コンサートレビュー♫私の音楽日記

ジョナサン・ノット&東京交響楽団の“第九”公演2022を聴いて~その「挑戦」と「修正」

 

昨年2022年の年末、ジョナサン・ノット指揮する東京交響楽団によるベートーヴェン:交響曲第9番《合唱つき》のコンサートを聴いてきました。

このコンビによる第九公演を聴くのは、今回で3回目。

その比較もふくめて、感じたことをつづっていきます。

 

ジョナサン・ノットの苦闘

 

2021年の公演レビューでも書きましたが、指揮者ジョナサン・ノットにとって、今は、彼の理想の第九を実現しにくい状況になっているように感じています。

彼が理想としているであろう第九というのは、おそらく、2019年に初めて年末の第九を指揮したときのスタイルです。

コンパクトなオーケストラと、人数をしぼった合唱団を、どちらもステージ上に“ ぎゅっ ”と詰まった感じで並べ、速めのテンポ設定で演奏する、“ 凝縮度の高い ”第九。

 

でも、このコロナ禍で、そうした“ 密 ”な編成が、物理的にとれなくなってしまいました。

 

昨年は、ソーシャルディスタンスを考慮して、合唱団をサントリーホールのP席の位置に移していました。

それでも、人数は以前のようにしぼったままになっていましたが、結果的には、合唱の響きが散らばってしまって、後半、合唱を担当した新国立劇場合唱団の見事な健闘で救われたものの、課題を残しました。

 

2022年の挑戦

 

2021年の第九を体験したときに、次は合唱団の人数を増やしたほうがいいのでは、と感じたのですが、ノットもそうした結論に至ったようです。

前回の公演では、第2楽章のあと、第3楽章の前に小編成の合唱団が入場してきましたが、今回、2022年の公演では、演奏前に拡大された人数の合唱団が入場してきました。

おそらく、昨年までの倍以上の人数に拡大されているように見えました。

 

合唱団は、ソプラノとアルトを両側にわけて、テノールとバスを挟むという、オーケストラと同様の両翼配置が採られていました。

 

驚きのスリートップ

 

合唱団の入場のあと、オーケストラが入場。

そのとき、このオーケストラのコンサートマスターであるグレヴ・ニキティンさんが、前から2列目に陣取って楽譜をさわりはじめたので、「ニキティンさん、列を1列勘違いしてるのでは」と思ったのですが、そうではありませんでした。

そのあとに、他の日本人コンサートマスター2人も登場。

まさかの、東京交響楽団の3人のコンサートマスター全員がステージをともにする、スリートップの体制になっていました。

これにはとても驚き、期待を抱かされました。

 

そして、指揮者のジョナサン・ノットが登場し、いよいよ、合唱が拡大された、新しいアプローチによる2022年の第九がはじまりました。

 

 

第1楽章が始まる

 

第1楽章は、いつものジョナサン・ノットらしく、とてもテンポが速く、アグレッシブな音楽が展開されました。

今回は、いろいろなところでの細かなアッチェレランドが目立っていて、やや前のめりな音楽づくりが、いっそう顕著になったように感じました。

 

また、ファースト・ヴァイオリンとセカンド・ヴァイオリンがステージ左右にわかれる両翼配置がとられていましたが、あらためて、いかにノットがセカンド・ヴァイオリンを雄弁に弾かせているのかがわかりました。

 

そして、毎度のことながら、これだけの速いテンポのなかでも、楽曲の展開はしっかりと構成されていくのがさすがで、「形式」が聴いていてはっきりわかるのは、本当にノットの素晴らしいところだと感じます。

 

第2楽章

 

第2楽章は、以前より、気持ちテンポが抑えられたように感じました。

第1楽章が非常に活発である分、こうしたテンポで第2楽章が始まると、このスケルツォ楽章が、全4楽章のなかでは「中間楽章」であるという位置づけが伝わってきます。

こうした楽曲構成の確かさには、いつも唸らされます。

 

ノットは、このスケルツォ楽章で、非常に細かく、そして、わりと大胆な緩急をたくさん付けます。

それが局所的には非常に新鮮で、おもしろく聴こえるのも確かなのですが、反面、一貫した流れを失いがちで、これは去年もそうでしたが、どうしても、途中で音楽が弛緩する瞬間が出てきてしまいます。

それに、ここまでテンポが変動してしまうと、中間のトリオでのテンポ変化の意味がうすれてしまう嫌いもあります。

この楽章は、ノットの果敢なスタイルにとって、毎回、ひとつの鬼門なのかもしれません。

 

 

第3楽章

 

ノットは、第3楽章でも、比較的速いテンポを維持します。

それでも、昨年聴いたときには、その速めのテンポのなかに、得も言われぬ美しいカンタービレがあって、ふと目頭が熱くなった思い出があります。

 

けれども、今回は、とにかく“ 速さ ”が目立ちました。

 

それは始まった瞬間にすぐ感じられたもので、このアダージョ楽章が、私には、アンダンテを通り越して、ほとんど「アレグレット」のように聴こえました。

まるでブラームスの交響曲の緩徐楽章のよう。

 

これは、どうなんでしょう。

ベートーヴェンがAdagio molto e cantabileアダージョ・モルト・エ・カンタービレと書き込んだこの楽章を、ここまで速く演奏されてしまうと、何もかもが、さっと過ぎ去ってしまうというか、「ただの緩徐楽章」のように聴こえてしまいました。

 

これは、もしかしたら、演奏がうまくいかなかったという可能性もありますが、仮にノットの新しい解釈だとしたら、私は違和感を感じずにはいられません。

この足早に過ぎ去っていく音楽を聴きながら、チェリビダッケがカルロス・クライバーについて「あんな猛烈なテンポでは、誰も何も受け取めることができない」と語った言葉を思い出していました。

 

第4楽章

 

何だかせわしない展開のなか、演奏は、第4楽章フィナーレへと突入しました。

 

この冒頭部分も、例年よりいっそう速く感じられました。

とにかく、いろいろな楽句が「エピソード」として流れていってしまう嫌いがあって、迫力というより、今回の第九は“ 速さ ”ばかりが耳につきます。

 

“ 歓喜の歌 ”の旋律が、低弦楽器にあらわれるあたりでは、さすがに音楽が落ち着きを見せましたが、それでも、そこに至るまでのドラマが1.5倍速の早送りで進められてしまったような感覚がいなめず、昨年までの演奏で感じられた、湧き上がるような音楽の感興は、すっかり失われてしまっていました。

 

歓喜の歌

 

そして、いよいよ声楽が導入される個所になります。

 

ここは、合唱団の人数を増やした効果がはっきりと表れていました。

昨年、肩透かしのように感じられた合唱の歌い出しは完全に修正されて、手ごたえのある合唱がホールに響きました。

 

ただ、指揮者の横、オーケストラの前に配置された声楽ソリストについては、オーケストラの後ろ、合唱団の前のほうが良いのではないかと感じました。

 

ノットの第九は、非常にオーケストラが雄弁で、声楽が入ってきてからも、しっかりと表情をもった管弦楽がずっと響き続けます。

人数を増やした合唱団、そして、非常に雄弁な表情を持ったままのオーケストラの前に、さらに4人の声楽ソリストが位置すると、どうにも音楽が混みあってしまって、ときに、おもちゃ箱をひっくり返したような、雑然とした音楽に感じられなくもありませんでした。

 

合唱団の拡大による難しさ

 

さらに、とくに中間部以降で感じられたことが、合唱団の人数を増やしたことによる難しさです。

 

人数が増えれば、その分、響きが増すので、響きの混濁をさけるために、テンポは自然と遅くならざるを得ません。

どうしても、合唱が登場すればするほど、テンポはいくぶん遅くなるわけで、それが、ノットの理想とするであろう、速いテンポによる“ 凝縮された第九 ”のスタイルとの「乖離」を引き起こしているようでした。

 

ノット自身、おそらく、それをはっきりとわかっているはずで、それ故に、随所でオーケストラや合唱団を煽り、遅くなり過ぎないようにテンポを引き締めていました。

けれども、それにも当然、限界があるわけで、あれほど急速なテンポで展開された音楽が、後半の二重フーガのあたりでは、ごくごく普通のテンポにまで落ちていました。

 

ただ、これは、落ちて当然というべきで、しっかりとここでテンポを落としているところに、ノットの審美眼を感じるのも事実です。

そうは言っても、そこに至るまでに、あまりにアグレッシブで急速な音楽運びがあったわけで、そうなると、それまでの音楽との整合性は損なわれてしまいます。

 

最後のプレストのあたりでは、急速なテンポに戻していましたが、やはり、そこに至るまでの音楽の流れの「断絶」は避けようがないもので、二重フーガ以降は、どうにも座り心地の悪い、付け足された音楽のように感じられました。

難しいところです。

合唱団の人数を増やしたがゆえの、新しい課題が感じられた箇所でした。

 

 

それでも、「挑戦」に敬意を

 

繰り返しになりますが、ジョナサン・ノットの本来の第九は、2019年にやったような、極限までしぼった編成による、集中度の高い第九です。

それが不可能な現在、ノットは、この「第九」演奏において、たくさんの難問のなかで音楽づくりをしているといって間違いないでしょう。

 

結果的に、今回の第九は、私がこれまで聴いた3回のこのコンビの第九で、初めての「感動しない」第九公演でした。

 

私の耳には、あまりうまくいっていないように聴こえた2022年の第九は、それでも、さまざまな制約を正面から受け止めて、今年のように合唱団の人数を増やしたり、「挑戦と探求」を止めることのないジョナサン・ノットの姿勢が打ち出された内容になっていました。

そうした姿勢に、やはり、私は大きな拍手を送りたいです。

 

毎年末に第九を演奏するという、美しく偉大なルーティン。

ただ、それが、ただのルーティンに陥ることがないよう、果敢な「挑戦」と「修正」を重ねているノットと東京交響楽団に、深い敬意を感じました。

このコンビの第九は“ 進化を続けている ”からこそ面白く、毎回、新しい何かが生まれるからこそ、無視できない魅力があります。

 

ソーシャルディスタンスの問題がなくなれば、ノットは、彼本来の第九を演奏できるでしょう。

でも、相変わらず密集した編成が採れないとなったら、今回の第九とは、またちがった挑戦がもとめられるでしょう。

 

次の第九では、どんな音楽が展開されるのか。

2023年も、東京交響楽団の第九公演には、ジョナサン・ノットの登場がすでに予告されています。

 

 

ノットの第九を聴くなら

 

幸い、コロナ前の2019年の第九公演は、ライヴ録音され、CD化&オンライン配信されています。

ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱つき》ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団」Amazon

 

オンライン配信は、何か事情があるのか、AmazonMusicのみで配信されています。

 

オンライン配信でのクラシック音楽の聴き方については、「クラシック音楽をオンライン(サブスク定額制)で楽しむ~音楽好きが実際に使ってみました~」という記事にまとめています。

 

 

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