シリーズ《交響曲100》、その第31回は早熟の天才メンデルスゾーンの交響曲第5番《宗教改革》をテーマにお届けします。
歴史的な題材をあつかっていますが、聴きにくいどころか、メンデルスゾーン一流の旋律美に満ちた傑作です。
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早熟の天才
ベートーヴェンがウィーンで交響曲第9番ニ短調《合唱つき》を初演した1824年、ドイツのライプツィヒでは、若干15歳の少年が彼の交響曲第1番を書きあげていました。
それが、今回の主役フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ(1809-1847)です。
彼はその翌年には、室内楽の傑作として名高い《弦楽八重奏曲 変ホ長調Op.20》を、さらにそのすぐあとには、シェイクスピアに題材をとった《真夏の夜の夢》の序曲までも書き上げています。
正真正銘、早熟の天才でした。
交響曲第5番《宗教改革》
シューベルトが亡くなって2年後の1830年、メンデルスゾーンが21歳のときに完成されたのが、交響曲第5番ニ長調《宗教改革》です。
第5番となっていますが、実際には第1番につづいて書かれた2番目の交響曲です。
1830年の6月に行われた「宗教改革300年記念祭」にむけて作曲したのがきっかけでしたが、そこでの初演は実現せず、1832年になってようやく自身の指揮で初演をおこなっています。
ただ、メンデルスゾーンはどうもこの曲に満足ができなかったようで、その後も改訂に改訂をかさねています。
そして、結果的には、この曲は彼の生前には出版されることがないまま、放置されることになりました。
そうした経緯で、彼が亡くなった後に出版されたので、第5番という、メンデルスゾーンの交響曲でいちばん最後の番号になっています。
メンデルスゾーンの交響曲は、出版社が出版順に番号をふってしまったため、作曲順とは関係のない番号がついてしまっていますが、この《宗教改革》というタイトルは、メンデルスゾーン自身によるものです。
印象的な2つの引用
この曲には、とても印象的な2つの旋律が引用されています。
まずは第1楽章の冒頭、すぐに「ドレスデン・アーメン」と呼ばれている旋律が奏されます。
これは、ドレスデンで生まれた作曲家ナウマン(1741-1801)がドレスデンの教会のために作曲したもので、名前のとおり、教会で「アーメン」と唱えるときに使われるもの。
ナウマンがつけた節はたいへんな人気で、あのワーグナーも、1882年に書き上げた舞台神聖祭典劇『パルジファル』のなかで、この「ドレスデン・アーメン」を引用しています。
そして、もうひとつが第4楽章の冒頭、いきなりフルートのソロで奏される旋律。
これがなんと、宗教改革の主人公であるマルティン・ルターが作曲したという『神はわがやぐら』という讃美歌から引用されています。
ルターは作曲もしたんだ(!)ということに素直に驚かされますが、リュートが演奏できたそうで、ラテン語ではない、日常使っているドイツ語での讃美歌の普及を考えて、たくさんの讃美歌を自身でも作詞・作曲していたんだそうです。
🔰初めての《宗教改革》
この曲にかぎらず、メンデルスゾーンの音楽というのは、とにかく旋律がどれも美しいので、どの楽章から聴いても魅了されてしまいますが、まずはいちばん象徴的な「第4楽章」から、さかのぼって聴いてみましょう。
いきなり冒頭にフルートで奏されるのが、さきほどご紹介した、ルター作曲『神はわがやぐら』の旋律です。
まさに《宗教改革》という題材の象徴でもあり、この曲の到達点である旋律の登場です。
この旋律が随所で引用されながら、とても肯定的な、メンデルスゾーンの面目躍如たる輝かしい息吹の音楽が展開していきます。
旋律の美しさという点では、その前の「第3楽章:アンダンテ」です。
それも旋律がせつなく美しいだけでなく、途中、第1楽章のエコーが聴こえたりして、交響曲全体の有機的な統合が図られていて、さらには、第4楽章へと切れ目なく演奏されるように構築的にも作曲されています。
さらに、その前の「第2楽章」は、あの『真夏の夜の夢』に通じるようなスケルツォ楽章が置かれています。
こうした、飛んだり跳ねたりする音楽は、彼の天才がはっきりと示されるところです。
そして、第1楽章は、冒頭があの「ドレスデン・アーメン」。
それにつづく主要部は、ほの暗い情熱をたたえた、充実した書法で書かれています。
私のお気に入り
このブログでは、オンライン配信の音源を中心にご紹介しています。
クラシック音楽のオンライン配信の聴き方については、「クラシック音楽をオンライン(サブスク定額制)で楽しむ方法」という記事にまとめていますので、よろしかったら参考にしてください。
《シャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団》
私が初めてこの曲に夢中になったのが、このフランスが生んだ大指揮者シャルル・ミュンシュ(1891-1968)が手兵のボストン交響楽団を指揮した録音。
その魅力は、今もまったく変わりません。
音楽において「予想されること」ほど悪いものはないと言っていた指揮者らしく、まるで何の準備もせず、即興的に、ややぶっきらぼうなくらいに演奏している新鮮さがたまりません。
YouTubeからのリンクを貼りますが、ちょうど第4楽章の冒頭、例のルター作曲のメロディーから再生されるようにしてあります。
( Apple Music ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などでも聴けます )
《ディミトリ・ミトロプーロス指揮WDR交響楽団》
ギリシア生まれのディミトリ・ミトロプーロス(1896-1960)は、「ギリシアの哲人」と称された指揮者です。
作品の内面をえぐりだすような、深く切りこんだ演奏をする鬼才で、このメンデルスゾーンの交響曲からも、神聖な精神の劇、鬼気迫る“ 内面のドラマ ”としての側面を描き出しています。
ミトロプーロスが描く第2楽章が落とす影、第3楽章の語りかけるものの強さは、何といったらいいのでしょうか。
はじめて聴いたときに驚き、飲み込まれ、やがて脱帽しました。
もしメンデルスゾーンの音楽をよくない意味で「軽い」と思っているひとがいるなら、この演奏でその深い精神性にふれてみてほしい演奏です。
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《クルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団》
こちらは、上のミトロプーロスとはまったく対照的な演奏。
ドイツの名指揮者クルト・マズア(1927-2015)は残したレコーディングがたいへん多い指揮者ですが、彼の美点がいちばんよく出ている録音のひとつがこれだと思います。
心地よく、弾むような軽さをもった、やわらかな音でメンデルスゾーンが描かれていきます。
オーケストラは、メンデルスゾーン本人が指揮者を務めていたことでも名高い、ドイツの名門ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団です。
おなじスコアを手にしながらも、ミトロプーロスとマズアの読みの違いというのは、ほんとうに驚くほどです。
こうした傑作と呼ばれる作品は、けっして平面ではなく、いわば立体であって、多面的・多層的な内容を持っているのだと教えられます。
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