成で書かれた音楽は、爽やかな歌にあふれた青春の音楽になっていて、今ほどシューベルトの再評価が進んでいないころでも、『未完成』や『グレイト』の次によく演奏されていたのが、この第5番でした。
19歳のシューベルトによる“ 青春賛歌 ”。
この曲を聴くと、ベートーヴェン一色のこの時代に、まぎれもない天才がもうひとりいたということを実感させられます。
曲は編成が示すとおり、初期のベートーヴェンか、それ以上にモーツァルトを連想させる軽やかさがあって、構成的にも前半2楽章に音楽の重心がおかれています。
🔰初めての第5番&私のお気に入り
第1楽章の春風のような音楽がこの曲を印象づけているので、まず親しみたいのは第1楽章です。
その一方で、アンバランスなくらい深淵な展開を見せる第2楽章には、後期シューベルトの世界につながる、彼のおそるべき側面、天才の狂気を感じさせられます。
この曲についても、NDRエルプ・フィルハーモニーが巨匠ギュンター・ヴァントとの貴重な動画を公開してくれているので、そちらをどうぞ。
《クラウディオ・アッバード指揮ウィーン・フィル》
第3番のところでもご紹介した名指揮者アッバード。
彼が亡くなった後に発掘・リリースされた、彼がまだ30代後半だったころのライヴ録音です。
名門ウィーン・フィルがアッバードに夢中になった理由がわかる、颯爽として、ゆたかな響きでいっぱいのシューベルト。
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《ニコラウス・アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団》
上のアッバードと並んで、20世紀のシューベルト再発見におおきな功績をのこしたと思えるのが、オーストリア出身の指揮者ニコラウス・アーノンクール(1929-2016)。
シューベルトの新しさと衝撃を現代によみがえらせたいとインタビューで答えていた彼。
そんな彼が1988年に、若手の音楽家たちで構成されたヨーロッパ室内管弦楽団と演奏したのがこちらの交響曲全集。
彼はオランダの名門アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団、そして、ドイツの名門ベルリン・フィルハーモニーとも交響曲全集を残していて、これは3種類目のものとして、彼の没後に発掘・リリースされました。
彼が話していた通りの新しさと衝撃がたしかに刻まれていますが、それだけではないのがこの人の凄いところ。
爽やかな楽想、そして、どこか憂いをふくみながらも、しなやかさが溢れる歌の数々。
つまりは私たちが通常シューベルトにもとめるものもまた、彼の演奏にはたしかに響いています。
それはきっと、第2楽章を聴いていただくとわかりやすいはずです。
シューベルト・ルネサンスに大きな足跡をのこしたアーノンクールの、とても素敵な交響曲全集です。
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交響曲第6番ハ長調
シューベルトが20歳から21歳のころの作品で、当時シューベルトが夢中になっていたロッシーニからの影響が強く表れているとされる作品です。
ロッシーニはイタリアのオペラ作曲家で、『セヴィリアの理髪師』『チェネレントラ(シンデレラ)』や『ウィリアムテル』などでヨーロッパに大旋風を巻き起こした天才です。
そのあまりの人気ぶりには、晩年のベートーヴェンが嫉妬を隠せなかったほどで、シューベルトもまた、ロッシーニに夢中になった時期がありました。
🔰初めての第6番&私のお気に入り
シューベルトの交響曲のなかでは、最初の第1・2番と並んで演奏される頻度が低い曲ですけれど、ぜひ、第4楽章フィナーレだけでも聴いてみてください。
万華鏡をのぞいているような、とってもユーモアに富んだ音楽になっています。
そのせいか、この曲はそこまで個性が強い指揮者でなくても、人によってテンポがやたらと違う、面白いレパートリーにもなっています。
私がこの曲の楽しさを知ったのは最近で、ジョナサン・ノット指揮する東京交響楽団の実演を聴いたときです。
前半にロッシーニ、後半にこのシンフォニー、そしてアンコールに再びロッシーニという秀逸なプログラミングで、このコンビのコンサートのなかでも特に素晴らしいものでした。
同時期の公式動画がありましたので、そちらをリンクしておきます。
ちょうど第4楽章だけが抜き出されています。
せっかくいいい演奏なのだから、もう少し良い画質で、少なくとも音と映像のズレは修正してほしかったです。
上のジョナサン・ノットのものをご覧いただいたら、次にこちらの演奏を聴いてみてください。
《デイヴィッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団》
こちらの演奏の第4楽章フィナーレを聴いていただくと、指揮者によって、いかに楽譜の読み方が違うかがわかると思います。
ジョナサン・ノットの演奏の直後に聴くと、コミカルなくらい速く感じられるはずです。
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《エドゥアルド・ファン・ベイヌム指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団》
オランダの名指揮者エドゥアルド・ファン・ベイヌム(1901-1959)が残した、1950年代の古い録音。
ベイヌムはもともと病気がちで、残念なことに、まだ50代の若さでリハーサル中に心臓発作で他界してしまった方です。
リハーサルは楽団員と話し合いながら、民主主義的に進められたということで、自分の言葉が過ぎたときには楽団員に素直に頭を下げることができたという、当時、とても新鮮であたらしいタイプの指揮者でした。
音楽もその人柄を偲ばせるもので、すっきりとしてシャープな造形が特徴で、それでいて、出てくる音そのものはとっても温かいという、まさに巨匠の名にふさわしい名指揮者です。
彼のレパートリーのなかでは、必ずしも有名ではないシューベルトですが、この人がどれほど音楽性豊かな人物だったのかがわかる、とっても素晴らしい名演奏が刻まれています。
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