シリーズ《交響曲の名曲100》、その第15回です。
前回ご紹介した交響曲第41番『ジュピター』をもって、モーツァルトは交響曲の作曲に終止符を打ちました。
でも、先輩ハイドンのほうは、ここからさらなる時代が幕を開けます。
交響曲の父ハイドンは、まだまだ元気です。
「パリ交響曲集」、ふたたび
ハイドンの名声はすでに広く外国へも広がっていて、第8回と第9回でご紹介したように、パリからの依頼で交響曲第82番『くま』~第87番の6曲、いわゆる「パリ交響曲」集のセットが書かれました。
そのときの依頼主だったドーニ伯爵という人物から、ふたたび注文が来て、さらに第90番ハ長調・第91番変ホ長調・第92番ト長調『オックスフォード』の3曲が作曲されました。
この3曲をまとめて「ドーニ交響曲」と呼んだり、ちょっと古い本では「第2パリ交響曲集」と呼んでいるものも見たことがあります。
これらの作曲時期は1788年から1789年なので、ちょうどモーツァルトが最後の3曲の交響曲を書いたころです。
2人の天才が時を同じくして、こうした音楽をそれぞれに生み出しているというのは、畏れ多い、想像もできない時代の高みを感じます。
フィナーレに仕掛けがある第90番
第90番ハ長調のフィナーレ第4楽章には仕掛けがあります。
聴衆が「終わった!」と思って、まちがって拍手をするように作曲されているんです。
大きく盛り上がって、華々しく一度終わったかのように響くんですが、楽譜にはそこから4小節間、ずっと休符が書いてあって、その4小節が終わると、しれっと続きが始まるようになっています。
お客さんのフライング拍手を狙っての、ハイドンらしいユーモア。
ベルリン・フィルハーモニーの音楽監督だったサイモン・ラトルが指揮したライブ録音があって、この日のお客さんは見事に引っかかって拍手、罠にはまったと気づいて、特に2回目には大きな笑いが起こっています。
ハイドンのユーモアは21世紀もみんなを笑顔にします。
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傑作、第92番『オックスフォード』の由来
このパリからの再注文で書かれた一連の3曲のなかで、もっとも傑作の誉れ高いのが第92番『オックスフォード』です。
複数の旋律がからみあう“対位法”という作曲技法が駆使されていて、音楽がとても多層的で、さらには豊かな展開部を持つことで、あとに登場するベートーヴェンの音楽を予告しているという研究者もいます。
『オックスフォード』というニックネームの由来については、ちょっと話が前後してしまうのですが、ハイドンはオーストリアを離れ、イギリスに渡ってさらなる飛躍をすることになります。
その経緯については、次回以降あらためてご紹介します。
イギリスに渡って大活躍のハイドンに、イギリスの名門オックスフォード大学から名誉音楽博士の称号が贈られることになりました。
これをハイドンはたいへん喜んで、1791年の7月に3日間にわたって、オックスフォードで感謝の演奏会を開きました。
その最終日に行われた名誉博士号の学位授与式で、ハイドン自身の指揮によって演奏されたのが、この交響曲第92番ト長調。
この曲は上でご紹介したように、パリからのふたたびの依頼ですでに書かれていた音楽のひとつでしたが、そうした名誉な場面で演奏された経緯があって、『オックスフォード』という、イギリスの大学名にちなんだニックネームが定着することになりました。
🔰初めての第92番『オックスフォード』
何といっても充実を極める第1楽章が聴きどころですが、充実を極めているだけに、とっつきにくい面もあるかもしれません。
その場合は、やはり充実した、人懐っこい第4楽章プレストから聴いてみてください。
私のお気に入り
《ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団》
“オーケストラの外科医”といわれた大指揮者ジョージ・セルが手兵のクリーヴランド管弦楽団と録音したものが、格調高い演奏になっています。
巨匠カラヤンがこのクリーヴランド管弦楽団で客演指揮したあと、「私のベルリン・フィルはあれほど見事に演奏できるだろうか」と帰りの飛行機のなかで急に不安に駆られたというエピソードを読んだことがありますが、それも納得の、完璧なのに機械的ではない、すごい音楽をやっています。
ちなみにカラヤンのエピソード、彼がドイツに戻ってベルリン・フィルを指揮してみると、「ベルリン・フィルのほうが上でしたよ!」というオチになっています。
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《カレル・アンチェル指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団》
チェコの巨匠アンチェルがオランダの名門コンセルトヘボウを指揮したライヴ録音。
後半のプログラムのフランクの交響曲が凄まじい名演奏として有名ですが、前半のハイドンも素晴らしいです。
“レンブラントの音”と言われるコンセルトヘボウの響きをゆたかに響かせて、アンチェルが生きた音楽をやっています。
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《ヨゼフ・クリップス指揮ロンドン交響楽団》
オーストリアの名指揮者クリップスは、地味ながらとても良い仕事をたくさん残している人。
ここでも、とてもしなやかな歌と優雅なリズムをオーケストラから引き出しています。
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《パーヴォ・ベルグルンド指揮フィンランド室内管弦楽団》
小編成のオーケストラによる演奏。
小気味よい、清潔なアンサンブルを、北欧の名指揮者ベルグルンドが活き活きと鳴らしています。
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《トーマス・ヘンゲルブロック指揮NDRエルプ・フィルハーモニー》
YouTube上で公式に公開されている動画からのご紹介。
トーマス・ヘンゲルブロックは、もともとは古楽・バロック系の分野で著名だった指揮者ですが、2011年から現代楽器のオーケストラであるNDRエルプ・フィルハーモニー(ハンブルク北ドイツ放送交響楽団)の首席指揮者となり話題になりました。
この名門オーケストラはまとめるのが大変難しいという話で、首席指揮者がわりと短期間で交代してしまうことでも有名です。
ヘンゲルブロックとのコンビは素晴らしい演奏の連続でヨーロッパでもたいへんな注目を集めていたそうですが、やはり2018年に関係がこじれて、楽しみにしていた3度目の日本公演の直前にコンビが解消されてしまい、本当に残念でした。
この動画は、このコンビがヨーロッパで快進撃を続けていたころのもの。
躍動感あふれる、颯爽としたハイドンです。