シリーズ〈交響曲100〉、その第4回です。
前回に引き続き、モーツァルトの交響曲の傑作をご紹介します。
第25番と並ぶ傑作
モーツァルトは交響曲第25番ト短調の翌年、1774年の4月6日に第29番イ長調の交響曲を完成させました。
この曲は、この時期のモーツァルトの交響曲のなかでは、劇的な第25番と人気を二分しているといっていい作品です。
作品の性格は対照的。
疾風怒濤の第25番にたいして、第29番はさわやかな表情を持った交響曲になっています。
モーツァルトと旅
モーツァルトの人生というのは、旅に明け暮れた人生でしたが、この時期はめずらしくあまり旅に出ていません。
彼は生まれ故郷のザルツブルクが好きではなくて、ほかの土地での仕事をもとめてたくさんの旅行をしますが、この時期はそれがあまりうまくいかなかったこともあって、地元ザルツブルクにとどまっていたようです。
ただ、そのおかげで腰をおちつけて作曲に専念できた時期ともいわれていて、この数年でモーツァルトの音楽はたいへんな飛躍をとげることになります。
この交響曲第29番では、以前にイタリアで身に着けた「歌う」音楽の様式と、ウィーンでとりわけハイドンから受けた影響、知的に音楽を「構築」していく様式との融合がはかられていて、実際、彼はそれを見事にやってのけ、たいへんな傑作になりました。
第25番ト短調が18歳という大人と子どものあいだの時期を象徴するかのような音楽だったとすれば、この第29番イ長調は響きがずいぶんと落ち着いて、あの後期の奇跡のような交響曲群への道がいよいよ始まったようにも聴こえます。
私のお気に入り
私が初めてこの交響曲を聴いたのは、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの録音でした。
モーツァルトと同じザルツブルク生まれのカラヤンは、いつもの彼らしくレガートによるカンタービレを重視して、ベルリン・フィルの弦楽器を歌いに歌わせています。
彼のモーツァルト演奏はいつも賛否両論ですが、私は特にこの29番の演奏は好きな録音です。
いちばん最初によく聴いたせいなのか、この曲を聴きたくなると、結局、これを聴かずにはいられなくなります。
( YouTube↓・AppleMusic・Amazon Music・Spotify・LineMusic )
同じベルリン・フィルをカール・ベームが指揮した録音もお気に入りです。
これはベームが録音したモーツァルト:交響曲全集のなかのひとつ。
上と同じオーケストラとは思えないような、まったく違うモーツァルトが聴こえてきて面白いです。
カラヤンがイタリア寄りだったとすれば、こちらはウィーン寄りというような、実直な構成が際立った演奏。
カラヤンから続けて聴くと、四角四面でおもしろみがないように聴こえるかもしれませんが、よくよく聴くと何ともいえない渋みがあって、味わい深い演奏です。
( AppleMusic↓・Amazon Music・Spotify・LineMusic )
ベルリン・フィルはカラヤンが亡くなった後に、イタリア人のクラウディオ・アッバードを音楽監督に迎えました。
そのアッバードがベルリン・フィルとこの交響曲を演奏している映像がYouTubeで公式にあがっています。
さすがイタリアのマエストロというべきで、明らかにベームよりカラヤンの方向性に近いスタイルで演奏されています。
ただ、カラヤンほどにはオーケストラを鳴らしていないのが、いかにもアッバードらしいアプローチ。
実際にコンサートで聴いたときもそうでしたが、彼はベルリン・フィルとモーツァルトを演奏するときには、オーケストラが鳴りすぎないようにとても気をつかっていました。
同時期のスタジオ録音もあります。
( AppleMusic↓・Amazon Music・Spotify・LineMusic )
アッバードは晩年にモーツァルト管弦楽団というオーケストラを母国イタリアで結成して、モーツァルトの交響曲をたくさん録音しました。
そのなかにも第29番が含まれていて、こちらはさらに響きをしぼって、室内楽のような親密な風情をもっています。
アッバードのモーツァルトとして、これが彼の最終的な結論だったのでしょう。
( AppleMusic・AmazonMusic↓・Spotify・LineMusic )