コンサートレビュー♫私の音楽日記

上岡敏之&二期会ワーグナー「さまよえるオランダ人」、日本のオペラはここまで来ている

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終演後のカーテンコール。

指揮者の上岡敏之さんが姿をあらわすと、盛大な拍手とブラボーの掛け声。

と同時に、大きなブーイングの声も。

 

あまり日本の公演でブーイングを耳にしないので、おどろくと同時に、ちょっと新鮮な気持ちで耳をうばわれました。

上岡敏之さんが姿をあらわすときだけ聞こえたように思うので、声楽陣ではなく、指揮者へのブーということでしょう。

 

たしかに、この日上岡敏之さんは緩急自在、というか、交響曲を指揮するときと同様、独自の色合いがはっきりと感じられる「さまよえるオランダ人」をやりました。

テンポの独自性はもちろんのこと、オーケストラが雄弁で、ときに声楽を凌駕しているところもあったりと、おそらく、そうした点などは、オペラ通のひとたちに耐え難いものだったかもしれません。

 

けれども、私自身はこの公演を楽しみましたし、何といっても、指揮者が上岡敏之さんだから聴きに来た公演です。

本当はムーティ指揮の「シモン・ボッカネグラ」を聴きたかったんですが、どこかにも書いた通り、会場の選定がどうにも納得いかず、今回は泣く泣く見送りました。

そのヴェルディの代わりといっては何ですが、ワーグナーのオペラを観に、東京文化会館へ足を運びました。

 

そして、私にとって、これが「さまよえるオランダ人」を実演で観た初めての機会にもなりました。

それに、「東京二期会」の実演に接したのも今回がはじめてでした。

 

初めて尽くしだからこそ、余計な前情報はあまり頭に入れず、極力、まっさらな状態で会場に入りました。

結論を先に書けば、この公演は「日本のオペラもここまで来ているのか」という嬉しい発見になりました。

 

上岡敏之&東京二期会 ワーグナー「さまよえるオランダ人」

 

額縁の演出

 

指揮の上岡さんは最初からピットに入っていて、楽団のチューニングが終わるやいなや、「序曲」が始まりました。

この序曲からして、この日の演奏の方向性が垣間見れました。

 

自在なテンポ設定と、ちょっとクセのあるフレージング。

ドイツのオペラハウスでキャリアを積んだ上岡さんですが、日本でワーグナーのオペラを振るのは今回が初めてだったそうです。

 

 

その序曲が演奏されている舞台上に、1枚の絵画が置かれていました。

私の席からは何の絵だかよく見えませんでしたが、このオペラは「さまよえるオランダ人」が描かれた絵画にゼンタが魅せられる筋書き。

やがて、舞台上にゼンタらしき女性があらわれ、その絵画を手にしました。

 

序曲が終わり、幕が開くと、舞台上には、大きな、大きな額縁があらわれました。

額縁のなかの情景は、割れたおおきな氷があり、北極海のよう。

 

やがて登場するオランダ人は基本的にその額縁のなかで歌い、ほかの歌手たちは額縁の手前で歌う、という舞台構造になっていました。

そして、幕が進むと、ついにオランダ人が額縁から抜け出てきて、ゼンタの目の前に姿を見せるという演出になっていました。

絵画のなかにいた人物が、今や目の前に姿をあらわすという、非常に象徴的な演出で、これはとてもよかったです。

 

本来なら幕が開いてもしばらく出番のないゼンタですが、この演出では「序曲」の途中から出ずっぱりでした。

舞台上の物語の進行と並行して、絵画を抱きしめ、見つめるゼンタの姿も舞台にあり、舞台が多層的な空間になっていました。

 

特に、この多層的な構造が、第一幕を救っていたように思います。

というのも、合唱、独唱問わず、総じて歌手陣が男声よりも女声のほうが精彩に富み、裏を返せば、男声陣が主軸の第一幕はやや淡白に感じられるところがありました。

もしゼンタが舞台上にいなかったら、やや間延びしてしまったのではないかと思います。

 

♪巨匠ベーム最後の登場となったバイロイトでの「さまよえるオランダ人」。緊迫感みなぎる名演奏で、このオペラの決定盤のひとつに数えられていますが、信じられないことに、ベームがこのオペラを指揮したのはこれが初めての機会だったとのこと。

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「氷海」とフランケンシュタインと

 

演出は“ 映画「バトル・ロワイヤルⅡ」の監督で知られる ”深作健太氏、ということでしたが、私はその映画を観ていないので何の先入観もなく観ていました。

 

あの舞台上の絵画、そして、額縁のなかの世界は、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(Caspar David Friedrich、1774-1840)の『氷海』という絵画なのだと、あとで調べて知りましたが、わたしは不勉強でこの絵画のことも知りませんでした。

19世紀ドイツロマン派の画家であるフリードリヒは、少年時代、スケート中に「氷」の割れ目に落ち、それを助けようとしてくれた弟のほうが溺死してしまうという悲劇を体験していて、この『氷海』にも、その苦しみとの葛藤が影を落としているとみる研究者もいるそうです。

また、この絵画には、そうした険しい氷塊が描かれるいっぽう、海の上に青く澄んだ空が広がっていて、それは、いつか訪れるであろう「救済」を象徴しているとのことです。

なるほど、その世界観はまさに「さまよえるオランダ人」の世界観と一致するものがあり、合点がいきました。

 

いっぽうで、今回の演出には、私に理解できないものもまた、散見されました。

 

まず、何と言っても主人公である「オランダ人」の風貌。

黒いフード付きのコートに筋肉質の上裸、白塗りのような顔面にボサボサの髪。

一見、デーモン小暮閣下率いる聖飢魔IIのようなパンク歌手にも見え、しばらく、これはどういう意味なのかと頭のなかで困惑してしまいました。

 

しばらく観ていて、ようやく、舞台上の流氷をヒントに「あ、フランケンシュタインの怪物を重ねているのかな?」と行きつきました。

あの奇っ怪な物語の怪物も、愛を求め、苦しみ、呪われ、さまよい、最後は海に消えていく存在。

なるほど、オランダ人と重なる面は多々あります。

 

ただ、どうでしょう。

やはり、このオランダ人の人物設定については、どうにも無理があるように感じられてなりませんでした。

ゼンタがこの風貌のオランダ人に惹かれるのは“ 狂気 ”として何とか説明がつくかもしれませんが、それ以前の段階で、父親がああした風貌の見知らぬ男を易々と信じ、「娘をやろう」となるのでしょうか。

さらにゼンタとオランダ人の結婚が決まったとき、周囲の人々は何の疑念も持たずに「おめでとう!お祝いだ!」となるでしょうか。

オランダ人が出てくるたびに、そうした外見上の違和感がわいてきて、本来の物語と大きすぎる齟齬が生じているように感じました。

 

それは厳密に言えば、物語との齟齬というよりは、ワーグナーの書いた音符との齟齬、と言ったほうがいいかもしれません。

ワーグナーの音楽は、もっとずっと純粋で無垢なものを求めているように、私には感じられます。

そもそもの筋書きが荒唐無稽であるがゆえに、登場人物にはいっそうの人間味、真実性が求められているように感じられ、今回の演出の違和感は最後までぬぐえませんでした。

 

ほかに細かな点では、舞台右端にひとつのお墓があって、ときおりゼンタがそこに憩うのですが、あれが何であり、どれくらいの演出的効果があったのか、いまひとつわかりませんでした。

孤独なゼンタの心は死に慰めを求めているということでしょうか。

 

それから、第三幕で客席にライトを光らせながらなだれ込んできた、カラフルなフード付きコートを着た一団。

18、19世紀の衣装で展開している物語のなかに、現代の服装の役者を乱入させるのは、現代の演出でよく見る常套的手法ですが、オペラの一貫性を断ち切ることが多く、私は一度も感心したことがありません。

今回もあれはいったい誰だったのか、今もってわからないままです。

 

といった具合に、疑問を感じる演出もあったのですが、ただ、「額縁」の使い方は非常に秀逸でした。

 

あの額縁をつかっての、舞台上の多層的構造の演出。

さらには、その額縁を利用してのさまざまな場面での舞台美術。

照明とそれがもたらす影の効果はじつに多彩で、それは、まさに“ 絵画のような美しさ ”でした。

 

私がこの公演を思い出すとき、真っ先に思い起こされるのは、上岡敏之さんの音楽と、あの「額縁」がもたらした様々な光景になるはずです。

 

♪巨匠カイルベルト、1955年バイロイトでの「さまよえるオランダ人」。圧巻の迫力。何年か前に、レコード以来ようやくステレオ・ヴァージョンのCDがテスタメントから発売になって話題になりました。

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日本のオペラはここまで来ている

 

そうした演出の優れた面も含め、日本のオペラというものが「ここまで来ているのか」と思わされた公演です。

 

そして、ブーイングも飛んでいましたが、もしこれが上岡敏之さんの指揮でなかったら、やはり、私はここまで楽しめていないと思います。

私は、上岡敏之さんに大きな拍手を送りました。

東京二期会は、今後も上岡敏之さんとの連携を深めていってほしいと感じています。

 

声楽について、まず率直に感じたのは、やはり「ワーグナー」というのは特殊なジャンルなのだということ。

日本人が無理なく歌っていると、やはり、どうしても音符が求めている“ 大きさ ”に届いていない感覚が残ります。

陸上競技で日本人が苦労しているのを見るような、身体的な面での致し方ないデメリットを否応なく教えられます。

こうしたものは、モーツァルトやヴェルディでは、ここまで強く感じられないので、難しい課題です。

いっぽうで、そうしたものを乗り越えて響いてきたものもあって、女声陣の合唱はまさにそうでしたし、独唱陣では、ゼンタ役の中江万柚子さん、エリック役の城宏憲さんのふたりは、私にはとても印象的でした。

 

その声楽陣もふくめ、日本のオペラはここまで来ているんだ、と嬉しい発見になった公演でした。

これまでは、純(?)日本のオペラ公演はあまり視野に入ってきていなかったのですが、これからは、そちらにも広く目を配っていかなければならないと考えを改めさせられました。

上岡敏之さんのような優れた指揮者とのコラボレーションを軸に、今後も、日本のオペラ界が上昇気流にのっていくことを祈りたいです。

 

私にとって初めての「さまよえるオランダ人」の実演として、じゅうぶんに楽しむことができた、素敵な公演でした。

 

♪ドイツの巨匠コンヴィチュニー(Franz Konwitschny, 1901-1962)が指揮した録音。腰のすわった演奏で、地味な録音のように語られることも多いですが、私にとっては、このオペラの内的な深さ、味わいを教えてくれるかけがえのない録音のひとつ。

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