シリーズ〈オーケストラ入門〉、今回は名曲“パッヘルベルのカノン”です。
パッヘルベル
パッヘルベル(1653-1706)は、時代的にはバッハ(1685-1750)よりも前の世代の作曲家。
バッハのお兄さんは、パッヘルベルのお弟子さんでした。
ただ、このふたり、パッヘルベルとバッハが直接会ったことがあるかどうかは、確証がないようです。
研究者によれば、もしかしたら1度、会ったことがあるかもしれない可能性はあるようです。
パッヘルベルは音楽史でいうとバロック中期( バッハがバロック後期 )を代表する作曲家ということになりますが、一般には、とにかく『カノン』一曲でひたすら有名というのが実際でしょう。
この曲は本来『3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調』といって、カノンがおわったあとに「ジーグ」という短い舞曲が続きます。
カノンというのは、旋律をいろいろな楽器が代わる代わる追いかける作曲技法。
たくさんの曲を残しているパッヘルベルですが、おもしろいことに、彼が書いたカノンとなると、この1曲しか見つかっていないそうです。
「カノン」のテンポにまつわるエピソード
ところで、ビートルズに“Please Please Me”という有名なヒット曲があります。
もともとはとてもゆっくりだった曲を「倍のテンポにしたら面白いんじゃないか」ということでテンポを変えたところ大ヒットになったそうです。
パッヘルベルのカノンにも、少し似た話があって、当初、この曲はもっと速めのテンポでさっぱりと演奏されていました。
そのころはそこまで人気はなかったそうですが、やがて、これをゆっくりと演奏してみる人たちが現れました。
すると、この曲のロマンティックな味わいがあたらしく発見されて、一躍クラシックを代表する人気曲のひとつに躍り出たという背景を持っています。
私のお気に入り
この曲は『3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ』という題名のとおり、3つのヴァイオリンと通奏低音だけで演奏するのが本来の形です。
通奏低音というのは、バロック時代の慣習で、楽譜にあるバスの音に即興で和音づけしながら伴奏をつけていくもの。
この形態ではサンフランシスコに拠点を置くVoices of Musicの演奏がすばらしいです。
ヴァイオリンが3人、それに通奏低音3人の6人で演奏しています。以前に「アメリカの2団体が魅せる対照的なアプローチをYouTubeで~古くて新しい古楽、その多様な世界」という記事でもご紹介したこの団体は何をやっても誠実な、良い演奏をする団体です。
テンポもおおむねこのようだったであろうという演奏で、どうでしょう、意外とさっぱりしていると感じるかもしれません。
最近はこうして、もとの速めのテンポ設定をとる団体が多くなってきています。
流行というのは反動を繰り返すものです。
この曲は1970年前後、わりと最近になって人気を得たクラシック作品なので、作品の知名度のわりに名演奏がまだ少ない曲でもあります。
特に私が気に入っているのが、20世紀後半、バロック演奏の大家のひとりとして著名だったカール・ミュンヒンガー指揮シュトゥットガルト室内管弦楽団の演奏。
いろいろな演奏でカノンを聴いてみて、結局、私がいちばん多く聴くはこのミュンヒンガーの演奏です。
やや大きめの編成の弦楽器群をつかって、すべての声部がそれぞれの旋律を情感豊かに歌っているのが特徴で、最後には壮麗な弦楽合奏へと、大きなクレッシェンドを描いていきます。
これは、ミュンヒンガー自身の編曲による弦楽合奏版になっています。
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こうした名曲を多く録音しているネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズは、弦楽器がとてもゆたかに歌っているのに、淡い響きを基調にして、さらりとした感触を大切に演奏しています。
この演奏はジーグも素敵な演奏で、それも大きな魅力になっています。
ジーグのあとには、もう一度カノンをダ・カーポで演奏しています。
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指揮者を置かない、アメリカのオルフェウス室内管弦楽団の特徴は、知的に練りこまれた、アンサンブルの精妙な綾。
磨き抜かれた音のの数々が、気持ち速めのさわやかなテンポにのって流れていきます。
決して粘らない、流線形のうつくしさ。
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同じように小さな編成でいうと、『四季』のヒットで名高いイ・ムジチ合奏団がピーナ・カルミレッリをコンサート・ミストレスとしていた時代に録音したものがあります。
作品を肥大化させるのをきらっているかのように、すっきりとした感触で、それでいて凛としたたたずまいがある演奏です。
この演奏で聴いていると、このままジーグへとつづくのが自然に感じられるような、おそらく本来のあるべき姿はこうだったのだろうと思わせる演奏です。
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おしまいに、この曲の普及に決定的に大きく貢献したといわれるジャン・フランソワ・パイヤール指揮パイヤール室内管弦楽団の1968年の録音。
この演奏のゆったりとしたテンポ感がこの曲の爆発的な人気につながったということです。
始まりからおしまいまで、とってもロマンティックにこの曲を演奏しています。
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