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「完売御礼」。
ホール入口の立て看板に貼られた四文字に少し心がおどります。
今回訪れたホールは、埼玉県の越谷市にあるサンシティ越谷市民ホール。
こうした、いわば地方公演で「前売り完売」とは、なかなか凄いこと。
そうした会場の雰囲気というものは、コンサートそのものを鼓舞することも結構あるわけで、ブログではお薦めするか迷った公演でしたが、開演前から、すこし期待が高まりました。
小林研一郎(指揮)東京フィルハーモニー交響楽団
当日のプログラム
2024年10月6日(日)
15:00@サンシティ越谷
メンデルスゾーン:
ヴァイオリン協奏曲ホ短調
(アンコール)アメイジンググレイス
violin,千住真理子
ベルリオーズ:
幻想交響曲
小林研一郎(指揮)
東京フィルハーモニー交響楽団
十八番
“ 炎のコバケン ”こと、小林研一郎さんは、得意な作品が極めてはっきりと固定されている、ユニークな指揮者です。
その十八番のレパートリーを、今更ながら一通り体験しておきたくて、数年前からコンサートに出掛けています。
東京交響楽団とのドヴォルザークの交響曲第9番「新世界から」、ハンガリー国立フィルとのチャイコフスキーの交響曲第5番、プラハ交響楽団とのスメタナの交響詩「我が祖国」と聴いてきて、今回は、十八番中の十八番、ベルリオーズの幻想交響曲です。
♪ベルリオーズ:幻想交響曲
(1990年録音、小林研一郎&ハンガリー国立交響楽団)
( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)
自由な84歳
コンサート前半はとくに書くことはないのですが、コンサート後半のことです。
コバケンさんは、指揮棒だけでなく、マイクも手にして、舞台左手から登場しました。
そして、少し挨拶があってから、おもむろに「幻想交響曲」の解説が始まりました。
これはどうも、コバケンさんの急な思いつきのようで、オーケストラ側も寝耳に水の様子。
それも、ただ話すだけでなく、コンサートマスターに頼んで「恋人の主題」などを弾かせてみたり。
この一連の解説で特によかったのが、その恋人の主題が登場するたびに、心臓の音を模した低弦の音が響くことを、オーケストラ全体の演奏付きで紹介したこと。
トークへの反応を見る限り、この日のお客さんのなかには、幻想交響曲を初めて耳にする方も少なくない様子。
この短いけれども印象的な説明が、作品への見事なとっかかりを与えたように感じました。
即興解説の効用
私はこの手の解説付きのコンサートが、実は、あまり好きではありません。
「ここがこの曲の大切なところです」と解説されても、それなら、そう聴こえるように演奏すればいいじゃない、と思ってしまうからです。
ゲーテだって「芸術家よ、語ることなかれ。創造したまえ」と言っています。
ただ、今回のコバケンさんの解説は技ありでした。
そして、そう感じた大きな理由がもうひとつ別にあって、この自由な、即興の解説が、オーケストラ側を覚醒させることにもつながっていた点です。
それをはっきりと感じたのが、解説しながら第1楽章のある箇所をトゥッティで演奏させたとき。
ちょっとぼやけたフォルテが鳴ってしまい、そこで、すかさずコバケンさんから「リハーサルのときと、だいぶアコースティックが変わってますね‥もっとはっきり!!もっと強い音!!…」といったような指示が飛んで、そこからオーケストラが目を醒ましたような音に変わりました。
「東京フィルは本当にすばらしいんです。ほかの楽団だと、こういう部分演奏は…嫌がって、なかなか」とコバケンさん。
会場は笑い声につつまれます。
その後も少し続いたユニークな解説と部分演奏に、客席のベルリオーズへの関心は、否が応にも高まった様子。
そして、オーケストラ側には、まるで新しい作品を聴衆にお披露目するような、これからの演奏に対しての「使命感」、「高揚感」のようなものが生まれたように感じられました。
オーケストラを懸命に弾かせること、これは優れた指揮者の大切な要素のひとつです。
コバケンさんは、これを狙ってやったのでしょうか。
それとも、偶発的に引き起こしただけなのでしょうか。
いずれにしても、これもまた見事な「オーケストラ・コントロール」のひとつであって、彼がユニーク極まりない存在であることをあらためて感じさせられる時間でした。
♪ベルリオーズ:幻想交響曲
(1993年録音、小林研一郎&日本フィル)
( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)
神は細部にやどる?
そうして、いよいよ、ベルリオーズの幻想交響曲の演奏が始まります。
決して響きが良いわけではないホール。
コントラバス6本の編成のオーケストラから聴こえてくるのは、バランスも大まかで、サントリーホール定期などで聴く東京フィルとは明らかに違った響き。
リハーサルも、おそらく、そこまで綿密に行われているわけではないであろうベルリオーズ。
それなのに、何て耳をひくベルリオーズでしょうか!
こういう演奏は、細部がどうだったとか、こうだったとか言ったところで、何も伝わらないでしょう。
「神は細部に宿る」と言っても、いっぽうで、どんなに細部をつみあげても全体にならないことがある、のも真実。
84歳のコバケンさんは、思っていたよりも、ずっとゆっくりとしたテンポで曲を進めます。
あまり洗練されていないアンサンブル、細部を磨きぬいたとは言えない響きが支配的です。
でも、その代わりに、「思い入れ」がどんな細かなところまでも詰まっています。
作品の構成が描きだされるような、楽曲の構築性も感じられません。
それなのに、指揮者のなかで一貫した物語が有機的に展開していて、どういうわけか緊張の糸がまったく切れません。
オーケストラは、コバケンさんの指揮のもと、楽章を追うごとに「幻想交響曲」にのめり込んでいきます。
そう、細部を言っても仕方ないと言いましたが、第5楽章の弔いの鐘が鳴る直前、本来であればsf>pですぐに弱音になるはずのフレーズを、逆にクレッシェンドして低弦に思いっきりフォルテで弾かせたときは、地獄をのぞき込んだような、ゾッとする瞬間が出現して、この指揮者のデモーニッシュな才気を感じさせられました。
その後も、いっさい弛緩することなく、ベルリオーズの音楽は見事に暴れまわり、オーケストラもすがすがしいまでの弾きっぷり。
コバケンさんの意外なくらいゆったりとしたテンポにより、おそらく演奏時間は60分前後。
予想外に大きなベルリオーズを私は心から楽しんで、それだけでなく、この交響曲をはじめて聴いたころの胸のときめきまで思い起こされました。
♪ベルリオーズ:幻想交響曲
(1996年、小林研一郎&チェコ・フィルハーモニー管弦楽団)
( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)
生演奏の不思議
最後の和音が意外なくらい丁寧におわった後、これもまた意外なほど会場は一瞬の静寂につつまれて、やがて、盛大な拍手がわき起こりました。
その拍手に応えたあとに、ふたたびマイクを手にするコバケンさん。
「こんな音楽をやったあとに、アンコールと言われても、それは無理な話でございまして…」。
会場は笑いと大きな拍手に包まれて、演奏会はすばらしい熱気のなかに幕を降ろしました。
素敵なコンサートでした。
これをブログでお薦めするべきか迷って、やめてしまったのを後悔しました。
この日の東京フィルのアンサンブルは、ひと昔前の日本のオーケストラを思い出させる、あまり洗練されていないレベルのものでした。
でも、そうしたものを乗り越える瞬間というものが「生演奏」のときには確かにあるのであって、今回が、その良い例でした。
こうしたときの演奏は、最高度に磨かれた海外の一流オーケストラの演奏でも取って代われない、固有の価値を放ちます。
これまで色々な「幻想交響曲」を聴いてきましたが、この先しばらくは、まっさきにこの「越谷で聴いたコバケン&東フィルの幻想」を思い出すことになりそうです。
私が「お薦めコンサート」のページで紹介したいのは、まさにこうした演奏会なんだと、つくづく思いました。
コバケンさんの今後のコンサートですが、最近、公式ホームページがリニューアルされて、スケジュールがかなり先まで告知されるようになり、見やすくなりました。
小林研一郎 公式ホームページ:https://maestro-kobaken.com/
私のブログの「コンサートに行こう!お薦め演奏会」のページでは、そのなかから特にお薦めのものを今後もご紹介していきます。
当たりハズレのあるコバケンさん、今回は、久々の大当たりでした。
♪ベルリオーズ:幻想交響曲
(2006年録音、小林研一郎&アーネム・フィルハーモニー管弦楽団)
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♪このブログではオンライン配信の音源も積極的にご紹介しています。
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