シリーズ《交響曲100》、第26回はベートーヴェンの交響曲第8番ヘ長調。
ベートーヴェンの全9曲のなかでも、特に朗らかな傑作です。
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象徴的なメヌエット楽章
わたしが初めてこの曲に触れたのは、学生時代、NHKの教育テレビでベートーヴェンのドキュメンタリー映像を見ていたとき。
そこでは、この交響曲第8番が作曲された当時、ベートーヴェンの友人がメトロノームを発明して、ベートーヴェンがそれに夢中になったことが紹介されて、そのあとに、ウィーン・フィルが若きクラウディオ・アッバード(1933-2014)の指揮で第3楽章メヌエットを演奏している場面がながれました。
アッバードが端正な髪をなびかせながら、とてもきれいな三角形で3拍子を描いて、ウィーン・フィルがベートーヴェンらしい、けれども、とても優雅なメヌエットを演奏していました。
交響曲第8番と聞くと、まっさきに思い出されるのはあのメヌエットの演奏と映像。
ベートーヴェンには交響曲第1番にもメヌエットとされた楽章がありますが、実際にはスケルツォ楽章なので、彼がこうした貴族的で、典雅な、いわゆる典型的なメヌエットを交響曲に採用したのは、あとにも先にもこの交響曲第8番だけ。
そう考えると、あの強く脳裏に焼き付けられた第一印象はこの曲の特徴を実によく捉えていてるわけで、あのドキュメンタリーがとてもよく考えられて作られていたことがわかります。
第7番と当時に非公開初演
一般の聴衆にむけての公開初演は1814年2月、ベートーヴェン43歳のときですが、それより前の1813年4月に、ルドルフ大公の館で非公開の初演が行われました。
作曲自体は第7番といくらか重なっているところもあるようで、1812年に集中的に作曲され、わずか数か月で完成されたようです。
音楽もその速い筆致を反映するかのように、軽い足取りが特徴で、そのせいか、公開初演のときには新作の第8番よりも再演された第7番のほうに人気が集中したと伝えられています。
そのことを弟子のツェルニー(あのピアノの教則本で有名なツェルニーです!)に問われると、「それは、第8番のほうが優れているからだ」とベートーヴェンは答えたそうです。
何とも煙に巻くような言い方ですが、実際、この交響曲はベートーヴェンの言う通り、ある程度のリテラシーが求められるというか、クラシック音楽をいろいろと聴けば聴くほど、だんだんとその味わいの豊かさに気づかされるような傑作です。
あまり一般的な人気が出なかったせいか、珍しくこの曲は誰にも「献呈」されませんでした。
古典的純化と凝縮
第7番のところで書きましたが、第5番《運命》と第6番《田園》でこころみられた色々な新しい書法が、その後の第7番では引き継がれませんでした。
ある意味、第6番《田園》で大きくロマン的な傾向に近づいた拡大の路線は、第7番から古典的な純化、より簡潔な音の世界への傾向をいっそう強めたように聴こえます。
そのひとつの到達点が、この第8番の交響曲だと言えるのではないでしょうか。
ベートーヴェンはこの曲を“ 私のちいさなヘ長調 ”と語って、同じヘ長調の第6番《田園》と比較、強い愛着を見せています。
🔰初めてのベト8
総じて軽い足取りの交響曲なので、どこから聴いても入りやすいのは間違いありません。
まずは最初にご紹介した第3楽章メヌエットを聴いてみてください。
メヌエットというのは3拍子のゆっくりとした舞曲のこと。
くり返しになりますが、彼がこうした優雅なメヌエットを交響曲で扱ったのはこれが最初で最後です。
20世紀の大作曲家ストラヴィンスキーは、特にこの楽章のトリオの楽器法について絶賛をしています。
そして、それからやはりフィナーレ第4楽章に進んでみてください。
軽い足取りとはいえ、いかにもベートーヴェンの音楽らしい強い刻印が押されています。
充実したコーダ、なかなか終わらない終結部は、ちょっとユーモアを感じるほどです。
この楽章はロシアの大作曲家チャイコフスキーが傑作として称賛しています。
私のお気に入り
《ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ベルリン・フィルハーモニー》
クナッパーツブッシュ(1888-1965)はドイツ出身の大指揮者。
エピソードに事欠かない、破天荒でスケールの大きな人物でした。
晩年になるにしたがってテンポがゆったりとして、巨大な造形を誇る巨匠へと登りつめました。
ベートーヴェンのなかでも比較的小ぶりなこの交響曲も、彼の手にかかると、びっくりするほど雄大な音楽として出現します。
第2楽章冒頭の弦によるピチカートの豊かな響きを聴くだけでも、彼がどれほど豊穣な音の世界に生きていたのかがわかります。
1952年の録音。
( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify などで聴けます)
《パブロ・カザルス指揮マールボロ音楽祭管弦楽団》
パブロ・カザルスはスペイン出身の大チェリストにして大指揮者。
まぎれもなく、20世紀が生んだ大音楽家のひとりです。
彼が指揮したベートーヴェンは優雅というより、その溢れんばかりの生命力が魅力。
この演奏に限らず、彼の録音はどれもこれも「音楽の力」というのが実在することを教えられる、圧倒的なものばかりです。
( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)
《ルネ・レイボヴィッツ指揮ロイヤル・フィル》
レイボヴィッツ(1913-1972)はポーランド出身の音楽家。
20世紀の音楽についての理論家として著名な一方で、指揮者としてもいろいろな録音を残しています。
この人の指揮した演奏はどれも切り口が鋭くて、何を聴いても勉強になる人です。
ドビュッシーなどの近代フランス音楽では目が覚めるような色彩を展開する一方で、こうした古典派のベートーヴェンの交響曲などでも、実に新鮮な音楽を引き出しています。